5話 神を名乗る大男
ドレスを着た不思議な女性。りりとしては色々気になる存在だが、一先ず挨拶から入る。
「あ、初めまして! 私、月見山りりと言います。よろしくお願いします」
他の何より一番気になる点……それは、相手が偉い人かどうかだ。
キレイなドレスを着ていることから、目の前の女性は偉い人と判断してお辞儀をした……のだが、お辞儀を終えて顔を上げれば、女性は何か腑に落ちないような顔をしていた。
女性は首を傾げて直ぐ、りりそっちのけでクリアメと会話を始める。2人の話す内容は、「ツキミヤマ」という名前が2度出た以外は拾えずに終わる。
しばらく呆けて待つ。すると会話が区切れ、クリアメはりりに向かって力強く声を張った。
「『ツキミヤマ』『気をつけ』」
「は、はい!」
油断していたりりは、クリアメに言われビシッと気をつけの姿勢を取る。
それを見た女性は、何だこいつと言われんばかりの表情になった。りりには何がおかしいのかの判断ができない。
女性は腑に落ちない表情のまま、棚から少し幅の広い帯状のゴムのようなものを取り出す。それはりりの視界を奪うように、頭から目元にまで覆いかぶせるように下ろされた。
りりは何が何だか解らないままだが大人しくした。
一応説明を求めるのだが、視覚を封じられてジェスチャーが見えない為、翻訳機はうまく機能しない。
結果、オロオロとするのみに終わる。
戸惑っていると、再びクリアメから「気をつけ」の言葉を聞く事になり、りりは一時的にコミュニケーションを諦めた。
その場に立ったまま十数秒ほど経過すると、いきなり肌に触れる空気が変わり、周囲からは様々な音が聞こえだした。
音は全体的には機械の駆動音で、雑踏や喧騒等はない。
香る空気は爽やかそのものであり、周囲の音からは想像のつかないものだった。
あまりにもいきなり環境が変化したのだが、これには心当たりがある。[空間の歪み]による転移だ。
この世界に来た時に体験済みの転移。
それは、特別な感覚などは全くないにも拘らず、ハッキリと違う場所に出るというものだった。
ともあれ転移が起きたのだ。外部を確認しようと目隠しを外そうとする……が、途中で誰かの手で止められてしまう。
「───!」
「は、はい!」
腕を掴むのは大きな手。
男性の、低く、少し強い声色で「動くな」的な事を言われたと察し、パニックと共に、パッと直立の姿勢になる。
身に危険を感じた女性というのはこうも弱いものなのかと、恐怖心を増大させ、その身体を小さく震えさせてゆく。
そんな心情を知ってか知らずか、大男は背中を軽く押して歩くように促す。
抵抗も考えたが、どう考えても大男が相手では分が悪いと諦めた。
此処がどこか判らないのだ。地の利どころかプラスになるものが何一つ無い。出来るのは、精々足元が見えないという言い訳でもって牛歩戦術を取るくらいだった。
そのまま連れられ1分程牛歩で歩いたが、大男は特に文句を言うわけではなく、軽く背中を押すのみだった。
もしかしたら悪い人ではないのかも? という可能性に縋り付いていると、シュインという小さな音が鳴った。見えないので確信には至らないが、自動ドアの音だと感じる。転移したという事実も相まって、ここは地球のどこかのようにも思えた。
進むと、また小さくシュインと後ろで小さな音が鳴る。こうなれば自動ドアの閉まった音だと確信に至った。
更にもう10歩ほど歩むと立ち止まらされ、ベッドのような台の上に寝転ばせられる。
やはり大男は優しい人ではなかったのだ……と、りりは解れかけていた身を再び縮こまらせて涙目になっていった。
大男は、ベルトのような物で乱暴に頭と手足を固定してゆき、りりは瞬く間に仰向けの状態で身動きが取れなくなってしまった。
涙が、鼻水が溢れる。いよいよ強姦か解体かと思っていると、想像とは裏腹に大男の足音は遠ざかってゆき、そのまま自動ドアの音を最後に途絶えた。
理解が追いつかず、空へ向かって震え声で話しかける。
「ほ、他に……誰か、い、居ます……か?」
鼻水をすすりながら、震えるか細い声で聞いてみるも、誰も居ないのか返事はない。
りりは自分の置かれている状況がわからず困惑していたが、間もなく氷解する事になった。拘束台が頭の方に向かって動き出したからだ。
