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持て余す戦力

 神聖皇国の教皇シュベル・ペテロは、聖堂騎士団第一団長が持ってきた報告書を見て首を傾げていた。


 彼だけではない。戦争が始まる少し前から色々な調整の為に走り回り、ようやく一息ついた枢機卿フシコ・ラ・センデスルもその報告書を横から覗き込んで首を傾げる。


 書いてある内容は、つい先日滅んだ国々の惨状だった。


 厄災達が暴れたその跡地から、仁がどのような厄災級魔物を従えているのかを調べるためである。


 本人に聞けばいいと思うかもしれないが、これほどにまで強大な力を持った者達の存在を簡単に話してくれるわけが無い。そう考えた教皇は、このような手を取ったのだ。


 首を傾げ続ける2人を見ていたジークフリードは、完璧のはずである報告書に不備があったのかと内心焦り思わず口に出す。


 「何か不備でもありましたでしょうか?」

 「いや、不備はない。書いてあることも理解できる。が、意味がわからん。厄災級魔物が動いているとして、国家の崩壊に疑問を持つのは無しにしてもこれほどの惨状になるのか?」

 「凄いですね。理解できるのに意味がわからない。こんな報告書見たのは初めてですよ」


 教皇と枢機卿はそう言うと、気になった箇所を指さしてジークフリードに問いかけた。


 脳が思考を放棄しているのか、その顔は若干アホっぽくなっていたが、それを指摘するほどジークフリードも命知らずではない。


 「この、“人っ子一人いない街”と言うのは、なにかの比喩表現か?」

 「いえ、比喩表現ではなく、事実ですね。そちらにも書いてあるとおり、街そのものは1つも壊れていないんですよ。しかし、人が誰もいません。ペットや飼育されていた家畜等はそのまま放置されており、人種だけが存在を消していました」

 「........なるほど?」

 「教皇様、その反応分かっていませんよね?」

 「いや、なんとなく想像は付くが、実際に見なければ分からんだろうな。センデスルよ。この状況を作り出せる厄災級魔物が居るとしたら、どれだと思う?」

 「分かりませんね。人種だけを殺せるのは何らかの異能だとしても、それを実行できる厄災級魔物に心当たりは無いです」


 教皇はジークフリードにも視線を向ける。


 以前、一緒になって読んだ厄災級魔物達の図鑑から導き出せるか?と言う期待の現れでもあった。


 しかし、ジークフリードは首をゆっくりと横に振る。


 簡単な説明しか書かれていないあの図鑑から、その全てを導き出すのは無理があった。


 「僕にも分かりませんよ。それこそ、石化した国ぐらい分かりやすければ別ですけどね」

 「“蛇の女王”メデューサか」


 教皇は厄災の名を言うと、報告書に目を落とす。


 全てが石化し見るもの全てが石と化した国は、その特徴的な惨状から誰が作り出したものなのかを示唆している。


 “蛇の女王”メデューサ。


 かつて全てを石に変えた蛇の頂点に立つ厄災が、再び動き出したのだ。


 教皇達が読んだ厄災級魔物の図鑑にも書かれているが、やはりどこか伝説上の生き物だという感覚が抜けない。


 危機感よりも、“実在したのか”と言う感動の方が強かったぐらいだ。


 「この厄災1つで我が国は滅びますかね?」

 「滅ぶだろうな。生き残る者はいるだろうが、国家としては終わりだ。非戦闘員が逃げ切れるとでも思っているのか?」

 「確かに。ジークフリードさんはともかく、私と教皇様は無理ですね」

 「基本的に、厄災級魔物と言うのはひとたび暴れれば、国の一つや二つが簡単に死ぬのだ。他国に被害を加えることなく国を殺している点で言えば、随分とお行儀がいいと思うぞ」

