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 ヌルベン王国の国王であるアーストラム・ヌルベンは、到底国王の自室とは思えない質素な部屋で頭を抱えていた。


 庶民の考えに触れ、庶民の生き方を好んだ王は争いを好まない。


 しかし、一国の王である限り戦争というのを目前に逃げ出す訳にはいかなかった。


 「今頃会議は荒れに荒れているだろうな........」


 国王の脳裏には、激しく言い争い責任を押し付け合う貴族たちの顔が鮮明に浮かぶ。


 この後に及んで力を合わせようとするのではなく、蹴落とし合おうとする辺り貴族らしいと言えば貴族らしいのだが、時と場合を考えて欲しかった。


 提案を持ってきた出世頭の青年は、間違いなく今回の失態の責任を背負わされることになるだろう。


 そして、それに反対していたもの達は此処ぞとばかりにこれの所属する派閥を攻撃する。


 もし、この国が無事に困難を乗りきったその時は、彼を何とか救ってやろうと国王は心に決めつつも今後をどうするのか必死に頭を回転させていた。


 結論が出た翌日、使者に条件を付けての交渉を持ちかけて時間稼ぎをしようとしたが、使者は上に報告することなくこれを承諾。


 呆気に取られている間にも、粛々と契約は結ばれ、“千里の巫女”の継承者は敵国の手に渡ってしまった。


 「読まれていたか。レガルス教会国は、これを機に我が国とパージン皇国を潰すつもりなのだろうな」


 ヌルベン王国は、その立地と国教の違いから緩衝国としての機能があった。


 仲の悪い神聖皇国側のイージス教と正教会国側のイージス教とのぶつかり合いを避けるための国であり、邪魔になれば排除されてしまう。


 イージス教そのものを嫌っているこの国は、どちらに着くという心配が無かったが為に500年という長い年月を生きてこられたのだ。


 更に言えば、“千里の巫女”の力も大きい。


 戦争が起こりそうであれば、反対側に着くぞと脅して戦争をさせないように動いてきた。


 その際、素早く動けたのは“千里の巫女”のおかげである。


 だが、若くして“千里の巫女”が原因不明の死を遂げてしまい、この子供である継承者もまだ1歳。


 例え異能が目覚めていたとしても、それを伝える手段も無ければ見たものを理解するだけの脳も無いだろう。


 だからこそ、あっさりと切り捨てたのだ。


 長年国を守ってくれた恩義にも目を背けて、彼は国の安寧を取った........はずだった。


 国王は深く重いため息を着くと、腰を掛けていたベッドに寝転がる。


 来客を招く事などないその部屋に飾られているのは、小さな花が少量であり、唯一不格好な絵が1枚だけ壁にかけられている。


 「これも天罰と言うやつかな。なぁ?フーレ」


 その絵は、人と呼ぶには些か疑問を持つものであり、子供がぐちゃぐちゃに描き殴った酷いもの。


 しかし、国王はその絵が好きだった。


 既に成人し、自分の跡を継ぐために親元を離れて辺境の地にて色々と学ぶ息子。どこか寂しく思いながらも引き止めることは出来ない国王に、当時6歳だった少女は元気を出してと言わんばかりにこの絵をくれた。


