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23話 暗い cry 喰らい

 



 目先に見える陸地に照準を合わせる。

 距離は10キロメートルそこら。とてもではないが、重力に屈しているりりと、ほんの少し泳げる程度になったアーシユルでは辿り着けないような距離だ。

 おまけに、アーシユルの言っていた大魚や人魚という存在が出てこないという保証は無い。


 不安が押し寄せる。なにせほぼ丸腰なのだ。

 ジンギはあるもののそれは発動までに時間がかかる。近距離ではサバイバルナイフを持っている程度。

 なので、大型の鮫に準ずる何か、或いはそれ以上の何かに襲われれば為す術もなく蹂躙されるのは目に見えていた。

 それでも泳がなければ助からない。2人は遠く離れた陸へ向かって泳ぎ始める。


 暗黙の了解で、そこが元居た大陸である保証はないという事に蓋をしてだ。




 泳いでは休みを繰り返し、1時間程が経過する。


 学生時代には2~3時間はぶっ通しで泳げていたりりだったが、社会人になってからは体力が落ちて今はそれ程ではない。

 泳ぐ事自体が久しぶりな上、今着ているのは存分に水を吸う奴隷服という名前のボロのワンピース。水の抵抗を存分に受け、体力が凄まじい勢いで失われていった。

 そしてそれに伴い休憩も多くなってゆくが、身体を休ませているだけで体力そのものはあまり回復しない……。

 泳ぎだしてたかだか1時間……限界が近かった。


「おい、りり大丈夫か? また休むか?」


 りりは息を荒くして首を振る。

 アーシユルはそんなりりを見て不安を(つの)らせた。

 強がってはいるが、りりはもう返事をする余裕すら捻出できていないのだと、今や自分の方がよほど余裕があるのだと判ってしまったからだ。




 泳ぎ続ける。

 陸地へと近づいている気がして手足を動かす。


 少し休み、再び泳ぎ続ける。

 時間と共に辺りが暗くなってゆく。


 水ジンギにより水分補給は出来るので耐久は出来ないことはない。

 だが、警戒してか魚が寄って来ないので、鉄塊同士をぶつけることによる衝撃波で気絶させて捕獲するという、禁忌の漁法は使えなかった。

 もっとも、火のジンギを捨てているので焼いて食べたりは出来ない。その事に全く気づけないりりはりりで一杯一杯なのだ。




 更にしばらく。

 ……陸地へ近づいていないと感じ始める。それは離岸流を含めた潮の流れという存在を失念している故だった。りりは専門家ではないのだ。その存在を計算に入れるという頭が無かった。

 ふとそれを失念していたものに気づいたとき……気づきは絶望を呼ぶ。

 ……しかし、口に出せばアーシユルの希望まで奪いかねない。

 りりは気づいていないふりをし、嗚咽が出そうになった口を(つぐ)んだ。自己嫌悪いっぱいの表情で……。




 休憩し、絶望をねじ伏せ「船が通る確率は?」と問いかけると、さらなる絶望の答えが返って来る。


「海に出た船は全部人魚が壊していくんだよ……理由は判らん。それは人魚自身にも判らん事で、何故かやってしまうんだと。本能よりも強い何かがあるそうだ」

「……つまり」

「あぁ。船は来ない。というか、この世界に船は存在できない」


 救助は期待できない。もう泳ぐのも限界。

 アーシユルを不安にさせないようにと出来る限り強く振る舞っていたりりだったが……その気持ちに反してどんどんと止めどなく涙が溢れ出てくる。顔がクシャクシャになってゆく。

 だが、それでも泣き声を我慢し、涙は海水のせいにして誤魔化した。


 全く誤魔化せていないという事にすら気が回らない程にりりは疲弊していたのだ。




 時刻は不明。

 だが、もう数十分で日没になってしまうような時間だということは判る。

 つまり、光が無くなって陸地が何処か判らなくなるのだ。

 目標が確認できなくなってしまえばたとえ正面にそれがあろうとも人は迷う。海の上という、言葉通り地に足がついていない場所ならばより一層だ。


 明日を迎える前に死ぬかもしれない。それも溺れて。苦しんで。


 そんな考えが頭を(よぎ)る。

 不安を追い出そうと頭を振るうが、浮かんでしまったものはそう簡単には離れない。

 なので、違う考えで誤魔化すかのように、助かる方法を思案する。




 たどり着いた答えは念力。

 りりにはこれしかない。


 念力は、この世界では魔法と呼ばれる力だ。

 それが魔法だとすれば、まだ出来るかもしれない。

 一度潜って涙を洗い流し、希望に(すが)り付くかのように手を前にかざす。

 絶望を隅へと追いやり、先の空間に強い氷のイメージを叩きつけてゆく!


