6話 頭がパンクしない程度の情報
謎の大男。
りりはこれを神を自称する変人だと思っていたのだが、実際に大男は言葉通りにりりを転移をさせてみせた。
その事から、大男は神……もしくはそれに準ずる者。と、とりあえずそう判断する。
あれが神ならば日本に戻れるかどうかの情報くらいは持っていただろう……そう思うものの、結局は独特の勢いに押し切られてしまい、それらは聞けないまま終わってしまった。
とにかく神の言う[元居た場所]というのが日本なのか異世界なのか……。
疑問を解消しようと、ゴム状の目隠しを外した……が、そこは城の一室。神子の部屋だった。
「ですよねー!」
流れから[元の場所]が日本を指さないことは理解していたが、もしかしたら……? くらいには考えていたりりだ。少しがっかりとしてしまう。
だがその反面、それはもう少しこの世界を見て回れるチャンスであるとも考えた。
そんなりりを、クリアメと位の高い女性……神子が出迎える。
「ああ、ツキミヤマおかえり。1時間くらいしか経ってないのにもう言葉が通じるようになったのね」
「あ、ただいまです。お陰様でなんとか」
クリアメの声が、問題なくスラスラと聞き取れるようになっていた。
もっとも、音声変換機に通る前の言葉は意味不明のままなので、りりが直接言語が判るようになったワケではない。
りりの反応を見て、気を良くした神子が胸を張って話し出す。
「ええ、我等の神様でおられますからね。長きに渡って言葉の通じない者が居なかっただけで、昔は時々このような事をしておられたのです」
「あ、あの馬鹿みたいに大きな人、本当にただ神を自称してるだけじゃなかったんですね」
りりの迂闊な発言に、神子は眉間にシワを寄せ睨みつける。
その視線は憎悪を含んでいた。
「馬鹿と言いましたわよね? 我等が敬愛する神を馬鹿と?」
「え、いやいや、違います違います! ただそういう言い回しなだけで馬鹿にしてるわけじゃないんです! ごめんなさい!」
軽率だったと反省し、慌てて頭を下げる。しかし、神子の怒りは収まらない。
音声変換器で言葉は通じれど、その受け取り方までは対象外だ。
そもそも言語系が違うので、同じ言葉でも意味合いも変わってくる。
りりは、それを早速実感した形となった。
「そんな言葉で騙されま……」
「まあ落ち着け神子様。多分これはエルフ達の言い回しのそれに近いと思うんだ。例え話と言うものだ」
怒りを顕にする神子にそう言いながら、クリアメは遠慮なく神子の腕を絡め取る。
りりはその光景に唖然としつつ、神子は本当に偉い人なのだろうか? という疑問を浮かべた。
無礼にも見えるクリアメの対応だったが、神子は少し冷静さを取り戻す。
「……馬鹿にしたわけではないのね?」
りりは激しく頭を縦に振る。
神子は眉間にシワを寄せて睨みつけていたのだが……感情を落ち着けるための溜息を吐いた。
「……今は許しますけれど、次からそのような言い回しはやめてくださるかしら」
「はい、ごめんなさい」
改めてりりが謝罪したことで、ようやくクリアメは神子を解放する。
神子はあまり動じた気配を見せない。それは2人の信頼関係を感じさせた。
一息つき、いよいよ、日本人たるりりと、異世界人たるクリアメと神子との間で情報交換が行われる。
「さて、では貴女は何者なのかしらね? 我等、いえ、この大陸の言葉が通じないのは何故かしら? 海の外のヒト……いえ、貴女はそもそもヒトなのかしら?」
「あー、それは私も気になるところだね。どうなんだいツキミヤマ」
2人からの質問の情報量に早速頭をパンクさせる。
りりの持つ常識はまるで役に立たないので、ひとまず情報収集に徹する事にした。
「えーっと……まず、私は多分なんですけど、海の外とやらの人間じゃないと思います。パラレルワールド、つまりあなた方にとって、私は異世界人? に当たるのだと思います」
飽くまで「そう思う」という部分を強調しつつ、思った事をそのまま包み隠さずに話す。
知りたいことがあるのならまずは自分からと、そう考えたからだ。
「パラレ……? 何かしらそれは?」
「知り合いのエルフから聞いた話にあったね。この世界……海の外や地の中、空の果て以外にも別の似たような世界があるんじゃないかっていう……哲学っていうやつだね」
クリアメは「飽くまで空想話だけどね」と続けた。
「それですそれです。というかさっきからエルフが居るって事は、ゲームみたいなファンタジー世界なんですかここ!? 魔法とかあるんですか!?」
りりは目を輝かせる。
魔法。それはエスパーにとっては近く遠い存在だ。
魔法という存在そのものは、有るか無いかで言えば有る。と、りりはそう考えていた。
だが、エスパーや魔法使いという概念的なモノとは違い、エルフとなると種族から違う存在になる。
実際にそういう存在が居るのなら、それだけでその世界はファンタジーと言える。
そして、そんな世界ならば、魔法だってあるに違いない。と、そう踏んだのだった。
少々前のめりになるりりに、2人は淡々と会話を会話を続ける。
「ああエルフは居るよ。ウチのギルドにも例外で2人程居るね」
「何を嬉しそうにしているのか……」
2人にとっては常識の事だ。当たり前の知識を当たり前のように話す。
「エルフなど長生きして無駄なことばかりしている暇人ですよ? それとも顔かしら?」
エルフと言えば顔。
りりはそんな偏見をもっていたのだが、神子の言葉でそれは事実に変わった。
