ヴェイル1
ケムリとミカギは一晩宿に泊まったあと、宿を出て街に出た。
昨日の喧騒から気分を一新し、ケムリは背伸びした。
ウィンザリアの街角からケムリは街の普段通りの様子に心をやすらげた。
道行く人や商店の賑わいはこの都市に来たときと同様である。
ケムリは当然ながら人を殺したことがなかった。
ミカギの言ったように、冒険者をやる上で人間と敵対する場合というのは想定しうるものだったが、
だからといって、最初から何も感じないというほどに冷めてもいない。
厳密にはやったのは全部ミカギだったが、とはいえ自分の心獣である。
ケムリのささくれだった気分がこの日常的な風景に少しやわらぐのだった。
「うーむ・・・」
隣でミカギがなにやら悩んでいるようだ。
「どうしたミカギ?」
「いや、どうしたものかと思ってな、魔術師協会に行くのじゃろう?」
「うーんそうだね。ボクの本意ではないけどさ」
「めんどくさいのう。やはりガンダックとかを皆殺しにしたほうがいいのではないじゃろうか」
「おまえそんなこと悩んでたのかよ。穏便に、穏便にだミカギ。
そんなことして裏組織から目をつけられたら怖いだろうが」
「怖い? え、怖い? なにが?」
「うんお前は怖くないか、むしろそういうの好きそうだよな」
サマナ王国の裏組織は巨大で多岐にわたる。
王国のキングスハンズや教皇庁を敵に回しながら活動できるというのは、
それなりの組織力や実力者がなければ不可能だし、
噂でしかないが王国の5大貴族家であるヘカティリアド州を支配するゴルヴァニア家と関係があるとも聞く。
無法者の組織であるシャドウシーカーズとの関係も深いのだ。
かけだしの冒険者がおいそれと手を出せるものではない。
しかもタチが悪いのは、かけだしの冒険者が勇敢というか無謀というか、裏組織に手を出したとして、
普通はそんな小さいことについて組織は本腰で歯牙にかけないはずである。ただ殺されて終わりだ。
しかしミカギはガンダックを皆殺しにするとか物騒なことを言っているが、
ケムリの印象ではあるが、本当にできそうなのである。
そんなことをして5大貴族家の1角やら裏組織群やらシャドウシーカーズを敵に回して、
ミカギはいいかもしれないが、ケムリのほうがすぐ死んでしまいそうなのだ。なんとしてでもごめんこうむりたかった。
「お前は常識ないけど、なんかできちゃいそうだからな・・・
ボクは心獣を召喚してそうそう裏組織に追い回されたりなんかしたくないんだ」
「もう遅いのではないか? 組合の女もゆうておったではないか、じゃからいまだに宿無しなんじゃろう」
「お前のせいだろが、なにさとすように言ってんだ。だから魔術師協会にいくんだよ。
すげぇウザいっていうのもあるけど、あれでも魔術師協会は裏組織や王侯権力とか教皇庁と並ぶからね
なんとか協会の庇護下に入れば、今回のことが手打ちにできるんじゃないかって目論見だよ」
「庇護下!? 魔術師協会のか!? いやじゃいやじゃ、ガンダック皆殺しにする!」
「ダダをこねる感じで言ってること怖すぎるんだよ。
皆殺しはダメだ、それ以外の方法を選ぶ。魔術師協会、魔術師協会だ」
「ぶー」
こいつこんなキャラだったっけ? と思いながら。ケムリはミカギの手を引いて
魔術師協会のあるというモリス通りに向かった。
◇ ◇ ◇
教えてもらっていたモリス通りの真ん中に魔術師協会ウィンザリア支部はあった。
「思ってたより小さいな」
協会支部は中程度の民家ほどの大きさで、木造に白壁が調和している、2階建ての建物だった。
冒険者合同組合は民家数戸分の敷地だったし、教皇庁支部も凝った作りをしているそうだ。後で観光しようとケムリは考えていた。
そこそこ程度とはいっても、それらに比べるとその数分の1の規模である。
本当にここが魔術師協会なのか? ケムリはいささかいぶかしんでいたが、とりあえず木製の扉を叩いた。
「ごめんくださーい、ボクはケム・・・」
「魔術師協会の扉を叩くものよ、この扉はそうやすやすとは開かない」
くい気味で扉の向こうから声が聞こえてくる。
「魔の秘宝を欲せんとしてたやすく得られるものではないのだ。
奇跡を欲するものは、まずその扉の前で三日三晩は奇跡を願う。その願いが受け入れられるかどうかはそれから・・・」
「ダメか、仕方ないミカギ、別の方法を探すしかないみたいだ。しばらく身を隠すか? っていうか向こうから来いっていってたんじゃないのか」
ケムリが協会を立ち去ろうとすると、2、3歩あるいたところでバン、と扉が開いた。
ケムリは音に振り向いて扉が開いたことは確認したが、すでに迷いが生じていた。
「なんなんだ一体・・・」
ケムリとミカギは魔術師協会の扉をくぐった。
入った部屋は開けており、左手には2階へと続く階段、そして部屋にはいくつかの扉があり、すべて閉めきられていた。
