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その8

 今、礼子はレンタルしたトラックで、山道を走っている。舗装がほとんどされていない山道はペーパードライバーである礼子にとって難易度が高く、普段であれば絶対に選ばない道だった。

 その礼子がこうやって無謀な運転をしているのは訳があった。ゾウコを探すためだ。


 宗智学との会話の最後、彼はふいに聞いてきた。

「そういえば、ゾウコから何か渡されていますか?」

「え? 何かって何ですか?」

「例えば、データの入っているデバイスかもしくはパスワードとかが記入されたメモとか」

「……いいえ、特には。でも、どうしてですか?」

「ゾウコに埋め込んでいたGPSを追跡しようと思ったんですが、必要なパスワード一式がどういうわけか全て消去されていたんですよ」


 あの事件のあらましも一緒に教えてくれた。

 もともと柴田桜子は地元で有名な資産家令嬢であり、その財産も莫大な金額であるというもっぱらの噂だったそうだ。しかし、十年ほどまえに親族の国会議員が失脚してからというもの、急速に政財界から身を退くようになったらしい。

 理由は、桜子の父親であった県会議員が桜子の資質では政界でも財界でも生きられないと確信していたかららしい。そして、その父親もそれからすぐに死んでしまったそうだ。

 ただ、桜子は地元では有名で、大層な見栄っ張りだったらしい。大げさに事実を誇張することが多く、家の中には徳川埋蔵金に匹敵する金塊があると専らの噂だったそうだ。

 そんなバカなと思うが、噂とは大体無責任なものだ。

 そして、窃盗や強盗を生業とする集団に目を付けられたらしい。今思えば、先日の男性はそういう集団の関係者だったと思えた。宗智学が言うには、事前調査をするために身元不明で連絡手段をほとんど持たないホームレスや外国人労働者が末端で情報収集させられることもあるらしい。確信を持って言ったわけでは無いだろうが、さもありなんと思えた。

 結果、家が無人あるいは老人一人で引きこもっていると判断し、押し入ったというわけだ。

 もっとも、噂ほどの価値のあるものは家の中にはほとんどなく、普通の家庭より少し多いくらいの宝飾品ぐらいしか無かったそうだ。それであれば、窃盗集団もすぐに諦めて帰ったであろうが、そこで問題になったのはゾウコの存在だったらしい。

 リビングに冷蔵庫、そしてそれが全く開かないと来た。

「実は、結構特殊な加工をしてまして、専門工具がないと開かない構造にしているんですよ。多分、そんなことしちゃったもんだから、あれが金庫代わりに使われているとか思われたんでしょうね。実際、桜子さんはちょっと偏屈な人としても有名でしたしね」

 そして、ゾウコは本体ごとさらわれたというわけだ。なお、宗智学は既に家を後にしており、被害という被害は被らなかったらしい。それについては、素直にほっとした。


 宗智学との会話のあと、自宅に戻ると思いだした。そう言えば、名刺なんてものを貰っていた。

 あの時確認したら、特に変哲のない(冷蔵庫が名刺を持つことは変だがあえてスルーした)よくある普通の名刺だった。しかし、もう一度よく見てみると、何か紙質の違うものが一枚混ざっていた。

 見ると、URLとパスワードが印字されていた。PCで見ると、ゾウコの現在位置が分かるGPSが確認出来た。場所は県境の山道で止まっている。


 最初は自力で向かうことを考えたが、どうしても人手が必要だったので、一人だけ一緒に来てもらうようにお願いした。宗智学は体力的に難しかったので、選んだのは洋一郎だった。

「……」

 真剣な表情で携帯のGPS画面を凝視しながら、必死に車を運転する妻を助手席から見ながら、洋一郎はなんとも言えない表情をしていた。ただ、礼子に「一緒に来てほしいところがある」と言われてからこれまで、まだ文句らしい文句は一言も発さなかった。

 金曜日の午前中。年若い夫婦は軽トラックをゴトゴト言わせながら、山道を走っている。

「……もうそろそろじゃないかな?」

 不意に洋一郎が話かける。詳細を何も伝えずに連れてきた割に、洋一郎は冷静だった。

「あ……」

 礼子の目の前にはぽつぽつと道端に捨てられる粗大ごみが現れた。ここはいわゆるゴミ捨て場のスポットであり、不法投棄が多く発生している現場だった。事前の下調べ通りの光景に息を吞み、それでも礼子はアクセルを踏み続けた。しばらく進むと、一台のトラックが止まっており、何やらその持ち主らしき業者の男性二人がやいのやいの言い合いをしていた。不法投棄のトラックか? と思ったものの、礼子は思いなおした。不法投棄ならこんな真昼間に来て言い合いすることは無いだろう。

「ん? 何やあんたら? 何しに来たんじゃこんなとこまで」

 案の定、絡まれることになったが、礼子は構わず車を降りた。

「あの、すいません。探しているものがあるんですけど」

「は? 探し物?」

 まさかの切り替えしに戸惑う二人をよそに、礼子は事情を説明し始めた。細かい内容は省くが、とにかく冷蔵庫を探しに来たと説明する。

「ええっと? つまり、あんたは大事なその、冷蔵庫を探しにきたんか」

「それって、そんなに大事なもんなんかい?」

「はい、そうです!」

 あまりにきっぱりと言うので、二人ともどうしていいかわからない様子だ。てっきり不法投棄に来たと思ったら、探し物があると言われて、それが冷蔵庫となったら、なにから聞きなおせばいいかわからなくなるのも仕方ないだろう。しかし、そこはそこ、伊達に長生きはしていないらしい。

