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3話 外へ

 



「何だコイツ何処(どこ)から来た? 昨日の爆発か。これが何処(どこ)かは判らないが、この座標から来たのか」


 こいつとはりりのこと。

 男は "この座標" と言いつつ、何も見ずに独り言を続ける。


「ギルドマスターは頑張っているようだが、こいつの言う事をほぼ理解してないな」


 モニターに映し出される映像を目にしていないまま、りりとクリアメの動向を把握してゆく。


「動きだけ見て適当にやってるな? だがやり取りは成立しているように見える。しばらくしたら無理と気づきそうだが、俺も興味があるな。神子(みこ)に手紙を送らせるか」


 まるでマシンガンのような独り言を(こぼ)し、男はさっさと神子(みこ)と呼ばれる者の元へ向かった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 りりがここで目を覚まして2日目。

 りりはここがパラレルワールドだと言う事以外に何も把握していない……が、それでも丸1日居たのだ。判った事もある。


 まずは水道が無いという事。

 水の入った桶を使って布で体を拭くのが一般的に言うところの入浴になる。

 そして、身一つで来たため、スーツはともかく下着の替えが無いのがピンチという事。

 そこに更にもう1つ……。




 昨日は疲れからかサッサと眠ってしまったので、今日こそは探索して服を買うのだ……と、思ってはみたものの、お金はないので物々交換になりそうだという予想を立てる。

 だが、なんだかんだでワクワクのある未知の世界の探索だ。意気込み、ベッドから降りた。


 着地の際、身体が重く感じる。

 比喩的な表現ではなく、寝転んでいる間からずっと変わらずに重かったのだ。


「勘違いとかじゃなさそう」


 一度空腹で目が覚めた時、クリアメが絶妙なタイミングでベーコンポテトに類する物を持って来ていたので、りりはありがたくそれを頂戴した。

 だが、人間その程度でいきなり重くはならない。そもそも、その前からずっと重く感じているのだ。いきなり太ったということも有り得ない。


「って言うか! 出すものも出したし!」


 少し自棄になれば独り言も大きくなる。


 これが判ったもう1つの事だ。

 食べるものを食べたら当然出るものも出る。

 りりは食後に催したので、クリアメにトイレの場所を尋ねた。それは上手く伝わり、建物の裏手にある離れのトイレまで案内してもらったのだが……そこで、生まれて初めて水洗式でないトイレ……というよりは、日本人の感性ではトイレと言えない物に出会ったのだ。


 臭い糞尿の溜まった桶でするトイレ。どちらかというのならば肥溜めというニュアンスの方がまだしっくりくる所。

 心底我慢出来ない程でもない……が、他に無いのかと思い、用を足してからクリアメに聞いてみれば、返ってきたのは最悪の答え。

 これが一般的なトイレであり、排泄物は近くの農地に持って行って肥料にするのだという。

 小学生の頃に社会だか国語だかの授業で、昔の日本でそういう事をしていたのは勉強していたので理解は出来た。が、意識は遠くなった。


 地味ではあるが、この世界のトイレ事情がりりのメンタルを削る。

 これは既に思い出したくない記憶ベスト3にステップアップしてきた出来事なのだが、ここに居る限りは避けて通れないものだ。この後、更にランクアップして行くのは目に見えていた。




