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ヴェイル2

「わかりました。ではそのウィザーズ・ヴェイルに所属することにします」

「なっ、ケムリ!」


 隣でミカギが笑顔を崩した。


「ボクも自分の心獣のことがよくわからないですし。そこらへんのことを学んでおいたほうがいいと思います」

「うむ! 腹は決まったようだな! ちょうど数名の入学者がいるので、あわせて入学の儀式に入るとしよう! それで急いでいたのだ!」

「そ、そうなんですか。でもボク魔力とかないんですが」

「安心しろ少年! 結界を破ったのが心獣だとしても実力は実力だ!

 ヴェイルは学園とは言っているが、かなり自由だぞ! 卒業するのに数年のものもいれば卒業できないものまでいる! 卒業してヴェイルで研究するものもいるしな!

 自分の鍛錬次第だ! 好きに学ぶがよい!」

「それは助かります。それでそのウィザーズヴェイルですが、ボクは聞いたことがないんですが、どこに行けばいいんですか?」

「そうだな! コイン君、頼めるか!」

「もちろんです。一応この支部を任されていますからね。忘れられているのかと思いました。ケムリ君、こちらへ」


 コインがケムリとオウルとクルシェを導いて扉の一つを開ける。

 扉の向こうは、小さい部屋になっていて、大きな鏡が置いてある。

 鏡はしかしこちらの姿をうつさず水面のように波打っている。


「こちらからヴェイルに飛びます」

「転移酔いに気をつけろよ少年!」

 

 まずコインが鏡の中に吸い込まれていく、次にオウルが入っていった。

 ケムリがとまどっていると、クルシェがケムリの手をガッとつかみ、そのまま鏡の中に引きずり込んだ。



 ◇ ◇ ◇


 鏡を抜けると、再び部屋だった。

 その部屋を出ると、大きな部屋に出て、そこから外に出る。

 すると左右の遠くに絶壁で囲まれた、谷の底に出た。

 谷というよりも、巨大な窪地のようである、緑の草原が広がり、谷の滝から湖に川が流れている。

 そして鏡の家から出た遠くに見える城のようなものが目的のウィザーズ・ヴェイルであるようだった。


「おどろいたか少年! ここで我々は魔術を習得していくわけだ!」

 

 と、オウル。


「ちなみにヴェイルが大陸のどこにあるのかは誰にも知られてないのよ。

 ヴェイルの場所を見つけるのは冒険者組合のランクSのクエストになってるぐらいだから。ほかの組織から狙われる心配は少ないわね」


 と、クルシェ。

 ケムリはその話を聞きながら初めての転移で酔ってしまい吐きそうだった。

 ミカギのほうを見ると少々ブスっとしたようにしてついてきている。


 少し歩いてヴェイルに入っていく。


 城に入ってコインにつれられるまま扉に入ると、

 大広間が広がっており、そこにはすでに数十人が椅子に座って控えていた。


「ギリギリセーフのようだな!」

「こちらでヴェイルの頂点でいらっしゃるサイザンド・メイスターから訓示がある。しばらく控えたまえ」


 ケムリはオウルに促されて椅子に座る。オウルたちはその後退室した。

 大広間に32人が座って待つ。そのうち2人はケムリとミカギである。


「君も入学者かい? 僕もそうなんだよ。試験がクリアできるなんて自分自身ちょっと信じられないくらいだけど」


 ケムリが隣に座っているメガネをかけた少年から声をかけられる。


「ええ、流れでそうなってしまいました。もともと冒険者としての日々だと思ってたんですけど」

「君は冒険者なのか! なら僕は見ての通りひ弱そうだろ? 試験を抜けれたのは奇跡だな。緊張するよ、これからサイザンドメイスターに会えるなんてさ」

「このヴェイルの支配者ですか?」

「もしかして君知らないのかい? 知らずにヴェイルへ? 冗談だろ?」

「ちょっといろいろあってね」

「それぐらい知っておかなきゃまずいって。そんなことよそでいっちゃダメだぜ?

