ウィンザリア2
ウィンザリアの関所を抜けたケムリは、
ひしめき合うウィンザリアの街の人々と蜘蛛の巣のように伸びる道を前にして
さてどうしたものかと思案していた。
正門の関所では、ミカギについてどう説明しようかと思っていたが、
心獣というよりは、妹的なものと説明したほうが自然だし、
実際それで衛兵が疑問を呈することもなかった。
そもそも人間と遜色のない心獣というのも異例だし、
もしこの心獣の特性や能力について尋ねられて、ミカギがなにかやらかしても困る。
しかもやらかした後下手すれば衛兵の身の安全が危ういというのがなお問題だった。
「して、どうするのじゃケムリよ?」
「うーん、そうだなぁ。とりあえず冒険者協同組合にでもいこうかな。冒険者として登録すれば宿舎も貸与してくれるそうだし」
「つつましさは人の美徳というがそれは場合によるというものじゃろう、そこらの貴族の屋敷をさくっといただけばことたりようて」
「・・・ボクは別にシャドウシーカーズに入りたいとは思ってないんだ。ミカギにはお似合いだろうけど、できれば人の道をいきたい」
「ケケケ、せいぜいがんばれ」
「見た目がこれじゃなきゃ悪魔系の心獣だな、あ、それと」
ケムリは道行く人の一人に声をかけた。
そして魔術師協会の場所を尋ねると、そのおじさんはある程度の位置を教えてくれた。
「あぁ、魔術師協会ね、君もしかしてウィザードかい? そうは見えないねぇ。
協会は14番区画のモリス通りのちょうど真ん中くらいだよ」
「ありがとうございます。ボクはウィザードじゃありませんよ。魔法についてはからきしで、ちょっと興味本位で気になったんです」
ケムリは教えてもらった魔術師協会の場所を心に刻み、
その周辺には絶対に近づかないでおこうと心に決めた。
「それじゃとりあえず冒険者共同組合に向かおうか」
ケムリはミカギを連れてほかの人に聞いておいた冒険者協同組合へ向かった。
その道中で、ケムリはいろんな人に声をかけられた。
半分はミカギがどこかの貴族の令嬢なんじゃないのかとかどうとかで、
半分が魔術師協会のことだった。
あるときはおばあさんがよろけて
「いたたた、足をくじいちまったみたいだよ。そこのお兄さん、このか弱い老婆を魔術師協会につれていってくれんかね?」と
またあるときはきれいなお姉さんが
「ウィンザリアへようこそ旅のお方。食事処にいかれますか? それとも大浴場にしますか? それともやはり魔術師協会へ?」と
「一体なんなんだ・・・」
道をとおりすがる3メートルのストーンゴーレムに目を奪われながらケムリはいぶかしんでいた。
あのおじいさんのときからなにかおかしいと思っていたのだが、
旅人へのPRなどはどこもやっているのかもしれないが、それにしても意図的というか、力点の置き方が異様に思われる。
もしかして、自分の、というかミカギの異様さに気づかれているのだろうか?
魔術師協会はウィザードの集団で、さまざまな秘術を扱えるという。
彼らがミカギの能力に気が付いていたとしたら、興味を持つ可能性はありえた。
しかし、異様な心獣ではあるが、その主であるケムリにはなんの能力も付与されないというのは、
ものさびしくもあり、今回は幸運なことでもあった。
とりあえずケムリが一般人ぶりを発揮すれば多少の隠蔽にすることはできるだろう。
ケムリが考えながら歩いていると、突然空気の濃度が一段と厚くなったように感じられた。
それと同時に地面が揺れているようなおかしな浮遊感に襲われる。
「なんだ?」
ケムリがあたりを見渡す。
道行く人々は特に異常を感じている様子はない。
しかし、ケムリの目にはまるで夜になったかのようにあたりに影が差しているように見える。
そして、その異常がケムリの気分の問題ではないとわかったのは、
目の前から歩いてくる男性が、自分の体をすり抜けて通っていったのを見たときだった。
ケムリは驚いて街中を見渡す。
やはり街の人々はこの空気のねばりや、暗さなどは気にもとめていないようだった。
「!? ミカギ、なにかしたか?」
「あん? ワシはなんもしとらんが?」
「絶対お前だと思ってたけど、となるとなんだこれは、幻術かなにかか?」
「ふわーっはっはっは! それは私だぁ!!」
暗くなった街道のどこからともなく男の声が響いてくる。
この感じ、もう少し聞いていればまだなにか情報を出してくれそうだ。
「私の心獣、ダークエレメンタルの作ったアナザーディメンジョンへようこそ!
