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人形姫と赤毛の主人公

伯爵家に産まれたわたくしは、とても身体が弱かったのです。

大切に大切に育てられて気がついた時には表情が出ず、言葉を上手く考えることが出来ず。


見た目だけはとても良かったけれど、無表情で寡黙なわたくしはいつしか人形姫と呼ばれていた。






「ディ、今日は俺の友達がディの魔力測定に来るよ。少しガラが悪いけど悪いやつじゃないから」


そうなんですの?お兄様の後ろにいるお姉様がそうなのでしょうか。


と思った瞬間、お姉様がお兄様の肩を叩いて驚いたお兄様は茶器をひっくり返してしまいました。



その瞬間、頭の中にふわっと広がる莫大な情報。


あらまあ、なんということでしょうか。



「ディ大丈夫だったか!?」


「ええ、お兄様。お洋服が少し汚れただけですわ」


「本当にすまない。全く驚かせるなよジリアン」



「はは、悪い悪い」



あらあら、まあまあ。


首を傾げて青年とお兄様を見比べる。


この情報が確かであれば美しいお姉様は男性で。総受け?の主人公で。



あらまあ、お兄様ったらBLゲーの攻略対象だったのね。








「お初にお目にかかります。ディート・リューでございます」


「レディオ、お前の妹ちっさいなあ。初めましてジリアン・ロインだ。君の魔力潜在を調べに来たよ」


そう言って椅子に座る私の横の膝を突くジリアン様。

存じております。存じておりますとも。



BLゲーの主人公だったあなたの事なら、肩にあるホクロまでも存じております。

BLゲーとは、男性同士の愛を表現した現実には無い仮想遊戯?


頭の中には、お兄様とジリアン様の裸どうしの絡みが鮮明に浮かぶ。

しかしこの記憶は何処から沸いて来たのでしょうか?

BLと言う言葉もゲームと言う言葉も、1度も聞いた事が無いのに何故か普通に理解が出来てしまう。


一番不思議なのは、男性同士の恋愛は禁忌であるはずなのに何故嫌悪感がないのでしょう。



「さあお嬢さん、お手をどうぞ」


レディオの妹の魔力潜在を見るのは確かレディオルート開始の1週間ほど前だったかしら?



じゃあ来週、彼とお兄様は二人の才能を妬んだ同僚によって媚薬を盛られ、密室に閉じ込められてうふーんアハーンしてしまうのだ。


そして二人は身体を重ねたことにより互いを意識し

ジリアン様が捕縛したものの脱獄を果たした盗賊がジリアン様に復讐をして監禁→うふーんアハーンされ心に傷を負ったジリアン様をお兄様が慰めて愛を深める…と言うストーリーだった。


わたくしは道を踏み外すお兄様を泣いて引き止める…と言うブラコンの妹という役どころでしたっけ。


困りました。わたくし別にお二人の愛を止めるつもりはございません。


むしろこんな素敵な義兄様が増えることは素敵なことに思えます。


ジリアン様と手を繋ぎながらレディオルートを思い浮かべて将来の義兄様は女性的で素敵な美貌ですわ。そんなことを考えていると、ガシッと頭を鷲掴まれた。


「ほえ?」


「……レディオ、ちょっと妹借りるな」


「は?おいジリアン一体なんだよ。と言うかディートの頭を掴むな」


麗しい美貌のジリアン様は、何故か凄みのある笑みを浮かべてわたくしの頭をギリギリと掴まれる。と、言いますか痛いです。


お兄様の意見もジリアン様は無視し、私を屋敷の中へと連れ込んでからさっと結界を張った。


透明な壁がさっと作られる瞬間はとても凄かった。


凄い、わたくし初めて結界が張られるのを見たわ。


「これくらいの結界なんざ珍しくもないだろう」


「そんなことはございませんわ。わたくし、こういう魔法は初めて見ましたの」


「……喜んでる癖に表情には出ないんだな」


「感情表現は苦手ですの」


笑顔を浮かべることは出来るけれど、自然と浮かべることの出来ないわたくしはいつも無表情に近い表情です。

けれどもジリアン様はわたくしの喜びをわかってくださったようです。その事を嬉しく思います。


「で?さっきのは何なんだ。なんであんな飛んでもない破廉恥な事を思ったんだ?」


そんな問いかけをしながら、ジリアン様は顔を青ざめさせてわたくしを睨んできた。

さっきの。

わたくしなにか口に出してしまったでしょうか。

そのような事はしていないと思いますが。



「お前と俺の魔力相性が良いんだろ。触れてればお前の考えてることが筒抜けだ」


「あら、まあ…」


筒抜け。

ということはジリアン様とお兄様が媚薬で交わ「思い出すな気色悪い!」


「あらあら」


青ざめた顔で止められることから本当にわたくしの考えてることがわかるのでしょう。

それはわかりましたけれど、いい加減頭を掴むのは止めて頂けないでしょうか?


