家庭教師、開始
リーゼンお嬢様の護衛であるサリナとの戦い。流石に本気で叩きのめす訳にはいかなかったので、軽くあしらい、必要最低限の反撃だけで済ませた。
悔しさを滲み出しながら膝を着くサリナを見ながら、俺はリーゼンお嬢様に話しかける。
「こんなもんでいいか?」
「凄いわね!!流石はバカラムに勝った傭兵だわ!!」
リーゼンお嬢様は嬉しそうに手を叩くと、賞賛の言葉を俺に送ってきた。
そして、俺の正体をようやく知ったサリナは悔しそうにしながらも、納得した表情で頷く。
「なるほど。あのバカラムを倒した傭兵か........私が敵わないわけだ」
「いや、サリナさんも十分強かったぞ。我が活力の支配者だっけ?中々に厄介な異能だよ」
恐らく幾つかの能力は隠しているだろうが、それでも彼女の異能はかなりのものだ。
恐らく具現化系の常時発動型。その背中に住む化け物だ。
異能に頼るだけではなく本人もかなりの腕で、少なくとも金級冒険者並みの強さはある。
白金級冒険者並みかと言われれば、少し怪しいが。
アイリス団長やシンナス副団長のような強さがあるかと言われれば、首を傾げざるを得ない。
それでも、護衛としては十分な強さだ。
俺の言葉を嫌味だと思ったのか、サリナはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「ふん........はぁ、主人。私は仕事に戻ります。何かあればお呼びください」
「えぇ。分かったわ。あ、昼食は先生たちの分も用意しておいてね。先生、食べるでしょ?」
「食わせてくれるってんなら、有難く頂くさ」
「かしこまりました。ではそのようにシェフに言っておきます。あぁそれと、私の事はサリナでいいですよ。先生」
「んじゃ俺の事は仁でいい。俺はアンタの先生しないからな」
「ジン........覚えておきましょう。ジン様」
サリナはそう言うと、屋敷の中に戻っていく。
その様子を見ていると、背中からモンスターと思わしき手が俺達に向かって手を振っていた。
何アレ可愛い。
「何アレ」
「サリナは素直じゃないけど、彼女の異能は素直なのよ。可愛いでしょ?」
「可愛いな。ちょっとした小動物って感じで」
カッコイイと気持ち悪いを足して2で割った感じとか言ってごめん。君はカッコイイと可愛いを掛け合わせているよ。
屋敷に戻ったサリナを見届けた後、リーゼンお嬢様への家庭教師が始まる。
「さぁ、先生!!私に何を教えてくれるのかしら?!」
「んー。何を教えようかなぁ」
家庭教師としての仕事を受けたものの、ぶっちゃけノープランである。
とりあえず何を目指しているのかだけは聞いておくか。
あとは、それに合わせた戦い方を教えればいい。
「どんな風に強くなりたい?」
「どんな風に?」
「世界最強を目指すのか、必要最低限戦えればいいのか、誰かを守る強さが欲しいのか。求める強さによって教えることは変わってくる。リーゼンはどの強さが欲しい?」
「まるでその強さを与えられる言い方ね。世界最強を望めば、私を世界最強にしてくれると?」
「それはリーゼン次第さ。だが、世界最強に必要な物は教えられる」
「なら、誰かを守る強さが欲しいわ。私はこの家を守らなければならないのよ」
家を守る強さはちょっと違う気もするが、まぁそれは別として。
誰かを守る強さが欲しいのであれば、それなりに戦えなければならない。
俺は、まず1番必要なものを教えるとしよう。
「それじゃ、一番最初に最も大事なことを教えてやる。心して聞きな」
「えぇ!!何かしら?」
「誰かを守る、自分を守る。色んな戦いがあると思うが、変な意地は張るな。ヤバそうなら即逃げる。コレは覚えておけ。意地張って死ぬのは馬鹿すぎる」
あの島で学んだことだ。惨めでも、無様でも、プライドは持たない方がいい。
ヤバそうなら逃げる。勝てなければ逃げる。
時として、立ち向かわなければならない時ももちろんあるが、大抵の時は逃げた方がいい。
“逃げるが勝ち”と言った故人は偉大だな。
「逃げれない時はどうするのかしら?」
「その時は戦えばいい。が、そんな時は殆ど来ない。“逃げるが勝ち”覚えておきな」
「分かったわ!!」
元気よく返事をするリーゼンお嬢様。
言葉では理解していても、実際に対面するとそれが出来なくなってしまう。ある程度実力がついたら、抜き打ちで色々とやらせるのもありかもな。
その時は、メイドや執事達にも協力して貰うとしよう。
その為にはまず仲良くならないとダメなんだよなぁ........