もちろん顔以外にもある。それは、神話の世界に片足を突っ込む存在だということだ。
つまり、エルフが居るならば、妖精やオーク、可愛いスライムだって出てくるに違いない。と、りりは、そんな想像を膨らませていた。
この歪んでいる認識には理由がある。
りりのこのファンタジー観は、故郷の男友達が話していたゲームや漫画の話。
飽くまでフィクションなので全てを鵜呑みにしたわけではなかったのだが、完全なるフィクションと思っていたものが実際そこにあるのならば、それに目を輝かせてしまうのは誰だってそうだ。りりもそれに漏れない。
「そうですか……やっぱり顔は良いんですね? 良いなぁ眺めたいなぁ」
ほぅ。と、ため息ひとつ。りりは移り気だ。既に情報収集に徹するのを忘れかけている。
はぁ。と、ため息ひとつ。これは神子の物だ。
神子は呆れながらも話を続ける。
「で、魔法はあるけれど、それを使うのは魔物です。貴女が知るか知らぬか判らないので一応。魔法を使う動物だから魔物というのが、この大陸のの共通認識です」
「え、それは犬とか猫とかしか使えないってことですか?」
動物と言われ、真っ先に魔法を使う犬や猫を想像した。
三角帽子とマントを着せてやれば似合うだろうし、きっと二足歩行だって出来る。
そんな絵本のような内容の妄想を膨らませた。
「犬? 犬は知らないけど猫なら居るね。でもそいつらが魔法を使うってのは私は知らないね……でもそうだな。猪なら魔法を使うよ」
クリアメの言葉から、この世界には犬はそもそも存在しないと、そう覚える。
パラレルワールドとは、ある程度似通っている世界だ。全く同じというわけではない。その一端がこれだった。
猪が魔法を使うのは嫌だな……と、そんな事を考える。だが、それが何故嫌なのかを思い出せない。
思い出せないのなら大したことではないのだろうと、思考を元に戻して質問を続ける。
「魔法っていうのはやっぱり火や氷ですか? それともこういう念力系です?」
「念力と言うものは解らないけれど、火や氷…………こういう?」
りりが2人の前で金属塊を浮遊させたのは、音声変換器のラグの都合上、神子が話している途中だった。
金属塊が小さいものだった為に難なく浮かせることが出来たのだが、それはいつもよりやり易く感じる。
感覚的にだが、出力が上がっているように思えたのだ。
普段の念力ならばユルユルと持ち上がる程度だが、今は空中で滑らかに動かせた。
これにはりり自身困惑するも、すこぶる調子が良いとテンションを上げてゆく。
これほど楽に念力が使えるのならば、私生活が更に楽になること間違いなしと考えたからだ。
楽しげに金属塊を浮遊させるりりとは対象的に、神子は青ざめる。
クリアメは表情は崩さないものの、神子がアクションを起こすよりも先に半歩だけ前に出た。
「ま、ま、まほっ!?」
「神子様落ち着いて。ツキミヤマは異世界のヒトで、魔法が使えるというだけだ。どう見ても敵意はないよ。そうだね!? ツキミヤマ!」
クリアメは神子を宥めながら語気を強くする。
りりは、2人には超能力──念力の概念がなかったために驚かせてしまった……と、そう考えた。
「敵意……そう! ツキミヤマ! あなたに敵意はないと考えて良いのかしら!?」
「あ、そうかこの世界、ここではこういうこと出来るのは魔物だけなんですよね?」
浮かせていた金属塊をそっと下ろして、謝罪と共に頭を下げる。
「人間は使えないのがよく分かりました。すみません。驚かせてしまって……」
りりの柔和な態度を取るも、神子は険しい顔のまま。
今度はそれは崩されない。
「……今日はここまでよ。少し整理させてくれないかしら?」
「すみませんでした……」
ピリピリとした雰囲気の中、そのまま情報交換は終わってしまい、りりは何度目かになる謝罪を口にした。
「その頭を下げるのは謝罪なんだね? 神子様、お騒がせして申し訳なかった。行くよツキミヤマ」
クリアメはりりの腕を掴んで、また強引に部屋を出ようとするが、りりはその前にと、最後に神子に疑問をぶつけた。
「あ、あの! 運転手さんってどうなったんですか?」
「運転手? 誰の事ですかそれは?」
神子は首を傾げる。
「車の運転席に乗ってた人です。この世界に私と一緒に来たと思うんですけど……」
神子はクリアメに視線を送るが、クリアメはりりに付きっきりで城には来ていない。
当然、事件後の城の事を詳しく知るわけもなく、ただ首を横に振って答えた。
「……知らないわね。私が聞いている範囲では、夜だった事もあって、あの大きな鉄塊と[大爆炎]による死者は2名。怪我人は1名。いずれもあの場所に居た研究者だって話よ」
「……そうですか……ありがとうございます」
死者が出ていたものの、あの規模の爆発の割には被害は少ないように思えた。
だが、運転手が死者の数に入っていない。
潰れた運転席の間に挟まって発見されていないのか、燃えて何も残らなかったかになるが……そのどちらも考えにくかった。
だからと言って、あの状況で生きているというのはあり得ない。
そして、死傷者の2名は転移してきた際に現場に居た3人の中にいるのだろうと容易に想像ができた。彼らは逃げ遅れたのだ。
苦い顔を浮かべる。
りりが悪いわけではないのだが、危機を教えてくれたあの2人の内どちらか、あるいは両方が死んでいるのだ。
あまり良い気にはなれない。りりはそういう人間だった。
りりの気にした運転手の安否……だが、王城サイドでは貨物車の方が大問題になっていた。




