緑川 柚葉(1)
私はお兄ちゃんの知り合いのあの人が好きになってしまった。最初は怖い印象だったけど、本当は優しいことを知ってしまったの。でも、あの人には別に好きな人がいるらしいの。
その人は私と違って強い人。私もそんなふうになれたら、振り向かせることが出来るのかな。
***
「柚葉。話を聞いてたか?」
ふと聞こえてきたお兄ちゃんの声に我に返る。えーと、なにを話していたんだっけ?
「もういい。俺が買ってくるから」
その一言で思い出した。お母さんの誕生日でケーキを買ってくる話だった。
「私が買ってくる! お兄ちゃん地味なの買ってくるでしょ」
お兄ちゃんのセンスはいつもおかしい。まあ、食べ物なら拘りがなくてなんでもいいっていうだけなんだけど……。
お母さんの誕生日くらい喜びそうなのを選んでほしいよ。去年、普通のホールケーキ買ってきたんだから。誕生日プレートもなしに。お店の人に言われなかったのかな。普通、言われるはずなのに断ったんだろうな。
あー、思い出しただけでイライラしてきた。今やるべきことに集中しよう。
そんな事を考えながら、家に出て十分。目的のケーキ屋に着いた。私は、迷いなくお店の中に入ろうとした、その時ある人を見つけた。
「玲央、早く決めてよ。早く帰らないと父さんに怒られるよ」
「兄貴、ちょっと待ってくれ。どれも喜びそうなんだよな」
会話を聞くあたり玲央さんとお兄さんかな。ここに来るって珍しいな。どうしたんだろう。玲央さんも家族にあげるのかな。そう思った瞬間だった。
「茜音ちゃんなら、ショートケーキが好きなんでしょ。それでいいよ」
「でも、ショートケーキっていっても、色んな種類があるじゃねえか」
会話を聞いた私は衝撃を受けて呆然と立ち尽くした。家族じゃなくて好きな人のためにあげるんだ。
「これ、これでいいよ。可愛いし、喜ぶんじゃないかな」
「分かったよ。仕方ねえな。でも、兄貴が言うんだから間違いねえか。すみません。これお願いします!」
やっと決まったのか、玲央さんは会計を済ませる。数分後、私の前に二人が通り過ぎる。こじんまりとしたお店だから出入口で通り過ぎれば気付くはずだろうけど、二人は私に気付かない。
それもそうだよね。知り合いの妹だもん。気付くはずが……人の邪魔になるし、お母さんのケーキを買いに行こうとお店の中に入った。
「あ、柚葉ちゃん! そうだよね! やっぱり、そうだ」
後ろから声が聞こえてきた。振り向くと、さっきの二人が私のほうを見ていた。
「誰だよ」
「翠くんの妹さんでしょ」
「あ、柚葉ちゃんか!」
まさか、玲央さんよりもお兄さんのほうが私の名前を覚えてたなんて意外だった。だって、あまり話したことがなかったから。
「玲央、先に帰ってて。俺、柚葉ちゃんを送っていくから」
「は? 親父に怒られても知らねえぞ」
「怒られたら怒られたでいい。柚葉ちゃん一人みたいだし、女の子一人で帰らせるわけにはいかないでしょ」
「早く帰ってきてくれよ」
なんだかよく分からないけど、玲央さん帰っちゃった。私はそのままお店に入って、お母さんの大好きなチーズケーキを注文した。お母さんの名前をプレートに書いてもらった。時間は五分で終わった。
お店を出ると、待たせていた玲央さんのお兄さんと帰り道へ。
どうしよう。あまり話したことがないから戸惑っちゃう。
「柚葉ちゃんってさ、玲央のこと好きでしょ」
「え?」
予想外の言葉に私は思わず声が出てしまった。まさか、お兄さんにバレていたなんて思ってもいなかった。
「見てて分かるんだ。ずっと玲央のこと見てるし」
また意外な言葉を耳にした。まさか、お兄さんにそこまで見られていたなんて。一方で疑問が浮かんだ。
「あの、あまり話したことないですよね。どうしてそこまで分かるんですか? あ……」
聞いた後で気付いてしまった。これじゃ、言われたとおり玲央さんが好きだってことが分かってしまう。もう仕方ないかな。
「覚えてない? 柚葉ちゃんが小さい頃会ったことあるんだよ。俺と玲央と翠くんと柚葉ちゃんで遊んだんだ。その時からかな。柚葉ちゃん、ずっと玲央のこと見てるんだもん」
全くと言っていいほど覚えてない。そんなことがあったんだ。知らなかった。
「その様子だと覚えていないみたいだね。ま、仕方ないよね」
残念そうにするのを見ると、なんだか申し訳なくなっちゃう。そういえば、まだ名前を聞いていなかった。
唐突にそう思った私は「あの今更ですが、名前はなんて言うんでしょうか?」と問い掛けた。すると、目を見開いて驚いた表情を見せた。
「え、俺の名前知らなかったの? 俺、怜太だよ。今まで知らなかったんだ。ショック」
「ごめんなさい」
咄嗟に謝ると、怜太さんは笑った。その顔がどことなく、玲央さんに似ていた。やっぱり、兄弟だなと感じた。
読んで頂きありがとうございます。
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読まれてない方は良ければ読んでみてください。
(残酷描写有りです。)