俺はこの家の使用人たちと仲良くなる事をひとつ課題に加えるた後、リーゼンお嬢様と距離をとる。
「それじゃ、まずは適当に殴りかかってこい。逃げるが勝ちとは言ったけど、まずは基礎力を見て見ないとな」
「分かったわ。ところで、私の異能について聞かなくてもいいのかしら?そう言うのも教えるのには必要じゃないのかしら?」
「必要ないと言えば嘘になるが、今は必要ない。それに、大体の予想はつくしな」
リーゼンお嬢様の異能は、恐らく自身の感覚に関することだ。
時たま見える魔力の動きが、頭に集まっている。
昔、ファフニールの異能講座を受けた時に聞いた事がある。
感覚系の異能は頭に魔力が集まりやすいそうだ。なんでも、脳を強化するために魔力が働くんだとか。
「さすが先生。私の異能すら分かってるのね」
「詳しいことは分からんけどな」
子供達に調べさせてもいいのだが、今はちょっと手が足りない。
それに、そこまで強力な異能ではないことは分かっているので態々調べていない。
お嬢様の異能よりも、大事な情報が沢山あるのだ。
「さて、それじゃリーゼンのポテンシャルチェックだ。かかってきな........身体強化はできるよな?」
「大丈夫よ。それは習ったから」
そう言ってリーゼンお嬢様は、その身体を魔力で覆う。
まだまだ荒削りで無駄が多いが、一応身体強化と呼べるレベルではあるな。
魔力操作をもっと磨けば自然と魔力効率は上がっていく。これは毎日の積み重ねが大事なので、後で早速教えておこう。
「行くわよ!!」
リーゼンお嬢様は身体強化を終えると、即座に俺に向かってくる。
一直線で距離を詰めてくるリーゼンお嬢様は、そのままなんのフェイントも無く左拳を繰り出してきた。
素直な攻撃だが、相手が格上の場合は全く意味が無い。
俺はその左拳を右手の甲で軽く流す。
「ほら、当たってないぞー」
「まだまだよ!!」
受け流された左腕を急いで戻した後、今度は俺の足元を狙って蹴りを放つ。
これもフェイントは無し。
単純な攻撃だ。
「ほい」
俺はバックステップをして距離をとると、空振りしたその足を掴んで上へと持ち上げる。
「ふぇぇ?!」
ひっくり返されるとは思っていなかったのか、リーゼンお嬢様は情けない声を上げながら地面に尻もちを着く。
「蹴り技は強力だが、足元を掬われやすい。相手が格下なら兎も角、格上には通用しないぞ」
「ぐぬぬ」
その後も俺に攻撃を当てようと必死なお嬢様だったが、欠伸が出るほど遅い攻撃に俺が当たる訳もなく。
攻撃を捌いては軽く反撃をするのを繰り返すこと10分で、リーゼンお嬢様の体力が尽きてしまった。
「ぜぇ........全く........当たら........ない」
「んーこれは基礎力云々の前に体力を付けないとダメだな。一旦昼休憩をした後、体力トレーニングをするか」
「分かった........わ」
今にも死にそうなお嬢様を見ながら、俺は自分も基礎の見直しをするいい機会だと思うのだった。




