ウィンザリア1
村を追い出されたケムリと少女は、
とりあえず大きな都市にでもいこうと、
王国第三都市であるウィンザリアへ向かうべく、
今はちょうどウィンザリアへと向かう荷馬車の二台に二人揺られていた。
空は晴れて、雲がゆっくりと流れていき、風が荷馬車のゆく道のあたりの小麦畑をなでていく、牧歌的な風景だった。
「ボクも昨日から考えていたんだが、決めたよ」
「うん? せっかく村を救ったのに無碍にも追い出されたことに対する報復でもする気か? 悪くないのう」
「いや、お前の名前は、チョリンピーだ」
「おぬしまた死にたいのか? ワシの名前はミカギ・ルナヴァリオじゃ」
「それでチョリンピー、昨日のことなんだけど」
そういいながらケムリが自らの心獣のほうを向くと、
チョリンピーの赤い瞳の瞳孔が引き絞られてこちらをにらんでいる。
「わかったミカギ。いや、そもそもお前ってさ、心獣じゃないよな。聞いたことないぞ、名前を持って生まれる心獣なんて、その他もろもろのことも聞いたことがないぞ」
「いやいやそんなことをいうなケムリよ。わしはれっきとした心獣じゃろ。お前の心から生まれた、主に使える聖なる存在じゃろ」
「どこが聖なる存在なんだよ。聖なる存在はいきなり主人を殺したりしねぇよ」
「いやいやそんなことをいうなケムリよ。そんなささいなことでいがみあってどうする。ワシらはこれから一心同体でやっていかねばならんのじゃぞ、極めて不本意ながら」
「こっちのセリフだよ。心獣っていうのは、もっとそれっぽいものだとボクは思ってたんだけどな、
ユニコーンとか、ワイバーンとか、それでなくてもホワイトウルフとかさ」
「おお、ユニコーンなどがよかったのか、それは考えがいたらなかった。ならばおぬしのナニを切り落としておぬしのおでこにくっつけてやろう、心獣ペニコーンの誕生じゃ」
「・・・全然ボクの言うこと聞かないしさ、それに、、、」
ケムリは昨日の村の襲撃を思い返す。
心獣は生まれたては人間より弱い、赤ん坊のようなものだ。
にもかかわらず、このミカギという金髪赤目の少女は、生まれてすぐに瀕死の人間を蘇生させ、
なにやらおかしな強化術式をケムリに付与してみせた。しかもそれらの術式は・・・
「ボクは魔法や術式や法術なんかにぜんぜん詳しくないんだけど、あれって、第0階梯では間違いなくないよな、もしかして第1階梯とか、まさか第2階梯だったりするのか?」
「うん? あれぐらい精霊系の心獣なら使えるんじゃろう?」
「いや、第0階梯を生まれながらに使える精霊ぐらいはいるらしいけど、その32倍難易度の第一階梯や、さらにその32倍難易度の第二階梯なんていうのは聞いたことが・・・」
「え、そうなの!? しまった・・・」
「そもそも瀕死の人間を蘇生させる法術なんて、教皇庁の大司教クラスにならないと使えないって話では聞いてるんだけどな、だから・・・」
「ふぅ、あれはまさに偶然じゃった。おそらく死にゆくケムリの意思が心獣たるわしに奇跡を可能にしたのじゃろう・・・」
ミカギがうんうんと神妙な顔つきで一人うなずく。
「あのときのお前はめちゃくちゃ嫌そうだったようにしか見えなかったが・・・」
ミカギはピィーピィーと口笛を吹いている。完全にシラを切る気のようだった。
おかしい、絶対にイレギュラーなやつだこいつは。ケムリは内心で相当疑っていた。
少女の外見だが、青年の胸部を一撃でつらぬく腕力と腕の強度、そしておそらく第一階梯かそれ以上の、第二階梯を使える精霊なんて教皇庁や魔術教会にもそういないぞ、
術式を使える。そして第一、あうなり主人を殺すようなやつだ。ボクの心獣なわけがない。
いや、これがボクの心が顕現した姿なのか? ボクはロリコンだったのか?
