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神正世界戦争:黒き波は女王と共に③

 綺麗に並べられたドミノと言うのは、一度倒れ始めると止まることは無い。


 人の恐怖と言うのもこれと同じであり、一度伝染した恐怖と言うのは最後の一人になるまで広まり続ける。


 戦争という名の殺戮を開始したアンスールに対して、リットン教会国の兵士達が恐怖の渦に飲まれたのは言うまでもなかった。


 ある者はその手によって頭を潰され、ある者は下半身にある蜘蛛の胴体によって踏み潰される。逃げ惑う兵士達を、狩りをするかのように殺戮する厄災は大きく口をゆがめながら笑い続け、糸を使って縛り首や身体を引き裂いたりもした。


 平原に生える草花は、色とりどりな装飾から赤き血の色へと変わり果て、流れる赤い水が草木を潤す。


 「あはっ!!久々に滾ってくるわ!!」


 普段お淑やかであり理性的であるアンスールは、魔物としての本能が呼び起こされると共に殺戮の行動は過激になっていく。


 その衝動に合わせて口調も本来のものとは徐々にかけ離れていき、かつて厄災と呼ばれた“蜘蛛の女王”が姿を表す。全ての蜘蛛達を統べる女王の気分の高まりは、子供達である蜘蛛達にも伝染していきその凶暴性が増していった。


 逃げ惑う兵士達は、背中を向けて必死に走るがそれを見逃してあげるほどアンスールも優しくない。


 「ダメよ。私から逃げるなんて許されないわ」


 羽虫を払うかのごとく軽く縦に払われた腕。その直線上にいる人間達は、真っ二つに切り裂かれいつぞやの仁達を追っていたドラゴンの様な結末を辿る。


 中には運良く生き残った兵士たちもいたが、彼らは足や腕が奪われその痛みに悶えることとなった。


 そんな、不幸にも運がよかった人間のひとりにアンスールは近づく。


 恐怖に震え、逃げながらもこちらを睨みつけてきた1人の兵士に興味を抱いたのだ。


 彼は左腕を失った痛みも忘れて、悲鳴をあげた。


 「ひぃ!!」

 「あら、そんなに恐れなくてもいいのよ?楽に殺してあげるから」

 「な、な、何が目的だ化け物め!!」

 「中々元気そうね。それで、目的?そんなの決まってるじゃない。この国の滅びよ」

 「た、たかが魔物ごときにこの国が滅ぶ訳ないだろう?!」

 「滅ぶわよ。たかが下等種族(人間如き)が集まって作った国よ?滅ぼす程度訳ないわ。それこそ、人の身でありながら人を逸脱した者や超越したものでないと........ねぇ?」

 「........」


 青年の兵士は、何も言わずにアンスールを睨みつける。


 その間も無くした左腕から血が流れ続けるが、彼はそれよりも目の前の化け物が本気で人間を見下している事に腹が立っていた。


 ふらつく足元を、気合いで踏みとどまりながら苦々しく言葉を吐き捨てた。


 「........人間を舐めるなよ魔物如きが我ら人類を滅ぼせるなども思うな」

 「論点がズレてるわねぇ。私は別に人類を滅ぼす気などないわよ。この国を滅ぼすってだけで。それに、人間にも強い個体がいるのは知っているわ。数だけで、群れるだけで、種族的頂点に立っているなどと勘違いする人間とは違うのよ。私たち厄災が何故人間を滅ぼさないかわかるかしら?」

 「........」


 青年は答えない。


 「理由がないし、面倒だからよ。逆に言えば理由が出来れば滅ぼすわ。ひとつ賢くなれて良かったわね。さて、そろそろ眠る時間よ」


 アンスールはそう言うと、青年の頭を鷲掴みにした力を込めていく。


 ギリギリと頭蓋骨が悲鳴をあげる中、青年は目の前に映る理解できない存在に唾を吐いた。


 「化け物が!!いづれ女神イージス様の裁きを受けるが──────────」

 「うるさいわよ」


 ぐしゃり。


 リンゴを絞り潰したかのように血を吹き上げる青年は、その言葉を最後に息を引き取る。最初に殺された兵士と同じ死に方だった。


 「今も昔も愚かね。人間は」


 アンスールはそれだけを呟くと、再び殺戮を開始する。黒き波と共に。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 アンスールが殺戮を開始したからと言って、横に広く広がる兵士達全てを殺せる訳では無い。