 サウザンド・メイスターっていうのは、ヴェイルの長といえばそうだけど、それだけじゃない」

「っていうと?」

「本当に知らないみたいだね。まずヴェイルでの指導的な立場、教師になれる実力のある魔術師はメイスターと呼ばれる」

「そ、そうだね」

「それでその中から上位の実力のあるものがハイ・メイスター。そのメイスター達を束ねるのがサイザンド・メイスターだよ。

 もともとはグランド・メイスターっていう名前だったらしいんだけど。年齢が1000歳超えてるからそっちの呼び方が定着したらしいよ」

「1000歳? 人間じゃないのか?」

「もちろん人間だよ。なんでそんなに長生きしてるのかは知らないけどね。それに第三階梯の魔術を行使すると聞いたこともある。

 信じられるかい? 普通の魔術師は通常魔法、つまり第0階梯の魔術を使えれば1人前でその中の一握りが上位魔法の第一階梯を習得できる、何年もかけてね。

 通常魔法の32倍難易度の上位魔法を習得できる魔術師も一握りなんだけど、そのさらに32倍難易度の第二階梯の魔法を使える天才がたまにいる、ハイ・メイスター達だ」

「ハイ・メイスターってそんなにすごいのか、ただ変なだけじゃないんだな」

「あったことがあるのかい? そしてそのさらに32倍難易度の第三階梯の魔法が使えるっていうのは、すごいことなんだよ。第二階梯の32倍難易度、つまり第一階梯のほぼ1000倍難易度の魔法なんだからね。もう人間の領域じゃないよ。サウザンド・メイスターが見れるだけで試験を突破したかいがあるってもんさ。おっと」


 隣の少年が前を向く、ケムリも広間の前を見ると、前方の檀上の空間がゆがみ、白髪の老人が現れた。

 席に座った入学生たちがどよめく。

 深いしわの刻まれた老人は重々しく口を開いた。


「ワシがこのウィザーズ・ヴェイルを統べるグランド・メイスター。アレクシス・ダンドリオンじゃ。しかしワシは、そなたらに興味はない」


 入学生たちがどよめく。隣の少年は、千年生きてりゃ興味もなくなるかな、と苦笑している。


「ヴェイルはそなたらを拒まぬ、しかし歓迎もしない。ここで得られるものは得るがよい。しかしそれは水面に漂う泡にすぎない」


 サウザンド・メイスターがタメ息をついて入学生を見回す。

 この人はいつもこんな感じなのだろうかとケムリは思った。

 厳しいというより、本当に興味がないように思われる。

 あるいは反骨精神を持って修練に励めということなのだろうか。


「ヴェイルは本来、魔術師の養成施設ではない。

 魔を深める命題にあたり、今回もヴェイルに来た人間に、多少の遜色はあるもののそれにたるようなものがいないのは、なげかわしいが当然の・・・」


 サウザンド・メイスターが言葉を区切り、入学生を見回す顔をビタっと止めた。

 老人の深いしわに隠れた目が大きく見開かれる。

 入学生たちが様子の変化にざわついた。


「ああぁぁぁ、あうぅぅぅ」

  