ケムリの頭にさまざまな苦悩が浮かぶ。
「し、しかしあれじゃのケムリよ。そのウィンザリアとかいう街に行くのはいいが、こんなトロトロと進んでていいのか?」
「トロトロとかいうんじゃない、せっかく乗せてもらってるんだから」
ケムリは荷馬車の前を見て人のいいおじいさんに聞こえていないことを確認する。
「なんなら、お前らの言うところの、ミスリルゴーレムでも召喚してそれに乗っていけばいいんじゃないのかの?」
「ミカギ、ミスリルゴーレムといったか? ミスリルって、あの魔法合銀のミスリルか? ミスリルゴーレムなんて、首都にたった2体しかないんだよ」
「・・・いやいやそんなことをいうなケムリよ。今のはただの言い間違いじゃ。わしはマッスルなゴーレムというたんじゃ、力がなければ人二人運べんからの、その若さで耳が悪くてどうする」
「ミカギの口の悪さには負けるよ。だいたいお前いくつなんだよ・・・ 本当なら生後1日なんだぞ」
「人の心の中では時間の流れ方が違うという場合もあるじゃろう」
「なんだかまるめこまれそうだけど、たぶん違う気がするんだよな」
「まぁそういったことはおいおい話せばいいじゃろう、してウィンザリアについた後はどうするんじゃ?」
そう聞きながら、ミカギは顔をそらして(ダハクッ、ミスリルゴーレムはなしじゃ、外装は鉄とかそういうのにしておいてくれ)
などとヒソヒソと何か言っている。ダハクってなんだよ。
ケムリは新たな疑問については、どうせ答えないだろうと思ったので、
先ほどのミカギの質問について考えた。
「そうだなぁ。しかし昨日の今日で大した考えはボクにもないんだよ、とりあえず冒険者共同組合にでもいってクエストボードでも見てみようかとは思ってるけど」
「ふーん」
「めちゃくちゃどうでもよさそうじゃないか、あとはまぁ一応街を見てまわるぐらいはしてもいいかもな、宿なんかがとれてからになるだろうけど」
「お、それはいいのう。ワシも人の世がどれほど凋落しきったのかには興味がある」
「なんて嫌な動機なんだ。頼むからその非常識さで問題を起こさないでくれよ、ただでさえお隣国のビーストネイションズが軍事威嚇してきてあそこもピリついてるらしいんだから」
「まかせておけ、得意分野じゃ」
「いや目立つなってことだぞ? ミスリルとか転送がどうとか言うなってことだぞ? 頼むぞまったく・・・」
二人の見た目はどこにでもいる黒髪の青年に、金髪の幼女である。
その二人が不用意に金の匂いのするようなことを口走るとよからぬ事態になる可能性がそこそこある。
「しかしお主も丸腰ではなにかと心もとないじゃろう。死なれても困るし。ここは雷公剣ぐらい持たせてやっても・・・」
「話聞いてたのかお前。そういうのが危険を招くつってんだよ。なんだ雷公って」
「ふむ、そういうものなのか。ではサンダーエンチャントで触れると危険だということを知らしめるか」
「昨日のあれのことか? 常時青光りしてたら即効しょっぴかれるわ」
「そういうものか、では衛兵をマインドコントロールすれば」
「だからそういうのをやめろっていってるんだよ。青光りしてる男を衛兵がスルーとかどう見ても怪しいだろ。頼むから大人しくしててくれ」
ケムリが頼むと、ミカギは親指を立てて笑った。
しかしミカギのニヤリという邪悪な笑みにケムリは不安しかなかった。
◇ ◇ ◇
その後しばらく荷馬車に揺られ、二人は王国第三都市ウィンザリアへと到着した。
まず厚い城壁に囲まれた街に入るには、門で検査を受けなければならない。
このミカギという金髪赤目の少女が心獣で通るのかいささか疑問だった。
「悪いねぇ荷下ろしを手伝わせちまって」
「いえ、ここまで乗せてくれたんですから」