 アンスールは、広範囲への攻撃手段が乏しく自身の持っている能力もとある事情により使えない。


 だが、その種族特性で見ればどの厄災級魔物よりも、人間に恐怖を与えながら殺すことに長けているだろう。


 アンスールの脇をぬけて、バルバセス皇国の陣地が構えてある方向に逃げ出す兵士達は、自分達が助かったのだと安堵した。


 「はぁはぁ、ここまで来れば問題ないか?」

 「多分大丈夫よ。あの化け物は逃げる兵士に夢中でこちらには気づいてないわ」

 「それにしても、頭がいいな。敵軍の方に逃げるなんて」

 「私達以外にも多くの兵士がこちらに逃げてきてるみたいね。それなりに頭が回れば、こっちの方が安全だと判断できるんじゃない?」


 アンスールの脇をぬけて逃げてきた兵士は、それなりの数いる。


 彼らは、運がよくそれでいて多少の頭が回るできた兵士と言えるだろう。


 しかし、この場においてその選択は最悪と言えるが。


 剣を腰に下げた青年と、杖を手に持った魔導師の女はアンスールの視界に入らないように背丈の高い草むらへと逃げ込む。


 ここまで来れば安心だと胸を撫で下ろした彼らは、気づかなかった。極小の蜘蛛が体内に入り込んだことに。


 「これで、一安心だな」

 「えぇ、そうね───────?!」


 その兆候はすぐさま現れる。体内を貪り食らう蜘蛛によって破壊されていく肉体は悲鳴をあげ、激痛のなって魔導師を襲った。


 声をあげることすら許されない激痛により、魔導師はもがき苦しむがその程度では痛みを癒すことは出来ない。


 「ど、どうしたんだ?!」

 「いあ、あ"ぁ」


 何が起きているのか分からない青年は何とかして、魔導師を助けようとするがそこにも蜘蛛の罠は張り巡らされている。


 しばらくして動かなくなってしまった魔導師の首元に触れると、そこに鼓動の音はない。


 「し、死んでる!!アガッ──────────」


 死体に触れた青年は突如として苦しみ出し、顔を青くして血を吐いた。


 全身の力が抜け、次第に視界がぼやけていく。


(これは、毒?!)


 薄れゆく意識の中、ふと視線をあげたその先には黒い波となって押し寄せる蜘蛛の大群。


 彼は本能でこの国の滅亡を悟りつつ、静かに目を閉じた。


 彼はまだ幸運だっただろう。生きて食われないのだから。


 そしてこの日。厄災の恐怖に飲まれたリットン教会国は滅んだ。


 後にその一端を見ていたレジクト・アッサムは、後世にこの事を残すために以下のような記述をしている。


 “あれは悪夢だった。今でも思い出すだけで吐き気がする。それほどにまで酷い光景だったと言えるだろう。厄災の魔物に人々は玩具のように遊ばれ、壊され殺される。数を数えることすら億劫になるほどの蜘蛛の大群は、黒き波となって人々を食い荒らした。白骨だけの死体も多々あったのを確認している。唯一、彼らの褒めるところを上げるとするならば、その食べ方が綺麗だったことだけだ。”──────────神正世界戦争“レジクトの日記より”




 種族解説

【アラクネ】

 “蜘蛛の女王”と言う二つ名が着いている通り、全ての蜘蛛の頂点に立つ女王。

 アンスールは、その三代目であり、ベオークは二代目から産まれた直系個体。アラクネという種族が生まれたのは約4~5万年ほど前と言われており、アンスールは約12000年ほど前にアラクネとなった経緯がある(つまり、ベオークは最低でも12000歳とか言う超ご老人しかも、アンスールとは一応姉妹関係(本人達は知らないが))。

 蜘蛛を生み出すのはアラクネの種族的能力であり、異能や魔法とは一切関係ない。

 様々な個体を生み出すことができ、状況に応じた蜘蛛を生み出すことで殆どの事には対応できるようになっている。

 アラクネという種族はこの世界にたった一体しか存在できない種族であり、何かしらの原因で死んだ場合は最も女王に近いもの又は、女王自ら後継者を指名してに継承されるのが一般的。しかし、中には洗脳にかからなかった特殊個体が下克上を挑む時があり、それに勝てるとアラクネとなる(アンスールの場合はコレ)。

 アラクネが生み出した蜘蛛の個体には直系個体と増産個体と言う2種類があり、直系個体は番を作らずとも子を産め、増産個体はそれが出来ない(ベオークは二代目の直系個体。アンスールは元増産個体)。

 アラクネが生み出した子供には、必ずと言っていいほど洗脳教育が施され絶対に主人を裏切らないように教育され、命令遵守の兵隊となる。しかし、数が多くなればなるほどイレギュラーは生まれるので、例外はいる模様(アンスールとかアンスールとかアンスールとか)。

 ベオークがアンスールの事を“母様”呼びするのは、最上位個体として敬意を払っているからである。

 人々の間で厄災と呼ばれるようになったのは約10000年ほど前の話であり、当時も多大な被害を人類に及ぼした。

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