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ケムリ16才に



 サマナ公国では、16になると大人になる通過儀礼として、すべての人が教会を訪れることになっている。

 それは単に言葉通りの通過儀礼というだけのものではなく、重要な意味があった。

 その重要な意味とは、その通過儀礼において、すべての人がその人の内なる心獣を召喚し、使役できるというものである。


 そして今日16の誕生日を迎えるケムリ・グレイスケルは、しかし、それどころではなかった。


「女子供は逃げろ! 逃げるんだ!! もうこの門はもたない!!」


 ケムリの生まれ育った王国の片隅の小さな村は、悲しいかな、今まさに謎の勢力からの侵略を受け始めた真っ最中だったからである。

 ケムリは即興で編成された村人による防衛隊が守っている激しくたたかれる村の門を後ろから見ながらつぶやいた。


「逃げる? 逃げるって、いったいどこに?」


 そもそも、なんでこんな辺鄙な村が略奪の対象になったのか、

 狙ったやつが野党であれ、モンスターであれ、そこらの貴族の常備軍であれ、貴族がこんな村を狙うか?

 それによって王国のキングスハンズや教皇庁を敵に回すのはリスクが大きいのではないだろうか、

 いや、それは希望的観測というものかもしれない。ケムリは首をふった。

 こんな略奪は、稀にかもしれないが、どこにでも起こりえることなのかもしれない。


「物見やぐらからの連絡では、裏門の包囲は薄い! 防衛隊が裏門から血路を開くから、その間に!」

「門がやぶれるぞおおおお!!!」 


 門の上手の村人が叫ぶ、ケムリが呆けたように村の正門を眺めていると、少しの静寂の次に、大きな炸裂音とともに、なにか巨大なものが村のなかに飛び込んできた。

 それは巨大なオークだった、緑色の巨大なオークが、大砲の砲弾よろしく村の門をぶちかまし、まるで爆発がおこったように村の門が破られ、

 オークの巨体が村に侵入してきたのだった。

 飛び散った木製の門の破片がケムリの右頬をなで、ツーっと血が伝った。


「でか・・・」

「ニンゲン、ゼンブクウ」 


 ケムリはその人間からすると常識外れの巨体を見ながらそうつぶやき、

 応戦しろと叫ぶ村人や、オークの後ろからぞくぞくと侵入してくるゴブリンをしりめに、

 くるりときびすを返して走った。


 タッタッタッタ、とケムリは走る、後ろでは村人の悲鳴が聞こえてくる。

 恐らくはオークに食われて断末魔の叫びをあげているのだろう、ケムリはあまり同情しなかった。

 もともと親に奴隷として売られたケムリに、村の人間は冷たかった。


 それにしても、ケムリは歯噛みした。

 召喚の儀式を前に、村人ごと皆殺しにされることになるとは。

 ケムリとて、今日の召喚でどんな心獣を得られるかには期待していたのだ、

 グレイドラゴンや、光精霊などを召喚できれば、キングスハンズや教皇庁に入ることすらできる、

 そこまでいかなくても、神父はケムリの心獣はそこそこのものであろうと鑑定していたというのに・・・


 しばらく走って、ケムリは教会の扉を開けた。

 ケムリがガラんとした教会内に入ると、そこでは神父が一人神に祈りをささげていた。

 ケムリはなんとなくうすら寒かった。見捨てられた神に祈ってなんになるというのだろう。


「ああ、ケムリ。来たのか、そういえば今日は君の16歳の誕生日だったね。もしかしてそれで来たのかい?」

「はい、そうです」


 ケムリは率直に答えた。

 神父はケムリの言葉を聞くと、おしだまってうつむいた。


「ケムリ、残念だが、いかに強大な心獣を招来できたとしても、生まれたばかりの心獣では・・・」

「いいんです。ただ、興味があるだけなので」

「そうか・・・ うん、そうだな。では、儀式の前置きは抜きにしよう。ケムリ、そのまま動かないように」


 神父はそういうと、ケムリのほうを向き、ケムリに手をかざして目を閉じた。

 ケムリの周りを青い燐光が包む。これが心獣の素なのだろうか。

 そしてその燐光はケムリの目の前で燐光が集まりはじめる。

 その形はずいぶんと小さい。生まれたてというのはそういうものなのかもしれないが、

 もしかすると狼なんかだろうか、ゴブリンやオークでなければ、まぁなんでもいいだろう。


「でるぞ、ケムリの心獣だ」

「これが、、ボクの、、、」


 燐光が集まり、徐々に光を失っていく。

 そしてその後に現れたのは、少女だった。

 金髪に赤い目、そしてご丁寧に黒い服を着ている。


「神父、これは?」


 ケムリはこちらを見つめる少女を無視して神父に尋ねた。


「人、だな・・・ いや人型、ではあるが精霊かもしれない」

「なるほど、オークの食事にデザートが増えたわけですか」