中には黒いローブを来た人間が複数いるのが確認できた。
「ようこそ魔術師協会へ、魔の奇跡を欲するものよ」
「いえ、別に欲してないです。ただ勧誘みたいなのがウザかったので仕方なく来ただけです」
「本心を隠すな、無礼な魔の奇跡を欲するものよ」
「本心からウザいんだけどなぁ」
「私はこのウィンザリア協会の支部をまかされているコインという。協会のメイスターだ」
コインと名乗った男が被っている黒いフードをとった。
短く刈り込んだ茶髪に武骨な顔をした、ひきしまったからだの男だった。
傭兵稼業といわれても疑わない体つきをしている。
「コインさんですね。よろしくお願いします。勧誘やめてください」
「よく来たな少年! 私が協会のハイ・メイスターのオウル=ハントだ! ふわーっはっはっは!」
その隣の黒フードをとった男が自己紹介をした。
こちらは黒髪で細い体つきをしている。
「オウルさんですね。もしかしてあなたはウィンザリアに来た時にあったことが?」
「ふわーっはっはっは! 知らん!」
「いや絶対あなたでしょう」
「オウルあなたまた何かしたの? ごめんなさいねケムリさん、私はクルシェ=ナオール。協会のハイ・メイスターよ」
「クルシェさんですね。どうも」
こちらの黒ローブは女性だった。フードをとると栗色の長い巻き毛が波打つ。タレ目の優しそうな女性だった。
「実は私たち、あなたにわからないように協会へ来るように仕向けていたの。ここに来たのは偶然じゃないってわけね」
「知ってます。ひとつはあの勧誘をやめていただきたいとお願いしに来たんです」
「驚いているわね。いったいどういう手を使ったのかと、協会の魔の深淵にとまどうのもわかるわ」
「話聞かない人だな」
「一つ目は、あなたたちがウィンザリアに来るときのおじいさん、そして街に入ってからの街の人、そして冒険者組合の案内の女性、あれらは全部私だったのよ」
「え、そうだったんですか? それは気が付かなかった」
「でなさい。スリーシークドッペル!」
クルシェが命じると、クルシャの身体から揺らぎとともに心獣が現れた。
人型だが全身が白く、顔はなく人形のように白い平面だった。
クルシェが胸に手をあてて聞かれてもないタネあかしの説明を続ける。
「私の心獣、スリーシークドッペルは、私が命じたように姿を変えることができるの。それは私自身の姿も変えることができるわ。あ、今の姿は私の本当の姿よ」
「そんな心獣もいるんですか。ボクもそういうのがよかったです」
「正直理解しかねますがね。協会のハイ・メイスターが二人も出てこのような少年を招くなどとは」
横からコインが口を挟む。
「それだって理由のないことじゃないわよ。あなたの村がオークとゴブリンに襲われたという情報を協会は得ているの、
それでそれを撃退したのが心獣を召喚したばかりのあなただということもね、村の人は犯罪者だって言ってたけど・・・ 興味あるじゃない?」
「ボク嫌われてるんです・・・ しかしあのおじいさんまでクルシェさんだとは思いませんでした」
「それは私の演技力も半分あるわね。でも私のスリーシークドッペルの能力はそれだけじゃないのよ? アストラル化するとね」
「クルシェ! そこまでだ! 少年にそこまで教えては少年が危険に巻き込まれかねん!」
次はオウルが口を挟んだ。
「それであなたのほうが、ダークエレメンタルの主人ですね」
「ほほう! 会うなり私の心獣を見抜くとはなかなかみどころがあるじゃないか!」
オウルはそういうと、オウルの身体から心獣を出して見せた。
ダークエレメンタルは昆虫のような赤い目が4つあるどちらかというとダークグールのような心獣だった。
「それで少年! ガンダックの構成員とハデにやったそうだな! 話は聞いているぞ」
「やはり知ってるんですね。いや、あれは偶然が偶然をよんだというか。でもおっしゃるとおりで、ちょっと困ったことになっています」
「そうだろうそうだろう。しかしあれだけの数を切り伏せるとはなかなかやるじゃないか。あれは少年がやったのか? それともこちらの心獣が?」
オウルに聞かれてケムリはあわててミカギのほうを見た。できれば穏当に切り抜けたい。
ミカギはどうやら猫を被るつもりのようで少女らしいあどけない笑顔でニパーと笑っている。
「それについてはなんとも・・・ ただそれでボクたちが裏組織に追われるようになると、いろいろと困るんです」
「そうだろう。そうだろうとも! むしろこちらがタキつけて追わせたいぐらいだ!」
「なんてことを言う人なんだ。それでボクを招いた要件はなんでしょう。こちらの問題と折り合いがつかないかと思うんですが」
「うむ! そのどちらにもこの提案は適うだろう! 私は少年が魔術師学園に入学するのがいいのではないかと思う!」
「学園?」
「なっ! 待ってくださいオウルさん! いくらハイ・メイスターとはいえ手順なくそのようなことは!」
