神正世界戦争:全てを粉砕する竜
“蜘蛛の女王”が殺戮を開始した頃。
正教会国側のイージス教を国教とし、合衆国南西部にあるレリット教会国には、一体の竜が人知れず降り立った。
“粉砕する者”ジャバウォック。
かつてとある国に怒れる槌を下ろし、全てを粉砕した厄災だ。
「上手く、やらないと。ワタシの、異能は広範囲攻撃に向いてない」
初めと比べてかなり上手くなった人の言葉を話しながら、彼は国境沿いにある森の中で行動を始める。
自分達を退屈から救い出してくれた人間からの要望は“殲滅”だ。
行きたありバッタリでも大抵の事はなんとでもなるが、同僚であるリンドブルムが人1人すら逃げられないような状況を作り出して完璧に仕事をこなしたのなればジャバウォックも負ける訳には行かない。
それに、自分と一緒に忙しい中作戦を考えてくれたダークエルフの少女の為にも失敗は許されなかった。
「まずは、逃げ場を無くす」
幸い、レリット教会国はどこの国とも戦争状態になっていない。
近くに神聖皇国側のイージス教を信仰する国があるのだが、この年は飢饉と疫病が同時に起こり、戦争どころではなくなってしまった。
その為、多少の軍が国境沿いに張り付いてはいるものの、アンスールの時の様な睨み合いは発生していない。
ジャバウォックにとってこれは有難い状況だった。
「粉砕する雷槌」
既に下見の際に仕込んでおいた異能の一部が解放され、国境沿いに雷槌が綺麗に立ち並ぶ。
人間から見れば相当な大きさの槌だが、これだけで国そのものを滅ぼせるかと言われれば首を傾げる他ないだろう。
ちなみに、下見の際はその大きすぎる体を隠すためにイスに霧を発生させてもらっていた。
体長20メールもあるその大きい体は、流石に目立ってしまう。
遠目からでも分かってしまうその巨体で口のあちこちを見て回るのは無理があったので、国中に霧を発生させたのだ。
その日、異様な霧の中に黒い影を見たという証言が幾つか上がったが、飢饉と疫病に侵された人々の見間違いとして処理されている。
綺麗に立ち並ぶ雷槌は、ジャバウォックの首の動きに合わせて地面へと落ちる。
全てを粉砕する雷槌は地面を叩くと同時に地面を粉砕し、人為的に崖を作り出した。
幅はおよそ1km。深さ数百メートル。
空を飛ぶ手段を持たない者にとって、その崖を超えることは不可能であり、それはレリット教会国が大陸の孤島になった事を示している。
しかし、これでは空を飛べる手段を持つものが逃げてしまう。下見の際にそう考え、ラナーと話し合ったジャバウォックは、もうひとつの仕込みを起動させた。
「粉砕する雷槌:迎撃待機」
再び雷槌は崖の内側から出現し、空中で待機する。
空を飛んでくるものには、自動で迎撃できるように設定された雷槌によって叩き落とそうという寸法だ。
相手が仁程の実力者ならば容易く抜けられてしまう包囲網だが、そこまでの実力者はこの国にはいない。
灰輝級冒険者すらいないこの国では、誰一人としてこの包囲網を突破することは不可能である。
更には、崖下から逃げ出そうとしても圧倒的電圧によって帯電した地面が対象を感電させてしまう。
本来ならば霧散する電気は、その魔力によって形を保ったままなのだ。
電気を完全に無効化できる能力を持っており、身体能力がずば抜けていない限りはこの厄災から逃れることはできない。
既に、国境沿いに配置されていた軍は壊滅しており、運良く生き残った数名も空気中に舞った電気によって虫の息となっている。
「よし、順調。ここからは、昔みたいに、暴れるだけでいい。ラナーと団長に、褒めてもらうために、頑張る」
“粉砕する者”ジャバウォックは、恩人と好きな人に褒めてもらいたいがために厄災を振りまく。
昔とある国を滅ぼした時よりも、ジャバウォックの足取りは軽かった。
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レリット教会国の首都。
白く輝く教会が印象的であり、見る人を魅了する美しい街並みとそこを行き交う人々は混乱の渦に飲まれていた。