 目を見開き震えるサウザンド・メイスターの目線が固定された先にいたのはミカギだった。

 ミカギは不満そうに足をブラブラさせていて、気にしていないようだ。

 老人が震える口を開く。


「ル、ルナヴァリオ様・・・ かはっ」


 サウザンド・メイスターは震えながら宙をあおぎ気絶してその場に崩れ落ちた。


「ちっ」


 ミカギが吐き捨てるように言う。

 ケムリは今すぐウィザーズ・ヴェイルを離れたい衝動に駆られていた。




◇ ◇ ◇




 ケムリは逃げ出したかったが。そういうわけにもいかなかった。

 入学の儀式はそこで終了し。解散していく生徒たちに紛れてケムリもその場を後にしようと思ったが、

 ウィザード達によって個室に待機させられていた。


「・・・」


 ケムリは個室の椅子に座り、ミカギに視線を向ける。


「ワシは来ても仕方ないというたと思うが?」

「どうやらボクの非難の目線を理解するぐらいはできるらしいね。ミカギはサウザンド・メイスターと知り合いなのか?」

「ワシ生後数日の心獣じゃぞ?」

「そうなんだけど、なんかそれも信じられなくなりそうだよ。ボクはできれば穏便にヴェイルに所属しながら冒険者をやれると思ってたんだけどな」

「世の中には偶然というものがあるんじゃな」

「だいたいお前のせいだけどな」

「なにおう若造が、やはりペニコーンにしてやろうか」

「そんなことしてみろボクはその場で舌を噛み切って死んでやる。ボクは死んでお前も消える」

「むう。なら二本つけてやろう」

「そこじゃないよ。だいたいもう一本は誰のなんだよ」


 二人が言い合っていると、部屋の扉が開いた。

 黒のローブの魔術師が入ってきてケムリを呼んだ。


「ケムリ=グレイスケイル君。こちらへ、サウザンド・メイスターがお呼びだ」

「ちょっと腹痛が・・・」

「そうか、では魔法で治癒してからいこう」

「大丈夫です。なおりました」

「ではこちらへ」


 ケムリはウィザードに連れられて城の階段を上る。

 そして城の頂上の部屋の扉につき、粗相のないようにと注意を受け、促されて入室した。


「ケムリ=グレイスケイルです。失礼します」


 城の頂上の部屋は広く、大きな窓からはウィザーズヴェイルが一望できた。

 天球や巻物は魔術の道具だろうか、ケムリは部屋の様子を見ながら、奥にサウザンド・メイスターが椅子に腰かけているのを見つけた。


「こちらに来て座りなさい」


 ケムリは言われるままに部屋を進み、ミカギと一緒に長椅子に腰かけた。

 サウザンドメイスターはケムリには興味がないようだった。

 ミカギのほうを向いてその容姿をしばらく眺めると、体が震えだした。


「ルナヴァリオ様、少々、幼くなられましたか」

「うん? こちらもいろいろあってな、じいは息災か?」

「えぇ、えぇ、元気にさせていただいております。このように老いてしまいましたが」

「前からそんな感じだったと思ったがのう・・・ 新しい魔法は使えるようになったか?」

「はい。第三階梯の魔法を、そして近頃には第四階梯の魔法をひとつ得ることができました」

「ほう、やっとか」

「この魔法の習得に700年かかりました。しかし、ルナヴァリオ様の足元にも及びません」

「まぁそりゃぁそうじゃろうな。後でその魔法を見せてみろ」

「え、そんなことして大丈夫なんですか? 第四階梯って、ボクはよく知らないんですが、第三階梯の32倍、第二階梯の1000倍の難易度のものなんでしょう?」


 ケムリが横から口を挟む。

 サウザンド・メイスターはケムリをチラリと一瞥した。


「ルナヴァリオ様。この子供は?」

「ああ、ケムリという。心獣たるワシの主じゃ」


 ミカギがそういった途端。老人の目が見開かれた。

 老人の周りの空間がゆがみ、魔力が見えるほどに吹き出す。その余波で窓にヒビが入りだした。


「か、かはっ・・・ ル、ルナヴァリオ様の主?」

「い、いえ、ボクにもよくわからないんです。16になったので召喚を行ったらこのようなことにですね」

