婚約破棄、そして…
「私、王太子サイファー・ロッキンゲンは、エバー・ミルトン公爵令嬢との婚約を破棄する!」
大広間にその声が響いた瞬間、私の周りの音が消えた。
これは、私がショックを受けているとか精神的なものからくるものではなく、喋っていた皆が一様に驚いたことで、口を閉ざしたからに過ぎない。
誰もが、声の主を見遣る。
声の主であるサイファー・ロッキンゲンは、金髪に碧眼、顔は整っており、その顔を見れば、誰もが感嘆のため息を漏らすほどの美形である。
だがしかし、頭は年中春真っ盛りなおバカさんということでも有名だ。
そんな彼に婚約破棄を宣言されたエバー・ミルトンとは、何を隠そうこの私!
ロッキンゲン国の筆頭公爵家であるミルトン公爵が長女で、髪の色は燃える赤、キリッとつり目で、整ってはいるが、第一印象に冷たい印象を受けてしまう顔をしたこの私の事なのである。
私の口調が貴族令嬢にしてはおかしいって?
私は今でこそ、ミルトン公爵の娘であるが、この世に生まれる前の記憶を持っている。いわゆる転生者ってやつなのだ。
私には地球という惑星の日本という国で生きていた記憶がある。三十代頃まで生きていた記憶があり、最後の記憶の方はあやふやなので、どうやって死んだのかは覚えていない。
が、こうして、転生したということは、私は死んだということなのだろう。
ちょっぴりオタクだった私だから、転生したからには、ここは乙女ゲームの世界か?なーんて思った時期もあったけど、さっぱりわからん。
というわけで、そのまま真っ当に生きてみましたよ。
二度目の人生だし、楽しまなきゃ損だし。
幸いにも私は、家庭環境にも恵まれていて、家族と仲良く過ごさせてもらっている。
友達にも恵まれ、幸せな生活を送っていると言えた。
今日、この瞬間までは。
さて、どうしたものか…。
今日のパーティーは国内のものではあるが、国内の大半の貴族が招かれている規模が大きめのパーティーである。まぁ、パーティーの名目は、他にあるし、そのことを皆さんご存知の様子ですけれど。
そんな中、婚約破棄という前代未聞の宣言をしたこの男…事態をわかっているのだろうか…。いないだろうな。このパーティーの名目もわかっていないに違いない。
仕方ない。
私は、ひとつ小さくため息をついてから、口を開いた。
「殿下、ご機嫌麗しゅう。いくら、このパーティーが国内だけのものであるとはいえ、お戯れが過ぎますわよ?」
「えぇい!うるさいわ!この女狐めが!!私は、今から、お前に正義の鉄槌を下すのだ!心して聞くがよい!」
はて?正義の鉄槌とな?
「殿下、誓って申しますが、私は何も悪いことなどしていませんわよ。」
「白々しいっ!!お前は身分を笠に着て、私の愛するコリーをいじめただろう!!証拠はあがっているのだぞ!!」
コリー?
殿下の後ろから、ピンク色のドレスを着た可愛らしい感じの顔の令嬢が出てきた。
コリー…?あぁ!コリー・ダマスカス男爵令嬢か!!
私がダマスカス男爵令嬢に目を向けると、彼女はキャッと言い、殿下の陰に隠れた。
しかし、私はその折に彼女のニヤリとした笑みを見てしまった。
彼女もおそらく私と同じ世界からの転生者である。
その事実に気づいてから、私は彼女と仲良くなるべく頑張ろうとした。そう、頑張ろうとしていたのだ…。しかしながら、仲良くなることは叶わなかった。
なぜなら、彼女がわたしと仲良くしたがらなかったから…、いや、正確には、私を蹴落とそうとしていたからである。
さてさて、そんな彼女と自称王太子の二人は一体何がしたいのか…。
「殿下、私がダマスカス男爵令嬢をいじめたと仰っていましたが、事実無根のことでございます。」
「はっ!言い訳など見苦しい!証拠はあがっていると言ったであろう!!」
おかしい。私は言い訳などしていない。事実を言っただけなのだが…。言葉の意味も理解できないおバカだったことに愕然とする。私はとりあえず溜息をついた。
「…失礼を承知で申し上げますが、その証拠とやらは、信用できるものなのですか?」
「当たり前だ!!何を隠そう、証拠とはコリーなのだからな!!」
あんだって?