突如として聞こえた轟音。これだけならば、何かあったのかと首を傾げる程度で済んだだろう。
しかし、その轟音が何度も聞こえ、音が聞こえる度に近づいてきている事が分かるとなれば話は別である。
「な、何が起こっているんだえ?!」
「分かりません........ただ、幾つかの街との連絡が取れなくなっております」
「早く原因を突き止めるだがえ!!」
家畜の豚の方がスリムなのではないかと錯覚するほど太った教皇は、原因不明の轟音に肩を震わせた。
本来、正教会国側のイージス教を国教とする者で教皇と名乗っていいのは正教会国の教皇グータラ・デブルただ1人なのだが、彼らの目が届かない小国ではこうして勝手に教皇と名乗る者は意外と多い。
勘がいい彼は、この轟音が悲劇の始まりなのではないかと感じ取っていた。
しかし、調べようにも調べようがない。一応、轟音がする方向へ偵察を既に出しているものの、帰ってくるまでには時間がかかってしまう。
それに、厄災を振りまく存在が素直に家に返してくれる訳が無い。
偵察兵達は屍となって天に帰るのだ。
しばらく不安に駆られながら待っていると、1人の大司教が慌てて教会内に入ってくる。
轟音は既に耳の鼓膜を破るほど大きくなっており、近くにまで来ていることは明白だった。
「き、教皇様!!」
「ようやく分かったのかえ?!」
「そ、それなのですが、魔物です!!とてつもなく大きい魔物がこちらへ向かっております!!」
「なにぃ?魔物如きがこの惨状を起こしていると言うのかえ?ならば、冒険者どもをぶつければよかろう」
「そう思い、既に冒険者ギルドには依頼を出しております!!冒険者達も向かいました!!しかし、即壊滅!!我が国の最高戦力である白金級冒険者も死んだとの報告が!!」
「そんな........馬鹿な。急いで逃げるだがえ!!」
魔物を狩ることに関してはプロと言っても過言では無い冒険者たちが、手も足も出ずに壊滅。
これが示しているのは、この国の終焉だ。
教皇は急いで逃げる支度をすると、教会を飛び出でる。
彼はそして、見た。
終焉を告げる厄災の姿を。
ズシンと重くのしかかる足音は、その不安から聴き逃してしまったのか。今になってようやく聞こえる死の足音は、早くなる鼓動によってかき消されていく。
10メールはある城壁の上から顔をのぞかせる厄災は、興味なさげにこちらを見ると天を向いて吼えた。
「グガァァァァァァァァァァァァ!!」
あまりの音圧に耳の鼓膜は破壊され、耳から血が流れ落ちる。音の衝撃波によって脳は震え、視界が定まらない。
ふらつく足元。その中で空を見上げた教皇は光に包まれた。
そしてこの日、“天上神器”に数えられる異能のひとつ“粉砕する雷槌”を操る“粉砕する者”ジャバウォックによって、レリット教会国は滅んだ。
彼らにとって不幸だったのは避けようのない厄災に出くわしたことであり、彼らにとって幸運だったのは痛みなく死ねた事だろう。
能力解説。
【粉砕する雷槌】
特殊系特殊型の異能。
その魔力によって雷槌を発生させて全てを粉砕する能力。
広範囲攻撃が苦手な代わりに、狭い範囲に対して高威力を誇る。とは言っても、広範囲というのが厄災級魔物基準なので、街一つ程度ならば容易く粉砕できてしまう。
更に、雷槌が持つ電気は魔力がそこに存在する限りその場に残るため、誰かが触れれば感電する(威力はさほど高くは無いが、人1人殺すには十分)。
国1つ丸ごと飲み込む広範囲攻撃はできないというのが欠点であり、それ以外は特に欠点らしい欠点は無い。
汎用性が高く、練度が増すほどやることが増える。地雷のような使い方も出来れば、自動迎撃体制を取る事も可能。
リンドブルムの異能と同じように、相性差はあるものの格上だろうが格下だろうが叩けるので使いやすい能力となっている。
また、“天上神器”に分類される異能であり、これはイスの異能が分類されてる“世界樹”と深い関わりがある。尚、“天上神器”は“世界樹”の劣化版に当たる異能となる。




