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ヴェイル3

 翌朝である。ケムリは宿舎の2階のベッドで目を覚ました。

 大きく伸びをして、カーテンを開けて陽光を浴びる。

 すっきりした気分になったケムリだったが、窓から遠くに見える湖からそびえたった塔のような隕石がケムリの気分を重くした。

 あれをやったのはどっちなんだろうか。

 ミカギに魔法を見せろと言われていたサイザンド・メイスターかもしれないし、ミカギがやったのかもしれなかった。

 しかしどちらがやったにせよケムリには信じられない気持ちのほうが強い。


 ケムリの身体から赤い燐光が走りそれが人型になってミカギが出てきた。夜の間に戻っていたらしい。


「おはようミカギ。あれやったのお前か?」

「うむ、いい朝じゃのう。してアレ、とは?」

「あの湖から生えてるやつだよ」

「最初からあったんじゃないか?」

「こいつまたシラを切る気か・・・」


 しかしケムリのほうとしても二人のうちどちらかだろうというあたりはついていたので、

 あえてどちらがやったのか聞かなくてもいいのかもしれないと思いなおした。というかよく考えたらあまり知りたくなかった。

 世の中知らないほうがいいこともあるという意味でである。

 ケムリははぁ、とため息をついて1階へとおりていった。



 ◇ ◇ ◇



 ケムリの宿舎は一つの家を複数人の修行生で使うというものである。

 ケムリのほかの寮生は二人で、その二人は今1階の食堂というかダイニングで食事をしているところだった。

 