髪型が乱れてしまうのが気になります。


そう考えればジリアン様は嫌そうに頭を離して、代わりにわたくしの手をぎゅっと握られた。


婚約者でも親戚でも無いのに手を握るのはどうでしょ「だから、なんであんなのを思い浮かべたのか早く言え」


何故、と言われましても。

突然頭に浮かんできましたのよねえ。

ジリアン様総受けR指定ゲームのシナリオが。


「あーる…?シナリオ?なんだそれは」


「お子様が閲覧禁止の未来予定の台本、でしょうか?」


「意味がわからん。意味がわからんが、俺のホクロの位置といい先日捕まえた盗賊の顔といい…お前が知らないはずの情報を何故かお前が知っている…」


尋ねているようで、自問をされているようだ。

しかめた顔のジリアン様も美しい。長い髪の女性的な容姿と少年から青年へと羽化したての未成熟な色気にきっと攻略対象の男性も惹かれた「それ以上考えるな」


ピシャリと言われて、しょんぼりして黙り込む。

と、言われても何かを考えるなというものは逆に辛いものがある。

自由に考えたいので手を離して貰えないでしょうか。


「そうか、未来予知か。お前、俺の…未来を見たのか…俺の未来……」


「…それはつまり義理のお兄様になっていただけ「それは絶対ない」」


脳内の考えも、口に出した言葉も食い気味で否定されてさすがに少ししょんぼりとする。

兄様は兵士見習いをしているだけに屈強で優しいけれども、こんな美しい義理のお兄様も欲しかったのに。


「俺とレディオは生涯友人以上の関係にはならん」


残念です。


「…来週だな。来週に同僚に嵌められるんだな…ああ、コイツか。コイツならやりかねん。それからあの盗賊が逃げ出すんだな」


ジリアン様が嵌められる、と言えば嵌めた同僚の姿が思い浮かび言葉にすることなくサクサクと彼の必要な情報が私の頭から抜かれていく。


「情報感謝する。未来予知はとても希少で貴重な能力だから確認が完了するまで誰にも言わないように。では確認が取れたらまた来る」


確認とは、お兄様と一線を超え「俺は男とはヤらない」


しゅん。


結局ジリアン様は最後まで厳しい表情で我が家から去っていかれた。











ジリアン様が再度家にいらっしゃったのはその日から二週間後の事でした。


お客様が来たという侍女に呼ばれて行くとそこにはラフな私服で長い髪を纏めた美女…に見えるジリアン様が座っていらっしゃった。


「来たか」


一言そういうと、入口のドアは開けたままであったがジリアン様は即座に遮音の結界を張られた。


「…情報感謝する。ディート嬢の予知は、完璧であった」


と言うと、お兄様と一線を越えられたのだろうか。


「件の同僚が媚薬を盛ろうとしているのを事前に発見し、更に助けに来た盗賊の仲間も確保した。ディート嬢によって救われた、心の底から感謝する」


そう仰ると、ジリアン様は華やかな笑顔で手を差し伸べてくださった。おそらく感謝の握手であろう。


お兄様になっていただけないことは残念だが、ジリアン様が喜んでいらっしゃるのだからまあ良いでしょう。そう思い彼と握手をかわすとーーーーーーまた脳裏にぱっとBLゲームが浮かんだ。



盗賊の脱獄を未然に防いだことにより、ジリアン様を褒めに来た王太子殿下。

そこで王太子殿下はジリアン様に一目惚れをする。


恋に悩んだ王太子殿下。しかし彼は国のための結婚をしなくてはいけない。

苦悩の末選んだ婚約者は、候補の中で一番若く幼いディート・リュー伯爵令嬢。幼いゆえに成婚までの時間を稼ぎ、その間に王太子はジリアン様を側近に登用しある日休憩するための執務室のベッドに連れ込み…身分を盾に脅されてうふーんアハーン。


脅迫される日々が続き、次第に身体が王太子に陥落し心も………。




「…おいマジか。王太子殿下には昨日お褒め頂いたぞ…」


どうやらお兄様のフラグを折ったせいで、王太子様のフラグが立ったみたいですわ。


まあ初めは脅迫からの関係強要だとしても最後は幸せそうで「おいやめろ」


しゅん。


と言うか、わたくしは王太子様のルートでもおじゃま虫なのでしょうか。

最終的にはジリアン様と王太子殿下の関係に気づいて騒いで処分され「させないから、ちょっと待て。考えさせろ」


しゅん。


「とりあえずディート、お前は殿下の婚約者になりたいか」


「恋の隠れ蓑のために我が身を差し出そうとは思えませんわ」


「とりあえず、気持ちが悪いがもう惚れられた可能性があるからレディオとは違って殿下の心をバキバキに折る必要があるな」


折られてしまうのか、殿下。

スチルの中のジリアン様は気持ちよさそうだし試してみて「止まれ」


しゅん。


再三とめられ、とりあえず手を離そうとするも何故かぎゅっと握られる。

なので手を引こうとすると立ち上がったジリアン様が私の隣に座られて片手で頭を引き寄せられた。


なんでしょうか、この私が甘えるような体勢は。


「お前の婚約を阻止し、俺の身を守る一石二鳥の作戦がある。ディート、俺と婚約をしよう」


えー…………。

わたくし、恋の隠れ蓑になる気は無いのですが「お前を隠れ蓑にして男に走ったりしねえよ」


「お前か俺に好きなやつが出来たら破談も考えてやるから。お前は王太子の婚約から身を守るため。俺の貞操を守るために仲のいい恋人の振りをするんだ」


うーん。それはどうなんだろう。

ジリアン様は見ていて心が豊かになる美貌ではあるけれど、正直女のわたくしよりも美しい。

わたくしよりも美しいというのはさすがに隣に居たくは無いのですけれども。


「俺が綺麗って言うのは悲しいが否定できないけど、ディートは年頃の娘に比べたら小さいがめちゃくちゃ可愛いぞ。むしろ完璧の可愛い人形みたいな、俺とは違う系統の美貌だろ。表情は乏しいけど感情は豊かで可愛いぞ」


褒められて悪い気はしない。

感情が豊かとか初めて言われました。

内心でウキウキしていると、ジリアン様は嬉しそうに麗しい笑みを浮かべられた。


「決まりだな。一応言っておくが俺は現時点ではそのままディートを娶るつもりだからな」


あら?好きな方が現れたら破談にするご予定ではなかったのでしょうか?


「現れたら、な。俺はよそ見するつもりも、見させるつもりもねえよ」


あらあら、まあまあ。

BLゲームとは言え主人公の本気の色気を向けられて、胸が詰まります。


とても男らしい事を言ってらっしゃるのに見た目は麗し美人。未来は男性同士「おいやめろ」



しゅん。



ところで、わたくしの未来予知?は公に公開すると大変なことになりそうですがどこかに報告をするのでしょうか。


「なんて報告するんだよ。俺がレイプされる予知したとか言いたくねえぞ」


確かに。







その後ジリアン様は本当に婚約の打診を送り、熱心に親に私に対する求愛を見せつけて無事に婚約の運びとなった。



王太子殿下の婚約者もまだ決まっていなく、その候補者に私が居るとはいえ家格も年頃ももっと相応しい女性がいっぱいいるから選ばれる可能性は一般的に言ったら皆無。

しかも表情が出ない難あり令嬢のため、望まれるならば嫁に出してあげた方が幸せだろうと言う両親の配慮だったのだろう。


家格も伯爵家同士で問題がないし、ジリアン様は次男ですが成婚を機会に子爵位を先方の御家庭から引き継ぐことが決まられておりますしね。



ジリアン様は現在魔道兵見習いとして、兵士見習いのお兄様と王宮で働かれている。

歳は15。わたくしの四つ上であらせられる。

既に職務についておられる忙しい身の上であるにも関わらず、朝から仕事の時は夕方に。昼から仕事の時は午前中と、毎日我が家にいらっしゃった。


我が家とジリアン様のご実家が近所にあったから出来たことであろう。


毎日出入りをしていれば人の目に付き、ジリアン様の狙い通り婚約者を溺愛する麗しの子息としてすぐに噂は広まったそうだ。


ジリアン様自体も職場や社交場で熱心に婚約者可愛いアピールをされたそうだ。

わたくし、来年デビュタントを迎えるのでございますがなんだかデビュー前からプレッシャーを感じますわ。



「ついに来たぞ…」


そう仰ってジリアン様がお見せになるのは、王家の封蝋がされたお手紙。

王宮からのお茶会の誘いだ。同じものをお兄様も貰っていたことから、恐らく将来傍に置く側近候補を集めたお茶会……というていで、恋するジリアン様を愛でたいのでしょうか。


