厄災だって役立ちたい
大量の報告書に目を通し終わり、日課となっている厄災級魔物達とのコミュニケーションを取りに行く。
団員である厄災級魔物達とは、定期的に話をして悩みやら自慢話やらを聞くのが大切である。
三姉妹やら獣人達とは、夕食の時間に交流を持てているので問題ないのだが、厄災級魔物達はこっちから出向かない限りは基本どこかでのんびりしているからな。
しかも、のんびりしているなら話しかけなくていいやってなると拗ねたりする。めんどくさい彼女かお前は。
流石に毎日会いに行くのは無理だが、暇な時間があればなるべく交流を持つようにしていた。
これも団長としての仕事である。普通に話していても楽しいというのもあるけどね。
『おっ、団長さんじゃん!!お久ー!!』
「ほう、最近忙しそうにしていたが、時間が取れたのか。久しいな団長殿」
「あっはっは!!戦争が始まってからあっちに行ったりこっちに行ったり大変さ。挙句の果てには厄災達が暴れまくったお陰で、雇い主から“しばらく大人しくしてろ”なんて言われるからな。振り回される身にもなって欲しいよ」
その見た目には到底似合わない可愛らしい声とギャルのような口調で話すアスピドケロンと、その横に体を下ろすウロボロスはやってきた俺を見つけるとどこか嬉しそうに話しかけてきた。
基本、この拠点から動かない(動けない)二体は、結構俺と話すことを心待ちにしていることが多く、俺もよく顔を出すようにしていた。
毎日が退屈な厄災連中にとって、適当な話題を持ってくる俺はいい暇つぶしになるのだろう。
ちなみに花音はストリゴイ達の方に顔を出しに行っている。なんでも、スンダルが新しい料理を作りたいとかでその手伝いに行くんだそうな。
ついでに、色々な料理を教えてもらおうという事で、料理のできる連中は皆集まっている。
料理のできない俺は、完全にハブられてしまった。肉を焼く程度ならできるんだけどなぁ........
「最近はどうなのだ団長殿。儂らは基本ここから動けんのでな」
「悪いな。ウロボロス。お前の結界がないと困るんだよ。そうだな........お前達も知ってると思うが、つい最近厄災達が暴れたぞ」
『知ってる!!みんな団長さんに褒められたって自慢してた!!』
「あぁ、あのファフニールですら珍しく喜んでおったな。リンドブルムやらフェンリル辺りが喜ぶのは想像が着くが、ニーズヘッグやファフニールがかなりテンション高く儂らのところに来たのは流石に驚いたぞ」
ウロボロスはそう言うと、ゆっくりと身体を起こす。
アタマが寝ている状態でもすでに俺より大きいウロボロスが身体を上げるとなると、もはや一種の壁だ。
それでも寝転がっているアスピドケロンよりも数十倍小さい辺り、アスピドケロンの馬鹿げた大きさには驚きだが。
「そんなに喜んでたのか?俺が褒めた時は豪快に笑ってたぐらいだったらと思うんだが........」
「それが喜んでいたと言うのだよ。あの島にいた頃、団長どのがおらんかった時のファフニールを知っている者なら誰もが驚く思うぞ。なぁ?アスピ」
『そうだねぇ。私がちょいとお痛していた時のファフニールさんとは似ても似つかないぐらい変わっていたね。年月は人を変えるんだなって思ったよ』
「ファフニールの場合は人では無いがな!!アッハッハッハッハッ!!」
『ウロちゃん上手いねぇ!!あはははははは!!』
豪快に笑うウロボロスとアスピドケロンに合わせて笑いながら、俺は俺達と会う前のファフニールについて考える。
未だに謎が多く、多くのことを語らないファフニールだが、昔はそんなにも違ったのだろうか。
厄災級魔物って過去に地雷がありそうで、あまり過去の話を聞く機会が少ない。
本人が語ってくれるならばまだしも、こちらから話を振るのは少々躊躇われた。
だって、地雷を踏んづけたら場合によっては死ぬからね。俺は、自分の命が惜しいよ。
だからニーズヘッグに“アトラス大陸”の事も聞けてないし、マーナガルムが起こしたと言われる“失墜ノ太陽”の詳細も聞けてない。
マーナガルムに関してはそもそも言葉が分からないので通訳がいるのだが、それを誰かに頼んでまで聞きたいとは思わないしな。
最近で言えば、リンドブルムの過去もある。
なんだっけ。“夜は亡き友に捧げる鎮魂歌。星降る夜は貴方の願った世界を潰した者への裁き。今ここで奏でよう。これはアタシが友へ送る答え”だったか?
どこをどう見ても地雷臭しかしない詩だ。向こうから話を振ってくれるならともかく、俺からこの件について話すことはない。アンスールだって、リンドブルムに気を使ってか詳しいことを話さなかったのだから。
ファフニールもそうかは知らないが、過去について聞くことはほとんど無いだろう。後付け設定のように出てきた“契約”とやらについては流石に聞いたけど。
ひとしきり笑ったアスピドケロンは、笑い終わると次はシュンとした顔と声で呟く。
『私は動くだけで周りに被害を及ぼすからねぇ。役に立てなくて残念だよ』
「そうでも無いぞ。“浮島”アスピドケロンが居るって言う事実が役に立っているんだから。厄災の恐ろしさは誰しもが知っているからな。下手に手を出す輩もいない。そのおかげで、俺達はこうして安全に拠点を構えられるんだぞ」
『でも、ウロちゃんの結界も張ってるでしょ?やっぱり私いてもいなくても変わらなく無い?』
「結界はあくまで保険だよ。それに、ウチには目立つ奴が多いからそれを隠す為に結界を張って貰っているだけだし。一応、格が低い連中に対してその方向を無意識に避けさせるような効果もあるらしいが、実際に作動したって話しは聞かないし。そうだよな?ウロボロス」
俺は目で“察しろよ?”と告げると、意外と空気の読める竜であるウロボロスは大きく頷いてアスピドケロンを擁護した。
「うむ。団長殿の言う通りであるな。デカくて目立ちやすいアスピのおかげで人間どもはこの森に近づかないのだ。儂の結界なんぞ、どこぞの自由すぎる厄災共を隠すための機能に過ぎんよ!!」
『デカくて?』
ビキリとその場の空気が凍りつく。
あ、ウロボロスの野郎。俺が態々直接口に出して言わなかったことを言いやがった。
幾ら相手が厄災級魔物と言えども、中身は女の子なのだ。間違ってもデカいなんて言ってはならない。
俺は学んだからな。アンスールやらベオークも中身は意外と乙女なのだ。デカいやら重いやらを口にしたら最後。お説教という名の暴力が襲ってくるのだ。
氷でできたモーズグズですら恥ずかしがるんだから、どの種族であろうと女に体型やらの話しはNGである。
アスピドケロンは結構優しいから殴ったりはしない(そもそもできない)が、小一時間ぐらいは説教されるだろう。
「い、いやぁ、それは言葉の綾というかなんというか........」
ウロボロスも自分の失言に気づいたのか、慌てて言い訳をする。
ダメだよウロボロス。こういう時は、潔く頭を下げて謝らないと。
『ウロちゃん。正座』
「い、いや、儂正座する足ないんじゃが........」
『正座』
「アッハイ」
こうしてこの後、小一時間程ウロボロスは説教されるのだった。
俺?俺はもちろんアスピドケロンの味方をしましたとも。じゃないとあとが怖いからね!!




