常連客
訓練を終えて日が沈み始めた頃、俺達はリーゼンお嬢様の屋敷を出ていく。
特にどこかへ寄る用事もないので、まっすぐ自分たちの宿に帰るのだ。
「サリナまで着いてこないくいいのに。何かあっても先生が守ってくれるわよ」
「いえ、そういう訳には行きません。帰る時に先生のお手を煩わせるつもりですか?それと、主人は好き勝手にやりすぎて周りに迷惑をかける時が多いので、その監視です」
「息が詰まるわ。別にお酒を飲むとかするわけじゃないのに........」
「どうせ疲れて“今日はここに泊まるわ!!”とか言い出すのでしょう?ブルーノ元老院やカエナル夫人が心配します」
「そんなこと........言わないわよ」
「私の目を見ていってください、主人。前科がありすぎるのですよ」
俺達の後ろを歩くリーゼンお嬢様とサリナが、先程からずっと言い合っている。
圧倒的にサリナの方が優勢のようだ。
「自由すぎる主人を持つと周りが大変だな」
「そうだね」
「おい花音?なぜ俺を見ながら言う?」
「そうだねー」
「おい待て、俺もあのお嬢様と同類だって言いたいのか?」
「そうだねー」
壊れた玩具のように同じ事しか言わない花音。この“そうだね”は“何言っても無駄だからとりあえず適当に返事しておこう”と言う魂胆が見え見えだ。
俺は少し焦りながらイスにも同じことを聞く。
あれ?前にもこんなことがあったような........
「イス。俺はあのお嬢様と同類なのか?」
「........そうだねーなの」
イスも同じ反応だ!!
“そんな事ないよ”って言おうとしたけど、俺の行動を思い返して否定できない時の顔だ!!
俺は軽くショックを受けつつ、人々が行き交う大通りを曲がるのだった。
「なんか先生も大変なのね」
「意外と繊細なんですね」
後ろから聞こえてきたリーゼンお嬢様とサリナの声は、聞こえないふりをした。
心に少し傷を負いながら、歩くこと数分。
俺達の泊まっている宿が見えてきた。
「声が聞こえるな。しかも、知らない声だ」
「お客さんだね。ラベル以外にも常連はいるらしいから、その人なんじゃない?」
なるほど、確かに週2程度で来る常連が居るってラベルが言ってたな。
俺が扉を開くと、そこにはラベルともう2人ほど知らない客がいた。
1人は亜人の姿、尻尾やその鋭い目そして鱗から見てリザードマンと呼ばれる種族の男(多分)。
もう1人は女の獣人。そのおっとりとした目と、母性溢れる体型。頭に小さいツノが2本生えており、小さな尻尾が見える。
恐らくモデル牛の獣人だ。
2人はこちらを見た後、説明を求めるかのようにエリーちゃんを見る。
そしてエリーちゃんは楽しそうに俺達を出迎えてくれた。
「あらぁ!!おかえりなさぁい!!」
「ただいまエリーちゃん。その2人も常連か?」
「えぇ!!紹介するわねぇん。こっちのイケメンナイスガイのリザードマンがリック。こっちの母性溢れるみんなのママはメルよ」
紹介されたリックとメルはエリーちゃんの紹介が気に入らなかったのか、少し食い気味に自己紹介をする。
「リックだ。種族はリザードマン。イケメンナイスガイは忘れてくれ」
「私はメル。種族は獣人。モデルは牛よー。みんなのママは忘れて欲しいわぁ」
「イケメンナイスガイとみんなのママだな?宜しく。俺は仁だ。コッチが花音でこの子がイス」
「花音だよ。よろしくー」
「イスなの」
リックとメルはなんとも言えない顔をしながら、俺の差し出した手を握り返した。
リックの手には結構な力が込められているのがよく分かる。
痛くないけど。
「あらあら。5人もいるから誰かと思えば、リーゼンちゃんとサリナちゃんじゃない!!久しぶりねぇ。旅行はどうだったのかしらぁ?」
「楽しかったわ!!面白い人も見つけたし」
