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月見山りりはヒトデナシ  作者: ふる里みやこ
ゼーヴィル編
71/208

71話 第2ラウンド 恨みの全力

 



 蛸人は瓦礫の中でヒトに囲まれ、僅かではあるが焦りを見せる。それは、りりの四肢をそれぞれ一本ずつの触手で締め上げて盾のように構えたところから見て取れた。

 だが、締め付けから拘束へと移行したことにより、りりに余裕が生まれる。

 感涙により毒墨が洗い流され、痛みはあるもののわずかに視界が戻ってきた。

 これで妨害なりなんなり出来ると、戦いへと集中を始める。


「シャチさん! 私は念力で全力防御するので遠慮なくやって下さい!」

「ちょっと待て、おまえりりか!? なぜ蛸人と居るんだ!?」

「騙されたの! 詳しくは後で話すから!」


 アーシユルの視界では、ホコリまみれの中で蛸人が誰かに絡みついている以上の情報は無かったのだが、声が聞こえたことによりそれが誰か判明する。

 同時に、りりの全力防御というものがどういうものかを理解もしていたので、直ぐにそれを加味した戦略を組み立て始めた。


「だが、たこびとあいてだ。おれも、ながくはもたんぞ」

「えぇ!?」


 シャチの意外な答えに、りりは驚きを隠せない。




 シャチはナイトポテンシャルという魔法を誰よりも巧みに操り戦う魔人なのだ。

 その強さは他の誰よりも知っている。

 名の通りそれは夜にピークを迎える魔法だが、日中でも使えないわけではない。それを加味しても、りりはシャチに軍配が上がると考えていたのだが……そうはならない。

 シャチが生物としての頂点ならば、蛸人は怪物としてその上に君臨する。

 少しばかり世界の裏の(ことわり)を手に入れたところで、全身筋肉の、力が形を手に入れたような存在には及ばないのだ。




 シャチが拳を振りかぶって叩き込もうとする。

 それは細い柱程度のものなら簡単にへし折ってしまう程の重量の乗った拳だったが、蛸人の擬態手により易々と叩き落された。(あまつさ)え、弾いた力が強すぎてシャチがよろける始末。