 大きくため息を吐いて落ち込みつつ、脱線した思考を修正してゆく。

 体が重い原因についてだ。

 考えられるとすれば何かの病気か疲れ。または重力が強いか……。


 病気の線を考えるが、重みはこの世界に踏み込んだ瞬間から感じたものだ。これは違う……。

 となればもう一つの考えの方が正しい。


 この世界は地球に比べて重力が強い。これが結論。

 そのせいでずっと身体が重く、何もしてなくても体力を消耗する。

 だが、逆に言えばその程度だ。空気が有害物質であったりという致命的なものではない。

 体が重くなっても、足の痛みはそもそもが軽いのである程度は無視できた。

 これは、単にとても疲れるという影響しか及ぼさないものだった。




 他に気になる点があるとすれば、外出するに当たってスーツが目立つかどうかだ。

 此方に来てから見た装いは、クリアメのエプロンドレスの様な服と、城に居た職人のような人達の作業着しかない。

 あとは、クリアメの横に居た真っ赤な髪の少女に見えた人物の、軽装の戦闘服のようなもの。それはハンターギルドと言う名に相応しく狩人の装いだった。

 そんな偏った数例で判断が出来るわけがないので頭を悩ませる。

 だが、考えていても服は増えない。兎にも角にも行動あるのみと、気持ちを切り替えてゆく。


「さーて。行こっかな」


 窓から外を見ると、空には日が昇り始めている頃だった。

 外の風景とスマートフォンの表示する時間とが全く噛み合っていない。これは、1日が24時間ではない事を表している。

 となれば気になるのは生活リズムだが、重力による影響に加え、頭も使ったという疲労から、結果として現状は世界に合った生活リズムになっていた。




 町を見て回ろうと扉から出ようとした時、突如廊下側から扉が開く。


「えっ!?」


 まさか扉が向こう側からいきなり開くとは思ってもいなかったので、完全に無防備の状態で(ひたい)に木製扉の角の直撃を許す。


「っっっったぁーーーっ!!!?」


 出鼻を挫かれた。

 しゃがんで額を抑えて悶絶しているりりの頭上より、ケラケラと笑う声が落ちてくる。

 クリアメだ。

 昨日とは違い、髪の毛を解いてスーツっぽい格好の良い服を着ている。


「───────────。『服』『着替え』──」


 クリアメはハツラツとした笑い方をしながら、そこら辺で適当に買ってきましたと言わんばかりの布製の服を机の上に置いた。

 そのまま、しゃがみこんで痛がっているりりを(かか)えて立たせ、服を脱がそうとする。


「あ、服はありがとうございます! でも自分で着れますので!」


 片手で、痛む額を押さえながら拒否をするも、クリアメは遠慮なしに手を伸ばした。押しが強く、止めるつもりはまるでない。

 クリアメとの体格差は凄まじく、服はスルスルと脱がされていった。


「クリアメさん。なんか脱がせるの上手すぎませんか!?」

「『私は』────────、─────────」


 何か言っているもののジェスチャーがないせいで伝わらない。

 そんな僅かなやり取りの間に、既にカッターシャツの第4ボタンまで外されていた。


「ちょ、めっちゃ早いっ!」




 抵抗虚しく、りりはものの1分程で全裸に剥かれ、その半分ほどの時間で服をテキパキと着せられる。

 服は首と袖を通すだけの物だったので着せてもらわなくても良かったのだが、有無を言わさぬ動きで着せられてしまった。

 仮に止める時間があったとしてもクリアメは止まらなかっただろう。

 りりはそんな確信めいた予想に苦笑いを(こぼ)す。


「『うん』────『丁度いい』」


 クリアメの言葉通り服はぴったりだった。

 着心地は日本の物と素材から違うので差はあれど、サイズだけで見るなら問題なしだ。


「測ったんですか?」

「?」

「あー、通じてないやつ……」


 [測る]というジェスチャーなど、どうすれば良いか分からないので諦めた。

 特別伝えなければいけないことでもないが、上手くコミュニケーションを取ろうとすると無理が出る。

 りりが困り顔をしていると、クリアメは笑顔で口を開く。


「『驚かないで』──『私は目が良い』──」

「……すごいですね……あ、ありがとうございます」


 クリアメは人を見ただけで服のサイズが判るという特技を持っていた。

 りりはその特技を味わい、大切な何かを失い、代わりに替えの服を得る。

 複雑な気持ち一先(ひとま)ず感謝をすると、クリアメはにっこりと微笑んだのだった。




 一安心するりり。対象的にクリアメは少し険しい顔になってメモ帳を開く。

 そこには、上手いとは言えないが、城の壁が燃えている白黒のイラストが描かれていた。


「『メモ帳』─『ツキミヤマ』─『出した火』?」

「え!? 違います違います! これは事故でして、私は直接関係ないです!」


 貨物車の爆発の話だというのは容易に理解できたので、りりは大袈裟に手と頭を左右に振って否定する。

 オロオロしている最中、クリアメはその様子をずっと真剣な眼差しで観察していたが……フッと小さく笑って顔を緩めた。


「───。───────『呼んでる』──。『ツキミヤマは、私と』───────────。──『行く』──」

「え? 呼んでるって誰が? 私なにも悪いことしてなーぁぁぁ!?」


 りりは強引に手を引っ張られ部屋から連れ出される。

 階段を降り、誰も居ない広間を抜けて外へ……それは、例の事件が起きてから初めての外だった。




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