「面白い人って........あぁ、彼か」
「ラベルは先生にもう会ったのね?!面白い人でしょ?」
「まぁ、エリー姿を見て怖がらずに“自由でしょ”とかいう人がつまらないわけが無いよね。ところで、先生ってなんだい?」
「彼は私の家庭教師なのよ。だから先生。ものすごく強いわよ」
ワイワイと騒がしくなる店内で、俺達は空いている席に適当に座る。
エリーちゃんとリーゼンお嬢様の話を聞いていたリックは、興味深そうに話しかけてきた。
「あんた強いのか?」
「そこそこは?」
「何がそこそこよ。双槍のバカラムを倒したのよ?先生がそこそこなら、サリナなんて雑魚じゃない」
「主人?なぜ私を巻き込むのですか?軽く傷つきます」
「あら意外ね。貴方に傷つく心があったの?」
「ブルーノ元老院とカエナル夫人にあのことバラしますよ?」
「やめて。私が悪かったから許して」
一体何を見せられてるんだか。
ある程度自立できていたとしても、まだまだ子供。
親に怒られるのは怖いらしい。
あの事ってなんだろうか。調べてもいいが、あまりプライバシーに踏み込んでもなぁ........
何を今更と思うかもしれないが、やはり知り合いのプライバシーはズカズカ踏み込むものではない気がする。
龍二?アイツはいいんだよ。龍二だから(理不尽)
「バカラムってあのバカラムか?バルサル最強と呼ばれる男だぞ」
リーゼンお嬢様とサリナのやり取りを華麗にスルーして、リックは驚いた顔をしながらまじまじと俺を見つめる。
そりゃ、こんな若造がバルサル最強を倒せるようには見えないのだろう。
「信じられないか?」
「いや、リーゼンは馬鹿げたことを言う子だが、嘘はつかないのを知ってる。信じるさ」
「そりゃよかった。無用な戦いをしなくて済む」
俺はエリーちゃんが持ってきてくれたアポンのジュースを飲みながら、チラリと花音とイスの方を見る。
「可愛いわねぇー。でもどうしてかしら?何か危険な匂いがするのよねぇー」
「危険な匂い?」
「そうなのよ。あ、本当に匂いがするわけじゃないのよー?ただ、本能がこの子に気を付けろって言ってるのよー。でも、可愛いからちょっと頭とか撫でてみたいしー。どうしましょう?」
「別に噛み付いたりしないの。貴方がパパとママの敵となり得るなら話は別だけどね」
「ほらぁ、その目は捕食者の目よ。それがちょっと怖いのよー」
メルはイスに構いたそうにしているが、それを本能が押しとどめている。
どうやら彼女は、本能的にイスが捕食者だと感じ取っているらしい。
それは間違っていない。人の見た目こそしているが、イスは蒼黒氷竜ヘルという厄災級魔物なのだ。
その気になれば、この国など1晩もあれば消し飛ばせる力を持つイスの強さを本能で感じ取れるのは、中々に鋭い感覚の持ち主である。
そして、その話を聞いていたリックもそな会話に入った。こいつ聞き耳立てすぎだな。
「メルが恐れるって相当じゃないか。メルはあぁ見えても金級冒険者なんだぜ?」
「へぇ?本当にそんな風には見えないな。ものすごくのほほんとしてて、のんびりしてそうだが」
「実際その通りさ。だが、スイッチが入ると別人さ。コイツがギルドでなんて言われてるか知ってるか?“殺戮牛のメル”だぜ?」
「ちょっとリックー?その名前でわたしを呼ぶのは辞めてって言ってるでしょ?」
本気で嫌そうな顔をしながら、リックに軽い殺気を向けるメル。
“殺戮牛”と言う二つ名を聞いて思い出した。
そういえば、そんな名前の冒険者がいることに。
金級冒険者だから軽く見ただけでスルーしてしまったが、彼女がその名を持つ者だったのか。
俺は、見た目で判断するのはやはり良くないと思いながら再びアポンのジュースに口を付けるのだった。