 更に、踏みとどまったシャチが腕を薙ぐのだが、蛸人はりりを掴んだままで4本の足しか使っていないにも関わらず簡単に避けてしまう。


「ぬぅぅ……これほどか。これでは、よるでもまけるかもしれんぞ」


 当たり前といえば当たり前なのだが、全身が筋肉で出来ているかのような存在が遅くて非力なわけがないのだ。

 ただ、蛸人の見た目からはその筋量があるようには見えないので、なまじナイトポテンシャルを使えるシャチにはその強さが魔法のように映る。

 と、シャチはそこで違和感を感じた。


「む? こやつ、ておいか? やれるやもしれん」


 擬態部分、だらりと下がった左腕を見ての感想だ。

 そこはりりの変形した念力ハンマーが抉った部分であり、蛸人の最大の力を繰り出せるはずの擬態手の片方だ。

 シャチからしてみれば、それは折れた剣を持ったヒトのようなもの。あるいは、りりから魔法をとったようなもの。

 つまりは大きなアドバンテージになる。それはシャチの気も大きくさせた。


 毒墨の影響でりりからはぼんやりとしか見えないが、拘束された自身が激しく動き、シャチの太い拳が風を切り、幾度もの肉を叩く音が聞こえて来ている。

 シャチのラッシュだ。

 となれば、りりのすることは蛸人の邪魔だ。

 念力を用いて蛸人の逃げる方へと壁を作り、シャチの拳がより入りやすくする。

 それでいて、自身への防御は最大限に。でなければシャチが思うように動けない。


 と、そんな事をしていた時、りりは初めて蛸人の左腕が負傷している事に気づいた。

 当初は無かったその傷。それが歪な念力ハンマーにより負った裂傷であるということは傷口を見れば判る。


 有効なのは打撃ではなく刺突。尖ったハンマーで付けた傷なのだ。間違いない。

 斬撃も効きそうなものだが、軟体である蛸を切ろうとすると自然と固定が必要になってくる。

 まな板があるのならともかく、動き回っている蛸人を固定して板に押し付けるのは難しい。

 ましてド級の怪力だ。押し付けるのは不可能。斬撃は効果がない。


 刺突攻撃に絞りこみ、一時妨害を中断し、精神を集中させる。

 念力を圧縮し、小さく強靭な釘を作り出す。


 一方で蛸人は、困惑とともにシャチから距離をとっていた。

 逃げようとすると見えない何かに邪魔をされてむざむざ拳を受けていたことに対する警戒からだ。

 まさかそれが四肢を拘束されて文字通り手も足も出ないハズの非力な人間が噛んでいるなどとは思いもしない。

 構えるだけ構えてじっとする。


 それが致命的だとも想像も出来なかったのだ。


 りりがその止まった蛸人の、擬態部分ではない本来の目の方に照準を合わせ……。


「ふん!」


 意を決し、釘を念力ハンマーで叩き込んだ。




 シャチと蛸人の戦闘を遠巻きに見るしか出来なかった人々が目にしたのは、突如(くぼ)み、裂け、破裂する蛸人の左目だった。


「やった! ざまぁみろ!」


 騙した恨み。窒息させられそうになった恨み。足を食われた恨み。思いっきり殴られた恨み。

 恨みが入ればりりは鬼になる。

 元は優しい分、後で反動が来ることになるものの、それでもその時ばかりは二本角音声変換器がよく馴染むのだ。




 蛸人は暴れた。声帯が無いので悲鳴は上がらない。

 流石に目が潰れたとあっては、獲物であるりりを捨て去り逃げの一手に入る。

 だがシャチはそれを許さない。

 力や瞬発力では負けていても、単純な走力だけならシャチの方が上だ。

 しかも左腕からの出血でどんどん動きが悪くなってきている。逃げ切れない。

 それでも他の点ではまだ優れている。徐々に町の外へと移動してゆく。




 人々は蛸人の全力の攻撃など受けてしまえば最悪死にかねないので、飽くまで遠巻きで牽制するのみだった。シャチの戦闘の邪魔になるというのもある。

 そんな人々の一部の視界に信じられないものが浮かんだ。


 魔人だ。

 海風を受けながら、どんどんと空に浮かんでゆくのだ。


 1人が見上げれば他も見上げる。他が見上げれば周りも見上げる。

 その場の全てのヒトの視線を集めた先で魔人は怒りを込めていた。


 せっかく下半身麻痺より復帰したというのに、その矢先に足が食われた激痛で歩けない。しかもそれが他者を助けようとした善意を踏みにじられた結果でなっているのだから怒りもひとしお。

 その怒りを、恨みを、動けないなりに自身の全力を持ってして叩き込もうというのだ。


 作り出すのは半円状の刃。

 狙うのはどこでもなく、ただ当たればいいというただそれだけ。

 カスっても大ダメージ。真芯に捉えれば一撃必殺。強いて言うならばそれが狙いになる。


 念力の射程ギリギリから蛸人の周囲に壁を作り出し逃げられないようにする。

 蛸人は見えない何かにぶつかるというのは経験済みだが、それは迂回すれば回避できるという経験を積んでいるので、不思議とは思いつつ焦りはしなかった。

 しかし、それが四方にあるのだと気づいた時、いよいよ焦る。

 壁があるというのと、壁が現れるというのは全く違う現象だ。あったのであれば、袋小路に入ろうと戻れば脱出できるが、今そっちから来たその場所に壁が現れており戻れなくなっていたのだ。

