21話 ボクスワの神
一行が案内されてゆくは、エルフの森最大勢力であるエルフの里だ。
里までには分岐道が散見される上、罠の解除や迂回を挟みながらの移動になる。ガイドナシでは迷うのは確実と言えた。
エルフの美形酔いから覚めたりりも「これはひどい」と、あからさますぎるマッチポンプに苦笑を漏らす。
山道の分岐をいくつか抜けると、森の中より唐突に家屋がいくつも現れた。大規模集落エルフの里だ。
建物は木造であるという点以外は王都とあまり変わらない。
一方で町並みがやや異なる。建物が密集しておらず乱雑なのだ。
それは、広いスペースを広いまま自由に使っているという印象……それは同時に、里の規模の割には人口が少ないのだという理解に及ぶ。
エルフとはもっと原始的な生活をしていると勝手に、それもなんとなくそう思い込んでいたりりは、想像とは違う雰囲気に面を食らう。
そこへ、聞き覚えのある、喋っている間一切のリアクションを挟むことが出来ないマシンガントークが飛び込んでくる。
「神に愛されたエルフの里にようこそツキミヤマ。その顔は何だ?ツキミヤマのいた所にはエルフは居なかったはずだが?いや居なかったからこそ理想的なエルフ像があるんだな。俺もその理想像に近い物をと思ったのだが、やはり上手くはいかないもので割と好き勝手に生きてるよ。でもエルフとしての最低限の見た目と寿命はあるぞ素晴らしいだろう?ところでグライダーと名付けた乗り物はどうだったか?感想を言ってなかったようだから聞かせて欲しいのだが?」
声の主。神だ。
しかし、それはりりの知る野太い声ではなく少年のような声だった。
声のする方を見ると、6~8歳程度に見える男の子が居た。その後ろには超の付くほどの美人のエルフ達もセットだ。
エルフは額には何も付けていない代わりに、イヤーカフをしている。
今までに見た人ら全てが頭部に何らかの装置を付けていたのだ。そこから、装着されているイヤーカフはエルフ達の音声変換器なのだと理解する。
……が、神と思わしき少年は何もそれらしき物は付けてはいない。見た目にはなんの変哲もない普通の人間でしかないのだ。
「えーっと……君は神様の……お子さんですか?」
りりが恐る恐る尋ねると、少年はしかめっ面を浮かべてノータイムで返事をする。
「冗句かツキミヤマ。俺は神本人だ。身体はいくつもあるのだ。その肉体に俺をインストールするだけだ。そんなことだからエルフっぽいなど言われるのだ。ヒトとエルフでは文化が違うんだぞ。その寿命の長さから娯楽や学問に才を伸ばすのがエルフだ。因みに『才能がある』と言うのがヒトで『才能を伸ばす』というような比喩表現をよく使うのがエルフだ。ツキミヤマはこの辺りが解ってないようだったから助言してやっている。ありがたいだろう?神の言葉だぞ?エルフや神子は俺の気が向けばいつでも聞かせているがな。ハハハ。それよりグライダーはどうだった?感想は無しか?」
「……マシンガントークが激しくて返事できないだけです……」
神への返事には、暴風のように吹き荒れる言葉の一つ一つを覚えながら整理しながらというちょっとした技術が求められる。
りりはあまり頭の回転が早くないので、話すだけでもエネルギーが多分に必要だ。
とりあえず、このような話し方をする人物がホイホイ居てたまるかという理由から、これは神本人で間違いないと断定して返事をする。
「えっと、グライダーは楽しかったです。けど、ゴーグルが無かったので目が乾いて辛かったです。あと、鞭打ちになってしまいまして少し首が痛いです」
「ゴーグルは買え。そこまではしない。鞭打ちはそのものを知らん。伝わらん以上ツキミヤマの国の言い回しとかことわざに当たるのだろうな。推測は出来るが痛みをどうにかする手段は少ない。自分で解決しろ。グライダーの乗り心地が良かったのは何よりだ。では次だ。魔人リリ = ツキミヤマ。いや鬼人と呼ぼうか?お前何をした。魔法を使えるという事はツキミヤマを帰してから知った事だが、魔法を複数使えるとは知らなかったぞ」
間髪入れず。そういう比喩表現を軽く上回るような速度で返事が返ってくるのだ。
りりはまるで思考をしていないかのような超速反応に驚きを隠せない。
だが驚いてばかりもいられない。話の内容に引っかかりを覚えたからだ。
それは複数の魔法という点……この発言は、りり達がここに来るまでの事が見透かされているに他ならない。ゴクリと息を飲み答える。
「確かに魔法……というか念力は使えますけど、複数っていうのはないです。私の力は念力だけで……」
神は、異論があると言わんばかりに、手を前に突き出してりりの言葉を遮った。
「嘘は良くないなツキミヤマ。物を動かす力は武装猪と呼ばれる魔物から複数確認されている。ツキミヤマがわが神子の前で使ったのがそれだ。しかし先日追っ手の騎士に使ったのは複合的に何かしているはずだ。でなければ騎士に後遺症など残るはずがない」
「後遺症……?」
鳥肌が立ち、嫌な汗が吹き出る。
神の言っているのは、りりが一矢報いようとした際に何故か猛烈なダメージを受けた騎士達の話だ。それは理解出来ている……出来ているが故に、慌てふためいてしまう。脳の処理がまるで追いついていかないのだ。
「偶然と言うのは簡単だ。偶然にあそこに危険なウイルスが存在し、それが偶然に吐瀉物に混入し、何らかの要因で突発的に異常増殖したとかな。だがそんな事は有り得ないんだよツキミヤマ。ツキミヤマの所にはウイルスの概念はあったよな?俺が知る範囲では騎士の1人は左目の視力が、もう1人は味覚と嗅覚がまだ戻らない。原因は大量の未知のウイルスがこびりついて凄まじい炎症を起こしたというところだ。ちなみに顎を殴られた奴は無事だ。顎は砕けて碌に喋れないがな」
神の説明はまるで鉄板越しにしたように届く。ヒトに必要以上のダメージを与えてしまっていることに対するショックの為だ。
寒気を覚え、視界が歪み、力なくへたりこむ。
頭に浮かぶのは、ただただ「ごめんなさい」の言葉のみ……。
原因は不明なものの、後遺症が残る程の事をやってしまったのだ。その実感がりりを苛み、徐々に目に涙が溜まっていった。
その様子を見て、神は、出来事の詳細は悪意によるものではなかったのだと判断する。
「本当に知らないようだな。となればアーシユル。このままツキミヤマの研究を続けたまえ。俺の勅命だ。君自体には興味はないが、君を一時的に神子に任命する。エルフの皆はここまで騎士が来たら既に神が罰を与えたとだけ言えばいい。馬引きは良い何もしていないから無罪とする。ツキミヤマとアーシユルもな。ただし生きていたらだ。それで不問とする」
「はい! ありがたき幸……え?」
マシンガントークが止むと同時。
アーシユルは初めて見る自国の神へ対しての畏怖由来の思考停止からハッと復帰し、畏まって丁寧に礼を述べようとする……が、「生きていれば」という最後の言葉に戸惑い言葉を詰まらせた。
抗議の声を上げようと逡巡したその僅かな間。りりとアーシユルの足元に空間が歪みが発生する。神によるものだ。
「っぅお!?」
「わっ!?」
突如、2人は地面から落ちる。
落下先は……一切の救いのない海原だった。