9話 魔法に似た何か
りりは所謂エスパーだ。
念力は使えるが、魔法を使ってみたいというちょっとした願望も持っている。それは、超能力とはまた別のロマンだ。
三角帽子を被って杖を持ち、呪文詠唱と共に炎を出したりする……などというゲームじみた想像に胸を高鳴らせる。
現に、アーシユルは三角帽は無くとも杖を持っている。これが、りりのワクワクを後押ししていた。
「魔法使い……ロマンだなぁ……」
「魔法使いって……魔人になる気かよ。というか、ツキミヤマはジンギ使えるのか? ステータス見たら[ヒト(78%)]とか出て、かなり意味不明だったから、使えるかどうか分からんぞ」
「ステータスとかクリアメさんにも聞いたんですけど何ですかそれ? ゲームじゃあるまいし……何かそのヒトジンギ? っていうのみたいなよく解らないアイテム他にもあるんですか?」
「それも知らないのか……これだ」
アーシユルは、肩のホルダーからレンズを取り出す。
「モノクル……かな? これで見たらステータスが見れるとかそういう感じです?」
「マルチグラスと言う。明るさの調節とかもしてくれるから、暗闇や炎越しでも見れるぞ。実際つけて見た方が早いだろう」
そう言うと、アーシユルは少し背伸びをしてりりの頭を押さえつける。
パッと行動するのが苦手なりりは、あっという間にモノクルを眼窩にねじ込まれた。
「アーッ!」
りりは思わず悲鳴を上げたが、その割には手際よく取り付けられる。
それは神業の様にも思えたが、朝にクリアメに似た様なことをされていたので、衝撃は幾分か軽減された。
アーシユルに「どうだ?」と言われ、眼窩に物がハマっている状態に違和感を感じつつも頭を上げる。
見ると、レンズ越しにアーシユルの付近に文字が浮かんだ。
ヒト(97.6%)
アーシユル(99.9%)
身長 138cm
年齢 12〜14
状態 やや興奮気味
腕力 230
脚力 340
体力 200
複合レザーアーマー
ジンギ杖 木製 白塗樹脂加工
ジンギ鉱
ジンギ鉱
文字はレンズに映っているわけではない。翻訳機と同じく、脳内に直接訴えかけてくるタイプだ。
視界に文字が浮かんでいるのがやや邪魔に思う。
見る場所を変えたりピントの調整をすると、そこの情報が浮かんだ。
「見ての通りだ。見た範囲が判る。名前とかも判っているなら名前も出る。一般に出回っている物ならその名前で出る……といった感じだ」
「違和感はありますけど、これは便利そうですね……ところで興奮気味っていうのは?」
少し踏み入った質問だが、相手が変態かどうかの判断をするために、ここは押さえる。
「あぁ、クリアメから重大任務を任されているからな。それだろう」
変態ではなかった。と、ホッと胸を撫で下ろした。
「で、ツキミヤマのだが……」
「月見山じゃなくて、りりで良いですよ。」
「おう? 名前が複数あるやつは面倒だな。えー、確かりりのステータスは……」
アーシユルはリュックのポケットからメモを取り出し、文字の読めないりり代わりにステータスメモを読み上げる。
ヒト(78%)
名称不明
身長 153cm
年齢 13〜15
状態 睡眠
腕力 80
脚力 120
体力 90
「こんな具合だ。こんなの体格以外は5歳児のステータスだぜ」
「睡眠って……ちゃんと会ったことがないのにいつ見られたんだろうって思ったら、寝てる間に忍び込んでたんですか!? ていうかめちゃくちゃですね……ステータス低すぎるのもあるけど、私18ですよ」
「18? 何がだ? ……もしかして年齢か? 嘘だろ? あたしで13だぞ!? お前、あたしより背が高いが、どう見ても同い年かそれ以下だろ!?」
アーシユルは盛大に驚く。これは、人種の差による顔つきから来るものだ。
事実、アーシユルとりりは身長差こそあれ、顔年齢に大差がなかった。
「ほら日本人って童顔が多いですから……ね?」
「日本人……りりは日本というところから来たのか? 童顔ってことはエルフの逆パターンか……と言うことは、りりは成人してるのか?」
「いえ、成人はもうあと1年少し先ですね」
「ふぅん。成る程な……」
そう言って、アーシユルはメモに文字を殴り書いてゆく。
「とりあえず説明はしたけど、判らない事があればその都度聞いてくれ。あたしは考え事があるから、馬宿までこれでも食っておけ」
「ありがとうございます」
アーシユルはリュックから無造作にパンを取り出し手渡した。
りりは礼を言って、パンを少し払ってから口にする。
普通、空腹時は何でも美味しいと感じるものだ。
だが受け取ったパンはモソモソとしており、りりの味覚ではあまり美味しいとは感じられなかった。
パンを食べながら、ブツブツと何か言っているアーシユルに着いてゆく。
結局、水はともかく食料の事はちゃんと聞けていない。
だがアーシユルが何も言わなかった以上、多分大丈夫なのだろうと任せる事にした。
ただ歩くだけというのも暇なので、マルチグラスと呼ばれるモノクル越しにあちらこちらを見渡す。
見れるのは表面的なものばかり。