「あと噂の婚約者も見たいんだろう。レディオの方は単身で呼んだにも関わらず、俺の方は婚約者もつれて来いってよ」


こんな日は想定しておりました。

ですので表情が死んでいる分、礼儀作法は完璧でございます。


「大丈夫だろ。ディートの死んだ表情は逆に崩したくない程度には可愛いから」


そう仰られますがジリアン様はわたくしの頭の上に顎を置かれます。

そう、わたくし今はお人形さんのようにジリアン様の足の間に座らされて背後から抱かれています。


手を握るよりも、こうする方が楽だからと二人一緒の時はいつもこの体勢です。


つまりわたくしの臀部にジリアン様の見慣れたマグナ「やめろ」


しゅん。

ですが今のは少々はしたなかったですね。そう考えると少し臀部を意識してしまいます。


兎にも角にも、今度はわたくしもジリアン様と共に攻略対象との直接対決です。


意気込んで王宮へ参りましょう!








いざ決戦の日。

わたくしは何故かジリアン様に抱き上げられて王宮を闊歩しておりました。

わたくしの身長はジリアン様の胸元程しかありませんが、このような幼子を片手で持つような抱き上げ方をされるほど小さくは無いんですが…。

これもジリアン様曰くラブラブアピールをしていらっしゃるそうですので黙ってジリアン様の頭に手を回して掴まります。


「…おいジリアン、ディが可愛いのはわかるが抱き上げるのはやりすぎじゃないか?身体強化魔法まで使って…」


「ここは色んなやつが居るからな。拐われかねない」


ジリアン様、その言い方ですと王宮は犯罪者の巣窟のようです。


「タヌキやキツネはいるが表面には出てこないから問題無いだろう…ディも歩きたいよな?」


お兄様がわたくしに助けを求められるように振ります。なのでわたくしはじっとジリアン様を見つめると、ジリアン様はにっこりと麗しい笑みを浮かべました。そのうえでわたくしを抱く腕に力が込められました。


これは絶対に離してくださる気はございませんね。


その考えに是と言うように目が細められたので諦めることに致します。


「ジリアン様の不安が解消されるのであればわたくしは構いません」


「ディも甘やかすな…」


ため息をつくお兄様に罪悪感を覚えつつ、平素より高い視点で辺りを見ると目に入った兵士、従者、恐らく貴族の方。


彼、彼女らはどなたもわたくしたちを見るとギョッとされるので余程の奇行に見えるのでしょう。わたくしそのお気持ち否定しませんわ。



やがてジリアン様は宮殿からお庭に出られる。整えられたお庭、白く綺麗な石畳と鮮やかな緑。さらに美しい噴水の横を通り……庭の奥。

高い生垣がはっきりとした境界を示す、庭園の奥にいらっしゃった。


奥の園の出入口には門番さんがいらっしゃったことから察するに…ここは王族専用の庭園なのだろう。


初めの庭園は色とりどりの花が植えられ、万人に向けた庭であったが…ここは赤色の花ばかりが植えられている。きっとおそらく王族の誰かの趣味に沿った庭園なのでしょう。


「着くぞ」


ぼそっとジリアン様が言うと、庭園の中に東屋が見えてきた。

東屋には大きめな丸いテーブルと、準備されたお菓子と…揉める2人が居た。



「だから!お兄様の側近候補と逢うんでしょ!私も居たって良いじゃない!」


「我儘を言うな。これはれっきとした執務の一貫だ」


「嫌よ!フーンだ、もう座っちゃうもんね」


そう言って四脚ある椅子のうちひとつに座られる私と同じ年頃の推定お姫様。

お姫様がこちらに気づかれると推定王太子殿下もこちらを見て困ったようにため息をついた。


「出逢えた事にアララカルに感謝を。済まないな妹は今すぐ退出させるから。ロゼ!言うことを聞きなさい!」


「アララカルに感謝を!嫌ですわ、私も御一緒するの。ねえ新しい椅子を持ってきて」


王太子殿下とは違い王女殿下はわたくしたちを見て嬉しそうに目を輝かされた。


「アララカルに感謝を。私は王女殿下がいらっしゃっても構いませんよ」


「アララカルに感謝を。ええ、歳の近い王女殿下がいらした方が妹も嬉しいでしょう」


「出逢えた喜びにアララカルに感謝を」


お兄様は私が緊張しないように配慮をしてくださったのでしょう。

ジリアン様は恐らく、身内がいれば王太子殿下が妙なことをしださないと狙われたのでしょう。


わたくしは賑やかそうな王女殿下がいらっしゃれば喋らなくて済むかなって思います。満場一致で賛成をすれば王太子殿下はため息をついて手を挙げられた。その様子通りお手上げなのでしょう。


「はあ、すまないな。楽に座っていいぞ、椅子を急ぎ用意しろ」


「いえ、結構です」


「まあ!」


???


意味がわからないよ。

椅子は要らない。そう言われたジリアン様は私と一緒に椅子に座られた。いや、なんか違いますわね。


ジリアン様が椅子に座って、その膝の上にわたくしを座らせた。いつもの姿勢ですわね。うんうん。


って、王太子殿下の御前なのですけども!


