仁VS魔王ルシフェル⑤
「バカな.......」
天からの裁きを掻き消された魔王は、青く澄み渡る空を見て唖然とする。
自分の切り札である技を、たった一振で打ち砕いたのだ。
戦っている中で“こいつ本当に人間か?”と思うことは何度もあったが、流石にこれは人が成せる所業ではない。
完全に人外の域だった。
「天秤──────────」
人間の人外っぷりに固まってしまっていた魔王だが、自身を覆い尽くす膨大な魔力と殺気に当てられて正気を取り戻す。
今ここでこの攻撃を喰らおうものなら、魔王はこの世界から消えてしまう。
魔王は周りを確認しながら、能力を使用した。
「“吹き飛べ”」
能力の対象は人間ではなく自分自身。
能力の性質上、人間に向けて能力を使用してもその言葉が届く前に黒い球体に飲まれてしまう。
ならば、自分に能力を当てて射程圏内から外れた方がいい。
魔王は言葉通り吹き飛ばされる。
ただし、後ろではなく前へ。
能力使用時に黒騎士が出せないのは分かっている。恐らくだが、盾も出すことは出来ない。
現に、先程まで厄介な連携を取りながら襲ってきた黒騎士達の姿は無く、人間本体は完全に無防備な状態だ。
人間の上にあった盾もない。
攻めるなら今しか無いのだ。
魔王は後ろから襲ってくる衝撃に合わせて加速すると、その手が人間を穿つ距離まで一気に詰寄る。
チャンスは一度。
ここを逃せば勝ち目は薄いだろう。
魔王は自身の中にある魔力の殆どをかき集め、空を飛びながらその右手を振りかぶる。
「“増幅しろ。威力を増せ”」
魔王は更に、自身の能力を使用。
制限が多く、使いづらい能力ではあるがその効果は絶大。
右拳に宿った魔力が更に大きくなり、当たればタダでは済まないはずだ。
「終わりだ!!人間!!」
人間は能力の使用中で防御はできない。躱すことは出来るかもしれないが、それでも追撃を加える準備はできている。
自身が圧倒的に有利。魔王は、勝利を確信してその拳を人間に向かって振り下ろ──────せなかった。
「そうだな。終わりだ。俺の勝ち。チェックメイトだ」
人間に拳が当たる寸前。魔王の体勢が大きく崩れる。
残っていた片翼に、何かが刺さったような感覚が襲う。
「な.........に..........」
残る片翼を貫ぬくは漆黒の剣。
その姿はさながら魔王を穿つ勇者の聖剣のようであり、翼を貫かれたことによる衝撃と乱れた魔力制御によって魔王の拳は人間の顔の横を掠める。
そして、その隙を逃すほど優しい相手ではない。
「最初に投げた剣だ。まぁ、少し衝撃があればいいかな程度だったが、致命傷になったな。13手早かったけど」
人間は魔王の髪を鷲掴みにすると、そのまま顔面に膝蹴りを叩き込む。
ぐしゃりと魔王の顔面にめり込んだ膝が、魔王の鼻を歯をへし折っていく。
ここで気を失えたら、まだ痛みをあまり感じずに死ねて楽だったかもしれない。
だが、魔王自身の耐久力がそれを許さない。
「ごひゅ..........」
涙目になり、口や鼻から血をダラダラと流す魔王に人間は容赦なく追撃を入れていく。
髪を離して再び膝蹴りと肘打ちのサンドイッチ。更に、続けて腹を蹴り上げもう一度髪を掴むと次は黒い盾に思いっきり打ち付けられる。
魔王はなされるがままであり、防御すらも許されない。
顔を盾に打ち付けられた後、盾を使って魔王を無理やり立たせ、その顔をサンドバックを撃つかの様に滅多打ちにされる。
ここにもし、漫画好きのオタクがいればこう言っていただろう。
「デンプシーロールだ」と。
逃げ場のない盾の壁に挟まれた魔王は、一撃で人を簡単に殺せる程の威力を持つ拳を無防備に受け続ける。
右を撃たれれば、流れるように左。左を撃たれれば、流れるように右。
永遠に続くと思えるほど激しいラッシュは、5秒もあれば終わりを迎える。
撃たれた回数は、合計550回。
約0.01秒に1回放たれたその拳を全て受けきった魔王の顔はもはや原型を留めておらず、ただの肉塊として胴体に繋がっていた。
「ラスト」
抵抗どころか、呼吸すらできない魔王に向かって人間はありったけの魔力を込めた拳を魔王の顔面に叩き込む。
魔王の頭は弾け飛び、重厚なる盾には赤いペイントが施され、あちこちに魔王の頭だったものが飛び散っていく。
「お、塵になり始めた。って事は俺の勝ちだな」
魔王を囲んだ盾を消し、まだ日が高く登る空を見上げて人間はゆっくりとその体を伸ばしていく。
「さて、最後にもうひと仕事やるか」
魔王を討伐し終えた人間は何かを探った後、右手で照準を合わせるようにして能力を発動した。
「天秤崩壊」
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とある国のとある場所。
そこでは魔王の行方を伺っていた1人の女がいた。
「一体何者なの........人間?それとも別種族?」
その水晶に映し出された光景には、魔王をたった1人で討伐した仮面を被った人物。
そう。彼女はこの魔王との戦いを傍観していた者の1人だ。
「これ程の戦力なら、私たちの国に引き抜ければかなりのものになる。今後起こるはずの戦争にも有利になるわ.....!!」
その為にもこの者には、監視の為の唾を付けておかなければ。
そう思った女は、自身の能力の1つを発動する。
そして、これが悲劇の引き金だった。
この能力は魔力の繋がりを作ってしまう。女は焦るばかりで、相手の実力が魔王を討伐するほどのものだというのを忘れていた。
その場所を逆探知される事を考えてなかったのだ。
更に不幸だったのは、彼女が能力を使用する場合は特殊な部屋を用意し、その場所に1人で居ることと言う制約がかかっていた事。
もし、誰か手練の兵士を護衛に着けていれば、襲ってくる魔力の反応に気づけただろう。
「よし、これで────────」
ここで、女の意識は途絶えた。
その後、中々部屋から出てこない女を不審に思った兵士が部屋を確認すると、両足だけを残した状態でどこかへと消えた女の死体が見つかった。
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「あら、終わりましたか」
もう1人の監視者は、塵となって消えていく魔王を見て静かに笑う。
「彼も想像以上に強いですし、今後が楽しみですねぇ.........計画は順調。問題は幾つかありますが........まぁなんとかなるでしょう」
そう言って、監視者は風に揺られて消えていった。