「まぁそういうんじゃない。ともに神に祈ろう、祈りは平等だ」

「そして神は平等にだれも助けない」

「そういうなケムリ。そうじゃなく、これは心の問題なんだ」


 ケムリと神父が言っていると、それまで黙っていた少女のような心獣が口を開いた。


「なんじゃ、子供ではないか」


 お前もな、ケムリは心の中でそう思いながら、心獣のほうに目を向けた。


「どうなっておるのじゃダハク、うん? いやそういうものか、16歳じゃったのう。いや、ふむ・・・」


 少女は何か考えているようにうつむく。

 どうなっているのかはこちらが聞きたかった、心獣って喋れるのか。

 ケムリがうつろにそう考えていると、うつむいていた少女がキっとケムリのほうを向いて指をさし、たずねた。


「では、問おう! ナンジはワシのマスターか!?」

「うん、いや、なんだそれ? まぁでもそういうことになるね」

「ふむ、わかった。 ・・・では死ね!」


 えっ、とケムリが思うのと同時に、少女の手がケムリの胸部を貫いた。




 ◇ ◇ ◇




 胸部を刺し貫かれたケムリは、力なく後ろに崩れはじめた。

 生まれたばかりの心獣に、主が襲われることがあるということも、稀にあるとは聞いていたが、

 生まれたばかりでは致命的なことになるものではない。

 しかし、例外はあるにすれ、オークに生きたまま食われるよりは、まだマシだったかもしれない。

 ケムリは薄れゆく意識の中で自嘲気味に笑った。

 そして見ると、目の前の少女も物理的に薄くなっていっていた。

 少女は自分の薄くなっていく両手を見て気づいたようだった。


「な、なんじゃこれは!? そ、そうか。主が死ぬとワシも消えるのか!! まずい、ワシ消える!!」

「お、おまえのせ・・・」


 お前のせいだろと口から血をこぼしながら言いかけるケムリに少女がかけよる。


「し、しぬな! お前はどうでもいいがワシを消すんじゃない!」


 なんて勝手なことを言う心獣なのだろうか。

 主を召喚したとたんに殺すことだけでも十分不名誉なことなのに。

 金髪の少女は倒れたケムリにかけよると、抱きかかえて呼びかけた。


「しぬな! ガキ! しぬなあああああ!!」

「だ、だからお前のせ・・・」

「くっ、シャクだが仕方がない。リザレクション!」


 少女がケムリの物理的にポッカリとあいた胸の穴に手をあててそう唱える。

 すると少女の手から赤い燐光がはしり、ケムリの物理的な胸の穴を満たすと、

 それが肉へと変わり、ケムリを瀕死の前の状態へと戻した。


「・・・っ、ぶはぁっ!! はぁっ、はぁっ!!」


 蘇生されたケムリはやっと肺いっぱいに空気を満たした。戦火のまじった焼け焦げた空気がにおってくる。

 そして同時にもとの体にもどった少女が額を手でぬぐった。


「ふぅー。ギリギリじゃったな。よかったのうガキ」

「だからお前のせいだあぁぁぁぁ!!」


 やっとまともに言葉を発することができるようになったケムリが叫んだ。


「助けてやったのになんという物言いをするやつじゃ」

「だからそれはお前の、、 いやいいよ。どうせまた死ぬんだし。もしかするとそのままオークに食われてたほうがマシだったかもな」

「うん? どういうことじゃ?」


 ケムリは少女に説明をした。神父はケムリが惨殺され、蘇生されるのを見て、また神に祈りはじめていた。

 説明をしている間にも、教会の外では村人の悲鳴が聞こえてきていたので、もしかしたら説明する必要もなかったかもしれない。


「ふむ、だいたいの事情はわかった。つまり、お前の村が魔獣どもに襲われていて、絶対絶命、おぬしは一縷の望みをかけて、ワシを召喚したということじゃな」

「いや、心獣を召喚したのは、単にボクが興味があっただけだよ。死ぬには違いない。

 16歳になると心獣を召喚するのが伝統みたいなものなんだ。そしてその伝統にのっとったことを激しく後悔している」

「そうクヨクヨするでない。おぬしのようなガキの心獣として召喚されたワシの後悔ほどではないぞ」

「やっぱり召喚するんじゃなかった」

「しかし召喚された以上、主たるお前に死なれるとワシまで消えてしまう。それは困る」

「ボクも死ぬ前にお前みたいなのを召喚してしまって困ってるよ」


 少女はアゴに手をあててウーンとうなった。その間にも外からは村人の悲鳴や家屋の焼け落ちる音が教会の壁ごしに聞こえてくる。

 ケムリが外の様子に気をやっていると、少女がケムリの胸に右手を当てた。


「ふむ、ではとりあえず状況を収拾するとするかのう。このくらいでいいじゃろう、バーキラス、サンダーエンチャント」

「え? 収拾って・・・ うっ!」

「とはいえ、お前のような無礼なガキでは心もとないので多少はワシがリードしてやる」

