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月見山りりはヒトデナシ  作者: ふる里みやこ
ゼーヴィル編
26/208

26話 昨日の敵は今日の恩人

 



「─? ────」

「…………うん?」


 見知らぬ部屋。りりはアーシユルの声により目が覚める。

 音声変換器が付いていないので何を言われているのかは判らないまま。

 とりあえず起き上がろうとするものの、全身の痛みにより起き上がることが出来ない。それどころか鞭打ちが重なり首すらまともに動かせなかった。


 動けないものの、ようやくベッドで眠れていた事にホッとするりりの額に、アーシユルが2本角型音声変換器を取り付ける。その顔は今にも泣きだしそうなものだった。


「良かった……目を覚ましたな……」


 アーシユルは目を潤ませるが泣かない。

 りりはまだ頭がボーッとしたままなので状況について行けないでキョトンとしたまま。


「ここはどこですか?」

「ここは大陸の北北西に位置するゼーヴィルという漁港の宿だ。つまり全行程の3/5くらい来たくらいのところで、既にボクスワを離れてハルノワルドに来ているんだが……何処まで覚えてる?」


 その質問に、ようやく頭が鈍く動き出す。


「えっと……凄く嫌な気分で血をばら撒いたところまでは……う、ぐぅ……」


 身体にミシミシとした鈍痛が走り、話すのを中断して呼吸を整える。


「無理するな。ずっと高熱が出てたし……そもそもあんなもの受けたんだ。骨だって何本も折れてる」

「……思い出しました。私、シャチの体当たりを……」


 思い出すのは、暗い海中から弾丸のような速度で丸太を遥かに超える巨体が浮き上がったかと思った直後、激しい衝撃と共に意識が消えるという恐怖そのもの。

 身体の全てが潰れるかのような感覚は鮮明に思い出せ、強い吐き気と大量の冷や汗を覚える。

 しかし、それ故に疑問が浮かんだ。心をしばし凍らせて疑問を投げかける。


「……何で私生きてるんですか?」


 あの状況から数日経過しているらしいというのは聞いた。

 しかし、りりは言ってこそいなかったが、人魚に襲われなくとも生きて助かる可能性は少ないと思っていたのだ。

 だというのに、自身というお荷物込みでアーシユルごと助かっているというのが不可解だった。


「あぁ。あの後シャチは、結構長く苦しんでいたんだがな、しばらくしてまた弱く光り出したから、なんとかりりの翻訳機を取り付けてコミュニケーションをとってな」


 りりが気を失った後もシャチは健在で、アーシユルは生き延びる可能性を捨てず、もがき苦しんでいたシャチに勇猛果敢にも取り付いたのだ。

 対峙したりりには、それがどれほど勇気の要る絶望的な状況だったかがよく判る。一歩間違えれば食われていたはずなのだ。そうでなくともようやく泳げる程度のアーシユルでは少し叩かれるだけで命はない。

 アーシユルは、その話を聞いて泣きそうになるりりの頭を撫で、微笑みながら続ける。


「……で、だ。シャチのその状態を直せるかもしれない奴は死にそうで、治したいなら言うことを聞け……と、脅したわけだ」


「まぁ変換器を付けようとした時に一発殴られたけどな」と付け加え、アーシユルはニッと笑う。その前歯は少し欠けていた。


「と言うわけで、隣で寝ているのが、あたしを殴って、反撃で更に感電させられた上に脅されて、あたし達を陸地まで連れてきてくれた恩人であり魔人である海水人魚のシャチだ」

「…………は? え!?」


 あまりの情報量に、何のひねりもないリアクションをしてしまい、また身体の痛みが出て(ひる)む。

 それから、鞭打ちで痛む首に気を使いながら左を見る。何も居ない。左ではなかった。

 無駄な努力をしたな。と、今度は右を向く。


 そこには、ベッドの方に尾ビレを向けた大きなシャチが伏せていた。

 まさしく伏せだ。人魚らしく手足が確認できるものの、その手足を折りたたんで寝ている。

 一見すると、水族園でよく知るシャチより少し小ぶりでスマートなものがそこに居た。


 シャチは哺乳類なので多少なら陸に出ても平気。だが、ここに居る海水人魚の肌はすっかり乾いている。多少でない時間ここに居るのは明確だ。

 海水人魚は陸上行動も可能なのだと理解する。それは、りりのよく知るシャチとは飽くまで違う生き物だ。




 りりが口をパクパクしていると、アーシユルはベッドに腰掛けて現状の解説をしだした。


「ここはハルノワルド。ボクスワとは違って……一切無いとまでは言わないが亜人差別は少ないところだ」

「えっ……と、漁港って言ってましたけど」

「あぁ。ここはハルノワルド領の北にある漁港でゼーヴィルって名前。で、南にも漁港があって、そこはボクスワ領……判りやすいだろ」


 つまり、この大陸には国が2つ。

 国境が北北東から南南西に入っていて、それぞれに一つづつ漁港を持っているということだ。


「ちなみに、あたしらが襲われた理由は簡単だったぜ。単純に敵と判断されただけだ。そりゃあ、神の手が届かない人魚達の世界を漂ってる不審者2人だ。悪いのはあたし達で、シャチは悪くない……っていうか、シャチからしたらあたしらは単純に餌だったわけだ」

「餌ぁ……?」


 とんでもなく理不尽な話に顔を(しか)める。


「……りりは本当に判りやすいな」

「いや……まぁ……それより、さっきから普通にシャチって言ってますけど、私の知ってるシャチって種族名なんですけど、そこのシャチ……の人? に名前は無いんですか? 亜人なんでしょう?」


 寝そべる姿はややスマートなシャチ。だが、海水人魚はれっきとした亜人だ。

 姿は違えど人類である以上、固有の名前は持っているはず。と、素直な疑問を口にする。


「あるけど、その名前は音声変換器でも拾えないんだよ。クカカカカとかキュウウとかいう泣き声みたいなの中に名前が含まれてるんだぜ? 判るわけない。だから、2本角を持ってるりりが名付け親になったわけだ」

「……はい?」

「あー、そうか……」


 アーシユルは「仕方ないよな」と言って失笑する。


「海水人魚で魔人のコイツは、りりによって "名前を登録されていないモノに名前を付けられる機能" を持った2本角型音声変換器を通して、一般的な名前が付けられたんだ。つまり、こいつは種族名が海水人魚で、名はシャチになったわけだ」

「…………ハー!? なにそれハー!? っ!? ……ぃっ……たい……」


 とんでもない情報を聞かされ、そのリアクションで二度目になる強い身体の痛みに負けて沈静化した。

 アーシユルもりりの説明を聞いたので、シャチというのがりりの世界の種族名としてそのまま名前になってしまったのだと理解している。

 故に、言語の壁由来のりりのリアクションに。呆れ笑いを浮かべていたのだった。




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