横からコインが抗議した。
「かまわんだろう! 少年! 魔術師協会は魔術師を育てる学園を運営しているのだ! 正式な名はウィザーズ・ヴェイルという。
少年が入学すれば、キミは正式に協会の庇護のもとにおかれることになるだろう! そして我々も魔術師の卵を得る、ということだ!」
「待ってくださいオウルさん! ヴェイルに所属するには試験を通らなければなりません! ケムリ君。
ヴェイルに入る前にはそれなりの試験というものがある。数万人の中から一握りを選ぶ試験だ。
魔術というのは誰にでも習得できるようなものじゃない。ヴェイルに入学したいというのなら、まずその試験に合格しなければはじまらないんだ」
「だいじょうぶだ! この魔術師協会のハイ・メイスターたるオウル=ハントが推薦する!」
「ボクはまだ入ると決めてないんですが・・・」
「オウルさんがそうおっしゃられましても、何の根拠もなく推薦するわけにはいきません」
「根拠ならある! この少年は私のアナザーディメンジョンを破った!」
「ボクじゃないです」
ケムリが間髪入れずに否定するが、周りのまだ黒フードを被っている人たちがざわめく。
「オウルさんのアナザーディメンジョンを破った? 聞いたことあるか?」
「あるわけないだろ。あの結界を破れるやつなんていない。可能性があるとすればサウザンド・メイスターぐらいだろう」
「オウルさんが誤って自分で解除したのでは?」
ざわめく魔術師たちをよそに、クルシェとコインがオウルにたずねた。
「それは根拠としてどうなのかしら、そもそもにわかに信じがたいもの」
「仮にですよ。仮にオウルさんのアナザーディメンジョンをこのなんの魔力も感じない少年が破ったとしてですよ。
どうやったんですか? それに何週間かけてアナザーディメンジョンを破ったんです? まだウィンザリアに来て間もないと聞いていますが」
「うむ! 5秒だ! さすがに私もいささか自信を失いそうだ!」
「5秒? 5週間じゃなくて、5秒ですか!?」
オウルの言葉を聞いて、周りがにわに殺気立った。
「拘束しますか?」
「何の魔力もない少年だと思っていたが、どこかの手のものか?」
「ボクじゃないです」
魔術師たちの殺気にケムリは逃げ出したくなってきた。
こういう事態になるべくならないようにしたかったのだが、
ケムリがミカギのほうを見ると相変わらずニパーと笑っている。
こんな殺気を向けられて何笑ってんだといいたくなったが、それどころではない。
「ちょっと待ってみんな。私たちの調査は妥当はハズだわ。彼はウィンザリアの南の辺境村の出であることは間違いないわ。それに村民にすごく嫌われてるし」
「嫌われてるっていう必要ありましたか?」
「その通りだ! 少年は先日心獣を召喚したばかりの疑いようのない一般人だ!
しかしそうなると私の結界を破ったのは心獣のほうかね? 結界系の特殊能力があるのか?」
「それについてはボクはなんとも、召喚したばかりでボクも何も知らないんです」
「まぁいいだろう! しかしどうだ!? 私のアナザーディメンジョンを破ったとなると、入学資格のほうは?」
オウルに尋ねられてコインがアゴに手をやって考える。
「ええ、オウルさんの結界が破れるなら、いえそもそもあれが破れるものだと思っていませんでしが、入学試験としては合格でしょう。むしろ卒業だってできるぐらいです」
「ボクまだ入るって言ってないんですけど・・・」
「大丈夫だ! ヴェイルは実力主義だからな! それに私の徒弟として入学すればほぼ自由だ! 図書館に入るとでも思えばいい!
ヴェイルで魔術について学びながら冒険者として活動すれば問題なかろう!」
「ボクはガンダックから目をつけられなければそれでいいんですが」
「それなら問題ないわ」
オウルに代わってクルシェが続けた。
「裏組織の中核までになってくると、私たちでも手こずるのだけれど、ウィンザリアの一組織程度なら、ヴェイルに所属すれば問題なくなるでしょう。
もしガンダックが不当な形でケムリ君に手を出したとしたら。次の日にはガンダックファミリーは消えてなくなってるわ」
「それは困ります。ボクはそうならないようにこうしてここにきているわけで」
「もちろんそれはむこうも困るだろうから、ケムリ君においそれと手を出すことはできなくなるってわけ。
それにガンダックが消えるといっても、それを行うのは魔術師協会の領分としてそうするのよ? あなたに危害はないわ」
「なるほど。しかし・・・」
「逆に所属しなかった場合、裏社会を敵にまわし、そして魔術師協会からも目を付けられることになってしまうかもしれないな!
私のアナザーディメンジョンを破ったという話は見ての通り彼らの琴線に触れる!」
「脅しじゃないですか」
「私は事実を言っているだけだ! どうするのだね少年!」
ケムリは苦悶にうめいた。