「じい、やめろ。なってしまったものは仕方がないじゃろう」

「そ、そうですか。ルナヴァリオ様にもご事情があるのでしょうな。はぁ、はぁ・・・」


 ミカギが制すると、サウザンドメイスターの身体から噴出する魔力がおさまった。


「それについては深くお尋ねいたしますまい。それに、ルナヴァリオ様のご命令であれば、

 魔法を行使してヴェイルの人間がどうなろうとかまいはしませぬ」


 ヴェイルの長がそれでいいのか、とケムリは言いたかったが、口には出さなかった。

 というかできることなら透明になっていたかったぐらいだった。

 ミカギはため息をついた。


「高血圧で今にも死にそうじゃが。アレクシスよ、それでよく1000年も生きておれたな」

「はい。普段からこのようではないのですが、1000年はなごうございました。本当に、なごうございました。ルナヴァリオ様」


 そういって老人はその場に泣き崩れた。


「相変わらずめんどくさいのうお前は」


 ミカギはそういってため息をついた。

 ケムリはお前が言うなと心で叫びながらその場に黙って座っていた。



◇ ◇ ◇



 その夜、ケムリはウィザードに宿舎をあてがわれ、

 その表にあるイスに座って夜空を眺めていた。

 ヴェイルの夜空は澄み切っていて星がギラギラと輝き今にも落ちてきそうなぐらいだった。

 ミカギは城に残っているようだった。


「やぁ、ケムリ君といったよね。さっきぶり」

「君もこの宿舎に?」


 ヴェイルの学生寮は、一つの家を複数の学生で使うというものらしく、

 ケムリの宿舎のまわりにも等間隔に宿舎があり、今は灯りがともり、煙突から白煙がのぼっていた。

 入学式で話していた少年とは同じ宿舎になったようだった。

 少年はケムリの隣の椅子に座り、同じように星を眺めた。


「すごい星だよね。僕の住んでた街は工業都市だったから、こんな空見たことないよ」

「こっちは辺境の村だったけど、そこでもこうじゃなかったな。ヴェイルっていったいどこにあるんだろうね?」

「ははは、それは昔からの世界の謎のひとつだよ。でもこの空を見てるとそもそも大陸にあるのかも疑わしくなるね。

 そういえばもう挨拶はしたかい? 宿舎の同居人の一人だけど、ドワーフの女の子だったぜ」

「ドワーフ? ドワーフには会ったことがないな。大丈夫なのか?」

「うん、元気な子だよ。彼女もこんな空は初めてなのかな、今にも降ってきそうだね」

「振るような星空っていうのはこういうことを言うんだろうね」

「あ、流れ星だよ」


 少年が指さすほうを見ると、

 夜空にひときわ輝く星が尾を引くのが見える。


「大きいなー。村でも見たことがないぐらいだ」

「僕は流れ星自体見るのが初めてさ。あれが流れ星か、どんどん大きくなるんだね」

「そうそう。地表に近づくにつれて燃えて消えるんだよ」


 少年に言ってケムリがまた空を見る。すると星が形がわかるぐらいに目の前に巨大に見える。


「で、でか! ちょっと待て! あれは、あんなのは流れ星じゃない! こっちに落ちてきてるぞ!」

「嘘だろ!?」


 ケムリ達が言っている間にも隕石は迫り、ヴェイルへと降ってくると、超高速でそのまま城の隣の湖へと突き刺さった。

 轟音とともに、ちょっとしてから暴風が吹きすさび、木々が水平にしなる。

 そしてその後たたきつけられた湖の水がヴェイル全体に雨のように降り注いだ。


 ケムリと少年が唖然としていると宿舎からドワーフの女の子が飛び出してくる。


「ど、どうしたんですか!? 何があったんですか!?」

「は、はは、僕にもわからないよ」


 少女の問いに少年が肩をすくめて力なく笑った。

 遠くを見ると湖に突き刺さったたてながの隕石が、湖からそびえたった塔のようにこうこうと燃えていた。


「ボクは何も言いたくない」


 ミカギとサウザンド・メイスターに心当たりのあるケムリはずぶぬれになりながらうつろな目で口を閉ざした。





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