ここでは生命だけが別の位相に移り、私の許可なく戻ることはできないのだ!」
本当だろうか? だとしたらやっかいだな。いきなり結界のようなものの中に入れてくるということは、
友好的な人間ではないということだし、心獣の能力に自信があることがうかがえる。
やつの狙いはボクの命だろうか? それともミカギの能力に気づいたか?
狙いがボクの命だった場合は・・・
ケムリはあたりを見回してにわかに腰を落とし、急な襲撃に備えた。
「このアナザーディメンジョンで私を倒せるなどとは思わないことだ、
特に魔術の素人では私や私の心獣の姿をとらえることすら困難を極めるだろう!
いやはや、君が魔術師協会にまだ行ってなくて本当によかった。
協会で奇跡の技を学んでいたとしたら、私とて危なかったかもしれないからな!
私は今日はこの後急用があるので、すぐにアナザーディメンジョンを解除するかもしれないが、、
だからといって魔術師協会で私を倒すすべを学ぼうなどとは、決して思わないことだ! それは私がとても困るのだ!」
「ディメンジョンズ・クロウ!」
「はいっ?」
さっきまで何気なく歩いていたミカギがそう唱えると、
ミカギの右手の爪に紫の炎がともって伸び、
その次元の爪で空間を引き裂くと、そのままスタスタ歩いてもとの空間へと入っていった。
後ろから絶対に魔術師協会にはいくなよ、ちなみに場所は14区画のモリス通りだ!と声が聞こえてくるが
その声を無視してケムリもあわててその次元の裂け目からもとの空間へと戻った。
「さすがこういう街になると大道芸人までおるんじゃの。ワシの趣味ではないが」
「それは本人には絶対に言ってやらないでほしいな。しかし魔術師協会か、絶対に行かないでおこう」
「あんなところにいったとてたいしたものが得られるとは思えんぞ」
「うん? ミカギおまえ魔術師協会について何か知ってるのか?」
「・・・お前は何をいっとるんじゃ、生後1日のワシにそんなことがわかるわけがなかろう。なんじゃ魔術師協会とは」
「うんそうだよね。さっきの口ぶり絶対何か知ってるけどお前の設定では生後1日だもんな」
「お前もなかなかよくわかってきたではないか、ワシのシモベとしての自覚がでてきたというわけじゃな」
「誰がお前みたいな金髪幼女のシモベなんだよ。心獣の言い草と思えないな」
「なにぉう若造がえらそうに」
「生後1日に言われたくないよ。だいたいお前は何の心獣なんだ?
ボクが死ぬと消えるってことは、一応心獣ではあるんだろうけど、
いろいろイレギュラーなことがありすぎだろう。そのくせボクには何の能力も付与されてないみたいだし」
「あぁっ! ケムリ、あの店はなんじゃ!? ちょっと行ってみるとしよう!」
「はぁ・・・ まぁいいやどうせ何も言わなそうだし。そういうのはあとだミカギ、とりあえずは冒険者協同組合に行く」
ケムリはぐずるミカギを引っ張って冒険者協同組合へと向かった。
◇ ◇ ◇
「ようこそ冒険者共同組合へ。こちらへははじめて?」
「そうです。冒険者として登録することはできますか?」
「はい、可能でございます。ただ、組合からの支援はランクEからとなっておりまして、
初めて登録される方はランクFとなります。
もし闘技場でランクD以上の資格をお持ちでしたら、組合ではランクEとして登録できます」
「いえ、この街へ来たのははじめてで、闘技場に出たことはありません」
「では、クエストボードからランクEの依頼を達成していただけましたら、
組合はあなたをランクEの冒険者と認め、宿舎の貸与や情報提供などを行わせていただくという規則になっております」
ケムリは冒険者合同組合ウィンザリア支部のカウンターで組合員の女性から説明を受けていた。
いわく登録しただけでは組合の支援を受けられるというわけではないようだ。
たしかに、登録しただけで支援などしていたら物資がいくらあっても足りないということになりかねない。
冒険者としてある程度の実力のラインを超えたものだけ実質的に冒険者として支援するというシステムになっているということらしかった。
「うーん、ランクEのクエストか、どれがいいかな、薬草つんでくるとかあればいいんだけど」
「ケムリよ、あれはどうじゃ、けっこう手ごろそうじゃが」
「うん? どれどれ」
クエストボードを眺めているケムリの隣でミカギが指をさす。
「ボルボラス山脈に封印されたヘカトンケイルの調査:ランクB・・・ これはパスだな。
えーと、ビーストネイションズへの密偵、可能なら12王狼のいずれかを討伐:ランクB、後者はS・・・ うーんこれもパス。
それでそれで? グレートウォールを超えた死の大地にて夜の王にあい休戦協定を申し込む:ランクS。
ミカギお前話聞いてたのか? ボクはランクEのクエストを穏便にやりたいっていってたと思うんだが」
「お、聖霊殻連合国の9艦隊の艦隊長のいずれかを殺すというのもいいのではないか?
