鳴海 湊人(1)
実の妹じゃないけど、あの子は妹のようだった。そうじゃなくなったのは、好きになってしまったから。あの子はどう思ってるんだろう。
今でも聞こえてくる気がするんだあの声が。
「湊人お兄ちゃん、どうしたの?」
ほら、聞こえてきた。これはきっと夢だ。そう思った瞬間、目の前にその声の人物の顔が現れた。それでも夢だと思った俺は自分の頬を抓ってみた。痛い。
その瞬間、これは夢じゃなく現実だと悟った。
「湊人お兄ちゃん、大丈夫?」
俺がボーとしていたせいで目の前の人物は再び声を掛けてきた。
「ごめん。大丈夫。それより、涙ちゃんどうしてここに?」
「どうしてって、湊人お兄ちゃんが見えたから。駄目だった?」
駄目ではないけど、ここに来たって意味は無いのに。でも、来てくれて嬉しいな。そんな事を思っていると、いつの間にか涙ちゃんは泣きそうになっている。
「泣くのは駄目だよ。俺が泣かせたみたいになるから」
俺が言うと、涙ちゃんは俺を見た。意地悪な言い方をしたのはわざと。というよりも涙ちゃんは必ず泣き止む。小さい時からそうだった。と、思ってたのは小さい時だけみたいだ。
不意に小さい拳が目に入ったかと思ったら、次の瞬間殴られた。
予想外の行動だ。痛い。俺は痛みから頬を抑えた。
「湊人お兄ちゃん。そういうところ昔から変わらないね。意地悪」
涙ちゃんはそう言って俺に背を向けた。いやいや、意地悪なのは涙ちゃんで暴力は駄目でしょと思い、涙ちゃんを追った。
「そういえば、湊人お兄ちゃんはもうすぐ高校生だね。いいな」
涙ちゃんは振り返り、俺に言葉を掛けるように発した。中学一年なのに高校生に憧れるって早すぎなんじゃないかなと思ったけど、そうでもないのかなとも思った。
憧れて羨ましそうにするのはいいけど、俺は良くない。なぜなら、高校がここから離れた場所だから涙ちゃんとは離れ離れ。
彼氏彼女じゃないのに、残念に思うのは好きだからかな。本当は離れたくないのに行きたい高校のためには仕方ない。いや、仕方ないじゃ済まない。
もう進学が決まったから今更変えられない。なぜ、もっと早く近くの高校にしなかったんだろうか。俺は……。
「涙ちゃん、俺、」
「どうしたの?」
口にした言葉は行く場を失い、詰まる。俺の言葉に涙ちゃんは問い掛ける。言いかけた言葉は結局吐き出せず。今、告白したって涙ちゃんは笑って、違う意味に捉えられるんだろう。だから、言えなかった。
「湊人お兄ちゃん?」
涙ちゃんの言葉に俺はなにも答えらない。いつの間にか、俺の目から滴が溢れる。
「泣いてる。弱虫男」
涙ちゃんがボソッと呟いた言葉に俺は聞き逃さなかった。俺は涙ちゃんの背後から襲いかかるように抱きしめた。強く。
降参降参と言いながらも涙ちゃんは楽しそうに笑っている。俺は更に涙ちゃんの両頬を摘み、アヒル口にしてやった。すると、〈いおいおおお〉と口を動かされた。なぜだか、なんと言ったのか分かった。『酷い男』だと。
俺は更に涙ちゃんの口を窄めた。謝ってジタバタするが、またも笑ってる。俺も笑った。傍から見れば、彼氏彼女に見えるかもしれない。けど、今だけはこの時間が続いてほしいと思った。大好きな人との時間でもあるから。
*
「湊人、昨日女の子といただろ。彼女いるなら言えよ」
友人に言われ、俺はハッとした。昨日の見られてたのか。
「このリア充め」
「いや、あの子は近所の子だよ。親の関係でさ、小さい頃から面倒みてたんだ」
俺は咄嗟に答えた。本当は嘘をつきたかったけど、涙ちゃんには悪いし、嘘はつけなかった。それなのに、友人ときたら、笑ってるんだ。
「いやいや、女の子に抱きついてたじゃん」
そこまで見られていたなんて、参ったな。本当のことを言われたら、なにも言えない。
そんな事を考えていたら、一人の女子が俺たちの前を横切った。
「そういえば、波川のやつお前のこと好きらしいぞ」
友人が小声で俺に言うと、俺はさっさ横切った女子を見やる。波川が俺のことを? 思っていなかった。唯一、三年間同じ組だった。けど、俺が好きなのは……。
波川悪い、と心の中で謝っていた。