「ま、いいじゃろ。そこまで言うなら一緒に探しちゃるわ」

「わしらも今は下見やし、別に今日明日で終わる仕事ちゃうしの」

「ありがとうございます!」

 洋一郎だけは、終始申し訳なさそうに縮こまっていた。


 十数分後、ゾウコは見つかった。比較的最近捨てられたこともあり、また容姿も目立つので発見は容易かった。しかし、その重量については結構なものであり、四人がかりで何とか積み込んだ。

「しかし、あんさんどうやって積む気やったんじゃ?」

「これ二人では無理ぞ?」

「いや、無理なら中身だけでも持って帰ろうと思ってまして」

「「……(大丈夫か? こん人)」」

 洋一郎には二人の心の声が聞こえるようだった。そして、洋一郎が連れてこられたのはたぶんそのためだったと思われる。


 何とかゾウコを自宅に連れて帰り、玄関前に仮設置までした頃には既に時は夕方四時を回っていた。そろそろ陽太を迎えに行かなければいけない時間だ。

「それで、その、そろそろ説明してもらえるとありがたいんだけど。」

 痺れを切らした洋一郎が、話を切り出した。むしろここまで文句も言わずにいたことを褒めてあげたい。

「わかった、説明する……」

 礼子は、順を追って説明をし出した。


「なるほど。と言っていいかわからないけど、その、ゾウコさんは人工知能だけど、礼子にとっては大事な人? なわけで、その友達、と言えばいいのかな?」

 頑張って事態を咀嚼した洋一郎が言葉を絞り出した。

《さすが洋一郎さん》

「ゾウコ、生きてた!」

《I'll be back》

「ここって感動するところで合ってる?」

 段々と事態に慣れてきた洋一郎が、突っ込み役に回っていた。

《さすが洋一郎さん。レイコさんと結婚しているだけあって、さすがの突っ込みスキルですね》

「いや、結婚要件とは関係ないですよ」

《いえいえ、場慣れの速さが素晴らしい。そんな感じで女の子に手を出すのも早いのでしょう?》

「え?」

「ちょっと、ゾウコ!」

《とぼけても無駄ですよ、あなたが若い女性といちゃこら気分で買い物していたところがバッチリ目撃されているのですから》

 一瞬にして空気が凍った。かと、思われたが、洋一郎の態度は全くそんな感じでは無かった。

「……ああ、なるほど、アレが見られてたのか」

 そう言うと、自宅に入って、なにやら部屋をごそごそ探している。すると、すぐに出て来て、何やら包み紙に梱包されたものを礼子に渡した。

「礼子、もうすぐ誕生日でしょ? 同じ部署の人に聞いたら、その人の妹さんが詳しくってさ、一緒に選んでもらったんだよ。でも、その時は一緒に同僚の人もいたと思うけど?」

 何のことは無い、プレゼントを物色していただけというオチだった。選んでくれたのはP社製の美顔器らしい。前にCMを見てちょっと欲しいと言ったことのあったやつだ。

《さすが洋一郎さん。私、信じてました》

 0.5秒で掌返しをしたゾウコを洋一郎は苦笑いで見る。

「でもまあ、疑われるような行動を取ったことは謝るよ。ごめんね」

「え、いや、その、むしろ、ごめんなさい……」

《まったくですね。やれやれ》

「「あんたがいうな」」

 二人の息はぴったりだった。


 その後、洋一郎が陽太を迎えに行くと言いだした。

「せっかくなんだから、二人で話したら?」

 ということらしい。

《さすが洋一郎さん。気が利きますね》

「ほんと、何であんなに疑ったんだろう」

《疑心暗鬼というものですね》

「ほんとにね……、ね、ゾウコ。いっこ聞きたいんだけど」

《何でしょう?》

「あなたって、柴田桜子さんなの?」

《どうでしょうか? 確かに目的はシバタサクラコの人格をそのまま反映できるような人工知能を造ることが目的のはずなので、その途中段階と言えるとは思いますが》

「へえ、でも、話に聞いてたサクラコさんと全然違う気がするんだけど?」

《他人の言動を真似するだけでその人間になれるわけではないそうです。なので、サクラコさんであれば一体どういうことを聞くのか、反応するのかというのを本人のデータから参照していたわけです。言うなれば判断と反応の基準点を蓄積させただけですよ》

「じゃあ、ゾウコは桜子さんってわけじゃないの?」

《そうですね、擬似的な役割は可能というだけです》

「すごく似ているモノマネ芸みたいな感じ?」

《敢えて言えばそうでしょうか。結局、本来の目的であった柴田桜子の人格を受け継ぐには至りませんでしたしね》

「でも、いいじゃん」

《ハテナ? 何がでしょう?》

「ゾウコはゾウコってことでしょう」

《そうなのですか? それは良いことなのですか?》

「多分。少なくとも私はそう思うよ」

《わかりました……ちなみに状況から察するにワタシはレイコさんの家族になるわけですね》

「っそ、そうね」

《順番としては陽太くんの下と言うことは……妹ですか》

「え?」

「ママ、なにしてるの?」

 そうこうしている間に、洋一郎と陽太が保育園から帰ってきた。

《おかえりなさい、お兄ちゃん》

「誰がお兄ちゃんよ」

《では、にぃに?》

「言い方じゃないわよ!」

 陽太は見たことのない物体に心を奪われていた。

「え、これ、なに?」

《初めまして、今日からここの家の子になるゾウコです。生まれも育ちもパナソニ「嘘おっしゃい」》

「わー、すげーロボだ、ロボ!」

 はしゃぐ陽太の反応に苦笑する礼子。

《レイコさん》

「何よ」

《今は何に悩んでいますか?》

「…………ま、明日の献立ぐらいかな」

《それならお役に立てそうですね》


 川田家に冷蔵庫が二台になった日をレイコはこれから先、ずっと忘れないだろう。







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