ドワーフ集落3
「さて、危機は脱したが。俺の見たところでは、状況は引き続き悪いといわなければならない」
追放されたドワーフの集落、その中央の家の中で、ドロオンがドワーフやケムリ達に言った。
木の卓を囲んだドワーフ達はドロオンの言葉に黙り込んでいる。
ドロオンにケムリが尋ねる。
「ドロオン、今のところ、やつらが襲ってくる心配はないんだろう?
やつらはこっちが水不足で干上がってると思っている」
「そのとおり。まぁ実際についさっきまでそうだったんだがね。
この空白に手をこまねいているということはできない。
しかしだな、干上がってるはずのドワーフがいつまでたっても元気に動き回ってたら、
さすがにやつらのくるみほどの脳でもおかしいと気づくだろう。そうなれば総攻撃を受けるのは時間の問題だ」
「やつらを撃退することはできそうか?」
「現状では難しいと言わざるをえない。相手が人間のグレムンドの息子どもだけなら
俺たちでもやりようはあるかもしれん、
また、マウンテンエイプだけなら防備を固めることができれば撃退できる可能性もあるだろう。
しかしやつらが組んでいるというのは始末におえん。
今までは最初にやつらにであったときにゴドヴィクがきつい一撃をくれてやったからな。
それでやつらは警戒してこちらに手をだしてこなかったのだ。
しかし砦に向かった迎撃戦力をやつらは把握したはずだ。ゴドヴィクと与えた聖鉄槌だけが村の戦力であり、残りは粗末な防具でかざったお嬢さんたちだとな」
「今度誰かデートに誘えないかと思ってたんだよ」
「やめろ、つまらんジョークを聞く気分じゃない。まぁ、これは半分俺の責任でもあるがな。
まず武器が貧弱すぎる。ケムリも見ただろう? 石弓の鉄矢が我々の鎧をたやすく貫通するのを、槍はマウンテンエイプの毛皮にへし折られる始末だ。
次戦えば勝負は見えている。マウンテンエイプは弓兵隊を守っているだけで矢が俺たちを全滅させるだろう」
「そういえばなんであの猿人は人間と組んでるんだ?」
「俺にどうしてそれがわかる? しかし今重要なのは現実としてやつらが組んでいるということだ。
今急いで水源とこの集落の間に防衛線を築かせてはいるが。それでどうにかなるなら俺がこう悩む必要もないのだ」
「砦では青銅しかとれないんだったな」
「そのとおり、それもたった30人分だ。クソッ。ドワーフ達の士気は高い。それは結構なことなんだが、それだけでは勝てん」
「そういえば相手の盗賊は鉄の矢や剣を使っていたね? あれはどうやって調達してるんだ?」
「グルムンドの縄張りに鉄鉱脈があるというのがわかりやすいが、やつらの縄張りはかなり遠いはずだ。
我々に採掘することはできんよ。あんな未熟な鋳造をされる鉄には同情を禁じえんがね」
「銅鉱脈があるということは鉄鉱脈もどこかにある可能性はないのか?」
「ここらは山脈が近いので、ないとはいえんが、銅鉱脈ほど見つけやすいものじゃない。
ケムリが鉄鉱脈を探すので見つかるまでまってくださいとやつらに頼んできてくれるのなら話は別だがね」
「亜人の餌1号はできれば避けたいな」
◇ ◇ ◇
その後ケムリは話し合いを続けるドロオンたちの家をあとにした。
村落の広場ではロンデルとミアセラがなにやら大きい荷物を囲んでいた。
その周辺をよく見ると、ウィザーズ・ヴェイルのハイ・メイスターのオウルまでいる。
「オウルさんもこちらにいらしてたんですか? そんなことして大丈夫なんですか?」
「元気そうだなケムリ君! ハイ・メイスターたる私が君たちの問題に肩入れすることはヴェイルの禁に触れることになるのは確かだが!
