討伐後の動き
魔王討伐から1週間後、各国に七大魔王の一角である暴食の魔王ベルゼブブが討伐された事が公表された。
魔王を倒した異世界から来た勇者達の名前も一緒に公表され、世界では勇者達に感謝を告げる者達で溢れている。
特に、実際に魔王と戦っている所を見た神聖皇国の人間の熱は異常であり、瓦礫掃除をしていた勇者達に人が集まって作業が滞る程である。
そんな平和を取り戻したイストレア神聖皇国の首都、大聖堂カテドラを眺めながら教皇であるシュベル・ペテロは忙しなく手元に来る仕事を片付けていた。
ドン!!と教皇の机に置かれた紙束を見て、教皇は静かにため息を着く。
「........まだ増えるのか」
「我慢してください教皇様。想定していた被害よりも少ないため、これだけで済んでいるのですから」
「そもそも魔王が我が首都の真下で眠ってなければ、こんな事態にはならなかったのだがな」
「それは言ってもしょうがありませんよ。運が悪く、そして運が良かった。それだけです」
そう言って枢機卿の1人であるフシコ・ラ・センデスルは、教皇と自分の分の紅茶を入れる。
紅茶の柔らかな香りが部屋中に広がり、少しピリピリとしていた教皇の表情も和らいだ。
「すまんな。気を使わせて」
「いえいえ。この程度ぐらい幾らでも。私では教皇様のお仕事は手伝えませんので」
教皇の手元に来る仕事は、その全てが教皇でないと処理できない仕事だ。枢機卿もこの国では上から二番目に当たる地位ではあるが、処理できないものは処理できない。
この山のように積み上がった紙の束でも、かなり減らした方なのだ。
教皇は休憩がてら紅茶を啜ると、センデスルに話しかける。
「そういえば、あヤツらはどうなった?」
「あヤツらとは、誰の事ですかね?」
「あヤツらだ。二年と半年前に私に面白い計画を持ち込んできたあの二人だ。リュウジ殿の話によれば、なんでも傭兵団として今は活動していると聞いたぞ」
二年半前、自分を死んだことにして正教会国との戦争を起こそうと計画を持ち込んだあの二人組。ここ数ヶ月まで一切行方が分からずにいたあの二人が、傭兵団として帰ってきた。
全く行方が分からず教皇は心配していたが、無事に戻ってきてくれたこと心の底から喜んだ。
教皇とて1人の人間。ある程度気に入っていた子供達が無事なのは何よりの朗報だ。
「確か.......揺レ動ク者と言う名前でしたかね。なんでも魔王と勇者土の達が戦っている間、あちこちで瓦礫に埋まった人々を助け出していたのだとか。そのおかげで助かった命も多いと聞きます。今も大聖堂復興のために色々と動いているようで、市民からはかなりの人気を獲得していると聞きましたね」
「傭兵が生きにくいこの国で、上手く人々に支持されたものだ。いっその事、この国で雇うか?」
傭兵団揺レ動ク者の人気は凄まじく、魔王を倒した勇者達には及ばないものの感謝の声は耐えない。
特に、瓦礫に埋まっていた人々からは勇者よりも感謝され、中にはグッズを作って売り始めた者もいる。
そして街を出ていったもの達も土産話と言わんばかりに、勇者達の事と揺レ動ク者の話しをする為その名前は神聖皇国中に広まりつつあった。
今や、神聖皇国でいちばん有名な傭兵団と聞かれれば、間違いなく揺レ動ク者の名が帰ってくる。
少しづつ、けれども確実に、人々から支持を集めている彼らは、勇者と並んで語られる影の立役者であった。
「今はともかく、正教会国での戦争が始まった時はそうした方がいいかもしれませんね。彼らはこの国を去る前からかなり強かったようですし、戦力になることは間違いありません」
