サラに会いに行こう
リーゼンお嬢様に戦い方を教え、中々パンチの効いたオカマ店主がいる店で飲んだ次の日。
俺達は、大エルフ国に向かって空を飛んでいた。
「........怖い」
「そういえば、シルフォードはイスの背中に乗って飛ぶのは初めてだったな。高いところは苦手か?」
「高いところと言うより、このスピードで飛ばれるのが怖い。気を抜くとそのまま吹っ飛ばされて落ちそう」
「気持ちは分からんでもないな」
俺も、初めてイスの背中に乗って空を飛んだ時は割と怖かった記憶がある。
最近では身体強化などを使って割と快適に暮らせているが、初めの方はしがみつくので精一杯だったからな。
少し焦りの見えるシルフォードを見ていると、花音が話しかけてくる。
「今回はシルフォードも連れていくんだね。いいの?ダークエルフだけど」
「本当なら辞めておきたいが、サラの契約者はシルフォードだからな。サラに逢いに行くなら、契約者を連れていくのは必須だろ」
今回は、俺と花音イス、ベオークに加えて、シルフォードも連れてきている。
バルサルの街ではマルネスにあっさりと見破られてしまったが、魔道具を起動した上でフードを被っていればほぼバレないらしい。
余程のことがない限りは、バレたりはしないだろう。
マルネス曰く、ドッペルが作った魔道具の起動をあっさりと見破れるのはマルネスの他に2人しかいないそうだしな。
「バレないように頑張る」
「バレても別に困らないから、気楽にな。バレて戦いになっても、俺達を捕まえられるほどの技量を持ったやつは少ないだろうし、最悪ファフニール辺りでもけしかけてやれば混乱するからな」
「........バレないように頑張る」
俺の言葉を聞いて、何故か更に気合を入れたシルフォードは、可愛らしく手をグッと胸の前で握りしめていた。
俺たちの拠点から、大エルフ国はさほど遠くない。もちろん、陸路で歩いていこうものならそれなりの時間がかかるが、俺たちの場合は空だ。
何か障害に邪魔されることも無く空を飛び続けた俺たちは、国の象徴である精霊樹が見える首都に着いたのだった。
人の気配がなく、視線が通らない森の奥に降り立つと影からベオークが俺の背中に文字を書く。
『ワタシ、エルフの国は初めて。ワクワクしてる』
「あれ?ベオークって大エルフ国に着いてこなかったっけ?」
『いなかった。あの時は母様に頼まれ事してたから』
「そっか。ベオークも精霊は見れないから、正直ただの街だぞ。精霊が見える人からすれば、様々な精霊が飛び交う幻想郷に見えるらしいけどな」
『それは知ってる。精霊を見れないのは残念だけど、ほかの楽しみ方もある』
「例えば?」
『普通に精霊樹を見たい』
「それはまた普通だな。もう少し捻った回答はできなかったのか?」
『ジンはワタシに何を求めてる?ワタシはネタ要因じゃない』
「じゃぁ、ネタ要員は誰だ?」
『ファフニール』
うん。まぁ、ネタ要員と言えばネタ要員なんだけど、格上相手を容赦なくネタ要員扱いできるベオークさん流石っすわ。
さすがの俺でも、少し躊躇うぞ。
俺がベオークの容赦の無さに若干引いていると、シルフォードがどこか遠い目をしながら呟く。
「サラ、どうなってるかな........筋肉ムキムキだったりしたら私、泣くかもしれない」
「私と仁は見た目を知らないからなぁ........イスもシルフォードも絵心なくてよくわかんなかったし」
「あの日ほど自分の絵心のなさを呪った日はない」
「お絵描きの勉強を本気で考えたの」
「あの絵は........そうだな。お世辞にも上手いとは言えないな」
『そもそも人に見えなかった』
以前、サラの姿が見えない俺たちの為にイスとシルフォードが絵を書いてくれたことがあったのだが、その絵はハッキリ言って絵と呼べる品物ではなかった。
俺は何とか褒めようかと思ったが、本人たちもこれは無いと思っていたようで物凄く凹みながらその絵を店に来たのを覚えている。
いまでは笑い話だが、その時の空気は酷いったらありゃしない。
普段は空気を読まない厄災級魔物の連中ですら、言葉につまりながらもフォローを入れようとする地獄絵図が完成していたのだ。
あの空気は二度と味わいたくない。
しかし、絵を書かれたサラ本人は、自分を書いてくれたという事実がとても嬉しかったようでシルフォードの部屋にイスの絵とシルフォードの絵を飾ってあるそうな。
シルフォードはその酷い絵を毎日見せられて気が滅入ると言っていたが、サラはものすごく嬉しそうにしていたので何も言えなかったらしい。
なんと言うか、シルフォードもシルフォードで苦労してんだな。
「サラの見た目が変わってたら、又二人に絵を書いてもらうか」
「ホント勘弁して団長。私のお給料減らしてもいいから勘弁して」
「おやつ控えるから勘弁して欲しいの。あの空気は耐えられないの」
冗談で言ったら、マジトーンで返ってきた。
どうやら、絵を描くことは2人にとって軽くトラウマになっているようだ。
皆が必死で気を使ってフォローしようとしてるのを見れば、トラウマにもなるわな。
「あーうん。分かった。書かなくていいからそんなに落ち込まないで」
「ここまでトラウマになってるとは思わなかったよ」
『まぁ、同じ立場ならトラウマにもなるかな』
三者三様な反応を見せながら、俺達は大エルフ国の首都に向かって歩き始めた。
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下位精霊が中位、上位精霊になるには、その保有する魔力量を増やす必要がある。
「───────っ!!」
揺レ動ク者に所属する精霊、サラは己の魔力を高めるために精霊樹の中で修行をしていた。
ファフニールに教わったやりたかは、サラにとてつもない負担をかける代わりに急激に成長することができる。
契約者であり、母親的存在のシルフォードの為にサラは少しでも早く強くなりたかった。
「────────っ.........っ!!」
己の中に流れ込む魔力が、サラの魂の形を強引に変えていく。
魂の形を変えることは容易ではない。既に出来上がった器を割れないギリギリで、無理やりこじ開けるのだから。
何となく引かれた人間に着いて行ったところで出会った1人の友人と、契約者。
短い間しか過ごしていなかったが、精霊樹周辺の世界しか知らなかったサラにとって2人の存在は何者にも変え難いものになっていた。
1人は自分よりも強い。守る必要などないだろう。だが、もう片方は弱い。
サラは彼女の過去を聞いている。サラは彼女の未来を聞いている。
だからこそ、サラはその力を彼女のために使うと決めた。
だからこそ、ファフニールに精霊が強くなる方法を聞いた。
ファフニールは精霊が見えなかったが、快く教えてくれた。
それに伴う苦痛と共に。
「────────っ」
だからこそ、サラは耐える。
普段痛みを感じない精霊に、魂の痛みは耐えられない。
だが、覚悟はその程度で折れない。
「────────」
彼女は待つ。契約者を守れる強さを手に入れれるその時まで。
彼女は待つ。契約者と共に戦える強さを手に入れれるその時まで。
彼女は待つ。友人と並ぶその時まで。




