神正世界戦争:記憶の矢は不動と共に
ダークエルフ姉妹と獣人の姉弟が敵陣に突っ込み暴れていた頃、プランとゼリスは自陣後衛にてその様子を眺めていた。
遠距離攻撃が主体であるプランと防御特化のゼリスは、前線に出たとしてもやれることは少ない。
活躍できない訳では無いし、厄災級魔物から近接戦闘の指南も受けているので、暴れられないこともないのだが、人には得意分野という物があるのだ。
「流石はリーダーね。たった一撃で陣形を乱す程の攻撃を繰り出せる辺り私達よりも1歩先を行ってるわ」
「アレを受け止められるような人材は、今の所確認できないな。良かった。これならプランの攻撃も簡単に通りそうだ」
「全くね。リーダーの攻撃を受け止められるような敵が現れたら、困っているところだったわ」
シルフォードの放った精霊魔法を受け止められる人材が居ないことを確認した2人は、心底安心しながらようやく動き始めた戦場を見る。
誰よりも早く動いたダークエルフ姉妹と獣人の姉弟に釣られて、我に返った味方兵士たちもようやく戦う様になったのだ。
プランとゼリスは既に異能を発動させており、その手に持った弓と盾をゆっくりと構える。
そして、後でまだ動き出さないエドストルに声をかけた。
「あなたは動かないのかしら?」
「えぇ。特攻は四人に任せて、私は押されつつある戦線に参加しようかと。自分の功績を考えるだけなら、突っ込んでも良かったのですが、これは戦争ですからね。私たちが勝っても、戦争で負ければま意味はないですから」
「なるほど。確かに、俺たちが勝っても戦局で負ければ大惨事だな。揺レ動ク者の初陣が敗北なんて許されないし」
「あの4人はそこら辺あまり考えていませんからね........ラナーさんですらその考えて至らないあたり、大分視野が狭くなっているようですし」
「確かに、ラナー辺りは気づきそうなものだよな。リーダーも大分緊張してたし、そこら辺は姉妹そっくりだ」
「トリスちゃんは?」
「トリスは........ほら、純粋だから」
ゼリスはそう言うと、既にその場には居ない“真祖”の吸血鬼の姿を頭にうかべる。
かつて一国の主であった2人が、戦争がどのようなものなのか分からないはずがない。自分達が失敗した時の備えとして既に動いているのだろう。
エドストルが自分達の師と同じ判断をしているのを見て、自分はまだまだだなと心の中で反省した。
「さて、私もそろそろ行きますかね。アゼル共和国側は大丈夫そうですが、ジャバル連合国側が少し怪しですし」
「おう、気をつけろよ」
「気をつけてねー」
「安全第一で頑張りますよ」
エドストルはそう言うと、瞬きの間にどこかへ移動してしまった。
取り残された2人は戦場に再び視線を戻すと、先程の緩い雰囲気から一転、近寄り難い闘志を露わにする。
「守ってやる。上手くやれよ」
「問題ないわ。記憶の容量的に、人間一人一人を記憶させるのは無理だけど、変わりは用意してあるもの」
プランはそう言うと、一本の矢を具現化させる。
一見普通の矢に見えるが、その先端をよくよく見ると紫色に染まっていた。
見た者全てが“毒だ”と判断できるほどに禍々しい紫色をした矢の先端に触れないように気をつけながら、プランは弓を構える。
「ヨルムンガンドさんの力、借りるわよ。死毒を特と味わいなさい」
放たれた矢は天高く登っていき、頂点に達すると山なりに落ちていく。
狙いは敵陣後衛。自分と同じように、後ろから支援火力を叩き込む魔導師や能力者に向かって放たれた矢は、寸分の狂いもなく狙い通りの場所に突き刺さった。
「ぐあっ!!」
矢を突き刺された魔導師は、小さない悲鳴をあげながら倒れ込む。
突き刺さった場所は右肩であり、傷を負ったものの致命傷には程遠い攻撃........のはずだった。
「大丈夫か?!」
近くにいた彼の同僚が治癒薬を持って駆け寄る。この程度の傷ならば、矢を引き抜いて治癒薬を塗れば戦線に戻れると判断したのだ。
しかし、その判断は完全に裏目に出る。
「う、うぅ........」
「矢を引き抜くぞ。我慢しろよ!!」
同僚が矢に手をかけ、勢いよく引き抜こうとしたその時だった。
「ウガァァァァ!!」
突如として矢を打たれた魔導師は、矢を引き抜こうとした同僚に襲いかかり首筋に噛み付く。
まさか手負いの味方に攻撃されるとは思っていなかった同僚は、抵抗するまもなく首筋を噛まれてしまった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
立ち上がる悲鳴。
近くにいた魔導師達が、何事かと視線を向ける。
味方が味方を襲うとういのは戦場では珍しくない。恨みを買っていたり、出世の為に味方をけ落とすなどよくある事だからだ。
誰もがそう思った。
だが、これは敵からの攻撃だったのだ。
「う、ウゥ」
首筋を噛まれ、じたばたとしていた同僚は、息絶えたのかピクリとも動かなくなる。
そして、その数秒後。何者かに操られたかのように立ち上がると、近くにいた魔導師を襲い始めた。
「な、何を──────────うぎゃァァァァァ!!」
同僚だけではない。矢の刺さった魔導師も、再び立ち上がると手当り次第味方の魔導士を襲い始める。
何が起きたか分からない魔導師たちは、大混乱だ。
噛まれた魔導師は、何かに操られたかのように味方を襲い始め、更にそれに噛まれた魔導師が味方を襲い始める。
最初はたった一人から始まった“毒”の感染は、あっという間に広がって行った。
「おー流石はヨルムンガンドさんお手製の毒。あっという間に広がっていくわ」
「なぁ、俺からは見えないんだが、何が起きてるんだ?」
稀に飛んでくる矢や魔法を片手間に防ぎながら、ゼリスはプランに質問を投げかける。
敵陣の後衛はかなり離れた場所にあり、少なくとも乱戦極まるこの状況で見ることは出来ない。
しかし、プランはその異能の能力の1つに矢の落ちた付近を見ることができるという力があった。
「ヨルムンガンドさんに毒を作って貰って、記憶させてもらったのは覚えてるかしら?」
「あぁ、3日前ぐらいに頼んでたな」
「その毒って感染は型の毒なのよ。1人に移ると、周囲の生き物に襲いかかってその毒を流し込む。そして、その毒に感染した生き物は周囲の生き物に襲いかかって毒を流し込み、その毒に感染した........って感じで広がっていく毒なのよ」
「それは恐ろしいな........」
「でもそれだと、こちらの味方を感染する可能性があるから、毒の回る時間を早めにしてもらったわ。大体1分程度で感染者は死に至るようにね」
「なるほど。それなら前線に毒は広まらないな。かなり離れてるし、どうせ毒が回っている間は身体強化とか使えないんだろ?」
「ご名答。魔力が使えないから、簡単な攻撃で死んじゃうけどそれまでの間に広まってくれれば問題なしよ。血液に流し込むから魔力抵抗もクソもなし。噛まれたらジ・エンドね。団長さんは“ばいお〇ざーど”かよって言ってたわ」
「なんだそれ」
「なんでも、前の世界の物語に感染していく毒を主役としたお話があるそうよ。恐ろしい物語を考える人もいるのね」
“いや、恐ろしいのはその物語の話を聞かずに、その発想に到れるお前だよ”と思ったゼリスだったが、口に出せば次は自分が感染させられてしまうかもしれないと思い、とりあえず適当に頷くのだった。