 こうなれば蛸人はまるでパントマイマーのように実体のある壁を用いて混乱を、そして自身の危機を、終わりを辺りに告げる。


 当てられることを確信し、りりは自身を掴んでいた念力を解除し自由落下を始める。

 同時に蛸人の周りの壁を解き、柔らかいクッション状のものに変質させて敷き詰めた。

 固いものよりも調節が必要な柔らかいものの方がエネルギーを使う。これにてりりの魔力は枯渇する。


「ああああああああああ!!!」


 恨みを多分に乗せた決死の叫び。

 その声で蛸人はようやく上空のりりを発見する。

 しかし、蛸人は擬態手を上に構えて弾こうと腕を振りかぶる。


 空を向いていたギャラリーの視線を全く意に介さず、存在に気づいたところで慌てずに振り払うだけで十分。それが強者故の考え方だった。

 実際、落ちてきているのは足に傷を負っただけの、武器一つ持たない生身の少女にしか見えない。それが致命的な間違いだとは気付かない。

 今まで見えない何かに阻まれ続けたという経験は活きなかった。


 叩き払おうとした腕は少女に当たる前に真っ二つに割れ、その痛みと違和感を感じきる前に擬態の大部分が切り裂かれた。


「ぎゃあああああ……ッ、あっ……あぁ!」


 悲鳴の持ち主はりりだ。

 高所からの質量落下にクッションだけではこらえきれずに肩から地面に落ちたのだ。

 威力は軽減されたものの、当然のように肩が脱臼し、悲鳴を持ってしてりりの全ての魔力が霧散した。


蛸人は痛みにより大いに暴れる。

りりのギロチン攻撃により、擬態部に秘めたパワーの殆どを失った。

だがそれは戦力と生命力の低下でしかない。蛸人の重要器官は全て下半身に集中している。

攻撃用の半身の半分が裂かれた程度では、暴れさえしていればまだそこらのハンターでは手を出せない程度には危険なのだ。


りりは肩を脱臼して(うずくま)っていたので、当然のように巻き込まれて吹き飛ばされる。

不幸中の幸いか、その衝撃で外れていた肩がハマった。


地面に叩きつけられ転がり、それが誰かに受け止められる。アーシユルだ。


「大丈夫かりり! 足と……あぁもう色々やられてるな。可哀想に……だが待たせたな、あたしがなんとかしてやろうじゃないか」

「うん……気をつけてね」

「あそこまで弱ってるんだ余裕だぜ」


そう言うアーシユルが手に持っているのはヌラりと濡れた諸刃の直剣。その柄部分には2枚のジンギプレートがはめ込まれている。

りりの目にはそれが聖剣を持つ勇者のように映った。


「炎剣ッ!」


起動されたジンギより小さな火種が起こり、濡れた短剣の刃に炎が纏わり付く。刃のテカリは油だったのだ。

アーシユルは名乗りを上げる。


「いいか! 覚えておけ! あたしは[鉄塊]のアーシユル! 得意の投擲……投げるのは……鉄塊だけじゃっ……ないぜっ!」


数歩前に踏み出し、やり投げのような要領で身体をしならせ、美しいフォームでもって炎の直剣は投げられた。同時に、アーシユルは前方にむかって駆け出した。


炎剣は美しい放物線を描き飛び、ジタバタと暴れまわる蛸人の腹に刺さる。先程りりが割いたまさにその場所だ。

蛸人は襲いくる激痛と熱に一瞬だけ身体を硬直させた。

そこへ、狙いすましたかのようにアーシユルが身体のバネを使って飛び上がり……刺さった剣に全体重を乗せる。


「うっらあああああ!!!」


掛け声とともに、炎剣は勢いよく叩きつけられ振り抜かれた。

蛸人は、後ろ皮一枚だけを残して完全に真っ二つになり息絶える。


「へっ。体重が軽いならこれくらい出来んとな。あたしは素早いだけじゃないんだぜ?」




一呼吸して歓声が上がった。蛸人はそれほどに大物なのだ。

数もそこそこ、強さはド級。

さらに弱点が下半身という戦いにくさな上に容易く水辺に逃げられるということからくる討伐難度。


それをたった3人で。

しかも、人魚の頂点とも言える程の体術に、魔人の摩訶不思議な攻撃、二つ名持ちのハンターによる最高のパフォーマンスで仕留めたのだ。

野次馬や手を出せないでいたハンター、そして騎士ですらも歓喜の声を上げる。

りり達は町一番の英雄になったと言っても過言ではなかった。


その中でただ1人、違う意見を持つものがいた。




「魔人さん。痛がってる所悪いんだけど、あのデカイので突っ込んできたのアンタだね?」


定食屋の女主人だ。


「え……はい? あ、そうです」


 デカイのとはグライダーの事だ。

 毒墨の痛みと足からくる激痛は相変わらず。しかし声を出せないほどではない。

しかし、女主人はお構いなし。


「そうか。じゃあ弁償しておくれ。金貨3枚って所だね」

「はい……はい? 金貨3枚?」


 日本円にして3万円。

 しかしそれは単位を合わせたらという話。

 物価的に考えればその10倍程。当然そんな大金持ち合わせていない。


「あ、あの。持ち合わせが……」

「持ち合わせ? 持ってないってことかい? じゃあ働きな。働いて返すんだ」

「……アーシユルぅ……」


 りりはアーシユルに、すがる思いで訴えるが……。


「……もうちょっとゼーヴィルに留まる事になりそうだな……」

「だよねー」


 実際に怪我もしたのだ。

 今日中にドワーフの村に旅立つのは無理だった。






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