親愛なる配下との出会い
「は?え、ちょっとまって⁉︎」
混乱する煌夜は現在の状況を理解できず、何故このような場所にいるのか必死に考えを巡らせていた。
「え、えっと昨日の夜は酒も飲んでないよな?それに俺の住んでる近くにこんな自然豊かな場所無いし」
考えれば考えるほど理解が出来ない。それは至極当然だと言える。
「明晰夢ってやつかな?初めてだし分からんけど」
そうやって行き着く答えは単純。この現状を夢だと考える事である。
明晰夢とは自分で自分が夢を見ていると理解できるものだとされ、その夢の中では思い通りに夢を変化できるとされている。
そのように現状を夢だと結論付けた煌夜は周囲を散策する事にした。
「まぁ夢なら夢でこの状況を楽しみますか!」
鼻唄混じりに木と花が生い茂る森へと足を進めていく。
数分後、煌夜はふと足を止め周囲から聞こえる音に耳を澄ませる。
「ん?なんの音だ?」
神経を集中させ、音の正体を探す。
次第にその音は大きくなり、煌夜のもとへと近づいてくる。
「これは…野犬の唸り声か?」
そう呟いた瞬間、木々の合間から音の正体は飛び出してきた。
流れる風に血の匂いと獣臭さを織り混ぜて。
煌夜の前へと降り立ったのは、野犬などという可愛らしいものではない。
それは成人男性を優に越すほどの巨大な狼であった。
「は?」
煌夜がそう声を漏らしたのは、その規格外の大きさからであろうか。
否、もちろんその大きさも十分な要因であっただろうが声を漏らしたのにはもう一つ大きな理由があった。
「なんだよ、こいつ⁉︎」
その狼は双頭であり、その口からは大量の涎が滴り落ちていた。
そして煌夜のもとへ狼は歩み寄って行く。涎を垂らしながら、ゆっくり、ゆっくりと。
「(落ちつけ、大丈夫だ。夢なのに焦るな。こんな生き物が現実にいるわけないだろ。)」
そうやって落ち着こうとする煌夜だったが、一つの疑念が頭をよぎる。
「(夢なんだから大丈夫だろ。でもなんだ?この嫌な予感は。まるで心臓を鷲掴みにされてるような悪寒は⁉︎)」
そんな考えが脳を叩く。
ありえないと思うが考えてしまう。
もしこれが夢では無かったら?
もしこれが現実で今からこの化け物に喰われるんだとしたら?
「(やばいやばいやばいやばい動け動け動け!)」
しかし煌夜の身体は動かない。
蛇に睨まれた蛙のように動けない。
そんな煌夜を見つめ、美味しそうな獲物を見る目で狼は近づく。
そしてその口で、牙で、爪で、簡単に煌夜を引き裂き、その肉を喰らえる距離まで到達した。
煌夜は冷や汗が噴き出し、足は震えている。
頭では分かってるが動けない。
死を連想させる鋭い牙が近づいてくる。
「(あ、やべ。死んだわ)」
その牙が脆い人間に触れる刹那、狼の視界に飛び込んできたのは小さな黒い物体であった。
「えっ?」
突然の事に驚いた狼は、飛び退いて距離を取り煌夜を警戒する様に睨み付け威嚇している。
狼の視界を覆い隠した物体は、煌夜の元へとやって来て肩へと止まった。
「…?蝙蝠?」
肩に乗った蝙蝠は嬉しそうに煌夜を見つめていた。