しかし修練生の様子を見るだけならば問題はない!」
ケムリはミアセラのほうに目配せした。どうやら古文書のことはケムリの頼んだように秘密にしてくれているようだ。
「ところでロンデルなんだい? そのデカブツは」
「フ、フフ、よくぞ聞いてくれたね。これこそ僕の記念すべき機動兵器、クランカー1号だよ!」
ロンデルが名付けたそれは、遠目には巨大な塊に見えていたが、よく見ると巨大な鎧のようなものだった。
ケムリが聞く前にロンデルが説明をはじめる。
「これは四足歩行型の、まぁゴーレムみたいなものだ。今回僕の護身用ということで転移の許可が下りてね。
僕が直接乗り込んで心獣を媒介にして操作することができるのさ!」
「っていうかこれどう見ても鉄製なんじゃないのか? 今ここのドワーフ達が喉から手が出るほど鉄を欲しがってることは知ってるだろ?」
「こ、これはダメだ! 僕のクランカー1号は誰にも渡さないぞ! それに戦士一人分の戦力にはなる!」
「ロンデルお前戦闘に参加するつもりでいるのか? さっき護身用って言ってたじゃないか」
「細かいことは気にしないでくれ。それより水霊の珠なんだけどね」
ロンデルの言葉にオウルが反応する。
「水霊の珠!? 古代の秘宝たる法珠について興味があるのかね!」
「あ、そ、そうなんです。どんなものなのかなーって」
ケムリはあわててごまかした。
「そうだろうそうだろう! 魔の神秘に興味を持つのはよいことだぞ! ヴェイルの修練生としての自覚がでてきたようだな!」
「ま、まぁそうですね」
「そういえばさっき鉄がどうとかいっていたようだが、私には君たちに肩入れすることはできんのだ! すまないな! ふわーっはっはっは!」
「それはわかっているつもりです。何がおかしいのかはわかりたくもないですが」
「しかしその代わりといってはなんだが、ケムリ君の魔に対する意欲に免じて、第二階梯魔法を見せてあげよう! よく学ぶことだ!」
「ボク魔力ないんですけど」
「だ、第二階梯魔法ですか!?」
「私は見たいです!」
ロンデルとミアセラが身を乗り出す。
「ふわーっはっはっは! そうだろうとも! では見るがいい! 第二階梯術式“邪な眼/マッドアイ”!!」
オウルは両手を前方にかざし、16個の魔法陣を描くと、青い燐光によって宙に描かれたそれが、一つにまとまりオウルの左目に飛び込んだ。
魔法の玉がオウルの左目に飛び込んだ衝撃でオウルの上体が後ろにグンとしなる。
再び顔を上げたオウルの左目は眼球が黒く、中心から赤く輝く瞳がマグマのように走っている。
「この眼はすべてのものを見通すのだ! 魔力の流れ、伏兵の位置、しかも物質を透過する!」
「ひぃ!」
オウルの言葉にミアセラが反射的に手で体を覆った。
オウルが村の周りをその赤い目で見渡す。
「ふむ! 例えばだ! あちらの遠くでドワーフ達がなにやら木の柵をこしらえているな!」
「はい。亜人が襲ってきたときにちょっと集落からはなれた平野に防衛線をしいてるらしいです」
「ふむ! それは賢明だな! そのさらに向こうには亜人どもが集まっているようだな! ケムリ君、人間もいるようだぞ!」
「しってます」
「なぁに、強がることはない! それにこの眼は地中をも見通すのだ! 例えばあちら側の2キロいったところには、おっとこれは君たちに肩入れすることになってしまうか!
では術式を解除するとしよう! 私は忙しいのでな! これで帰るとしようか! さらばだ!」
オウルは高笑いしながら鏡のある小屋へと歩いて行った。
後に残されたケムリたちは顔を見合わせる。
ロンデルが怪訝そうな顔でいった。
「肩入れすることになるものが埋まってるって、それ言ったら肩入れしてることになるんじゃないのか?」
「それはボクも思った。それに亜人たちが集まってるってのもダメだろうね」
「でもでも! 亜人たちが集まってるってことは近く総攻撃がはじまるということなんじゃないでしょうか!?」
「うん。その可能性は高いと思う。あの人あれで助けてないってボクたちが考えると思ってるのかな」
「でも急がないとまずいんじゃないのかいケムリ?」
「そうだね。すぐにドロオンに話して、サンドウルフが使えるドワーフに来てもらおう」
◇ ◇ ◇
オウルが示した場所は水源の反対側の森だった。
