獣神VS怠惰の魔王②
平原で優雅に眠る怠惰の魔王に向かって先陣を切ったのは、獣神ザリウスだ。
「ガァァァァァァ!!」
その重厚な叫びは、己の闘志を湧き上がらせる。
鋭く尖った爪は、風を切り裂きながら横たわる怠惰の魔王の首に吸い込まれていく。
このまま行けば、怠惰の魔王の首は胴体と泣き別れることになるだろう。
しかし、魔王とてただ寝ている訳では無い。
「なに?」
魔王の首を討ち取ろうと振るったその手は、魔王の首に届く前に止められる。
何かがザリウスの手を遮った訳では無い。
ただ力が入らず、魔王から30cm程の距離から腕が動かないだけだった。
「腕が動かん。コレは困ったな」
幸い、押すのがダメなだけであって引くのは問題ない。
ザリウスは腕を引っ込めて距離をとると、怠惰の魔王の能力がどのようなものか考える。
「領域系の異能か?俺の腕を止められるって相当な力がいるはずだよな。何か制約があると見るのが妥当か。俺の異能を使えば、強引に突破出来るかもしれんな」
「大丈夫ッスか?獣王様」
考え込むザリウスに、獣人の青年は話しかける。
「ン?おう。別に反撃されたわけじゃないしな。相手は少し変わった異能を使っているようだが........見ててなにか感じたか?」
「1度見ただけじゃなんとも言えないッスよ。獣王様に続いて色々な人が攻撃しているみたいッスけど、誰も魔王に触れられていないッスね」
青年の視線の先に目をやれば、魔王に群がっている獣人達が目に入る。
誰しもが己の技で魔王を粉砕しようとしているが、その攻撃の全てが魔王に届いていない。
ザリウスは困ったように首を捻る。
「近接戦に強いのか?もしかしたら遠距離攻撃は効くのかもしれな」
「僕がやるっスよ。獣人はあまり遠距離攻撃に頼ろうとしない傾向が強いッスから、それを専門にしている人がいないとまともな手段を持ってないんッスよ」
生年はそう言うと、手に待っていたナイフを天高く投げる。
右手に三本、左手に三本持たれていたそのナイフ達は空を舞い、青年の腕の動きに合わせて魔王に向かって落ちて行く。
「操作系の異能か。見た感じ、触れたものを操作できる、又はある一定以下の重量を持つ物を操作できる感じだな」
「おぉ。流石は獣王様ッスね。1度見ただけで能力の大体を当てられるとは。僕にとっては飯のタネなので、あまりばらさないで欲しいッス」
「はははははははは!!気をつけるとしよう!!」
青年はザリウスと話しながらも、巧みにナイフを操って魔王への攻撃を試みる。
しかし、ザリウスが攻撃した時と同じく魔王の手前でナイフは止まってしまった。
「無理ッスね。これ以上動かさない。他のみんなも同じような感じで、攻撃手段がなくて困っているッスよ」
「ふむ。ここまで相性が悪いとどうしようもないな。俺の能力でも使うか?」
「お、アレが見れるんすか?僕としては見てみたいッスね」
「知ってはいるけど、見たことはないってか?」
「見たこともあるッスよ。でも、最近はあまり使っていないとも聞いたッスね」
「最近は俺とやり合える奴が少なくてな........久々だし、本気でやるか」
ザリウスはそう言うと、魔王に群がっていた獣人達を下がらせた。
魔王に対して有効打が無かった獣人達は、大人しく獣王の指示に従ってその場を離脱する。
それを確認したザリウスは、両手の拳を合わせるとニヤリと笑ってその能力を解放した。
「獣神化ァ!!」
能力を使用すると同時に、ザリウスの体は神々しく光り輝く。
人に近かったはずのその見た目は、完全に獣へと変貌し、その姿は獣人の祖のようにも見える。
人の形をした獅子。
この言葉が、今のザリウスには似合うだろう。
「ガァァァァァァ!!」
先程よりも更に重厚な叫びは、空気を揺らすだけではなく大地をも揺らす。
平原に生えていた小さな草達は、ザリウスの咆哮によって弾け飛び、遠く先に生えていた木々の枝は折れていく。
あまりの爆音に、耳のいい獣人達は鼓膜が破れないように耳を塞ぎ、目の前にいた怠惰の魔王はあまりの五月蝿さに目を覚ます。
「随分と喧しいな。我の眠りを妨げるとは........そして眩しい」
「ようやく目覚めたか?昼寝の時間は終わりだよ!!」
神々しく光り輝くザリウスを見て、目を細めた怠惰の魔王ベルフェゴールに向かってザリウスはその拳を振り上げた。
30m程あったはずの間合いは既に潰れており、瞬きするまもなくその拳は魔王の顔を捕えんと迫る。
しかし、今にも殴られそうなその状況だったが、魔王は冷静だった。
「なぜ、我が悪魔を引き連れずにこうして一人で復活したのか分からんのか?」
「あ?何を言って────────」
「それはな。我の力が強すぎるのと、動かない方が強いからだ」
魔王はそう言うと、迫り来る拳には見向きもせずに大きく欠伸をした。
刹那、ザリウスの身体から光は失われ、振りぬこうとしていた拳は地面へと落ちていく。
「圧倒的に相性が悪いのだよ。お主のような自己強化系の能力に対して、我はめっぽう強いのだ」
「ち、力が抜ける........」
「十全に力が使えずとも、この通りだ。多少の奢りがあったのも原因だな。15分は全力が出せぬが、別に出さずとも勝つ方法はある」
そう言って怠惰の魔王は何かを確かめるように手を握ると、静かに笑った。
「何ともまぁ素晴らしい自己強化能力だな。後5分は、全力力が出せぬはずだったのだが──────────」
魔王は一旦言葉を区切ると、寝転がったまま人差し指を上から下へと下ろす。
次の瞬間、少し離れて様子を見ていた獣人の冒険者や武術家達は重力に負けたかのようにひれ伏した。
「ご覧の通り、力が戻ってしまった。さて、どうしたものか........」
魔王は地面に倒れるザリウスを見ると、つまらなさそうに鼻を鳴らす。
「ふむ。まずは王の首を取ってしまうのが無難か。仕事は終わっているとはいえ、やって欲しいことは多いようだからな」
「クソっ........力が入らん」
何とか顔を上げて魔王を睨みつけるザリウスだが、全身の力が抜けてしまってまともに立つことすらも出来ない。
今のザリウスはまな板の上に乗せられた魚だ。
どう調理するかは、その包丁を持つ魔王次第である。
そして、調理する魚に慈悲をかける料理人などいない。
魔王は面倒くさそうに立ち上がると、その腕を振り上げてザリウスの首を撥ねようとする。
「ではな。獣人の王よ。黄泉の世界で静かに暮らすが良い」
振り下ろされる腕。
誰しもが獣王国の王である“獣神”ザリウスが死ぬと思った。
ザリウス本人でさえも、自身の短い生涯に幕を下ろすと思っていた。
しかし、それを見過ごせない者もいる。
「死と霧の世界」
突如として現れた霧。
不意打ちをくらった怠惰の魔王は、反応することが出来ずに霧の中へと引きずり込まれる。
霧が晴れると、そこにはいたはずの魔王が消え去っていた。
「........何が起こった?」
いつの間にか動くようになった身体を起こして、ザリウスは先程まで魔王がいた場所を眺める。
その地にはただの平原が広がっていた。