「…………………………これ……MRI?」
今まで完璧に勘違いしていたことに気づき、安堵から、涙が止めどなく溢れ出す。
これがMRIならばここは一種の医療施設。もしくはそれに準ずるものだと推測が立つ。そうでなかったとしても、りりの知ったる物に近しい何かであるので、想像は良い意味で外れた形になる。
「ぶええ、よがっだぁぁ……お、おがされるがもっで……ごわがっだぁぁ」
恐怖の反動で嗚咽を漏らす。
この世界に生きるヒトだったならばこのような勘違いは起こさないが、りりは違う。
りりはこの世界の人間でなければ、言葉も通じない。況してや、目隠しの上に大男に怒鳴られたのだ。
勘違いも仕方なかったとも言えるが、逆に感じた安堵も常識の違いから来るものである。
りりはやはり少々慌て者なところがあるのだ。
MRIのような物に入れられ数分が経過し、そろそろ落ち着きを取り戻した頃。
りりは、機械らしからぬ静かな駆動音に耳を傾け……やがて軽く眠ってしまっていた。
どれくらいか時間が経過し、大男の声と共に拘束具が解かれていくので目を覚ます。
「こっちの言葉は判るか? まず名前から聞こうか。判断できたなら右手を上げろ」
大男の言葉がいきなり流暢に聞こえ出した事で、りりは面を食らった。
「え!? あ、はい。月見山りりと言います」
右手を上げつつ応える。
目隠しをされたままなので顔の判断は出来ないものの、それは確かに眠る前に聞いた怒鳴り声の持ち主だった。
「そのまま歩け。先ほどの道を戻るだけだ」
大男は、先程のようにりりの背中に手を添えて押して歩くのを促す。
りりは押されるまま自動扉を抜け、先程の道を辿って元の位置に戻った。
違ったのは、先程より不安は薄れていたので牛歩でなくなっていたことだ。
「戻ってきたぞ。ツキミヤマだったな。言葉は問題なく通じているな? お前は俺の知らないところから来たんだろう? たった1人の来訪者のお前に何か出来る範囲で物を授けてやろう。その後お前を元の場所に戻してやろう」
大男の口調は、マシンガンの如く捲し立てるので、返事をするタイミングに幾度か待ったをかけられた。
「いや、ちょっとそんなに立て続けに言われても!」
「つまり会話は問題ないな? よかろう。一つづつ聞いてやろう。名前はツキミヤマで良いんだな?」
大男は最初に怒鳴ったとは思えないほどに物分りが良く、りりに合わせて質問をし直す。
「はい。でもツキミヤマは名字で、名前はりりと言います」
「りりの居た場所ではラストネームから言うのか? 紛らわしいな。次からは[リリ = ツキミヤマ]と名乗った方が良い」
「すみません」
りりは大男の歯に衣を着せない物言いに何故か謝ってしまい、感謝を言うタイミングを逃した。
「次だ。何かくれてやろう。なにが良い?」
「その前に。貴方は誰で、何が目的か教えて貰えませんか?」
こちらへ来てから初めて話の通じる相手だ。ややつっこんだ聞き方をする。
返事はノータイムでだった。
「俺は神だ。目的はないが、言葉の通じないお前を見つけてここまで呼び出し、言葉が通じるようにしてやったのだ。ありがたく思え」
「……言葉はありがとうございます」
図々しい物言いだが、言っていることもやっている事も確かなので、素直に感謝を述べる。
「……で、それはそれとして……神?」
「そうだ」
「それは自称とかではなく?」
仮に自称だったとしても、この不遜な態度はなかなかなものだと感じた。
「そんなに気になる事か? 自称ではあるが、国中の者からしっかりと神と認識されている。ヒトの知では推し測れない存在だ。質問ばかりだが、折角の俺からのプレゼントは要らないのか? それで良いのか?」
「え、えっと、あっ! じゃあ自由に空を飛べるやつがいいです! 身一つで飛べるのって気持ち良さそうじゃないですか?」
咄嗟に出たのがこれだ。
こういうものは直感に従うほうが良いというのが、りりの生き方になる。
「ならアレが良いな。特別に収納出来る物も付けてやろう。それはお前の血で動く。起動や出し入れするまでに10秒程の準備時間がある。終わりだ。戻すぞ」
「ありが……え?」
ノータイムでどんどん喋るという特徴的な喋り方の神(自称)に、りりは言いたいことも満足に言えないまま、元の場所に返されてしまった。