「噂にたがわぬ溺愛っぷりだなジリアン」


「ディは可愛らしいので」


「殿下の前で位は自重しろよ」


「楽にしていいと言われましたので。初めまして王女殿下、ジリアン・ロインと申します。この子はディート・リュー、私の婚約者でございます」


「お初にお目にかかりますレディオ・リューと申します。ディートの兄でございます」


「わざわざ御丁寧にありがとう。私はロゼッタ・フォン・ショコラですわ。ロゼッタとお呼びくださいませ」


「ジャック・フォン・ショコラだ。妹がわがままですまない」


ポンポンと王太子殿下が王女殿下の頭を叩かれると、まるで子猫のようにムキー!と王太子殿下に噛み付くように怒り出す王女殿下。

しばらく微笑ましい兄妹のじゃれあいを見せつけられつつ談笑を重ねるが…不意に空気が変わった。



「ジリアンはいつもは中性的と言うか、男らしさを感じないが……ディート嬢と居ると随分と様子が違うな」


「それ!私も思いましたわ!王宮の薔薇が人形姫を愛で出したと聞いて麗しい遊びでも始めたのかと思っていたのに、ジリアン様が男性に見えて不思議で…でもお似合いですわ」


じっとわたくしとジリアン様を見つめられるお二人。いつもと違う、と言われて間近にあるジリアン様の顔を見つめますが……


「私は紛うことなき男ですよ、殿下方」


いつも通りのジリアン様である。でもいつもと違い丁寧な口調のせいで少し大人しく見える。


ジリアン様が男なのは知っている。だって彼の全裸は見慣れ、痛いですごめんなさい手を抓らないでくださいませ。


あ、怒ってますねごめんなさい。


しゅん。


実はわたくしこの場に来てからまだ初めの挨拶しかしておりません。


王太子殿下はお兄様とジリアン様に話を振られ、王女殿下はわたくしにふってくださっていましたがわたくしが返答する前にことごとくお兄様とジリアン様が答えていらっしゃったからです。


つまり、話を聞きながらも暇でした。

暇でした。


その結果出来上がったのがジリアン様が持ち上げた、編み込まれた赤毛の髪です。

私の思考を止めるために注意をしたのでしょうが、それだけだと独り言になってしまわれるから編み込んだ髪を見せてこじつけられたのでしょう。


「まあ素敵。ディート嬢とジリアン様でお揃いね。2人ともとてもお似合いだわ」


王女殿下に言われて、そういえばわたくしの今日の髪型にも編み込みがされているのに気づきました。

ジリアン様は初めはすぐに髪を解こうとしていらしたのに、ふっと笑われるとハンカチで先端を結んで髪型が解けないようにされました。



お揃い、です。


「っ!ちょっとお兄様見ましたか!人形姫が笑いましたよ!」


「…ああ」


「妹だって感情はありますから笑顔くらい浮かべますよ。たまには」


何故かとても嬉しそうな王女殿下と嫌そうな王太子殿下と呆れるお兄様。

と言うか、わたくしがジリアン様に関わると嫌そうにする御様子から察するに王太子殿下は惚れてらっしゃいますねえ。


痛いですジリアン様。無言でテーブルの下で手の甲をつねらないでくださいませ。


「だが、先程から一切喋らないではないか。本当に二人は心を通わせているのか?」


「ちょっとお兄様!失礼ですわよ」


あらまあ。王太子殿下がだいぶ直球を投げて来ましたわねえ。

王女殿下が諌めておられますが、どうしますか?とジリアン様を見て少し寒気がしました。


笑顔でした。ジリアン様は笑顔でした。


でもとてもお怒りなのはわかりました。


わたくしにジリアン様の心は読めませんが何となく、顔に黙れ男色家と書いてあるような気がしますわ。


「ぶっ、くくく…すみま、せん…ちょっとやめてくれよディ」


わたくしの思考に笑われたジリアン様は殿下に謝罪しつつ、何故かわたくしの名前を呼ばれた。


わたくし、もちろん声には出しておりませんわよ?


「問題ありません殿下。ディと私は魔力の相性がものすごく良いので考えていることが分かります。言葉は必要無いのです」


「なんだと…!」


あら、バラしても良いんでしょうか?

わたくしの思考がわかることは今までどなたにも話していらっしゃらなかったのに。


ジリアン様の発言に大きく反応を示されたのはお兄様でした。


「じゃあなんだ!ジリアン、お前黙ってるふりしてディといっぱいお喋りしてるのか!」


「ああ。何せ考えてることがわかるから隠し事も出来ないしな」


わたくしはジリアン様の思考は読めないのですけれども。

そう思いはしたものの、ものすごくショックを受けてらっしゃる王太子殿下の御様子からこの事実はおそらくわたくしたちの関係良好をアピールする重要な秘密で、それを効果的にばらしたのでしょう。


「まあ!そこまで魔力相性も良いなんておふたりは運命で結ばれてますのね」


目を輝かせた王女殿下も追撃を撃たれ、王太子殿下の初恋はわたくしたちの目の前で無事潰えて行かれるのでした。






「ディ!また遊びに来てね!お願いよ!絶対よ!」


「…はい、ロゼ様」


ほぼ話すことは無かったのだけれど、何故かわたくしを気に入ってくださったロゼッタ王女殿下は愛称で呼ぶ権利とともにお友達の位を授けてくだされた。


去り際の誘いに返事を返すとそれだけなのにロゼッタ様は何故か胸を掴んで壁に突っ込んで悶絶をされ始めた。


「お、おい、ロゼ大丈夫か」


「やめてくださいませお兄様、今私はディに名前を呼ばれた歓喜に震えていますの。もう、死んでもいい……!」


どうなされたのでしょうか。

お兄様もジリアン様も、当たりが柔らかくなられた王太子殿下も王女殿下の謎の行動に困惑仕切りです。


「……死なないでくださいませ、ロゼ様」


「わかった!死ねないわ!ディに言われちゃったものね!」


ひと声かけると、ロゼッタ様は即座に復活された。

どういう状況なんでしょう。

意味はよくわかりませんが、王太子殿下が執務のお時間らしくお茶会は解散しました。


ですが。


「…おい、ジリアンにレディオ。お前ら来月の近衛隊の集団合宿に参加してくるように。俺のそばに侍る以上近衛との関係も大事だからな」


すっかり初恋が冷めた様子の王太子殿下がそう仰った瞬間。また脳裏にBLゲームが浮かんだ。





愛していたんだ。愛していたのになぜ私を選ばなかったんだスカーレット。

愛を拗らせた近衛隊長。そんな彼の元に、愛する女性そっくりに育った息子が現れーーー手に入れることを決意する。


近衛隊の集団合宿中にジリアンの元へ来た近衛隊長はそのまま拒むジリアンを相手にいやーんアハーン見せられないよ!