「そうだな。しかし、何時まで魔王と戦うことになるのやら。今回は上手く討伐できたが、次も犠牲がほとんど無く魔王が倒せるとは限らん。女神様の神託も無い今、魔王に関しての情報はこれだけだ」
そう言って、教皇は1枚の手紙を取り出す。そこには魔王が封印されている場所が書いてあった。
「あぁ、あの子たちの手紙ですか。凄いですよね。女神様の神託よりも早く、居場所を突き止めたのですから」
「半信半疑だったが、リュウジ殿の話しを聞いておいて良かったと思っている。そのおかげで万が一の対策を立てれたのでな」
この手紙が無ければ、被害はもっと拡大していただろう。大聖堂内の非戦闘員の避難や市民達への避難誘導が遅れ、亡くなっていた人の数は間違いなく増えていた。
信じて良かった。教皇は普段、あまり自分の行動を褒めたりはしないが、今回ばかりは英断だと思っている。
「しかし、女神様よりも早く情報を持ってくるとは、一体どうやって調べたのでしょうか?」
この手紙が来てから調べはしたものの、一切そのような痕跡は見つからなかった。しかし、魔王は大聖堂の下から現れた。
枢機卿は考える。上手く取り込めれれば、情報戦がかなり有利になるのでは?と。
彼の立場ほど偉くなれば、情報の大切さは身に染みている。枢機卿は、頭の中でどのような待遇をすれば乗ってくるのかを考える。
しかし、その考えは教皇の言葉によって遮られた。
「何を考えているかはわかるが、やめておけ。間違ってもあヤツらを利用しようとは思うな」
「ですが、あれ程の情報収集能力があれば、反乱を目論むもの達や他の国の内情を探れるのでは?」
「探れるだろうな。しかし、やめておけ。向こうが勝手にくれる情報だけでもかなり有用な物だ。態々深淵を除く必要は無い。友好関係さえ築けておけばいい。馬鹿なマネはするな」
そう言った教皇の姿は、何処か怯えているようだった。
枢機卿は疑問に思いながらも、“分かりました”とだけ言って少し冷めた紅茶をすするのだった。
━━━━━━━━━━━━━━━
「本当に魔王が現れたのか?!」
「はい。神聖皇国の大聖堂に封印されていたそうです」
正教会国の教皇グータラ・デブルは、急いで手紙を確認する。
そこには、魔王の封印場所が書かれていた。
朝起きたら枕元に置いてあった手紙。誰かのイタズラ、もしくは嫌がらせだと言えばそこまでであったが、グータラは何となくこの手紙を捨てれずにいた。
ただの勘ではあったが、これは事実なのではないかと。
そしてそれは事実だと判明した。
「急ぎ、“剣聖”を呼んでくるのだ!!」
人類最強とまで言われる冒険者。彼なら何とかしてくれる。
依頼内容が気に食わなければ、平気で断るような人物だが、今回ばかりは即決で受けてくれるだろう。
国の存続がかかっているのだ。
「ワシにも女神様の御加護が降りてきたのだ。風はワシを押しておる」
太ったその腹を撫でながら、グータラは静かに笑うのだった。
━━━━━━━━━━━━━━━
「首尾は?」
「上々だ。“ついで”は無理だったが、作戦に影響は無い」
深く暗い闇の中。そこに蠢くものたちは、静かに笑う。
「全ては女神の目に届かぬ場所で動いている。人間どもはそれが分かっていないようだな」
「そのおかげで動きやすい。やはり人間は容易い」
「しかし、油断はするな。今回も忌々しき勇者がいるのでな」
「分かっているさ。我々は静かに闇で動くのだよ」
闇の中でその者達は動いている。闇が晴れる日は来るのだろうか?
これにて第二部1章は終わりです。2話ほど閑話を挟んでから次の章に行こうと思います。
面白かった。続きを読みたい。そう思う方がいると嬉しいです。もしよろしければブックマーク、この下にある★を押していただけると幸いです。感想も作者のモチベーションに繋がります。