ケムリとミアセラとロンデルは数名のドワーフをつれてそちらに向かう。
2キロいった先というのは、薄暗い森の中にあった。
連れてきたドワーフがケムリに尋ねる。
「ここでいいのかい? でもなぁ。山脈と反対側だぞ?」
「えぇ、ちょっと気になることがあるんです。ある程度深くまで調べていただけませんか?」
「私からもお願いします!」
「うぐぐ、あなた様に言われちゃやらねぇわけにはいきませんな。王族よりなにより命の恩人だ。出ろサンドウルフ! ここほれワンワン!」
「それ狼ですよね」
ドワーフがサンドウルフを召喚し、暗い森の中で地面を掘り進め、ドワーフも穴の中へと入っていった。
ケムリ達は森の中でしばらく待つ。
数時間たって、ドワーフが穴から顔を出した。
「し、信じらんねぇ。鉄鉱脈だ。クソッ、なんでこんなところに鉱脈が走ってやがったんだ。迂回してんのか? こりゃあ純度もなかなかあるぞ。なぁ、あんたらなんでこれがわかったんだ!?」
「そ、それにはちょっとお答えしかねます。それよりも急ぎましょう」
「もちろんだ! どうやったかなんてどうでもいい! サンドウルフが息絶えて俺が死んでも掘りつくしてやる!」
「それは困ります!」
ミアセラがドワーフをなだめるが、ドワーフは再び穴に飛び込んでいった。
しばらくして森の穴のそばにうずたかく鉄鉱石がつまれる。
「この分だけでも私のトヴァリンタートルに入れて運びましょう! 歩くより遅いですけど、運搬量は多いと思います!」
ケムリ達が鉱石を乗せた巨大な亀の前を歩きながら集落へと向かう。
途中で空に黒い狼煙が上がるのが見える。
ケムリはミアセラ達を置いて先に集落に向かった。
ケムリが集落に戻るとドロオンがケムリを出迎えた。
「もどったかケムリ。首尾はどうだ? と聞きたいところだが、忌々しいことに今しがた防衛線から亜人に攻められていると狼煙が上がった」
「それはまずいな。鉄鉱脈は発見したよ。でも時間が足りないな。数日稼げそうかい?」
「ほんとうか!? 数日か、今の装備で持つかは難しいな。援軍を送るところだがケムリも向かってもらえるか? もしくはお前の剣を貸してもらえるだけでもありがたいんだがね」
「ボクが行くよ。剣を貸したと知れると後で怒られそうだ」
◇ ◇ ◇
ケムリがドワーフ達と防衛線に到着すると、小高い丘に柵で築かれた防衛線の遠方に亜人や人間が戦線を築いているのが確認できた。
右翼に人間が、そして左翼にマウンテンエイプが並んでいる。その奥には弓兵隊がひかえているようだった。
今度はマウンテンエイプを隠すつもりはないようだ。左翼と右翼に分かれているのはマウンテンエイプにまじると人間が踏みつぶされる恐れがあるからだろうか。
「くるぞ。かまえろおおおおお!!」
亜人たちがこちらに駆け出してきた。
ドワーフの一人が叫ぶと、柵に控えたドワーフたちが弓を引き絞り一斉に矢を放った。
ドワーフたちから放たれた矢が亜人たちに降り注ぐ、しかし、人間は盾で矢を防ぎ、
マウンテンエイプは厚い毛皮でこれを防いで柵まで距離をつめてくる。
ドワーフたちが斧やこん棒や槍をかまえて前に出た。
「ウルトール!!」
マウンテンエイプが力任せに木の柵を吹き飛ばし、
そこから人間とマウンテンエイプが侵入してくると、
ドワーフ達がおたけびをあげながら突撃した。
山賊の人間たちがドワーフを迎えうつ。
「しねぇぇぇ! ドワーフどもぉぉ!!」
山賊の鉄剣がドワーフの鎧ごとドワーフを突き刺す。
ほかのドワーフが山賊の鎧をガンガンと叩き、
槍を目に突き刺して山賊を絶命させる。
「眼を狙え!」
マウンテンエイプがドワーフに襲い掛かる。
ドワーフが3人ほど吹き飛ばされながら前衛をかため、後ろから矢でマウンテンエイプの右目をつぶした。
マウンテンエイプは叫び声をあげてもう一人のドワーフを殴ってその場にうちたおした。
銅剣を持ったドワーフは山賊の男と打ち合うが、数回太刀打ちすると銅の剣が真っ二つにおられ、
山賊の剣にドワーフが切り裂かれる。
「王族をよこせぇぇぇ!!」
やつらの狙いはドロオンなのか?
ケムリも戦いながら、戦況はよくないのが見て取れた。
「ウルトール!!!」
ドワーフ達もふんばっているが、こちらが一人倒す間に3人以上がやられている。
敵の石弓隊も丘をのぼってきている。撤退すべきなのか?