そしてそのままジリアン…スカーレットを家に連れて帰るのだ。私たちの家に。愛しているよ、スカーレット……。



うわあ。

友愛、初恋の次は拗らせた熟した妄愛が来ましたわ。さすがのわたくしもドン引き致します。確か近衛隊長様は…お父様と変わらないお年頃であられたような。


15歳のジリアン様の倍は生きておられる方だ。拗らせたおじ様の妄愛……。


「頼む、ちょっとやめてくれディ」



弱りきったジリアン様の声にはっと我に返ればわたくしはいつの間にか馬車に乗っていた。ジリアン様と並んで座り、向かいには心配そうな表情のお兄様。


ジリアン様は弱り切った様子でわたくしの頭を引き寄せてそのまま抱きかかえられた。


「おい大丈夫かジリアン。顔色がものすごく悪いぞ」


「ちょっと疲れたみたいだ…ディ、しばらく頭を貸してくれ」


「こちらをどうぞ」


ポンポンと膝を叩くと、ジリアン様は素直に膝の上に頭を乗せて横になられた。長くサラサラな赤色の髪を撫でる。


「ディとジリアンは本当に口に出さずとも会話ができるのか?」


「ええ。わたくし言葉にすることが得意では無いので助かっております」


「そうか…だから出会ってすぐなのにあんなに熱心に求愛していたんだな。ディ、自覚があるようだが言っておく。お前はとても可愛らしく美しいが、表情が出ず言葉も苦手となればお前の顔と家柄に惹かれたものしか寄ってこないだろう。ジリアンを大事にしなさい。ディの内面を知った上で思ってくれる人なんだからな」


「……はい」


自分で言うのもなんですが、わたくし随分な難あり物件ですものね。

お茶会などでも親しい相手は出来ずに、季節の挨拶の手紙を交わす程度の方ばかり増えて……周りも気を使って下さるのですがどうも上手くお答えが出来ず、その結果が人形姫ですもの。


黙って周りの話を聞いて居ただけですのに。


ですが、わたくし自分の呼称は知っておりましたがジリアン様のは知りませんでした。

麗しの薔薇……赤毛だから麗しの赤薔薇でしょうか。そういえば王家の庭園は赤薔薇が溢れていましたものね。


ジリアン様に似合いそうな赤薔薇が。


となると王太子殿下がジリアン様に惚れられるのも必然のこ「やめろ」


しゅん。


ジリアン様は今は弱っておいででした。申し訳ありません。


「二人だけで会話なんてずるいぞ。俺も混ぜてくれよディ。これでもお兄ちゃんだからな、口数が少なくともディの考えはだいたいわかってるはずだ」


「いつも流石だと思っていますわ」


「こいつはそんな簡単にわかることは考えてねぇよ」







「ったく、なんで問題を解決すれば別問題が発生するんだ…」


問題解決することが、次の問題のフラグになっているようですね。

ん?フラグってなんでしょうか。意味はよくわかりませんが使い方だけ分かりますわ。これも遊戯の知識なんでしょうか。


ですが、何となく分かります。

もし王太子殿下の寵愛を振り切れて居なければ、きっとジリアン様はずっと殿下の傍に置かれて近衛隊の集団訓練に参加はされなかったのでしょう。


「ああ、何となくそんな感じだよな…あー!でもどうすりゃ良いんだよ。」


今回は出会ってすぐベッドインですからね。殿下は男同士という躊躇いや甘酸っぱい初恋の諸々があったようなのでジリアン様の意思も欲しがっておりましたが、隊長様が欲しているのはあくまでジリアン様の肉体のみ。


生半可な事では、対応が出来なそうですわね。


「ああ、その通りなんだけどな。その通りなんだけど、傷口に塩塗り込むのはやめてくれ…」


「申し訳ありません」


こんなに弱られたジリアン様は初めて見ます。

いつものように私を足の間に座らせておりますがわたくしの肩や頭に先程からジリアン様の重みが感じられます。恐らく、寄りかかっておられるのでしょう。


まあジリアン様が監禁された時はわたくしも婚約者として救出を頑張りますわ。大丈夫です、少しばかりお尻が切れてしまう程度の「俺の尻は切れる予定は無い。と言うかディ、お前予知のせいでだいぶはしたなくなっていることを自覚して気をつけろ」