道行く人達からは、筋力、年齢、身長、状態(普通、貧血気味、膝に不調あり)、人種等。
今のところ、亜人はエルフを1人見かけた程度だ。
生きるファンタジーの発見にテンションは上がったが、物珍しさに喜んで駆け寄るなどという、不躾かつ目立つ事をするのは危険だと判断し自重した。
建物や装備品に目を移すと、材質や商品名が出る。その名称はりりの知らないものばかり。
もういいや。と、モノクルを外し、鞄からスマートフォンを取り出して見てみる。
全然触っていなかったが、流石に何日も充電していない為、バッテリー残量が2%まで減っていた。
アンテナは立っていなければ時間も合致していない。その上、充電する為のコンセントも無いので、もうじきこれはただの板に成り下がる。
せっかくなので、記念に1枚だけ城を撮っておこうと、振り返りって写真を撮った。
カシャという聞き慣れない音に、アーシユルが不思議そうに振り返る。
「なんの音……なんだそれ!? 城が綺麗に!? 絵? いやそれにしても……」
「あー、写真と言ってですね、風景とか人とかを写して保存しておけるんですよ。ほら例えばこれが私の母です」
スマートフォンをアーシユルに手渡し、覗き込んで反対側から操作して見せる。
アーシユルは未知の物に触れるという好奇心で、一気にテンションを上げた。
「おお!? やはり異国人! いや異世界人か!?これはあたしでも操作でき……出来る!」
直ぐに見て覚えたアーシユルは、目を輝かせてスマートフォンの写真フォルダに入っている画像をめくっていく。
出てくるのは、東京に来るまで一緒に暮らしていた家族の写真を始め、母校でバカやっていたクラスメイト達、ゲームセンターや水族館で遊んでいる写真など様々だ。
ほんの少し前まで会え、行き来も出来たそこに手が届かなくなっているという現実に、少しばかり目を潤ませる。
そこでバッテリーが切れて画面が暗くなってしまった。
「おい黒くなったぞ!」
「バッテリーが切れちゃいましたね」
「バッテリー?」
「これは貯めた電気で動いていて、その電気がなくなっちゃって動かなくなったっていう事です」
りりは大きく溜息をつく。
スマートフォン依存症ではないものの、これは今や数少ない大事な所持品だ。
それがただの板になったのだから少なからず落胆する。
そんなりりに、アーシユルは不穏な言葉を放つ。
「電気があれば良いんだな?」
そう言うとアーシユルは胸のホルダーからヒトジンギを取り出し、留め金を外して開く。
「ついでだ。試してみろ。そこに指を突き刺して、掘ってある文字を血で埋めるんだ」
「いやでも怖いし……それに電気と言っても……」
アーシユルの手により、おどおどとしていたりりの親指にジンギ鉱の棘がブスリと突き立てられる。
「いっっっったぁ!!!?!?」
りりが痛みに怯んでいると、アーシユルはスマートフォンを取り上げ、それを地面に置いた。
そのままスマートフォンに向かって、りりの血で文字が埋まったヒトジンギを向けると……!
何も起こらない。
「ダメみたいだな。りりは亜人と同じでジンギが使えないってのが解ったな」
アーシユルは、ジンギの術式溝に着いた血を、取り出した布でゴシゴシと拭う。
そこへ、新たに自身の血を塗りつけてからスマートフォンへと向けた。
「ちょ!? 電気は弱いのじゃないとダメなんですよ!」
止めようとするのだが、電気と聞いて迂闊に止めることが出来ない。
ジンギというものがどういうものなのか判っていないのも大きかった。
「大丈夫。これがまさにその弱い雷撃だ」
「違うくて……」
そもそも、アーシユルは電気ではなく雷撃と言っている。
どう考えても充電の出来るような "電流" ではないし、仮に電流だとしても確実に規格を外れる物だ。潰れるのは目に見えている。
案の定、バチッと放電音が鳴り、ちょっとした閃光がスマートフォンを襲った。
続けてもう2回音が続く……。
スマートフォンは念入りにトドメを刺された形になり、りりはその場にガクリと膝をついた。
「これでいいんじゃないか?!」
どうだ? といわんばかりにアーシユルは振り返るが、りりは否定を返すしか出来ない。
「ダメです。寧ろ、多分今ので壊れました」
「なんでだ! どこも壊れてるようには見えないぞ! と言うかりりが電気って言ったんだろ!」
アーシユルは、納得がいかず抗議の声を上げる。
りりは確かに電気とは言ったが、話を最後まで聞かずに早とちりしたのはアーシユルだ。
その上、行動までが非常に素早く、それを否定をする前に事は終わってしまった。
クリアメもアーシユルもせっかちのようだ。と、溜息を吐いて空を見上げる。
この国の人全員がそうなのか、この2人だけなのかという判断は、今のりりには出来ない。
が、事実として、アーシユルによってスマートフォンは使い物にならなくなった。
コンセントやそれに見合うものがないのだ。当然、充電などという概念もない。
この大陸の人々にとって、電気は流れるものではなく放つものだったのだ。




