緑川 柚葉(2)
私は怜太さんに送ってもらって家に帰った。怜太さんは玲央さんと似てて優しかったな。でも、私はやっぱり玲央さんのほうが……。
家に着くと、お兄ちゃんが待っていた。というよりも待たせたって感じなのかな。機嫌が悪そうな顔をしていた。
「ちゃんと買ってきたか?」
「う、うん」
ケーキ屋さんの袋を見せた。崩れてないと思う。気をつけたもん。
お兄ちゃんは袋の中を覗くように見ると、喜んだ。多分、お母さんの喜ぶ顔を想像したのかな。私はそのまま台所に足を向けた。
台所の冷蔵庫にケーキを入れた。それから、出掛けているお母さんの帰りを待った。
「あら、これは!」
「それは……」
お母さんが帰ってきて、冷蔵庫を開けられた。まあ、それもそうだよね。すぐバレちゃうのは当然のことだと分かってはいたんだけど、こうも直ぐにバレると誕生日の意味が……。
「それ、母さんの誕生日ケーキ。柚葉が買った」
あー。お兄ちゃん、なんで言っちゃうの! あーあ。残念に思ったのも一瞬。
「柚葉、ありがとう。でも、柚葉の好きな抹茶ケーキで良かったのに」
お母さんは喜んでいる。抹茶ケーキ好きだけれど、特別な日くらいお母さんの好きなものにしたかった。その事を伝えると、お母さんは心から嬉しそうに笑った。良かった。
そう思っているはずなのに、どこか切なく思った。それは、玲央さんが好きな人にケーキを買っていたことを思い出したから。私はいつか想いを告げることが出来るのかな。伝えたい。
たとえ、届かなくても。
間もなく一ヶ月が経とうとしていた。玲央さんに会うものの想いは告げていない。好きだと伝えることはいかに難しいかを思い知った。
言い訳になるかもしれないけれど、玲央さんの隣には女性がいた。ケーキ屋さんで会った時に口にしていた『茜音さん』だった。とても綺麗で美しい。玲央さんと歳が変わらない感じだとまだ成人していないかもしれない。それでも、大人の魅力を感じるのはなぜなんだろう。
「柚葉ちゃん」
ふと声を聞いた。声のするほうへ向くと、玲央さんではなく、お兄さんの怜太さんがいた。私は応えるように軽く会釈をした。
「帰りかな? 送って行こうか?」
そんな言葉を問い掛けられた。私は躊躇いつつも怜太さんに送ってもらうことにした。玲央さんもだけど、怜太さんも優しすぎるくらいにいい人だな。
「あれから、玲央とどう?」
道中、突然のことに動揺する。あの時のこと忘れずに覚えてるのかな。いっそ、忘れてくれていたほうが楽だったのかもしれない。けど、もう出遅れ。怜太さんは返答を待つように私のほうを見ている。
「あまり話せていません。それに茜音さんがいますし……」
思い出すと、言葉に詰まってしまった。私には敵わない茜音さんという女性。その人と並ぼうとしても、届かない。玲央さんは茜音さんが好きなんだ。
「玲央と二人きりにしてあげようか? それならちゃんと話せるんじゃないかな」
思わず私は怜太さんのほうを振り向く。どうしてそこまでしてくれようとするのか分からなかった。そう言ってくれるのは嬉しいけど、私は……。
「大丈夫です。自分の力で頑張ります」
私ははっきりとその言葉を言い切ってみせた。前々から思っていた。人に頼らず自分でちゃんと伝えたい。それは、決して簡単じゃない。
もし、茜音さんの事で断られても、玲央さんを応援したい。それがきっといいはずだから。
「分かった。ごめんね。頑張って」
「は、はい」
私は思わず返事をした。ちゃんと伝えられるかな。自分から言っておいて、そんな考えが頭の中を埋めていた。
でも、必ず伝える。そう決意し、怜太さんに送ってもらいながら帰った。
柚葉視点は終わりです。