かなり本気で怒られました。



その後もまるでテディベアのように私を抱きしめ倒したジリアン様は解決案が見つからないままお家へ帰られた。





解決案が見つからないまま、時が流れ。

毎日話し合いはするものの希望のきの字も見つかりません。


「今日、近衛隊長に明日からの集団合宿楽しみにしてるって言われたぜ…」


「意味深長な言葉ですわね」


「しかも隣にいたレディオはスルーだったんだぜ」


「ジリアン様しか目に入ってらっしゃらないんですね」


「まっじ最悪……」


今日も今日とて仕事終わりに直行されたジリアン様の膝の上で大人しく抱き人形になります。

解決案を真面目に考えてましたがあまりにも糸口が見つからないのでジリアン様の長い髪を編み編みします。

決して暇とか飽きたとかそう言う訳ではございません。


「とりあえずディの提案通り身を守る魔道具と付け焼き刃の防御魔法は覚えたが……おいやめろ、お前がよく編むから最近髪がパーマかかってきたんだ」


ソバージュヘアーですわね。大丈夫、ジリアン様なら違和感ありませんわ。

わたくしとお揃いでとても可愛らしいではありませんか。


「お揃いで可愛いって…俺はこれから成長期迎えておっきくムキムキになる予定なんだぞ」


魔法兵ですのでムキムキは無いんじゃないでしょうか。そしてジリアン様はもう十分身長ありますので、わたくしに分けていただきたいですわ。


「いいじゃんミニサイズ。ディはそのままでいいと思うけど。あー!もう明日には身長伸びてムキムキにならねえかなあ!」


ならないでしょうねえ。


決戦前夜も結局なんの案も出ず、ただ二人で雑談をして終わった。




そして旅立ちの日。

わたくしはあの遊戯のシナリオ通りのことが起きないよう神に祈った。


どうかジリアン様のお尻が無事でありますように。

合宿が終わったらまたいつも通り一緒に座って髪を編んだり、お喋りしたりして遊ぶことが出来ますように。


合宿期間は一週間。


毎日朝と夜に神様にお願いをしたのに。



神様はわたくしのお願いを全部は聞いてくださらなかった。



「そんな…!そんな!嘘…」


目の前の光景に衝撃を受けて、がくりと膝から崩れ落ちる。

咄嗟にお兄様が受け止めてくれたので怪我は無いもののお兄様に感謝を示す余裕すらなかった。


「……お前、そんな顔も出来るんだな……」


合宿に行ったけれど相変わらず細い身体、女性的な顔立ち。

ーーーーーどこか疲れた、少し枯れた声。


あまりの事態に胸と目元が熱くなり……ポロポロ…ボダボダと涙が溢れ出した。


「えっ、おま、ジリアン!ディを泣かせるんじゃない!」


「いや!え、髪切っただけじゃねえか!なんでそんな泣くんだよ!」


慌てるお兄様とジリアン様の声も耳に入らない。

ヒックヒックとしゃくりをあげながらお兄様にすがりついてボダボダと涙をこぼす。


ジリアン様の髪が

大好きな赤毛の長い髪が根元からごっそり失われていたのだ。


全部ない訳では無い。けれど耳が隠れないほどの短髪になってしまわれたジリアン様。

さすがにそのような髪型では男性にしか見えないけれどもそんなものどうでもいい。



髪が無い。無いのだ。


もうお揃いの三つ編みも出来ない。



そう思うと余計に悲しみが溢れ出して泣き続け、いつまでもぐずぐずとこぼれ落ちる涙は結局その後三日間も止まらなかった。




あ、ちなみに髪と引き換えにジリアン様のお尻は守られたそうです。







ジリアン様が髪を切られて、会う度に泣きながら逃走すること三日。

その日わたくしは初めてジリアン様不在の状態でBLゲームが浮かんだ。



許せない。許せない許せない。

王太子殿下に認められたことも。

母譲りの、父が大好きな赤毛を勝手に切ったことも。

……人形姫と婚約をしたことも。



早くに失った母譲り赤毛。父上は明らかにジリアンを贔屓していた。それでも俺も頑張って努力してあいつより優秀な後継者であったのに!


王太子殿下の側近候補になり大喜びをした父上。

髪を切って母が亡くなった時のように落胆した父上。



……人形愛好家の俺が最も欲していた人形姫まで、あいつは奪っていった。

もう少し大きくなったら俺が婚約を申し込もうとしていたのに!

なんで!なんで!いつもあいつばかりが!


妬み、憎しみがもう止められないレベルに達し。

俺は闇ギルドに依頼をした。






弟の尊厳を奪い尽くして、殺せと。




「いやっ!」




あまりの恐怖に涙は吹っ飛びました。

今までとは比較できないほどの重い感情

、殺意。


そしてフラグのきっかけである王太子殿下のお目にかかったことも、切った髪も、わたくしとの婚約も全てが即座に対処出来ません。


と言いますか、今までのフラグ回避が全てこのルートに繋がってしまうなんて!



見ることを拒んだお陰で1番きつい生々しい映像は一瞬だけでした。一瞬だけですが……そこに映ったジリアン様は生きている状態ではありませんでした。


助けないと。急いでジリアン様を助けないと。



どうすれば良いのかなんて、わかりません。

それでも依頼を出されてしまったら遅いのです。まだ義兄様が依頼を出していないことを祈って、わたくしはジリアン様のお家へと馬車を出していただきました。







「……えーと、すまないねリュー嬢、ジリアンは仕事に行ってしまって居てね…」


先触れも出して居ないにも関わらず、お義兄様はわたくしとあってくださった。

怖がらせないようにか、片膝を床について目線を合わせ気を使ってくれるとても優しそうなお義兄様だ。


でも。


なんて言えば良いのかわからないのです。


ジリアン様と仲良くしてください?


ジリアン様を殺さないで?


言いたいことはあるけれど、その理由が言えないからどれも上手く口に出来ない。


どうすれば良いのかわからずに、ドレスの裾を掴んで口を噤んでいるとお義兄様は優しく頭を撫でてくださった。


「ジリアンに虐められたかい?」


「いいえ」


「ジリアンに逢いに来たんだよね?」


「いいえ」


「え……私に、会いに来たのかい?」


「はい」


「…とりあえず、お茶でも飲もうか」


そして扉を開いた部屋でお義兄様……ユリシスお義兄様とお茶を飲む。


お義兄様はニコニコとわたくしを見るばかりで言葉は発さず、わたくしも何も言えずにただ時間だけがすぎていった。



「ごめんね、私ももう仕事に戻らなくてはいけないんだ」


「……明日も来てもいいですか?」


結局、わたくしにできたのは一時間ほどお茶を飲みながら見つめ合うことだけだった。

それでも、なんとか思いを伝えたくってそう言えば意外にもユリシス様は笑顔で快諾された。


「もちろん。じゃあ可愛い義理の妹のための時間は作っておくね」


どういえばいいんだろうか。どうすればいいんだろうか。


悶々と考えながらわたくしはロイン邸を後にした。






実のお兄様に命を狙われているなんて知ったら、ジリアン様はきっとまた酷く傷つかれる。

……わたくしがなんとか収めることが出来れば、彼は知らなくてすむ。


そう考えたわたくしはその日からジリアン様と接触しないために会わないよう避けてユリシス様の元へ通う日々が始まった。



一日たっても、五日たっても。


私はユリシス様に何も言うことは出来なかった。

だってわたくしが会うユリシス様はいつもニコニコ笑ってらっしゃって、そんな非道なことを行う方には見えないのだ。


あんな映像嘘なんじゃ無いかと思いたくなるけれど、何となくあれは事実でわたくしが通うことを止めればユリシス様が闇ギルドにコンタクトをとる気がした。


だから何も言えないまま、無言のお茶会をしているけれど。

ユリシス様はそれでもとても楽しそうだった。



「ではまた明日、リュー嬢」


「また明日」


玄関でユリシス様に見送られていると……扉が開いてジリアン様がわたくしの目の前で帰宅された。

ジリアン様はわたくしを見て目を見開くと、苛立ったように顔を歪められた。



「なんだよ、ディ。お前の家に行っても居なかったのにうちに来てたのかよ」


「えっと…」


いつものように伸ばされた手。

私の言葉よりも早く、返事を得ようとされたのでしょう。


それはいつもの事だったけれど。


ユリシス様のことを知られてはいけない。そう思ったわたくしはさっと身を引いてジリアン様の手から逃れてしまった。




その瞬間、ジリアン様は目を見開いて衝撃を受けたご様子だった。


「なん、だよ…ディ…」


「リュー嬢は今から帰るんだよ。遅くなってはいけないからね」


傷つかれたその様子に息が詰まっていると、わたくしの後ろからユリシス様が来てジリアン様から守るようにわたくしを玄関の外に出された。


「では、またあしたね」


そしてニコニコと笑うユリシス様が扉を閉められた。


ジリアン様を拒んだのはわたくしなのに。


何故か閉まった扉にわたくしが拒否をされたように感じた。







翌日心配をしていたけれど、ユリシス様の元へ向かうまでにジリアン様に会うことは無かった。

いつものように笑顔で迎えられて、お茶を交わして。



「ジリアンはね、7歳までおねしょをしていたんだよ」



なのに今日は唐突にユリシス様がジリアン様の秘密をばらし始めた。

ジリアン様がおねしょ……?