 念力という概念が魔法と同じものだというのならば、りりは魔法使いであるはずなのだ。

 ゲームの中や漫画の中にならば魔法使いなど星の数ほど居る。

 そういう存在が出来る事は、微力とはいえ本当の超能力者たる自分が出来ない道理がない!

 ……と欺瞞と解り切っているカラ元気でもって自身を鼓舞する。

 不可能を可能にするのだ。その程度ならいくらでもやってやる! と、目の前の空間に向かって全力を込めた。


「何してるんだりり……もしかして魔法か?」

「分かりません。でもなんとかしなきゃ……私、念力しか使えなかったのに、騎士さん達にダメージを与えたんです。だったら、氷を作り出して足場にするなり出来るはずなんです!」

「氷か……水に浮くからなあれは。捨てたジンギの中にもちょっとだけなら氷を作るやつは有ったが……」

「……え? ……えっ?」


 途端。りりの肩から力が抜け……心が後悔と絶望で塗りつぶされてゆく。

 氷ジンギで足場を作り出して漕げば解決したのでは? そう思うも、既に氷ジンギは暗い暗い海の底。手からこぼれ落ちた希望は戻ってこない。


 助かるためにやった行為が自らの首を締める結果になり……りりはもう力が入らなくなってしまった。

 顔は歪み、洗い流したはずの涙はどんどんと増えていった。泣いていないと誤魔化す余裕すらない。




 りりが絶望と後悔に浸る一方で、アーシユルは目に希望の炎を灯す。


「氷があればなんとかなるんだな?」

「……多分」

「そうか……任せろ」


 アーシユルは、ベルトのホルダーから投擲用のナイフを抜いた。


「りり。悪いがそのまま浮いてろよ」


 アーシユルは鉄塊召喚のジンギをりりの肩に置き、その表面にナイフを突き立てて削り始めた。


「動くなよ。間違って刺すかもしれないからな」

「はい!」


 説明は為されないものの、そこに何らかの希望を見出したであろうアーシユルを信用し、りりは身を(てい)する事にした。


 アーシユルは馴れない環境でナイフを扱っているので、何度も手を滑らせりりの肩を傷つける。しかし、その痛みは命に比べれば遥かに安いものだ。文句を言わずにひたすらに耐えた。




 数分後。

 りりの血を流す肩を代償にジンギの加工が終わり、鉄塊召喚のジンギの表層に氷塊召喚の術式溝が彫り上げられる。


「氷塊ジンギ……どんなやつか覚えててよかったぜ……で、氷を出せばいいんだな」

「はい。出来るだけ多く。乗れさえ……最悪掴まれえすればどうにかなります」


 りりの考えは、氷の足場に乗って念力で押せば、泳がずとも進めるのでは? というものだった。


「少ししか出ないんだが」

「なら何回でも出してください」

「軽く言いやがって」

「大真面目です」

「ああそうだろうよ」


 アーシユルは、指からの血だけでは追いつかないからと、ナイフで自分の(てのひら)を裂いた。

 血が(にじ)み出るが、もはやその程度の事に気を使ってはいられない。

 アーシユルもそれを理解しているので、何も言わずにジンギを起動する。


 起動してから10秒。少量の氷が出現する。冷凍庫の氷パックで一度に作れる程度の量だ。

 血を(ぬぐ)って次の起動まで10秒のブランク。それを経て、再度血で溝を満たせば、10秒後に再びジンギが起動。

 これを繰り返して出した氷は念力で集める。

 海水温度は高くはないが、氷の温度と比べれば遥かに熱いので、氷は瞬く間に解けてゆく。それでも回数を重ねると、単行本一冊程のサイズになって安定しだした。


 もう少し繰り返せば浮力の手伝いになる。

 そう希望を見出し、その作業を繰り返していった。




 何度目かの氷の召喚後、アーシユルは青ざめて手を止める。


「りり……海ってな、昼は魚なんだ」

「……何の話です?」


 突如始まったアーシユルの意味不明な語りに……りりは違和感を覚えた。

 アーシユルは強張った声で続ける。


「よ、夜はな……亜人達の……人魚の時間なんだよ……」


 アーシユルの方を見ると、暗いながらに顔がどんどんと恐怖に塗りつぶされてゆくのが判る。

 表情を見て、アーシユルが何を言いたいのかを理解し凍りつく。

 わざわざこんな話をするという事は……それは則ち……。


「あたし、まだ死にたくない!」


 叫び半狂乱に陥るアーシユルの視線の先を確認する。




 くらい、くらい海の中。

 大きな特徴的な背ビレを持った海の捕食者が近づいてきていた。




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