 その時の笑顔は覚えているし、その時の喜びも覚えている。


 孫のように可愛がり、時として心を痛めながらも怒り、祖父のように接した。


 だからこそ、急に無くなった日は信じられなかった。


 守れなかった後悔。代わりに彼女が残した子だけでも守ろうと誓った。


 しかし、それも手放してしまった。


 彼が国王と言う面倒な立場でなければ、そんな事はしなかっただろう。きっと夜逃げでもしたはずだ。


 「最悪息子に代を譲ってワシは死ぬか........それも悪くない。黄泉の世界でフールに会えるだろうからな」

 「フーレってのは、あの先代“千里の巫女”の事か?」


 一瞬、背筋が凍る。


 誰もいないはずの部屋。更に、ここは国王の自室だ。


 もちろん扉の前には兵士が立っているし、自分の許可なしに誰かを入れることは無い。


 強引に入ろうものなら物音のひとつでもするはずなのだが、それすらも無かった。


 国王はベッドから飛び起きると、侵入者を睨みつける。


 全身は黒でおおわれており、顔は真っ白な仮面をつけている。


 レガルス教会国からの刺客なのか、それとも別の用事で来た刺客なのか。どちらにせよ、只者ではなく只事ではない。


 「誰だ貴様は」

 「俺か?そうだな。不慮の事故とはいえそのフーレさんを殺した本人かな」

 「........なに?」


 国王は耳を疑う。


 聞き間違いでなければ、今目の前に立っている刺客は“千里の巫女”を殺したと言っていた。


 「フーレの次はワシか?兵はどうした?」

 「無力化したさ。俺だって好きで殺しをするわけじゃない。それに言っただろ。先代巫女を殺したのは事故だ」


 仮面の主は語った。


 自分が魔王と戦いっている際に手を出されたから反撃したのだと。


 にわかには信じがたい話だ。


 魔王が復活した場所は旧サルベニア王国。ここから相当距離が離れている。そんな場所から、巫女を殺せるとは到底思えなかった。


 「それを信じるとでも思うのか?」

 「それはあんたの自由だ。さて、ここで提案がある。不慮の事故とは言え、先代“千里の巫女”を殺してしまったのは事実。俺はその罪滅ぼしがしたい」

 「........」

 「まず、レガルス教会国は俺達が相手してやる。信じられないなら兵士を出すのは構わないが、恐らく何も残っていない更地になるだろう」

 「........」


 国王は何も言わない。


 「次に、あの子........継承者を助け出してやる。正確には攫う」

 「........」

 「おや?これにも反応しないか。随分と仮面を被るのが上手いな」

 「仮面を被る貴様に言われたくない」

 「おっと、そりゃそうだ。1本取られたな!!アッハッハッハッハッ!!」

 「........」

 「そこは笑ってくれよ。俺が1人で笑うヤベー奴ななるじゃないか」


 国王は睨みつけるだけで何も言わない。


 笑えるような状況でもないからだ。


 「ユーモアが足りないな。追い詰められている時こそ心に余裕を持った方がいいと思うぞ。追い詰めた原因を作った俺が言うことでもないとは思うがな........まぁいい。取り返した子はこの国に返さない。理由はわかるか?」

 「簡単に切り捨てようとしたからか?それとも自由に生きられないからか?」

 「どちらも正解だ。ツテがある孤児院に預けるつもりだ。だがなぁ、どんな子供にも親は必要だ。その親を殺してしまった手前、俺が言うなと言われても仕方が無いんだがな。さて、ここからが本題だ。アンタ、国王を辞めて継承者の親代わりをする気は無いか?」


 国王はほんの少しだけ沈黙した後、重々しく呟いた。


 「........なぜワシだ」

 「いや、国王って足枷がなきゃ、いい人だと思ってな。それに、先代からも随分と親しまれていたんだろ?」


 仮面を被った刺客はそう言うと、壁にあった絵に目を向ける。


 国王は、なぜ知っているのかという言葉を飲み込んだ。


 「ワシにあの子の親となる資格はない。1度手放したのだからな」

 「........そうか」

 「だが、もし、もしも、貴様の言う通りあの子を取り戻せたのなら最後に顔を見たい」

 「お易い御用だ。我が誇りにかけて必ずその依頼は達成しよう」


 最後に漏らした国王の本音を聞いた仮面の刺客は、どこか嬉しそうにそう言うと部屋を出ていく。


 その後、先代“千里の巫女”の墓にヌルベン王国では死者に手向ける花として使われる“リントウ”の花と、謝罪を意味する“カモミーレ”の花が大量に添えられていた。


 王城内にある墓標の為、城内にさらなる混乱を招くことになったのだが、国王はその送り主があの仮面の刺客だと分かると静かにその墓標に手を合わせ、自分も“カモミーレ”の花を添えたのだった。

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