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月見山りりはヒトデナシ  作者: ふる里みやこ
ゼーヴィル編
81/208

81話 厳しい親切

 



「シャチさん、来ました」

「はやいな。もっとかかるものと、おもっていたぞ」


 昨日戦った空き地に行けば、何をするわけでもなくシャチが仁王立ちでりり達を出迎える。

 何でもないようだが、そんなことができるからこそナイトポテンシャルを使いこなすことができるのだ。


「シャチさん。私、あれから考えて、結局ハンターやろうと思うんです……でも、いくら魔法が強くても私自身が弱いんです。戦闘慣れをしてないんです……だから、模擬戦してくれませんか!」


 決心をして言い放つ。

 この世界では弱いままいることは出来ない。これはシャチのくれた絶好の機会なのだ。


「わかっているな。ぜんりょくだぞ」

「え、それ有効のままなんですか!?」

「あたりまえだ。さあ……やろうか」


 シャチが構える。それだけで凄まじく威圧感が増す。

 戦闘はいきなり始まるものだ。それを一声かけてくれるだけシャチは優しいと言える。




 シャチが突撃する。記録持ちの陸上選手もかくやという速度だ。

 しかし、りりとて心の準備は少しばかりだがしてある。この速度も一度は見ている。対応は可能だ。


 持ってきた鞄を後ろに放り投げ、直ぐ様正面に壁を展開して固定。

 シャチはそれを殴って壁の位置を把握すると直様回り込む。

 ここまでは昨日と同じ。

 だがここからは違う。否、変えなければ先に進めない。


 壁を斜めに展開すると、拳は斜めに逸れ、シャチは軽く体勢を崩す。


「む?!」

「今回はこっちからも攻めます!」


 念力でナイフを作り出す。全力で来いと言われたのだ。

 とりあえず1本。

 念力を一瞬で展開できてしまうりりだが、シャチと肉薄しているこの状況では、この程度の物を作り出すくらいしか出来ない。


 シャチは逸れた体を捻り、横にステップを踏み姿勢を立て直し……また距離を詰める。

 流れるような動きだ


「このくらいなら、まだ、かたいまりょくは、はれないはずだ!」


 魔力を見ることが出来ないにもかかわらず、シャチは洞察力のみでこれを看破する。

 そして、その上で頭から飛び込んで、体当たりを仕掛けて来るのだ。質量が大きすぎて、咄嗟に作った程度の壁では、斜めに張ったところで逸らすことは叶わない。


 ならばと、不可視のナイフをシャチとの間に構える。

 構えると言っても、手に持っているわけではない。

 既に、りりの目と鼻の先までシャチが迫っていた。ナイフを空間固定する暇はない。


「やああああ!」


 仕方がないので、そのまま念力ナイフを手に握り斬り下ろす。

 急造で作ったが切れ味のない念力ナイフは、シャチにぶつかるも切る事は叶わない。

 強引に切り抜こうとするのだが、逆にりりの体が弾かれてしまう。

 しかし、弾かれたおかげで、シャチの体当たりはカスる程度で済んだ。直撃を受けていれば吹き飛ばされて骨折……どころか、最悪死にかねない。

 シャチの突進はそれほどのものだ。


「これが、エナジーコントロールのナイフか。きれあじは、よくないようだな」

「ですね。だから本物を借りてきました」


 仕切り直しだ。

 念力を使用し、鞄から幾本ものナイフを取り出す。

 以前、アーシユルから貰い受けたサバイバルナイフが1本。更に、借りた投擲用のナイフが4本。

 それらを念力でコントロールし、空中で乱舞させる。

 動かしてはいるものの、掴んでいるだけで物の形を作るわけではないので、消耗も集中力も大幅軽減で扱えるのだ。


「きょくげいだな」

「ちょっとだけ宿の裏で練習しましたけど実践は初めてです」

「かまわん。つぎは、りりからこい」

「はいっ! ……いやああああ!」


 深呼吸をし、掛け声をあげ、5本のナイフと共に突撃する。

 同時に、足が浮く感じがして、これからは走る練習もした方が良いと戒めた。


 4本を、前方の四方に配置し、先行させる。

 本命は当然中央に配置したサバイバルナイフ……と、思わせて、本当の本命は手に握る、不可視の念力ナイフだ。これは練る時間があったのでちゃんと切れ味を持っている。


 先行させた四方のナイフは、シャチのサイドステップとターンを組み合わせた、腕と尾のなぎ払により、纏わせていた念力ごと散らされてしまった。

 いくら牽制用とはいえ、ワンステップて全て無効化されてしまえば牽制にならない。


 足を止め、薙ぎ払われたナイフを回収しようと魔力を飛ばす。

 ナイフを使用した策を再度策を練るのだ。


「こうげきしているときは、それをやめてはいけない」

「え?」


 一瞬ナイフに目を逸らしただけだが、その隙きにシャチが既に肉薄していた。


「ひぃ!」


 シャチの拳が薙がれる。

 咄嗟にしゃがむと、拳は頭上を通過してゆく。

 間一髪だと思った瞬間、シャチがその場でターンしだすのが見えた。丸太のように太い尻尾が来る。

 咄嗟に、わざとその場で前方に倒れこみ、壁を下から上に、斜めに展開した。

 硬化も固定もする余裕はない。


 ギリギリのところでシャチの尾は壁に擦るような形で逸れ、りりの頭上を通過する。

 ホッとするも束の間。ターンを終えたシャチの右足が、りりの背の上の壁に乗った。


「このかべは、かたいやつか?」


 ゴクリと喉が鳴る。圧倒的だ。

 サバイバルナイフも、りりが尾を交わしている間に、シャチに奪われてしまっているので、使えるのは手に持った念力ナイフだけなのだが……なにかしようとする前に背中の上の念力壁を踏み抜かれて終わりだ。