ケムリはここまで乗せてくれたおじいさんの荷馬車の積み荷を降ろすのを手伝っていた。
ミカギはというと降ろされたタルの一つに座り巨大な城壁をながめている。
「二人はアレかい? 旅人かいな? 若いのに危なっかしいもんだねぇ」
「ええまぁ、そんなところです。いろいろありまして根なし草です」
「あんれまぁ。大変なんだなぁ」
「そうですね。だもんでとりあえずはクエストボードでも見てなにか探してみようかと」
「そっかそっかぁ、それだったらアレはどうだね。魔術協会にも顔を出してみんせぇな」
「ありがとうございます。でもまぁ、ちょっとおっかないんで、そこらへんはちょっと遠慮しようかなと」
「はぁーそうなんけ。おらはウィンザリアにはちょいちょい来るが、ええ人ばっかりじゃがのお」
「いい人にはみんないい対応をするってことなんじゃないでしょうか、ボクたちものっけてもらいましたし」
「うーむ、おらはそうは思わんがねぇ。是非いってみるとええ」
「ええまぁ、考えておきます」
ケムリはやんわりはぐらかしながら、しかし行こうとは思ってなかった。
特に自分の心獣を協会の魔術師たちに見せてなにかあると困る。
荷下ろしをしながら思案する。それにしてもタルも作物もけっこう重い。
「おおっとぉ! おらが丹精込めて作ったドテカボチャが手が滑ってわかもんにぃ!」
考えているケムリの横でおじいさんが叫んだ。
ケムリが見ると、よろけたおじいさんが手に持っていた巨大なカボチャがケムリの左足に直撃しようとするところだった。
ボキィッ
嫌な音がする。
気が付くとケムリはウィンザリアの城壁の外であおむけに倒れていた。
チラリとみると、左足が曲がってはいけない方向にひん曲がっている。
それを見たおじいさんがアワアワとしながらかけよってくる。
「あらぁ、すまんのう若いの、これは完全に折れとるな。これほどの傷、ウィンザリアでは、いや、一般人では王国のどこでもとうていなおせまい。
旅人のお主の夢、目標、野望、そういったものはおんしの足とともに折れたということじゃ。
しかし、だ。深い失意のおんしに唯一残された希望は、魔術師協会ということになるじゃろう。
信じられんかもしれん。この深い傷をいやす奇跡などこの世にあるのか、とな。
それがあるとすれば、魔術師協会だけじゃ。その扉を叩くがよい・・・」
「リザレクション!」
「へぇっ?」
さっきまで樽で所在なさげに足をブラブラとしていた金髪の少女がそういうと、
ケムリがよろよろと立ち上がった。
「お気遣いありがとうございます。でも、こうみえてボクの体はけっこう丈夫なんですよ」
「いや、でも、さっきボキィッって、いっとったよな? 足ひんまがっとったよな?」
「・・・体が柔らかいんです」
「やわらかいって、関節と関節の間が曲がっとったが・・・」
「ボクたち行きますね。どうもありがとうございました。ちなみにあの少女は変なクシャミをするんですよ、ッザヘックショイってね」
ケムリはミカギを呼ぶと、後ろから魔術師協会に行くんじゃぞーと言ってくるおじいさんから逃げるように、ウィンザリアの正門へと向かった。
「ミカギ、なおしてくれたのは感謝するけど、ああいうのは人のいないところでやってくれないか?」
「うん? 問題あるなら消すが」
「やめろやめろ。それとウィンザリアでは魔術、術式、法術とかは人目のあるところでは使わないでくれ」
「ふむ、となると特技とか転送とか変異とか、そういう縛りでやれ、ということか・・・」
「・・・そういうのも全部だ。いいか、全部だぞ」
ミカギは親指を立てて邪悪な笑みでニヤリと笑った。
左足の痛みはもうなかったが、ケムリはそれと同じくらい頭が痛い気分だった。