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色覚異常

 エドストルは覚えている。


 かつて両親を殺した剣士を。


 エドストルは覚えている。


 その剣士の剣を。


 エドストルは覚えている。


 その剣士が言うには両親を殺したのは事故だと。


 エドストルは覚えている。


 その剣士が正教会国に帰ると呟いたのを。


 エドストルにとって両親はかけがえのないものだった。


 自分の異能は人の目を欺くには持ってこいだった。


 獣人の中でも災いの子と忌み嫌われる白色の獣人の姿で生まれてきたにも関わらず、その能力を持って自分の見える色を変えていた。


 だから、普通に生活できたし、普通に学園にも通えた。


 そこで必要なものを学び、あと二年で成人となるはずだった。


 しかし、順風満帆だった彼の人生は嵐に飲まれる。


 どこからともなくやって来た剣士に両親を殺されたかと思えば、自分が白色の獣人だと見破られたのだ。


 当時のエドストルは、さほど戦う力を持っておらず両親を殺されたショックもあり、あっさりと剣士に捕まえられ、獣王国に売られてしまった。


 あの時、逃げていればと思う反面、逃げられるとは到底思えない。


 獣王国の闇市に流れたエドストルは、復讐を考えながらもどうしようもない現状に絶望していた。


 自殺もできず、闇市からも逃げられない。


 例え逃げれたとしても、白色の獣人が獣王国で生きていくのは厳しかった。


 もちろん、自身の持つ異能を使えば、多少は誤魔化せるだろう。


 しかし、真の強者に能力は通じない。


 そんなどうしようもない日々を過ごすこと8年。


 ついに転機が訪れる。


 エドストルを買った人間がいたのだ。


 白色の獣人と言うのは獣人の中ではかなり嫌われており、余っ程の物好きでない限りは買われることがない。


 さらに言えば、どこか不穏な雰囲気を纏ったエドストルはほかの奴隷よりも気味が悪く見えた事だろう。


 だが、その人間はそんな事を全く気にもせずに自分を買っていったのだ。


 エドストルにとってこれはチャンスだった。


 奴隷から自由の身になれる抜け道があるのは知っている。方法は分からないが、少なくとも闇市にいるよりかは可能性があった。


 まずは大人しく様子見を。そう思っていたエドストルだったが、自分を買った人間は想像以上にイカれていた。


 まず、奴隷を奴隷として扱わない。


 奴隷なんぞ、金さえあれば替えの効く玩具に等しい。


 金があまり余っているなら、遊びとして壊されることも珍しくない程だ。


 そして、闇市で買い物をするような奴は基本的に金があまり余っている。


 壊される前に何とかしなければと思っていたエドストルにとって、この対応は拍子抜けだった。


 次に、彼が団長を勤める傭兵団揺レ動ク者(グングニル)


 これが最もエドストルにとって、否、買われた獣人達にとって驚きと恐怖をもたらしたものであろう。


 ただの子供だと思えばドラゴンで、仲間の殆どは厄災級魔物。


 唯一マトモなのが、かつて人類を裏切ったダークエルフの姉妹だと言うのはどう考えてもおかしい。


 そして何より、それらを纏める仁もおかしかった。


 自分の復讐のために世界戦争を巻き起こす計画を立てるわ、かつて人類を恐怖させたはずの魔王に嬉々として挑むわ、聞いた話では吸血鬼の王国にすら戦争を吹っかけている。


 流石のエドストルも、ここまで来ると逃げる気は無くしてしまっていた。


 とはいえ、復讐そのものを諦めた訳では無い。


 世界戦争は仁も参加する。上手く交渉出来れば、自分たちも正教会国との戦争に参加出来るかもしれない。


 そう思ってダメ元で自分達のリーダーであるシルフォードに頼んだみた所、あっさりと許可が出た。


 怒られることすら覚悟していたエドストルからすれば、肩透かしもいい所である。


 そして、今彼は戦争前の準備として迫り来る魔物の前に立っている。


 「人生、何があるか分からないとは言いますが........本当になにがあるか分からないですね。普通に生きてきても、まず体験できないようなことばかりです」


 迫り来る魔物。


 エドストルは、散歩に行くかのような軽い足取りでその魔物の群れに向かっていく。


 既に戦闘は始まっており、仲間のダークエルフ姉妹や獣人の姉弟が暴れる音が響く。


 「やはり、派手ですね。私の異能と取り替えて欲しいぐらいですよ」


 誰も聞いていない。ただの独り言。


 その独り言は自分を震え立たせるためか、それとも絶対的自信から来る余裕か。


 それは本人にしか分からない。


 「さて、私の異能は相手を選びましてね。仲間内でしかほとんど使った事がないので、魔物にどれほど効くのか分からないんですよ。ですから────────」


 エドストルは、その右手に持った灰輝鉄(ミスリル)の剣を魔物達に向け、宣言する。


 「実験台になってください。|色覚異常《Colorablind》」


 次の瞬間、先頭を走っていたゴブリン達が平衡感覚を失ったかのように転ぶ。


 ゴブリンだけではない、オークもスコーピオンすらも真っ直ぐ走ることはできなくなっていた。


 そして、バランスを崩した魔物たちは、後ろから迫る魔物の波に飲み込まれていく。


 その様子を見たエドストルは冷静に呟いた。


 「なるほど。視覚にさほど頼らないスコーピオン系の魔物には効果が薄いようですね。それと、体格も原因ですか」


 そう言いつつ、エドストルは迫り来る魔物に向かって剣を振るう。


 剣士の基本として、剣に魔力を纏わせる技術がある。


 剣を魔力と覆うことで、その剣は更なる斬れ味と頑強さを手に入れるのだ。


 そして、鉄の種類によって魔力の伝導率が違う。


 世界で最もと硬く、最も鋭く、最も魔力を通す鉄。


 それが、灰輝鉄(ミスリル)だ。


 そして、使い方次第ではその剣は飛ぶ斬撃となる。


 「自己像幻視流一式“飛斬空虚”」


 熟練の剣士ですら、ここまで滑らかに動くことは出来ないだろう。


 それほどにまで自然に振るわれた剣は、その剣に纏った魔力と共に空を飛び、魔物を切り裂く。


 切り裂かれた魔物の中には、鉄以上の硬度を持つと言われる結晶(クリスタル)スコーピオンもいた。


 その切り口は一流料理人にさばかれた刺身のように綺麗、尚且つ滑らかであり、滴り落ちる血すらも一種の芸術だと見間違える程だ。


 扇状に広がった魔物の死体を、エドストルは満足そうに眺めながらもう一度剣を振るう。


 上段に構えた剣を振り下ろす。


 ただそれだけだが、先程よりも速い。


 その剣は、振り下ろされたと気づいたその時には、魔物たちは切り裂かれていた。


 「自己像幻視流二式“一文路”」


 エドストルの異能は戦闘向きではない。


 さらに言えば、素手での格闘もあまり得意ではなかった。


 しかし、剣の才能は多少ある。


 ドッペルゲンガーという師の元で鍛え上げたその剣を、エドストルは“自己像幻視流”と名乗り剣を振るう。


 「さて、この剣で地竜(アースドラゴン)は切れますかね?いやまぁ、切れないと困るんですが」


 そう呟きながら、エドストルは再びその剣を振るうのだった。

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