意味がわからなくて、呆然とする。ユリシス様は一体何をおっしゃりたいのでしょうか。


「10歳までは騎士になるんだ!と言って木剣を振り回していたんだけどね。幼なじみのレディオ卿と自分を比べて、ある日泣きながら魔法兵になるんだ!に変わったんだ」


意味がわからないけれど、ユリシス様が語る内容はとても興味を惹かれた。

あのジリアン様の黒歴史ですわよ?気にならない方がおかしいですわ。


「もっと聞きたいかい?ジリアンの秘密」


「はい」


「ジリアンは幼い時は両親をパパとママと呼んで居たんだけどね、一昨年かなあ?私のことを間違えてパパって呼んで来た時は驚いたなあ」


それはとても恥ずかしいですわ。

真っ赤になって怒るジリアン様が目に浮かび、つい笑いが込み上げる。


「ーーーーうん。ディート嬢は笑顔が一番可愛いね」


笑った瞬間、ユリシス様も嬉しそうに嬉しそうに笑った。

纏う色は違えど、その笑顔はジリアン様によく似ていた。



「何となく、君が何を言いたいのか分かってきたよ」


「わたくしが、ですか?」


「うん。言葉には出来ないけど何となくね。僕に会いに来てくれてるけれどディート嬢は僕に恋愛感情はないみたいだし」


そう言ってジリアン様は立ち上がり、本棚の前で何かを探しものを始めた。


戻ってきた彼が開いた本。


そこには今より若いユリシス様とジリアン様が描かれていた。

わたくしと同じ年頃?のジリアン様は長い髪を結われていたけれど正しく美少女だった。とても可愛らしい。


「うん、やっぱり可愛らしいね」


ジリアン様可愛らしい!と頷いてからユリシス様を見上げるも、ユリシス様は優しい目でわたくしをじっと見ていた。


可愛らしいのは、幼いジリアン様ですよね…?


「表情の抜け落ちた君も可愛いけど、笑顔は特別だね。……君が笑うには、ジリアンが必要だろう?」


わたくしも言葉に出来ないし

ユリシス様も言葉に出来ないと仰るけど。


何故かわかりあっていると感じた。



わかりあった上で、ユリシス様の憎しみが溶けていくのを感じた。


「はい、必要です」


目を見て、真っ直ぐにユリシス様を見据えて。笑顔でこくりと頷いた。


「そう。ならば私たちの言えない話は二人だけの内緒、だね。でもディート嬢は考えてることがジリアンに伝わってしまうんだろう?もしジリアンに秘密を聞かれたらーーーーー……」










「兄貴!勝手に休むって兵団に言っただ……」


バン!と乱暴に扉が開けられて飛び跳ねる。

そして見つめ合うジリアン様とわたくし。


「……で、これが湖に落ちたから従姉妹にドレスを借りたジリアンの絵姿だよ」


だが、ユリシス様の誘惑で即座に姿絵帳に目がいく。

ピンク色のドレスのジリアン様……だ、だめ、笑いが込み上げてしまうわ。


「っ、何見せてんだよ!」


もっと見て居たかったのに残念ながらジリアン様に姿絵帳は奪われてしまった。


「大丈夫、後で複製させたものをプレゼントするよディ」


「ありがとうございます」


「やめてくれ」


「良いじゃないかジリアン。可愛い人形姫のお願いだよ?」


「お願いですよ?」


「ダメだ」


ケチだなあとわざとらしく煽るユリシス様の真似をすると、ジリアン様の眉間に血管が浮かんだ。

傍にいたら確実に頭を鷲掴みされたであろう展開ですが、わたくしは今は最強の守りの中にいるので怖くありません。


「なんだよ、随分仲良くなってるじゃないか」


「ああ。ジリアンのあれこれを話しているうちにな」


「……最悪」


はあああああと特大の溜息をついたジリアン様は、ソファにドサッと座り込んだ。

そしてしばらく考えてから…ポンポンと自分の膝を叩かれた。


おいで、って言ってる。


隣に座ったユリシス様を見上げると、にこりと笑って頷かれたのですぐにジリアン様の足の間に移動して、定位置に座る。


「……勝手に髪切って悪かったよ。そこまで気にすると思ってなかった」


背後から抱きしめられて、切なげな声で言われて気づく。

そういえばジリアン様の髪が!

長い髪が…!