「お、お前がいう、、ああぁぁぁっ!!」


 ケムリの胸にあてられた少女の手から再び赤い燐光が走り、ケムリの全身の血が沸騰した。




 ◇ ◇ ◇




「ニンゲン、クウ、マダマダ、タリナイ」


 村の門を破ったオークは、撃退しようと攻撃する人間をたいらげながら、

 村の中を歩き回っていた。

 門の破壊と同時に侵入したゴブリンは津波のように村をのみこもうと村中の人間に襲い掛かり、

 民家のあちこちでは火の手が上がり村の夜空を赤く照らしている。


「ニオイ、コドモ、メスノ」


 オークはふいに流れてきた幼女の匂いに、クンクンと鼻をならすと、

 村中をグルリと見渡し、グルンと教会のほうに目線を向け、ダラリとよだれを垂らした。

 あたりではゴブリンが家屋を破壊したり、村人を石の粗雑な武器で切りつけたりしている。

 オークにとって、この村はすばらしい食糧庫だった。少々固いフタをあければ、新鮮な食べ物であふれんばかり、

 特にいきのいいのは自分から食べられにくる始末だ。


「タベル、ゼンブ」


 オークが喉をならしながら教会に向かって1歩踏み出したとき、

 教会が吹き飛んだ。

 村を荒らしていたゴブリンたちが一斉に教会のほうを向いた。


 吹き飛んだ教会は、外から砲撃でも受けたというわけではなく、中でなにか爆発したかのようだった。

 しかし、爆風や黒煙は立ち上っていなく、かわりにバリバリと青白い電流が走っている。

 そして、その中には三人の人間がいた。

 一人は腰を抜かした神父、一人は腕を組んだ金髪の幼女、オークは喉を大きく鳴らす、

 そしてもう一人は立ったまま稲妻を体からほとばしらせる青年だった。


「ぐあああぁぁぁぁ! ボクになにをしたあああっ!」


 ケムリは屋根がふっとんで広がった夜空を見ながら叫んだ。

 目からも稲妻がほとばしり、青く光っていて瞳孔も確認できない、

 しかも腕や足の筋肉が何倍にもふくれあがり、ドクドクと脈うっている。

 少女がピッと外をゆびさす。


「構わん、ゆけ!」


 少女が言うと、ケムリは教会の外をバっと向き、走りはじめた。


「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!」


 やや遠くには、村の門を破った巨大なオークがこちらにノシノシ歩いてきている。

 ケムリがボクはこんなキャラじゃないと内心思いながらおたけびを上げ、

 そちらに向かって走りだすと、

 家屋を荒らしていたゴブリンがぞくぞくと襲い掛かってきた。


「キィィィィィッ!!」

「来るなぁぁぁぁっ!!!」


 ケムリはとびかかってきたゴブリンを稲妻が走るムキムキになった右手ではらった。

 するとケムリが振れたゴブリンに、ケムリのいなびかりする右手がめりこみ、

 ゴブリンに稲妻が走ると千々に吹き飛んだ。


「なんだこれはぁぁぁぁ!!」


 ケムリは半ば狂戦士のように歩を進めていく。

 さらにとびかかってきたゴブリンの石斧をケムリは首をひねってよけると

 そのまま稲妻を帯びた手刀でゴブリンを横に両断した。

 そして次に横から走ってくる3匹のゴブリンに青く光る眼を向け、

 稲妻が走るムキムキの右手でそちらの空を殴ると、

 稲妻が宙を走ってその3匹のゴブリンを引き裂いた。


 その様子を見たほかのゴブリンたちはやっと警戒しケムリと距離をとった。

 ケムリはまたオークのほうを向き走る。

 目前に迫った巨大なオークは巨木のような右手でケムリの頭部をなぐりつけ、

 ケムリはふっとんでゴロゴロと転がると、

 すぐに立ち上がって再びオークに走る。


 オークの巨大な腕が再びケムリの頭部にせまると

 ケムリも右手でオークの腕をなぐりつけた。


 ケムリの右腕がオークの右腕にめり込み、稲妻がオークの右腕を爆散させた。


「ウガァァァッ!!」


 そしてそこからオークの全身に電流が流れ、丸焦げになったオークは絶命し、ドスンと倒れた。

 その様子を見たゴブリンたちは一目散に逃げ出した。


「これで状況は脱したかの」


 ケムリが少女のほうを向くと、少女は笑って親指を立てて見せる。

 しかしその笑顔は悪魔のような邪悪な笑みにしか見えなかった。


「はぁっ、はぁっ、これ止めろ」


 ケムリが青光りする目で少女のほうを向いていった。


「え、いいのか? ほれ」


 少女がそういうと、ケムリの目や体から稲妻が消え、もとの筋肉量に戻ったケムリはその場で気絶した。

 そして翌日、オーク以上のモンスターとして村人たちから石を投げられまくったケムリと少女は、王国第三都市のウィンザリアへと旅立ったのだった。



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