 端的に言うと詰みになる。


「いえ……負けました」

「ここまでだな」


 そう言うと、シャチは足を退けてその場で胡座をかいた。お説教モードだ。

 りりもシャチの正面に正座しつつ、念力でナイフを回収してゆく。




「しってのとおり、そして、みてのとおり……おれはつよい」


 自慢のように聞こえるが、まぎれもない事実だ。


「そうですね……念力が使えるなら、と酔ってました……まさか、かすり傷も付けられないなんて……」


 投擲用のナイフをなぎ払った時ですらナイフの刃で切れないように、逸らされて当てられていたのだ。化け物じみた動体視力を前に手も足も出ない。


「あいしょうさだ。おれは、おまえはつよいと、おもっている。タコビトを、たんしんでたおすなど、ふつうはできない」

「あれは殴ってこなかったからだと思います」

「だから、あいしょうさなのだ。りりは、こうそくせんとうによわい。きしゅうによわい。たかくこうげきによわい。じかくしろ」

「そう……ですね。はい。確かに」


 それは[竜の爪]戦で存分に味わったものだ。

 遠距離の炎はどうにでもなった。しかし、次の槍の奇襲は防げなかったのだ。

 次の水は死角からの多角攻撃に当たる。これは浴びるまで気づきすら出来なかった。

 トドメはタイムラグの殆どない、連携の電撃。


 初撃以外の尽くを受けたのだ。ちゃんと意識を配って、一つ一つに用意さえできていたなら全て防げたであろう攻撃だが、それもうまく行けばの話。

 相手はライセンスを取り上げられてしまったとは言え上級ハンターだった。そんなりりにとって都合の良い状況が許すはずがない。


「つまり、りりは、せんとうけいけんがたりないのだ。あっとうてきにな」

「はい……生まれてこの方、戦ったことなんて皆無に等しいです」

「……りりは、かんきんでもされていたのか?」


 シャチの疑問は、この世界に生きる者にとっては当然のものになる。

 直接的に戦いのない世界というものが理解できないのだ。


「いや、文化というか……人間って、住む場所によっては天敵が居ないんですよ。だからこう……人によっては体を鍛えたり他者と戦ったりする必要がないんです」

「しんじられないが、あのたたかいぶりだと、ほんとうのようだな」

「そんなに酷かったんですか?」

「ああ」


 素直に言われ、ガクリと肩を落とす。


「きんきょりがにがてなのに、きょりをとろうとしない。そのうえ、わなをしかけるわけでもないのに、うごきまわらないから、おれがずっとたたかいやすかった」

「あー……攻められだしたらもう防御のことしか考えてませんでしたね」

「そして、こうげきだ。たかくこうげきはよかったが、どうじだったから、かんたんに、なぐことができた」


 では、時間差で行えば良かったのかと言えばそうではない。

 シャチなら時間差があろうと、全て薙いでいたはずだからだ。


「そして、せめているのにこうげきをやめた。これが、ちめいてきだ。せんとうとは、あいてのいやがることをすることだ。こうげきをやめるなど、あほうのやることだ」

「阿呆って……いや、でもそうですよね。勉強になります」


 シャチの……いや、師匠の言葉を受け止めてゆく。


「さいごに、しゃがんだのがさいあくだ。あまりのうごきに、ぎゃくに、けりがでなかったほどだ」

「……あ、そうか、あそこで蹴られてたら……」


 もしもターンついでにシャチが蹴りを放っていたなら、確実にあの丸太のような巨大な足が顔に入っていただろう。

 となれば十中八九、頬、顎、鼻の骨は砕ける。シャチの蹴りにはそのくらいの威力がある。


 ゾッとする。りりが逆に戦闘の素人だったのが功を奏していたのだ。


「でもシャチさん。私、どうやってもシャチさんに勝てなさそうなんですけど」

「むりだ。りりだけでは、おれにはかてない」

「可能性もないんですか?」

「さあな。すくなくとも、いまはゼロだ」

「ゼロ……」


 1%でもあるならともかくだが、シャチの見込みでは昼での陸上戦ではまず軍配が上がらないと見て良い。


「りりはハンターギルドのやりとりがおわったら、ここをたつときいた。おれはこのまちにいる。あいたければ、あいにこい」


 りりは立ち上がり、腕を顔の前で交差させ、それを腰のあたりまで、勢いよく振り下ろし、例の言葉を言い放つ。


「押忍!」

「うん?」


 ノリで押忍などと言ってみたが、やはり通じなかった。


「いや、何でもないです。それより、もう一度お手合わせ良いですか?」