ケムリが横目に戦況を判断しようとしていると。
ケムリの正面からマウンテンエイプが襲い掛かってきた。
「ケムリあぶなーい!」
ロンデルの叫び声とともに、ロンデルの機動兵器とかいうゴーレムが横からマウンテンエイプに体当たりした。
ゴーレムの巨体の体当たりにマウンテンエイプがよろめくと。
ゴーレムがこちらをむいて中央の覗き穴からロンデルが顔を見せた。
「ロンデル! 危ないぞ!」
「危険を恐れて技術の発展はない! いくぞクランカー1号!」
ロンデルはそういとゴーレムをビョーンと後ろに飛ばしてマウンテンエイプの右腕をかわす。
ドォンと着地をし、近くの山賊にゴーレムの右手を叩きこんで吹っ飛ばした。
「クランカー1号は力だけじゃないぞ!」
次にゴーレムの足にとりつけられた車輪が回転し、ゴーレムがマウンテンエイプを囲むように横に滑走し、右手をマウンテンエイプに向けると、
右手から素早くタタタンと矢が射出され3本の矢がマウンテンエイプに突き刺さり、マウンテンエイプはうめき声をあげてよろける。
ロンデルはゴーレムを操作してそのままマウンテンエイプにむかって滑走した。
しかしよろめいたマウンテンエイプが立ち直るとせまるゴーレムを右腕で力いっぱいに殴りつけた。
ロンデルのゴーレムが衝撃で宙を浮き、ケムリの後ろに墜落した。ゴーレムがプシューという音を立てて動きをとめる。
「ロンデル!」
「う、うぐぅ・・・ た、耐衝撃性について考えるべきだったか」
ロンデルは死んではいないようだった。
ケムリが前を見るとすでにマウンテンエイプがケムリの正面に迫ってきていた。
ケムリが剣を構えるが、そのマウンテンエイプの横から巨大な槌がマウンテンエイプの横顔から突き刺さった。
「ウルトォォォォル!!」
ゴドヴィクが叫ぶ。ケムリが見ると、ゴドヴィクの身体は黒い鎧で覆われている。
ケムリが後ろを見ると、ドロオンを含んだ数名のドワーフが鉄の鎧と武器を持って援軍に向かってきていた。
「遅くなったな。これでも鍛冶師とミアセラが急いで鋳造したのだ。許せ」
「いや、早すぎなくらいだよ。さすがドワーフだな」
ドロオンたちがケムリを通り過ぎて敵へと向かう。
「叩き潰せ!」
「おおぉぉぉぉぉ!!」
鋳造したばかりの鉄の鎧で武装したドワーフたちが敵に迫る。
敵の弓兵隊が石弓の鉄矢を飛ばしてきた。
その鉄矢はドワーフたちの鉄の鎧にガキンとはねかえされる。
そして武装したドワーフが敵の前衛にせまり、鉄の斧を山賊の鎧を貫通して深々と突き刺した。
「そのようなふざけた鋳造でこの斧が防げると思うなよ!」
さらにドワーフ達は前衛の山賊を切り伏せる。
間をぬうようにゴドヴィクが弓兵隊に走る、弓兵隊は続けて鉄矢をいかけた。
しかし突進するゴドヴィクの鉄の鎧がその矢をはじき、巨大な槌が弓兵を叩き潰す。
横からマウンテンエイプが前衛の山賊と戦っていたドワーフを殴りつけ、ドワーフがふっとんだ。
しかしドワーフはヨロヨロと起き上がると、鉄の鎧はどこにもヘコみがないのがケムリにもわかった。
ドワーフは再びマウンテンエイプに走り鉄の剣をマウンテンエイプに深々と突き刺した。
「グォォォォォ!」
マウンテンエイプが叫び声をあげてその場にドスンと倒れる。
ドワーフ達は鉄の武具に身を包んだドワーフ達を中心に戦線を立て直して敵に襲い掛かった。
鉄の鎧のドワーフが前衛につき山賊の攻撃を受ける。
そして山賊が剣を振り下ろすとその剣を鉄剣で受け、ほかのドワーフが山賊に攻撃する。
マウンテンエイプ達の前には鉄の鎧で武装したゴドヴィクが立ちはだかる。
「ウルトール!!」
亜人たちを倒すのにドワーフの消耗は激減した。
鉄の武具で武装したドワーフ達が敵の一陣を壊滅させると、
山賊たちは足早に逃げ出し、ドワーフ達が全員でマウンテンエイプのほうへと向くと、
マウンテンエイプも山賊たちについて水源へと撤退した。
「・・・しのいだなドロオン」
ケムリがはぁはぁと息をつきながら黒い鎧に身を包んだドロオンに声をかける。
「なかなかの慧眼だな。そのとおり、この場は脱した。
やつらは砦のある水源へと引いたようだが、やつらをそのままにしておいてやるつもりはない。
準備を整えたら、砦は返してもらう。
何よりやつらには仲間の命を返してもらわねばならん。やつらの命でな。
みなのもの、村へ戻るぞ! そののちに、やつらの陣地に攻め込む!」
ドロオンの言葉にドワーフ達がおたけびをあげておうじた。