 「国を殺して行儀がいいとか言われるのは、厄災級魔物だけでしょうね........」


 ジークフリードは呆れ笑いをしつつ、石化した国を思い出す。


 首都に降り立った歳に見た首吊り死体。全てが石となったその世界で、唯一生命の息吹を感じたのが死体だった。


 彼に何が起きたのかは分からなかったが、おそらく厄災を見て絶望したのだろう。


 彼が不憫でならなかった。


 そんな記憶を辿っていると、教皇は今分かっている厄災級魔物の名前を読み上げ始めた。


 「他に分かっているのは“蜘蛛の女王”アラクネ、“死毒”ヨルムンガンド、の2体だけか」

 「隣国の兵士の話を聞くに、レリット教会国では“粉砕する者”ジャバウォックが暴れたものかと思われますが、確証が無かったので書いていません」

 「そうか。まぁ、どちらにしろ、最低でも5体の厄災級魔物が観測されたわけだ。流石に今後の戦争に投入するのは無理だな。戦力が強すぎて、味方まで恐れさせてしまう」

 「昔物語に出てきた魔物が目の前に居るって事ですからね。僕も、“流星”リンドブルムと“終焉を知る者”ニーズヘッグを見た時は、思わず固まってしまいましたよ」

 「ジークフリードですらそうなるのだ。普通の兵士ならば、錯乱して味方に被害を与えかねん。仁殿には笑いが、今後厄災級魔物の戦力投入は控えてもらわねばな........」


 教皇はそう言って静かに頭を抱える。


 強い戦力は有難いが、強すぎる戦力と言うのはそれはそれで困りモノだ。


 今回の場合は人ですらなく、魔物である。どう動かすにしても、味方にまで被害を与えかねなかった。


 「正共和国と正連邦国が落ちるまでは、仁殿達にはのんびりとしていてもらおう。その方が余計なことを考えなくて気が楽だ」

 「彼らはあくまで傭兵ですからね。それに、引き金さえ始末出来れば文句は言ってこないでしょうし」

 「全く。強すぎた戦力は持て余すな........」


 教皇はそう言うと、被害跡地から厄災級魔物の特定に尽力を尽くすのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 世界を眺める者達は、女神の目から逃れつつ現状を見て回る。


 影と人形はその報告を聞きつつ、優雅にティータイムを嗜んでいた。


 「飲み食いする度、人の体が恋しくなるな........」

 「そう言うなよ。君はその体のおかげで生きていられるんだから」

 「分かっているさ。わかっているが........やっぱり恋しい」

 「そんなに味が違うのかい?」

 「違うってレベルじゃない。そもそも殆ど味がしないのさ。楽しめるのは感触だけだぜ?一辺やってみるか?」

 「いいや、遠慮しておくよ」


 影はそう言うと、手元に置いてあったクッキーを食べる。


 甘く溶けるクッキーは口の中でその甘さを何度も主張し、紅茶を口の中に含めば、その甘さをお茶特有の苦味で打ち消す。


 その塩梅に舌鼓を打ちつつ、影は今話題の戦争の話に移った。


 「聞いたかい?どうやら厄災級魔物が暴れているそうだよ?」

 「知ってるさ。俺も厄災級魔物はちらっとしか見たことないからな。現役の時はそれどころじゃなかったし、お前が前にいたところは近づけなかったし........最近になってようやく見たぞ。視線を気取られないようにするのは疲れたし、なんなら感覚が鋭すぎて見つかりかけたが」

 「おいおい。ヘマを打つのはやめてくれよ?彼らと敵対するのは不味い。僕らの計画に面倒事を持ち込まれるのは勘弁さ。むしろ味方になって欲しいぐらいなのに」

 「分かってる。だからそれ以降大人しくしているんだよ。計画は順調なんだろ?」

 「もちろんさ。何万年と前から少しづつ動いてきた計画なんだからね。今になってようやく大々的に動けるようになったけど」

 「失敗しないことを祈るか」

 「そうだね。君も奴を殺したいだろ?」

 「当たり前だ」


 世界の闇に潜む彼らはそう言うと、再びクッキーを手に取って口の中に放り込む。


 「やっぱり味がしねぇ........」

 「君、そればかり言うね」


 この闇が動き出す時、世界は真なる混沌に陥るだろう。

これにて第三部4章は終わりです。まだまだ続くと思うと長ぇ(毎回言ってる)

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