ラヴァルラント教会国②
森の中で昼食を済ませた俺たちは、子供達が戻ってくるまでの間のんびりとしていた。
街に出向いてもいいが、正教会国側のイージス教を信じている国は大抵がろくでもない。
シズラス教会国然り、総本山である正教会国然り。
奴隷が悪いとは言わないが、その扱いの酷さを見るのは争いを好まない平和ボケした日本人にはキツイものがある。
大量殺戮をしようとしている奴が何を言い出すのかと言われれば耳が痛いが、人間とは昔から自分勝手な生き物なのだ。
「はい、俺の勝ち」
「うみゃァァァァァ!!また負けたぁ!!」
「ふははは!!角は確かにひっくり返されないが、だからといって勝てるわけじゃないんだよ!!」
『これはひどい。ジンの性格の悪さがよく出てる』
「ママどんまいなの」
頭を抱えて発狂する花音の視線の先には、オセロ盤が置いてある。
角四つが白になっているが、それ以外は全て黒く染まっていた。
いやぁ、こっそりオセロの勉強をしておいてよかったな。以前なら中々にいい勝負をしていたが、今回は面白いほど花音が誘いに乗ってくれたのだ。
正直、とっても気持ちがいい。案外負けず嫌いな花音の事だ。再戦を要求してくるだろうが、勝ち逃げさせてもらう。
俺が心の中でそう思っていると、花音は悔しそうに人差し指を立てる。
「もう1回!!もう1回!!こんなにタコ負けしたのは久しぶりだよ!!」
ほらね。再戦を要求してきた。
そして、俺はにっこりと笑ってこう言ってやる。
「嫌だね。俺は勝ち逃げさせてもらうさ。久々に気持ちよく勝てたんだから」
「うぐぅ、ベオーク!!勝負しよ!!」
『えぇ........ワタシが憂さ晴らしに使われるやつじゃん』
「ベオーク、私も手伝うの!!2人でママを倒すの!!」
『いや、多分負ける........って聞いてないし』
ベオークは恨めしそうに俺を見るが、気分良く勝った俺には通じない。
何処吹く風といった感じで肩をすくめると、ベオークは諦めてオセロ盤に向き合った。
頑張れ2人とも。多分というか、ほぼ100%勝てないだろうが、応援はしてるぞ。
そうして始まった花音vsイス&ベオークの対決を見ていると、俺の服の中から蜘蛛がひょっこりと顔を出す。
街の情報を集め他にしては早い。問題でも起こったのだろうか?
「随分と早いな。何か問題があったのか?」
「シャ?シャー」
「え、もう終わったの?まだ1時間ちょっとしか経ってないだろ?」
「シャ」
蜘蛛は少し誇らしげに胸を張りつつ、影から紙束を渡してくる。
嘘やろ。こんな短時間に、これだけの情報を集めて紙に纏めたのか。
吸血鬼の王国を調べた時なんて、半日近くかかっていたのに随分と進歩したものである。
俺は蜘蛛にお礼を言って軽くその頭を撫でてやると、蜘蛛は喜びながら影の中に戻って行った。
「花音達はまだ戦ってるし、俺だけで見るか」
ここで勝負を止めようものなら、半ギレした花音を横に報告書を確認する羽目になる。
少し構ってあげれば機嫌を直すだろうが、その間が気が気では無いので大人しくしておこう。
ペラペラと報告書をめくりながら、子供達が集めた情報に目を通す。
ラヴァルラント教会国の辺境街サルベ。
近くにある川と栄養を多く含んだ土、更に比較的温暖な気候のおかげで食料に困ることはなく、建材は近くにある森から切り出すため木材の心配もなし。
更に、森の中には多くの薬草や魔物が生息しており、魔物もさほど強いものは居らず、食用や素材になるものが多い為、このラヴァルラント教会国の中でも発展した街になっているそうだ。
教会の力が強く、街の顔役として街を収めている。多少の腐敗は見られるものの、総本山である正教会国よりは幾分かマシであり、比較的暮らしやすい国と言えるだろう。
人間にとっては、と言う前置きが着くが。
正教会国側のイージス教を国教にしているだけあって、この国における人間以外の種族の扱いは酷い。
人間以外は全て奴隷であり、扱いも人ではなくモノだ。
人権なんて知ったこっちゃねぇと言わんばかりの法律は、かつて鉤十字が行っていたユダヤ虐殺並である。
気分で殴られ、気分で蹴り飛ばされ、気分で殺される。
一応、奴隷を買った持ち主の道具と言う認識になるため、他人が奴隷に何がすることは無いが、主人が憂さ晴らしに殴る蹴るは当たり前であり、殺したとしても罪には問われない。
むしろ、教会が主導して行っている辺りタチが悪い。
更に、辺境の街ということで犯罪組織の温床にもなっている。
一般市民に被害が出ることもしばしばあるらしいが、これはどの国に行っても似たようなものなので仕方がないだろう。
国ができたのはおよそ200年程前。詳しい歴史は分からないものの、2500年以上も前から存在する国もあるのを見れば、まだまだ若手と言える。
しかし、200年もあれば人の考えというのは浸透し、そう簡単に変わることは無い。
教皇の爺さんが言う通り、皆殺しにした方が早いのは間違いなかった。
「1つの街でこれだけ調べられれば十分だな。ここはラヴァルラント教会国のようだし、首都に向けて移動するか。ついでに周辺地形の把握もしないとな」
この山脈を超えて進軍できるようになれば、かなりのアドバンテージになるはずだ。
なのにそれをしようとしない。なにか理由があるのか?
「むむぅ........勝てない」
『相変わらず強い』
「ふーははは!!仁にはボコされたけど、私はまだまだ強い!!」
大まかに報告書を見終えると同時に、イスたちの戦いも終わったようだ。
案の定、花音はイスとベオークをボコボコにしたようで、機嫌が良くなっている。
大人気ねぇとは思うが、その原因を作った俺は何も言わなかった。
「ママ!!もう1回!!」
「やだ!!私は勝ち逃げするんだ!!」
もう1回とせがむイスと、勝ち逃げを宣言する花音。
原因を作ってしまった俺は、静かにため息を着くとイスの前に座って準備を始めた。
「なら、俺とやろう。大丈夫、ハンデとして四つ角全部置いてていいから」
「ホント?!やるの!!負けないの!!」
『先程の恨み、晴らす時。容赦しない』
元気よく手を上げるイスと、若干殺気の混ざったベオーク。
俺達は、もう暫くだけオセロを楽しんだ。
え?結果?
手加減してギリギリ負けを演出したよ。
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森の中、日をも遮るほどに生い茂る木々の中で1人の大天使はある人物を待っていた。
「あら、私の方が遅かったですか」
「久しぶりですね」
「お久しぶりです。四番大天使」
現れた人物は仰々しく頭を下げると、その目を細める。
この計画は彼女がいなければならない。その信頼を勝ち取るために、有効な札を切ったはずだ。
四番大天使と呼ばれた天使は、顔を顰める。
「その呼び方辞めてくれないですか?」
「失礼。シュナ様。昔の癖がつい」
「まぁいいです。要件をさっさと済ませましょう」
大天使、黒百合朱那は、その手に持っていた1枚の紙をその人物に手渡す。
その人物は、何も言わずに紙を広げると目を見開いた。
「これは........」
「これが私の答えです。乗りましょう。あなたの計画に」
その人物はニヤリと笑うと、右手を差し出した。
「よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
戦争が起こる裏で、彼女達も動き始める。