「おはようケムリ君」

「ケムリさんおはようございます!」


 一人目の少年が、ケムリが入学の儀式で話していた少年、ロンデル=クランカー。

 メガネをしたやせっぽちの少年である。魔術師っぽいといえばそう見えなくもない。

 二人目のドワーフの少女はミアセラと自己紹介した。

 ややピンクがかった髪を短いツインテールにした、小柄な少女である。

 親切なことにケムリの分の食事も用意してくれているらしく、ケムリは席についてパンを手にとったが、ミカギに奪われてしまったので、

 もうひとつのパンを手にとった。


「昨日の隕石はすごかったね。よその寮でもその話で持ち切りだよ」

「私は直には見れなかったんですが、あれがヴェイル流の歓迎なんでしょうか? ありがたいです!」

「たぶん違うと思うんだけど、まぁおおむね好意的にとられてるならそれはそれでいいのかもしれないな」

「ところでケムリ君はヴェイルで何を学ぶかはもう考えているのかい? 自分で学ぶものもいるし、メイスターに師事するものもいる。

 僕はとりあえずのところ、ヴェイルの図書館で魔法についての見識を得ようと思ってるんだよ。

 というのも僕はウィザードというより、魔法技師を目指していてね。魔術と機械を組み合わせることについて学びたいと思ってるんだ」

「私は武器の魔術鋳造を学びたいと思っています!」

「ボクはあまりそのへんのことは考えてないな、ちょっと特殊な成り行きで、そもそもボクは冒険者なんだよ。心獣のことについては学びたいけどね」

「そうなんだね。この子が君の心獣だろう? 僕の心獣は召喚するにはしたけど、そこまでのものじゃなかったし放し飼いにもできないから

 また体の中に戻して固定してるんだよね。だいたいの人はそうしてるんだけどさ」


 ケムリはそもそもが雨避けとしてヴェイルに来ているという向きが強いのだ。

 ガンダックという裏組織にミカギが手を出してしまったので、報復を避けるためにヴェイルに所属した。

 しかし問題もあった。

 ヴェイルに所属しながら冒険者合同組合にも所属するというのは、いささか難があるのだ。

 組合で冒険者をやると敵も増える。自発的に作る敵についてヴェイルがいちいち後ろ盾になるとややこしくなるということらしい。

 例えばある依頼者にクエストを依頼されたとして、その相手が魔術師協会の関係者である可能性もあるし、

 ヴェイルとしても自分から敵を招く冒険者をかばうこともできない。

 今回のガンダックとの争いは冒険者組合が正当と判断し、協会がそれを支持する格好でガンダックが話を飲んだようだが、

 再び冒険者として活動を開始することになればヴェイルの後ろ盾はなくなるということらしかった。

 それでも今裏組織から狙われずにすんでいるのはありがたいことだとケムリは思っていた。

 ヴェイルでは心獣のことについても教えてもらえるだろう。ケムリにとっても利のないことではない。ミカギが何かやらなければ。


「そういえばミアセラ、でいいのかな? ちょっと聞きたいんだけど」

「はい! なんでしょう? 私の知っていることならなんでもお教えしますよ! 同じ寮生ですからね!」

「名前がミアセラというのは知ってるんだけど、キミは苗字はなんていうんだい? ちょっと聞き取れなかったんだよ」

「はい! 私の名前はミアセラ=ごにょごにょもにょもよといいます!」

「え? ごめんまた聞こえなかったみたいだ」

「うぅ・・・ ミアセラ=ウルトールです」

「ウルトール!?」


 ロンデルが声を荒げた。


「ウルトールっていうと、ドワーフ王国の王族の名前だったと思うんだけど、ミアセラってもしかしてドワーフのプリンセスなのかい?」

「いいえ。あ、いえ、一応そうだったんですが、その辺の話はちょっとややこしいんです」


 ミアセラが両手を振って否定する。


「こちらのみなさんはご存知ないかもしれませんが、ちょっと前に王国から王族の一部が離反したんです。

 離反というか、ほとんど追放です。王族の実権はほとんどコーダント家が握っていて、私は追放された私の兄さまと亜人群生区でついてきたドワーフの人たちと暮らしてるんです」

「へぇ、そんなことがあったのか。亜人群生区っていうとサマナ王国と南のエルフ大公国の間にある、モンスターが群生してる場所だろう?

 リザードとか、ゴブリンとか、トロールとか、オーガとかさ。もしかしてミアセラはそれでヴェイルに来たのかい?」

「はい。亜人群生区で村を作るには、それなりの知識と、技術が必要です。私たちの村がほかの亜人に飲み込まれる前に、村を守れるだけの防衛力が必要なんです!

 一応冒険者組合や冒険者事務所にも依頼して協力を要請したんですが、ドワーフ王国を敵に回して私たちについてくれる冒険者の方はいませんでした」


 ケムリはだんだん嫌な予感がしてきた。

 ロンデルはミアセラに明るく笑った。


「そういうことだったのか、僕も非力だけど何か力になれることがあればいってくれよ。ケムリもそうだろ?」

「う、うぅ~ん」

「やはりケムリさんも冒険者ですからドワーフ王国は敵に回したくありませんよね。いいんです!」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね。むしろ冒険者として依頼があればうれしいんだけど、ボクだけなら」


 ケムリはうめきながら隣のミカギを見やった。

 ミカギはニパーっと笑いながらミアセラに親指を立てて見せている。

 その様子にミアセラは破顔してうれしそうにする。


「ありがとうミカギちゃん! 私あなたとは仲良くなれそうです!」 


 ケムリはコーヒーをすすりながら天井をあおいでうめいた。

 ヴェイルに所属して、学生的なノリでしばらくいれるかとケムリは思っていたのだ。

 それで授業に出たりして、不思議体験をしたり、別の寮の嫌なやつみたいなのと寮生が一致団結して争ったり、

 そういう平穏な日々なんじゃなかったのだろうか?


「ミアセラ。冒険者としての依頼なら話は聞くよ。組合のつけるクエストのランクが低ければいいんだけどね。

 再び冒険者として活動することになるから、オウルさんには話をしておかないとな」

「いいんですかケムリさん!?」

「まぁ同じ寮生だものな」

「ケムリさんは命知らずなんですね! ドワーフ王国の三神獣や聖鉄隊も恐れないなんて! ほかの冒険者はみんな避けてるくらいなんです!」

「さ、先に言ってほしかったなぁ。でもそういうのと戦う必要があるわけじゃないんだろう? 

