異世界の大天使は仲間を望む②
若干キャラが変わっている黒百合さんが、ドラゴンに戻ったイスにテンション高くはしゃぐこと暫く。ようやく落ち着いた黒百合さんは、イスの頭を撫でながらニコニコと機嫌が良さそうにしていた。
その機嫌の良さの裏に隠れて、イスの顔は疲れ切っていたが。
「凄いね!!質量保存の法則とか知ったことかと言わんばかりの変身!!正に人智を超えた所業だよ!!」
「お、おう。それは何より?」
「卵に2人の魔力を混ぜたからこうなったんだよね?」
「一応、有識者からはそう聞いているな」
「私も、魔物の卵に魔力を入れたら人化できる魔物が産まれるかな?」
「それは分かんねぇな。イスは例外中の例外だろうし」
イスの種族は蒼黒氷竜ヘルだ。しかも、世界樹も呼ばれる特殊な異能を持っている。
世界に一体しか存在しない厄災級魔物であり、青竜の血を受け継いだ変異種。
人化できる魔物の種類はかなり少なく、ドッペルゲンガーのような種族でないと人化はできない。
ドラゴンでありながら人間になれるイスがおかしいのだ。
「私もどこかで魔物の卵を貰ってこようかな........」
「盗んでこようかなの間違いだろ?それと、黒百合さんって天使だから魔力込めても人化する可能性は低いと思うけどな」
「むむむ?天使だとなんでダメなの?」
「俺の中じゃ天使は人のカウントに入らないからかな。人じゃない魔力を入れても人化はできないだろ?」
「え?それじゃ仁君は私を人と思ってないの?」
「友人ではあるが、人ではないと思ってる。寿命が無くて、背中から翼が生える奴を人間と言い張れるなら人間なんじゃないか?」
我ながら酷い言いようだが、こういう事ははっきりと言っておいた方がいい。
黒百合さんなら気にするような性格ではないだろうし、何時かポロッと言われた時の方がダメージが大きそうだと判断したからだ。
面と向かって言えば、黒百合さんは案外人の考えを肯定的に捉えてくれる。
「んー、そういえば神聖皇国の人たちも私を人間扱いしなかったなぁ........花音ちゃん花音ちゃん。私は人間?」
「天使だねぇ。天使は天使って言う種族だと私は考えてるから、人間と同じ枠組みには入らないかな」
「じゃぁ、獣人は?」
「人種の一種ではあるけど、人間では無いかな」
「エルフは?」
「獣人と同じ」
「亜人は?」
「亜人は天使と同じ括りかな。亜人は亜人」
「イスちゃんは?」
「ドラゴンだねぇ。紛れもない立派なドラゴンだよ」
花音はそう言うと、トコトコと寄ってきたイスを抱き抱えて背中を撫でる。
立派なドラゴンと呼ばれたのが嬉しかったのか、イスの顔は緩んでいた。
「天使、天使ねぇ........ねぇ仁君」
「ん?どうした?」
黒百合さんに視線を戻せば、どこか緊張した顔をしている。
今から言うことを少し躊躇っているような、そんな印象を受けつつ、俺は次の言葉を待った。
「........仁君は傭兵団をやってるんだよね?」
「そうだな。アレを傭兵団と言うにはちと無理がありそうだが」
半分以上が魔物で、残りも人類の敵だったり獣人の嫌われ者だったりするのだ。
黒百合さんが想像する、荒くれ者が集う傭兵団とはかけ離れているだろう。
「その傭兵団に、私ともう1人入れてくれないかな?」
「........へ?」
あまりに予想外な一言に、思わず上擦った変な声が出る。
黒百合さんが俺達の傭兵団に?なんで?
「神聖皇国はいいのか?」
「興味無いよ。調べたいものもあらかた調べたし、奥の禁書庫は覗けないし。それにほら、ここの人達って私を神の使い扱いするでしょ?息苦しいんだよね........」
普通の女子高校生が、急に神様扱いされるのは確かに息苦しいだろう。
出ていってもいいが、できるなら知り合いがいる所に行きたいと言ったところだろう。
気持ちは分からないでもない。俺もいきなり神様扱いされたら困るし、ずっと一線を置かれ続けるのは窮屈だ。
黒百合さんの性格は知っているし、受け入れる事自体には問題は無い。が、幾つか問題がある。
「俺としては構わないが、問題もあるぞ」
「と言うと?」
「まず、俺の傭兵団には、魔物が半数以上いる。ほとんどが厄災級魔物だ」
「龍二君が言ってたけど、本当なんだね。アイリス団長やシンナス副団長には話しても冗談と受け取られていたみたいだけど」
まぁ、普通厄災級魔物が17体もいる傭兵団ですって言っても信じられないわな。
この世界で、厄災級魔物がどのような魔物なのかを知っているこの世界の住人なら尚更に。
信じられないと思ったから、俺もアイリス団長には魔物とだけしか言ってないのだ。
「次に、今から言うことはこれは他言無用だ。それを理解した上で聞いてくれ」
「?」
頭に?マークを浮かべながら首を傾げた黒百合さんを見ながら、俺は今後起こる世界大戦について簡単な説明をした。
あの馬鹿な五人がおれを殺した(殺そうとした)と真実を知った時は、思わず後ずさる程の殺気を感じたが、その後彼らがどうなるかを聞いたらひとまずは落ち着いてくれた。
これはアイリス団長が言っていたとおり、俺達が黒百合さんに会いに行かずに馬鹿五人のことを知ったら間違いなく殺してたな。
この世界に来て、人を殺すことに慣れてしまっている黒百合さんの事だ。何ら躊躇いもなくあの五人を最も苦しめる方法で殺す事だろう。
「なるほど。それで仁君達が第八の魔王に認定される可能性があると」
「そうなれば、厄介事が舞い込んでくるに違いない。傭兵団に入るとなると、そのリスクが付くがどうする?」
黒百合さんは俺の問いかけに、一切躊躇う事無く答えた。
「いいよ。何事にもリスクはつきものだからね。もう1人も納得してくれると思うよ」
「その、もう1人ってのは誰なんだ?」
先程から言っている“もう1人”の存在。
黒百合さんが誰かと会っているなんて報告は受けてないんだが、目を撒いた後に誰かと会っているのか?
黒百合さんは、人差し指を口元に当てて静かに笑う。
「それは、秘密。あ、でも、2人とも気に入ると思うよ。すごく可愛い子だし」
「可愛いって事は女の子かな?」
「うん。でも安心して花音ちゃん。あの子、女の子にしか興味ないから」
「いや、それはそれで不安なんだが?」
俺じゃ無くて花音が狙われる可能性ありってことじゃないか。
あれ、どこぞのロリ店主も同じような感じだったような........あぁ、でもアイツは変人には興味なしだったな。
俺は脳裏に浮かび上がったロリ店主を、頭を横に振って振り払う。
よっぽどヤベー奴でない限りは、受け入れてあげるとしようと心に決めながら。
「いつから入る?今日からでも問題ないが........」
「あ、まだやり残してることがあるから、それが終わってからでいいかな?しばらくは神聖皇国にいるの?」
「戦争が始まるまではここに滞在するつもりだな」
「うーん、戦争までに間に合うかなぁ........まぁ、終わったら声をかけるよ。それじゃこれからもよろしくね団長さん」
にっこりと笑って差し出された右手、俺はまさか龍二の代わりに黒百合さんが入るとはと内心驚きながらもその手を取った。
「よろしく。黒百合さん」
こうして、人外魔境の傭兵団に天使と言う人外が入団してきたのだった。