「って、髪で怒ってたんじゃ無いのかよ!?じゃあなんで避けてたんだよ」


避けてた…理由…


理由。そう聞いた瞬間ポンっと思い浮かんだ。






7歳までおねしょしていたことを。





いたたたたたた。


「ディート?お前、兄貴に何を聞いたんだ?」


7歳までいたたたたたた。


抱かれた腕に力を込められて、真剣に骨がミシミシ言っております。助けを求めるようにお義兄様に手を伸ばすと、無情にもお義兄様は楽しそうに笑うばかりでした。


「乙女の秘密を漁るもんじゃないよジリアン。乙女の秘密はバレないように、私がお前の黒歴史を詰めておいたから聞けば聞くほど痛い目を見るよ?」


『もしジリアンに秘密を聞かれたらーーーー私が教えたおねしょとかを思い出せばいいよ。そうすればジリアンに大ダメージを与えられるからね』


楽しげにそう言ったお兄様のお陰で、わたくしの秘密は守られた。

代わりに色々と、痛いけど。



ジリアン様とこんなふうにするのは、とても大好きだから良いのです。


「でも良かったねジリアン。君の髪をディは然程気にしてないようで」


「お揃いができません」


「いや忘れてただけでかなり気にしてるぞ。思い出してから頭の中編み編みばっかりだ」


こうなってしまっては、わたくしが髪を切るしかジリアン様とお揃い「絶対やめろよ。お前は切るな、お前の長い髪大好きなんだからな」


「そうだよディ、君の可愛らしさを損なう行為は慎むべきだ」



しゅん。








それからの日々は、酷く穏やかなものであった。

もう、ゲームの情報が入ってくることも無くて。



お兄様とも、王太子殿下とも、近衛隊長様とも、ユリシス様とも。


皆様とジリアン様は良い距離で付き合っていらっしゃるようでした。


友として、主君として、上司として、兄として。


まるであの未来は嘘だったかのように、ジリアン様は今をすごしておいでです。



「そういやディってなんで男の名前なんだ?」


わたくし、幼少時はとても身体が弱かったんですの。その影響で男の名前で強く生きていけるように願われたそうですよ。


きっと表情が出ないのも、言葉が上手く綴れないのもその時の後遺症でしょうね。



「いや、お前の性格だろう」


「またせたわね」


ジリアン様と仲良く喋っていると、今まで待っていたロゼッタ様がいらしたので二人立ち上がって頭を下げる。


「ロゼッタ様に出逢えた喜びををアララカル様に感謝します」


「ああ良いわそういうの。ディ、今日も最強に可愛いわね」


今日はロゼッタ王女殿下にお呼ばれをして王宮に来ていました。

初めてあってからロゼッタ様は何かとわたくしを気にかけて下さり、ジリアン様以外にまともな交流をする友達がいないわたくしには貴重な人物なのですが…


「今日の装いも最高に可愛らしいわ」


「ありがとうございます」


「ディの可愛らしい声が聞きたいわ…」


強すぎる好意に、若干身の危険を感じるのですよね。

わたくしの見目から、人に好意を抱かれることは多いのですが(ですがまともに話せないので誰とも親しくなれませんけど)ロゼッタ様の視線はその中でも強烈でございます。


正直、苦手な部類の方でございます。口には出せませんが。


「実は今日はディにお願いがあって来てもらったの」


「なんでしょうか?」


「貴方じゃないわ。私はディに話してるのよ」


ですので平素以上に口がつまり、ジリアン様に代弁をしていただいています。

王太子殿下にお伝えして以来、わたくしとジリアン様が思考が繋がっていると大々的に公表しているので問題は無いはずですが…ロゼッタ様は度々わたくしの声をねだられるのでだいぶ困ります。


「なんの御用でしょうか、ロゼ様」


「ディたんにロゼって言われた…!」


声を出したら出したで、何故か悶絶されるのも声を出したくない要因のひとつでございます…。


幸い今回の悶絶は短時間で収まり、ロゼッタ様に促されてわたくしとジリアン様は椅子に座ります。


「ディももうすぐ12歳でデビュタントを控えているじゃない?流石にもう性別を隠すのは無理でしょう?」


性別?隠す?何を言ってらっしゃるのでしょうか?


「なので私と契約婚約を結んで欲しいの。もちろん紙の上だけで、ジリアンと愛を育んで良いわよ!私は愛する推しのディの隠れ蓑になれるだけで幸せだから…!」


え、この方何を言ってらっしゃるの?

ちらっとジリアン様を見上げるも、ジリアン様も困惑した様子でわたくしとロゼッタ様を見てらっしゃった。


多分、ジリアン様も意味わかってないと思われます。


「…ロゼッタ様、女同士では婚約も結婚も出来ませんが。出来たとしてもディは私の婚約者で関係を解消するつもりもないのですが」


「またまた!私知ってるのよ。ディが男の娘だって!大丈夫、二人の協力は惜しまないから」


男の娘


おとこのこ


おとこのこ!?



え、わたくし、おとこのこ!?

衝撃で飛び跳ね、ジリアン様も慌ててわたくしを見て大分混乱して、え、え?


「わ、わたくし女でございますが…」


「身体が弱いから女として育てられたんでしょ?わかってる。わかってるから…!」


いえさっぱり分からないのですが。

えーっと……男性にある股間の棒はわたくし、ありませんよね。ええ、ありませんわ。御不浄で今日も見た光景を思い出して、はっと繋がれた手を思い出す。


まって、わたくし今何を思い浮かべましたか。


排泄時のあそ……


「見てない。俺は何も見てない」


ペシと頭を軽く叩かれる。

半泣きで見上げたジリアン様は首まで真っ赤でした。どう見ても、見たって顔をしてらっしゃいます。


恥ずかしくて、恥ずかしくて涙が込み上げると引き寄せられて顔を隠すようにぎゅっと抱かれました。


その瞬間、能力にまたイメージが浮かんだのですが。

今回は今までと感じが違いました。






「リーダー…人形姫たんルートがないんですかってクレームが殺到してるんですが」


「BLゲームだぞ!?なんで女キャラとのルートがあるんだよ!?」


「それが…クレームの筆頭がスポンサーでして…あの、人形姫たんを攻略できないなら来期の契約はないって…」


「だあああ、開発に口出すんじゃねえよ。くっそ、既存の設定でどう改編するか…」


「…人形姫は実は身体の弱い男子で、生きられるよう女の子として育てられたでどうでしょうか。性別逆にして育てるってよくありますよね」


「それだ!男なのに性別を押さえつけられて育てられたから表情や言葉が上手く出せないってすれば完璧だな」


「完璧ですね」


「スチルどうしましょうか」


「あの子は絶対に脱がせたらいかんだろ。イエスロリータノータッチだ。ラブラブのキスシーンでも書いときゃ良いだろ」



謎の会話が聞こえたあと、ドドーンと出てきた映像はわたくしが嬉しそうに笑って、はにかみ笑顔を浮かべたジリアン様にキスをする映像でした。


「ね、ねえどうしたのよ二人とも」


「申し訳ありません少しお時間を下さい」


「お願いしますロゼ様」


こ、これは恥ずかしい。

何が悲しくて自分のキスシーンをドドーンと見なくてはならないんでしょうか。

それを思うと今までいやーんアハーンを見させられていたジリアン様のお気持ちも「キスするぞディ」


ふぁっ!


キスという言葉でまたキスシーン映像が浮かんで再度撃沈し。


そのまま二人抱き合って、悶絶を繰り返すのでした。






王女殿下への誤解はその場ですぐにときました。


わたくしとジリアン様は今までも、今も、これからも一緒です。


「もっと俺を好きになれ」


そう言って笑うジリアン様は成長期を迎えてメキメキ大きくなり。とても素敵な男性にしか見えません。

わたくしも成長期は迎えたのですが、ちょびっとしか身長は伸びずジリアン様との身長差はさらに開いてしまい。少女のような容貌はそのままだけど。


「わたくしはジリアン様がとても大好きですけど?」


笑いながらそう言ってキスをするのでした。






その光景は図らずも、あの映像と同じキスシーンだったことを知る人は誰もおりません。




これで本編は終わりになります。

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