名前負けの精霊王
イスとシルフォードのトラウマを軽く抉ってしまいながらも、俺達は特に問題なく大エルフ国の首都であるグリエレの街に入った。
アゼル共和国ならばその権力を使って待ち時間無く街に入れるが、小国の威厳など大国の前では意味が無い。
ここで威張り散らして問題になっても困るので、大人しく列に並んでの入場だ。
「以前来た時と変わらんな」
「そうだね。木を多く使った建物ばかりだよ。緑が多くて目に優しいね」
「神聖皇国はギラギラしてて目に悪いもんな........」
白を基調とする神聖皇国は、その太陽の光を反射して俺たちの目にダメージを与えてくるが、自然を壊さないように作られたこの街は陽の光を吸収して暖かな空間を作り出している。
神聖皇国も少しは見習ってどうぞ。
基本、森の中で暮らしていた俺や花音からすると、自然を感じ取れるエルフの街づくりは肌にあっていた。
異世界に来て4年近くになるが、森で過ごしていた期間の方が長いしな。
なんなら、今の拠点も森の中だし。
「私もこっちの方が好きなの!!自然の匂いがするの!!」
「私は神聖皇国の街並みを知らないからなんとも言えないけど、故郷を思い出すこの感じは好き」
『これはいい。落ち着く』
イスとシルフォードにもこのエルフの街並みは好評だったようで、影の中にいるベオークも気に入っているようだ。
自然を協力壊さずに、人が住める街並みを作り出すエルフの技術は素晴らしいものである。
「さて、先ずは宿を取りに行くか。今日一日でさらに会えるかどうかは分からないからな。情報集めも兼ねて5日ほど滞在するか」
「いいねぇ。リーゼンちゃんの訓練の方も、リーゼンちゃんが何か忙しくなったみたいで1週間程お休みだし、のんびりできるね」
「それでも、毎日報告書は送られてくるし、それの確認をしなきゃならんがな........」
二十四時間年中無休で積み上がる報告書。最近はだいぶマシになったが、それでもそれなりの量を見なければならない。
本当に重要な案件は“すぐに見ろ”と急かされるので、それ以外はゆっくりでもいいのだが、あまりゆっくり過ぎると溜まっていってしまう。
こんな所にまで来て仕事とはやってやれないが、それでも揺レ動ク者の団長として仕事をサボる訳には行かない。
やっぱ俺は、人の上に立てるような人間じゃないよ。
そう思いながらしばらく歩くと、見覚えのある1本の木が見えてきた。
他の家と同じように木の中をくり抜いてできたその宿は、相変わらず人っ子一人いない。
俺はその扉を開くと、元気そうな婆さんがこちらを見てどこか驚いたような表情をして出迎えてくれた。
「おや?人間が来るとは珍しいね」
「........人間が来たら悪いのかい?」
「いやいや、そんな事はないさ。人間だろうが亜人だろうが歓迎だよ」
いつぞやの会話をなぞるかのように、俺と婆さんはどこか懐かしそうにやり取りをする。
随分と面白い対応をしてくれたものだ。俺がこの会話を覚えていなかったら、どうするつもりだったのだろうか。
以前と何ら変わりない婆さんは、その曲がった腰に手を当てながら立ち上がると壁にかかっていた鍵を2つ取ってこちらへ投げてくる。
「3人部屋と一人部屋だよ。4人の方が良かったかい?」
俺はチラリとシルフォードを見ると、シルフォードは小さく頷く。
このままでいいと言うことだろう。
「大丈夫だ。それよりも、久しぶりだな。俺達のことは覚えているかい?」
「ほっほっほ。覚えているさね。ここに来る人間なんぞ、片手で数えるほどにしか来ないからの。私がボケてなければ記憶に残っているよ」
「そりゃよかった。まだボケが来てないってことは、若々しいってことだ。まだ100年は生きられるんじゃないか?」
「だといいがね。100年は長いよ。精々後30年ってところだろうさ」
ケラケラと笑う婆さん。
あと三十年は生きるつもりなのか。やはりエルフは時間感覚が狂っるな。
「それで?今回は何をしに来たのだ?観光という訳ではないのだろう?」
「その通りさ。俺の頭を燃やそうとしていた人型のサラマンダーを覚えているか?」
「ほう、あのやんちゃ少女だったな。覚えておるぞ。そこの子と仲良く喧嘩しておった」
「そうそう。そのやんちゃ少女なんだが、この国を去った後にも着いてきてな。どうせなら契約させるかと思って、仲間のひとりに契約させたんだよ」
「ほう!!精霊が見えるものが仲間におったのか!!........話からして、そちらのフードを被った奴だな?」
「その通りだ。訳あってフードは取れないが、まぁ、悪いやつじゃないから気にしないでくれ。それで、そのサラマンダーの子が上位精霊になるためにこっちに戻ってきていてな。進捗を聞きに来た」
俺がそう言うと、婆さんは口を大きく開け、目を見開いて固まってしまう。
シワシワの顔が更にシワシワになり、下手な変顔より面白い顔になっていた。
「おい?バーさん?どうしたんだ?」
「し、知っいるのか?精霊の位を上げる方法を」
「俺は知らん。知り合いがサラに........あ、サラってのはあのやんちゃ少女の事な。サラに教えたらしくてな、サラはそれを実践中らしい」
俺の言葉を聞いた婆さんは、目を充血させながら俺の方を掴む。
あまりの速さに反応できなかった。
婆さんは俺の方を思いっきり揺らしながら、俺に問いかける。
「その、その方法を知っている者に会えないのか?!」
「どうしたんだよバーさん。精霊の専門家なら知ってるんじゃないのか?後、あまり揺らさないで。酔う」
「おっとすまぬ」
俺かは手を離した婆さんは、興奮を残したまま俺達のことを一切考えずに語り始めた。
「精霊の位を上げる方法はまだはっきりとは分かっておらぬ。保有する魔力量が大きくなればなるほど精霊の位は大きくなるとこはわかっておるが、その魔力をあげさせる方法がわからんのだ。人と同じように鍛えれば多少は魔力量が増えるようじゃが、限界はあるのでな。精霊の研究家達は色々と試してはいるものの、その条件は分かっておらぬ。精霊王が知っていると言う噂もあるがな」
「精霊王って言うと、“精霊王”ミューレの事か?」
「違う。そちらの精霊王ではなく、真なる精霊たちの王のことだ。精霊王様はエルフ達とは契約せぬからな」
あぁ、そういえばファフニールも火の精霊王に話を聞いたとか何とか言ってたな。
そして、その方法をサラに教えたとか言ってた気がする。
ってか、精霊王って二つ名なのに精霊王と契約してないのかよ。
「“精霊王”って名前負けしてね?」
「しておるな。本人もあまりこの二つ名を気に入っておらぬようだから、もし、本人にあったら言わぬ方がいいぞ。昔ミューレを怒らせて叩きのめされたやつがおったのでな」
「それは怖いな。気をつけるとするよ」
「それで!!会えぬのか?!その精霊の位を上げる方法を知る者には!!」
チッ、話題を逸らそうとしたもののこの程度では無理なようだ。
俺としては別に合わせてもいいのだが、さすがに厄災級魔物と知り合いというのがバレるのは避けたい。
ここは嘘をつくしかなった。
「悪いが、今どこにいるのか知らないんだよ。たまたま出会ってポロッとサラにアドバイスしただけらしいなからな」
「その見た目は?」
「人ではなかった」
「む?となるのまさか──────────」
思考の渦にトリップしてしまった婆さんを見て、研究者ってめんどくせぇなと思う俺なのであった。