「本人の証言があるのだ!それを証拠と呼ばずして何を証拠というのか!!」
「…ほかの証拠は…」
「そんなもの必要なかろう!」
ばっ…ばっか野郎!!必要あるに決まってんだろ!!とは心の中に止めました。
「…そうでございますか。それでは、まず、事実確認を致しましょうか。ダマスカス男爵令嬢、私からいつ何をされたのですか?」
「えっ?」
「それだけ仰るのでしたら、証拠をとっておありですしょう?ですから、いつ何をされたのかお話いただきたいのですわ。」
男爵令嬢は隣の殿下を見上げた。目が合った殿下は頷くと
「まず、ひと月ほど前にお前は、コリーの教科書やノートを授業中に破った!!」
はいダウトー!!にっこり微笑んでやる。
「殿下、私、生まれてこの方授業をサボタージュしたことがございませんの。先生方、同じ授業をとっている方々に確認されてもよろしいですわよ?私、風邪もひかないものですから…学園を休んだこともございません。ですので、ひと月ほど前のいつの事なのか存じ上げませんが、授業中にダマスカス男爵令嬢の教科書を破ったのは私ではありえませんわね。」
「くっ…こしゃくな…お前の取り巻きにでもやらせたのだろう!!」
「まぁ!私には取り巻きという低俗のものはおりませんわ。私の周りにいるのは大切なお友達ですの。ダマスカス男爵令嬢、あなたは、犯人をご覧になりましたの?」
さぁ、どうでる?男爵令嬢はふふんと鼻を鳴らし、ドヤ顔で言い放った。
「もちろん見たわ!授業中にあたしのものを破っていたのは、あんたのとなりにいる、ミリアーナよ!!」
私の隣…ミリアーナ・ヴァニス公爵令嬢のことだろうか…?そもそも、公爵令嬢を呼び捨てにして、いいと思っているのだろうか?やはり、マナーは最低限も身についていないらしい。ミリアーナ公爵令嬢…ミリーを見ると、恐ろしい位の笑顔を顔に称えていらっしゃった。ひえー…くわばらくわばら…。
「ダマスカス男爵令嬢、でしたわね?私は、ヴァニス公爵が娘、ミリアーナ・ヴァニスですわ。私が授業をサボタージュして、あなたへの嫌がらせを行っていたということでしたわね?間違いございませんか?」
ミリーが二ーーーーっコリと笑った。なにこれ、怖い。
「そうよ!さっきから、そう言ってるでしょ!!あんた、ちゃんと耳ついてんの?」
あぁ、ミリーの笑顔の凄みが増した…気がする…。
「えぇ。よく聞こえておりますわ。あなたへの嫌がらせの件ですが、私を含め、エバー様のお友達の、ここにいる者達は、あなたが学園にいらしてから一度も授業を休んだことがございません。学園側に確認すると良いでしょう。もちろん、それだけではご不満とあれば、同じ講義を取る皆様にもご確認されてくださって結構ですわ。さて、それでは、エバー様も私も冤罪をはらせましたわね。ごきげんよう。」
口をはさめないようにまくしたてたミリー、格好いい!!そして、それはそれは美しい笑顔で挨拶し、お辞儀をする。殿下も男爵令嬢も呆気にとられている。今がチャンス!私も小さくごきげんようと言って、軽くお辞儀をし、踵を返し、皆と共に歩きだした。
「…はっ!ちょっと待て!!貴様ら、私を前に不敬であろう!!」
父兄?あ、いや、不敬のこと、か…?っていうか…
「貴方様が不敬とおっしゃいますか…。それでしたら、殿下、そして、そこのご令嬢の方が不敬なのですが…。」
ミリーが呆れた顔でそう言う。
「「はぁっ?!」」




