暴食の魔王、復活
翌日。今は大体の朝の10時ぐらい。天気は曇り。不安を煽るような暗さが、街を覆っている。
俺達は現在、神聖皇国の首都である大聖堂カテドラの街に潜入していた。
気配を完全に消して、人の目では追えないスピードで城壁を超える。潜入は割とあっさり成功した。
「やっぱり混乱は避けられないか」
久しぶりに見た大聖堂の街は混乱が酷く、急いで街から離れる者や己が死を悟って女神に祈る者。この混乱に乗じて盗みを働く者まで様々だ。
「まぁ、これに関してはしょうがないんじゃない?1日前に知らされたんだから、慌てるのは普通でしょ」
花音の言う通りである。
昨日の今日で、“魔王が復活するから頑張って倒してね”と言われても困るだけだ。
それに、この街の住民の大半は戦う力を持っていない。
自分ではなく、大聖堂の勇者や騎士を頼らなくてはならないのだ。
「俺たちが簡単に中へ入れたのは、この混乱があったからかもな」
「多分そうだよ思うよ。本来なら城壁の上にも誰か見張りがいるはずだもん」
「あー確かにそれらしき人は見なかったな。街の混乱を治めるのに駆り出されているのか?」
「かもね」
今回の信託は、聖女だけではなく街全体に声が聞こえたそうだ。
そのせいで、神聖皇国側の対応が後手に回り、このような混乱が起きている。
女神が街の人々を安心させるような事を言えば良かったのだが、女神は淡々と事実を伝えたのみであり、自分が召喚した勇者達が魔王を討ち滅ぼすと言った事も言わなかった。
一度不安になってしまうと、その不安は他の人にも感染していく。
そして、この有様だ。
「龍二達は何をしているんだ?こういう時こそ、人前に出て落ち着かせるべきだろ?」
俺がそう言った矢先だった。
突然空が光り輝き、あまりの眩しさに目を伏せる。
5秒ほど光り輝いた後、空を見上げればそこには勇者の格好をした光司と天使の姿をした黒百合さんが居た。
「おお、凄いな。まるで勇者だ」
「まるで、じゃ無くて本当に勇者だよ。魔王を討ち滅ぼす正義のヒーローだよ」
「すっごい眩しかったの........」
俺と花音がその登場の仕方に感動している隣で、イスは目をゴシゴシと擦っていた。
どうやら少し眩しすぎたようだ。
後で覚えとけよ光司の野郎。ウチの子が失明したらどうしてくれるんだ?ゴラァ。
『落ち着いて頂きたい。僕は勇者である光司だ』
街の全てから視線を集めながら、光司はゆっくりと話し始める。
その声はマイクを通したかのように響いており、この声の大きさなら街全体にしっかりと聞こえるだろう。
『魔王は僕達が倒す。市民である皆様は騎士や衛兵の指示に従って避難して頂きたい。僕がその背中を守るから、ゆっくり落ち着いて歩くんだ』
へぇ、コレが人を落ち着かせる勇者の一声か。
この声をよく聞くと、少し魔力が篭っている。恐らく、この魔力が人を落ち着かせることに作用しているんろうな。
俺は寝ていたので知らないが、1番最初にこの世界に来た時もこの力を使って、クラスメイトのみんなを落ち着かせたのかもしれない。
光司の声を聞いた人々は落ち着いたようで、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、衛兵達の指示に従うようになる。
なんか、一種の催眠や洗脳の様に見えるのは俺の気のせいだろうか?
「朱那ちゃんは何も話さないの?」
「そう言えばそうだな。まぁ、黒百合さんの場合はそこにいるだけで神々しさが溢れているし、話す必要は無いんだろ.......知らんけど」
「あの天使のお姉さん綺麗な人なの」
2年と半年ぶりに2人の顔は見たが、元気そうで何よりだ。俺が生きていたら、彼らは驚くのだろうか?
「ねぇ、仁。何時みんなと合流するの?もうすぐ魔王が復活する時間だよ?」
大聖堂に着いている時計を見れば、後1時間ほどで魔王が復活するはずだ。
共闘するならば、そろそろ顔を出しておいた方がいいだろう。
しかし、普通に登場したらカッコよくない。もっとインパクトのある登場をしたいのだ。
「なぁ花音。七大魔王ってのは、滅茶苦茶強いらしいな」
「そうだね。言われているのは、厄災級魔物よりも強いって話だよ」
「なら、龍二達だけでは倒せないよな?」
「噂通りの強さならね。時代と共に、こう言うの尾ひれ背びれがつくものだから正確な強さは分からないよ?」
「ま、まぁ、多少弱くても、龍二達はピンチになるはずだ。そして“殺られる!!”ってなった所で颯爽と現れるのはかっこよくない?」
「カッコイイけど、そんなに上手くいくのかな?」
花音は首を傾げるが、間違いなく上手くいくはずだ。だって魔王だよ?そんな簡単に負けるほど、弱くはないだろう。
勇者を追い詰めるぐらいやって欲しいものだ。
そして、死にそうな時に颯爽と現れてみんなを救い力を合わせて魔王を倒す!!コレぞ俺の思い描くファンタジー!!
「なんかパパが変なの」
「仁も厨二病が治ってないからね。たまにこう言う夢見がちな事を言い出すんだよ。イスはこんな風になったらダメだよ?」
「分かったの」
後ろで花音とイスが何か言っているが、無視だ無視。見てろよ。俺が超カッコ良く登場してやるからな。
そんなやり取りをしつつ、街の様子を眺める。
子供達は念の為に街の外に移動させているので、今はこの街の情報が入ってこない。
出来ればクラスメイト達、特にバカ五人の居場所を知りたかったがしょうがないか。
「あと5分」
「そろそろだね。本当に復活するのかな?」
「コレで、女神様のお茶目なイタズラでした。なんて言った日には、女神をこの世から消してやる」
冗談を言うにしても、タチが悪すぎる。神の中ではウケるジョークかもしれないが、その世界に生きるもの達にとっては笑えない。
緊張が高まる中、動きがあったのは正午になる1分前の事だ。
「?!凄い魔力の高まりだ。コレは来るぞ!!」
「うわっ!!地面が揺れ始めたよ!!」
「少し浮くの!!」
突然、大聖堂の方から膨大な魔力が膨れ上がり、地面を揺らし始める。
日本で地震に慣れている俺たちですら、まともに立てないような揺れが襲い、耐震の事など全く考えて作られていない家が幾つも崩れ落ちていく。
俺達は素早く少しだけ宙に浮くと、崩れゆく建物を見てため息を着く。
「これじゃぁ、被害を出さないようにするのは厳しいな。もう既に被害が出ているし」
「最悪だね。幸い、少し脆そうな家が崩れただけですんでるけど、復興には時間がかかりそうだよ」
神聖皇国に被害をなるべく出さないようにしたかったが、ちょっとコレは厳しいな。
流石に地震を止めるのは、無理難題すぎる。いくら強いとは言っても、所詮は人間。大自然で起こりうる事を、人力で止めるのは不可能だ。
長い揺れが収まった後、大聖堂の天井を突き破って黒い物体が現れる。
「うっわぁ。コレはちょっとキツいわ」
「キモッ!!」
「?アレが魔王なの?」
俺と花音はその姿に顔を顰め、イスは平然のその姿を見ている。
「我ハ暴食ノ魔王ベルゼブブ。貴様ラハ、我ノ贄トナレ」
いやぁ、流石にクッソデカイハエはSAN値が削られるものがありますわ。
龍二達にお願いしたい。さっさとこの気持ち悪いハエを叩き落としてくれ。いやホントに。