 ま、まぁ、追放されたドワーフの村の支援、っていうクエスト内容なら、なんとか、大丈夫、かな、たぶん」

「ありがとうございます! ではケムリさんのご都合があえば今度村までお越しください!」

「あ、それ僕も行っていいかな? 興味があるんだよ」

「はい! もちろんです!」


 ミアセラはロンデルに笑ってそういった。

 ケムリはふぅーと息をついて椅子にもたれかかり、コーヒーをすすった。

 一人で村のドワーフを背負う気持ちでいるミアセラの気持ちを察すると、

 ケムリは微力ながら何か力になれればという気分になっていた。

 ただコーヒーを置いてミカギを見ると邪悪な笑みをうかべてこちらに親指を立てているのがケムリには不吉だった。




 ◇ ◇ ◇




 その後ケムリは寮を出て、ロンデルと図書館に向かった。

 ミアセラはさっそくヴェイルのメイスターにドワーフの村とヴェイルの鏡の館をつないでもらうように頼みに行くといって途中で別れた。

 ケムリはヴェイルの図書館で心獣に関する本を読み進めていくが、やはりミカギのような心獣の記述は見当たらない。禁書庫にはメイスターの許可がないと入れないそうだ。

 隣ではロンデルが気味の悪い笑い声をさせながら素早くページをめくっていた。


「フ、フフフフフ、すごい、すごいぞ。これなら魔導騎兵を作ることができるんじゃないか? いや、地上戦艦だって。 フフフ、フフフフ」

「ロンデルなんかキャラが変わってないか? それにしてもすごいスピードで本が読めるもんだな。さすがは試験を通るだけのことはあるのか」

「フフフ、あ、そうだ、あとで寮のわきに研究室を使わせてもらえるように頼まないとな、実家からの荷物もそこに置いておこう。フ、フフフ」

「い、意欲的だな」


 ミカギはというと図書館から適当に魔導書を選んで椅子に座ってページをめくっては時々フッとほくそ笑んでいる。

 ほくそ笑むというかさげすむような笑いだった。人間の凋落に心を躍らせるようなやつだ。深く聞くのはやめておこう。


「そうだロンデル。君は心獣についての知識はどのくらいあるんだ? いろんな記憶を持って生まれてくる心獣みたいなのっているのかな」

「フ、フフフフ。うん? 記憶を持って生まれる心獣かい? う~ん、どうなんだろう。僕は聞いたことがないな、メイスター達なら何か知ってるかもしれないけど」

「そうだよなぁ」


 ケムリは高速でページをめくり笑い声をあげているロンデルを一人残して図書館を後にした。

 城を出て鏡の館に向かい、そこからウィンザリアの魔術師協会支部へ向かう。

 運よくオウルがいたので、冒険者として再び活動を始めることを告げる。


「いいのか少年! 少年が再び冒険者になるというのなら、ヴェイルの庇護は消えることになるが!?」

「はい。もともとガンダックに狙われなくしてもらっただけでもありがたいですし、新しいクエストも受けることができました。オウルさんには感謝してます」

「そうだろうそうだろう! しかしヴェイルの修練生でありながら、冒険者として動くとなるといろいろ大変だろう! 私も忙しい身ではあるが何かあればいいたまえ!」

「いいんですか?」

「かまわん! 私とて初めて私の結界を破った君たちに多少の縁を感じているのだ! そのうち私の助けにもなるかもしれないからな!」

「う、う~ん。ボクは魔力はありませんし、お約束はできませんが・・・ あ、そういえばオウルさんはいろんな記憶を持って生まれてくる心獣みたいなものってご存知ですか?」

「ふわーっはっはっは! しらん!」

「そうですか、今度クルシェさんに会ったときにも聞いてみます」


 オウルはそういう心獣については心当たりがないようだった。ほかのメイスターも同様なのだろうか?

 だとするとあとはサウザンド・メイスターぐらいしかわからなそうだが、会うことができなそうだし、

 そもそも明らかにミカギに肩入れしているので教えてもらえそうにもない。ミカギに直接聞ければいいんだけれども言う気はなさそうだし。


 ケムリは再びヴェイルに戻り、数日を過ごした。

 その間に寮の家の隣にガレージのような建物が立ち、ロンデルがいろんな機材をそこに入れて夜遅くまでこもるようになった。

 ミアセラはしばらく寮を留守にしている。おそらく追放されたドワーフの村へ一度戻っているのだろう。

 ケムリは気になってロンデルのガレージの扉を叩いた。


「ロンデル。入っていいかい?」

「あぁケムリか。いいけど気を付けてくれよ」


 ケムリがガレージに入ると所せましと機材が並んでいるのが見えた。

 だいたいが鉄製で、コードが伸びているものや歯車がむき出しになっているようなものがある。

 そういえばロンデルは工業都市の出だと言っていたから、こういうものに詳しいのかもしれない。

 

 ロンデルはガレージの奥で鉄製の鎧のようなものをいじっていた。


「なにしてるんだい?」

「あぁ、僕でゴーレムのようなものを作れないかと思ってね。今までは動力源がなかったんだけど、

 火鉱石を核にすることができそうなんだ。でもそれを動力にバイパスするのが難しくてね」

「火鉱石か、目の付け所は悪くないのう」


 横からミカギが顔を出した。


「君の心獣、しゃべれるのかい?」

「おぬしは心獣を持っておるのか? 火鉱石の周りをぐるっと霊石で囲むじゃろう? そこに心獣を憑依させて回路の中心にして制御させる。

 霊石で作る魔導回路はここをこうして・・・」

「そんなことができるのかな。いや、なるほど、この魔導回路、そうか、そんな手が! フ、フフフフ、前進だ、これは前進だぞ!」


 何やら二人でやっている。ケムリはあまりミカギをガレージに連れてこないほうがいいような気がしてきた。

 一人不気味に笑うロンデルを置いて、ミカギをつれてガレージを出た。

 しばらくするとミアセラが家に戻ってきた。


「ケムリさん! 数日ぶりですね! 実は私一度村まで戻ってたんです!」

「だと思ったよ」

「はい! メイスターさんにお願いして村に転移できるようにしてもらったんです! 

 お兄さんに冒険者さんに協力してもらえることを話したら、是非一度会いたいと!」

「わかったよ。あまり力になれないかもしれないけどね」


 ケムリはミアセラにつれられ鏡の館からドワーフの村へと転移した。


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