「いいだろう。ではいくぞ」

「え?」


 シャチは、胡座の体勢から片手を地面に着き、足を解いて流れるように足払いをかける。


 奇襲だ。

 りりは咄嗟にジャンプして躱す。

 しかし、このままではまた攻撃の主導権を握られてしまう。

 シャチの上を行かねばならない。


 ジャンプ中に小さな足場を作り出し、それを蹴って空中でバックスップをする。

 空中で動けるのはりりの特権だ。


「そうだ。そういううごきだ。しかし、なにもないと、むいみだぞ」


 そう。躱しただけだ。繋がるものは何もない。

 なので、やはりナイフを展開する。先程と同じ様に四方と中央にだ。

 アドバイス通り、1本づつ突撃させる。

 その間に見えないナイフを1本生成した。

 牽制している隙きに硬度を高める。


 そんな中、シャチはお構いなしに正面から突撃する。避けようとする意思は感じられない。

 その速力のまま、時間差の投げナイフは全て1本づつはたき落としてしまった。

 シャチ相手に小手先の時間差攻撃など意味を成さないようだ。


 シャチが迫る。

 1歩下がり、浮いていたサバイバルナイフを手に取り、上段で構えた。


 ナイフというものは突きに特化している。

 りりの持っているのは、通常のナイフよりは大型で切れ味も良いサバイバルナイフ。

 とは言え、わざわざ切る構えを取るというのは愚策だ。


 しかし、その間にナイフを更に1つ生成して固定する。

 硬さは要らない。固定する場所は、りりとシャチの間。つまり、不可視の念力ナイフによる攻性防御だ。


「ぐおっ!」


 シャチがまんまと設置していたナイフに刺さる。初ダメージだ。

 負傷箇所は左肩。


「隙あり!」


 ノリで言ったものの、りりの動きの拙さではシャチの小さな隙きは突けない。駆け寄る一瞬の間に隙など消えてしまうだろう。

 しかし、隙きがないなら作れば良いのだ。


「むっ!?」


 シャチの尾にナイフが刺さる。

 りりの念力ナイフが、回り込んで裏を取ったのだ。


 シャチは何事かと振り向く。

 しかし、そこには何も無いように見えた。


「まほうか!」


 動揺から、小さな隙きは大きな隙へと成長する。

 そんなよそ見をしているシャチに、渾身の力でナイフを斬り下ろした。

 もはや策はない。これくらいがりりの精一杯だ。むしろ、咄嗟にここまで出来たというのが奇跡にも近い。

 一撃で終わらせなければ、戦闘経験のなさから次の手が出ないのだ。


 そんなりりに、シャチは視線だけをよこして……。


「やるな」


 そう一言いって、ニヤリと笑い、その大きな片手でりりの腕を掴むと、そのまま地面に叩きつけた。


「がっは!」


 胃の中の全てが口から出て行くかのような衝撃がりりを襲う。

 赤子の手を捻るかの如く、易々と地面に背中から叩きつけられたのだ。

 りりは後はもう海老反りになって苦しむだけだった。




 りりが苦しみ終わったのを見計らってシャチは喋りだす。


「わるくなかった。あともう2てほど、あるとよかったな」

「いや、もうこれ無理です」

「りりは、あたまがいいのか、わるいのかわからんな。いったことを、すぐにじっせんしてくるとおもえば、すこしたりないとかな」

「必死なだけですよ……」


 ワンピースも汚れてしまったが、着ていて理解したことがある。それは、この服は戦闘には向かないということ。

 当たり前と言えば当たり前だが、叩きつけられただけで少し破けてしまったのだ。


「あちゃー。穴空いてる。代えの服が要るなぁ」

「けがはないか?」

「打撲とかはありますけど、それ以外は怪我なしです」

「ならばここまでだな。たのしかったぞ」


 笑顔そのものはニヒルに見えるが、シャチの顔の模様がキュートでイマイチ格好良くは見えない。

 感じるものは可愛さか雄大さだ。


「いえ。それよりシャチさんの尻尾刺しちゃいましたけど、そっちの方が心配です」

「おれは、[つきをせおうもの]だぞ。夜になれば一瞬で回復できる」

「そうでした。では、ありがとうございました」


 感謝の念を込めて、お辞儀をする。


「アーシユルがいろいろやってくれているので、多分明日までにどうにかなるので、その後ここを発ちます」

「またな」


 そう短く言って、シャチは去って行った。




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