もしくはビーストネイションズの飛行獣の奪取もしくは破壊というのもアリなのでは」
「やらないしできないよ! そもそも冒険者合同組合ってクエストボードにこんな剣呑な内容堂々と張り出してていいのか?
ランクE、Eだ」
「そんな気弱なことでどうする。こういうのは第一印象が大事だというではないか」
「ならそれを言ってたやつを連れてこい、そいつをフルボッコにするのをランクEのクエストにしたいぐらいだよ。
冒険者になりたてでそんなどんなレベルの人たちがやるのかわからないようなクエストをやろうとするのは単なる命知らずだし
まずいのは多少成果なんてあげたらいろんなところから興味を引かれていろいろ調べられることになっちゃうだろ」
「ワシは一向にかまわんが? ワシこんなに無垢じゃもん」
「どこがなんだよ。 お前を調べられるのが困るし、無垢なやつはいきなり高難易度のクエスト進めたりしないだろ。殺す気か」
「あの、もし? あなたたちは冒険者ですか?」
ケムリとミカギがクエストボードを見ながら言い合っていると、後ろから女性の声がケムリを呼んだ。
ケムリが見ると、それはケムリと同年代ほどの若い女性だった。
身なりから察するにいいところのお嬢様という印象を受ける。
「さきほどからお話を聞いておりましたら、まことに高位の冒険者様でいらっしゃるとお見受けしました」
「いえいえぜんぜんぜんぜん」
ケムリはブンブンと手と首を振って否定した。
ミカギが勝手に高ランクのクエストを振ってきたのを拒否していただけだったのだが、
あらぬ誤解を与えてしまったようだった。
「ご謙遜を、それでわたくしの依頼というのはお二人のような方々には似つかわしくないでしょうが、
ランクEの依頼でございまして」
「詳しく話をお聞きしましょう」
「は、はい。よろしいのですか?
実はすでにいくつかの冒険者事務所にもまいったのですが、断られてしまってたんです。
依頼内容といいますのは、わたくしは慈善的な行いとして夢遊草の中毒症患者の支援を行っていたのですが。
その中の患者の一人が、ちょっとしつこくつきまとってくるようになってしまって・・・」
「なるほど、そのつきまとい男を追い払うのが依頼内容ということですか」
それなら自分でもなんとかなりそうだとケムリは考えた。
暴力沙汰にもなりにくそうだ。
「はい。ただその、その患者の人というのが、ちょっと悪い人たちとの関係もあるみたいで」
「そ、そうなんですか。もしかして冒険者事務所の人たちが断ったのはそれが理由で?」
「い、いえ。そんなことはないと思います。私の前では悪いふるまいをしたのを見たことがないですし」
「私の前では、ですか、まぁ、それくらいの調停だったらボクにもできるでしょう」
「ほ、ほんとうですか!? ありがとうございます!
彼は武闘派のガンダックファミリーとつながりがあるそうですが、穏便に話せば大丈夫なはずです!」
「そ、そうなんですか。さ、先にいってほしかったなぁ。ええ、まぁわかりました」
ケムリがそういうと女性は感激したようにケムリの手をとって微笑んだ。
この女性は不安だったんだろうな、と思い、握られた手を軽く握り返す。
まぁランクEだし、命の危険まではないだろうし、とりあえず受けてみようとケムリは思った。
ただ、ケムリには両手を握ってニッコリと笑う女性の後ろで邪悪な笑みをたたえるミカギが不安で仕方がなかった。