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13話 その者、ローブを纏いて草原に降り立つべし

 



 トナカイ馬車がガラガラと音を立てて進む。

 りり達の目的地は西の国[ハルノワルド]だ。


「ハルノワルドは、ここ[ボクスワ]から西に行って国境を越えた先の国だ。ボクスワと比べて亜人差別はかなり薄い」

「そこなら腰を落ち着けられますかね」

「腰を? お前、本当にエルフじゃないよな? 耳は短いけど……」


 アーシユルは眉をひそめる。

 りりは、何故そんな顔をされるのか理解できなかったが、エルフの耳は長いのだと言うところだけ把握した。


「それクリアメさんにも言われたんですけど、何なんですか?」

「何がだ?」


 要領の得ない質問に、アーシユルは首を(かし)げる。


「エルフ扱いしたがるのですよ」


 ゲームのパッケージ等で知るエルフの姿と、実際のりりの姿は似ても似つかない。

 だというのに、複数からエルフでは? と言われてしまっては流石に気になってしまう。


「そりゃあ、そんな変な言い回しするからだろ。そんな事するのはエルフばかりだぜ」

「変て……」

「例え話の事だ。ヒトもしないことはないが、やっぱりエルフがよく使うんだ。仮に変装してても、よく観察してれば言葉だけでも判るぜ」

「それも常識なんですか?」


 りりが半口を開けて素直に聞き入るのに気を良くし、アーシユルはこの世界の常識を語ってゆく。




 王都と漁港以外にはヒトは住んでいない。居たとしてもかなりの物好き。

 棲み分けの差は、潮の香りが気になるか否かと、グルメであるかどうかの差。


 他の場所には亜人が住む。

 亜人とは、ヒトがベースになったような見た目の人類の総称。

 中でもエルフはヒトに近く、人魚はヒトから遠い。


 りりの「人魚は泡になるのか?」という馬鹿げた質問は、「阿呆か」の一言で返され終わった。


 この世界の1日は26時間。1年は丁度10ヶ月。


 これにて、りりの身体の重かった理由と、スマートフォンの時間が合わない理由が確定した。

 つまりは重力。

 この星は、地球よりも重力が強く自転が遅い。一日が長いのもそれが理由だ。

 そして、ステータスの低さも同じ理由。りりはこの惑星に適応していない身体なのだ。




 アーシユルの説明が一段落した時。馬車内に一つ、金属が落ちる音が微かに響く。

 見ると、荷台の床に三日月状のプレートの付いたペンダントと、厚紙が現れていた。

 りりには、これが何処から現たのかまるで理解できない。

 外から来たのでは? と、荷台の後ろから乗り出して辺りを見渡すも、そこには長閑(のどか)な草原が続くのみだった。


 頭の上に大量のクエスチョンを浮かべるりりを余所に、アーシユルはペンダントと厚紙を拾い上げ、そのまま厚紙に書かれていた文字に目を通し……その目を丸くさせた。


「……信じられん。神様からだ」

「…………あぁ、そう言えばなんかくれるって言ってましたね」


 アーシユルの隣ににじり寄り、隣から厚紙に目を落とす。そこには、判読不能の言語がびっしりと書かれていた。

 不思議と読める! ……ということは起こらない。


「お前、何で神様からプレゼントなんて……いや、うーん?」


 アーシユルは首を傾げてりりを見る。

 そのまま待っていても進展が無く暇だと判断し、りりは先に好奇心を満たすことにした。


「それより、それなんて書いてあるんです?」

「え? あ、おう……」


 釈然としないまま、アーシユルは大きく息を吸ってから文章を読み上げる。


「リリ=ツキミヤマ。言っていた物をやろう。これ一つで空の旅は君のものだ。このジンギ鉱はツキミヤマ用にカスタマイズしてある。ジンギはツキミヤマに因んだ形で用意してやった。おまえのメモリーからそれっぽいものを選んでおいたのだ。他のヒトには使えないおまえ専用のものだ。嬉しいだろう? 気にいるはずだ。飛行に関しては全く問題はないが、それはスペースを取る。速度調整は第一指でだ。それ自体も他のヒトでは動かないぞ。使い方自体は他のジンギ鉱と同じで出現方向は月の下側だ。ついでに貧弱な君ように楽な姿勢で乗れるように改造しておいたぞ。ありがたく思え」




「……終わり」


 アーシユルは、疲れを顕にし、天を仰いで溜息を吐いた。


「一気に読みましたね……」

「そう書かれてるんだ。凄く読みにくい」


 アーシユルは目頭を指で押さえて疲れを取る。

 神は手紙でもマシンガントークのようで、アーシユルもそれを律儀に再現して読み上げた。

 粗暴な態度をとっているように見えて根は真面目なのだ。


「それより試してみないか?」


 アーシユルは、知的好奇心を隠そうともせずそんな提案をする。


「飛べるってどうやるのか判らんが凄い事だぜ? 翼ナシで飛ぶっていう理屈が分からん。見てみたいんだ。ドラゴンみたいに生えてくるとかか?」

「はー、流石。ドラゴンとか居るんですね。こっちじゃ空想上の生き物だったんですけど」

「ハン。空想なもんか。あんなのは生きる災害だ。いや、そんなことより早く試そうぜ! 早く早く!」


 りりは押しに弱い。

 よって、アーシユルのように、周りを巻き込んででも欲を満たそうとする存在には逆らえない。


「そうですね。私もどんなのか気になりますし」


 自身も空を飛びたいという欲求はあったので二つ返事で了解した。




 馬車の進路を森の方へ。トナカイは適当な木に(くく)られる。

 トナカイはマーキングチャンスと言わんばかりに木に角を(こす)りつけた。


「おっさんも見ていいぜ」

「お? 本当かい? おっちゃん、君のそういう所好きだよ」

「阿呆か」

「ハッハー。キツイなぁ」


 会話の内容に反して2人の雰囲気は悪くはない。

 だが、如何せんアーシユルの口が悪いので、りりはハラハラするばかりだ。

 御者(ぎょしゃ)が台から降りて来た。笑顔だったので、りりは少しホッとする。


 出発して以来初めて見る御者は、|りりと同じくらいの身長《150センチ前後》で、やや太っているが筋肉質の肉体をしていた。


「はじめましてだね。おっと、フードは外してもいいけど自己紹介はしないでおくれよ。おじさんは[何故か警戒している客]の顔すら知らないという事になっているからね」


 まったりとした声の割には、しっかりとした大人の印象を与える。


「あ、はい。そうですね。ありがとうございます」


 りりはとりあえず自己紹介と思っていたのだが、御者からの忠告でとりやめる。

 逃げる者と逃がし屋は、お互い知らずに偶然利用したという建前が必要なのだ。

 ここで顔を合わす事自体がいけないことなのだが、[空を飛べる何かがある]という一大イベントの前に、それは意図的に忘れ去られた。


 そこへ、支度を終えたアーシユルが、りりに向かって先程の三日月型のペンダントを投げ渡す。


「ほれ。コレ自体がジンギ鉱でできているみたいだ。使い方は同じ。付いてる留め金を外して起動で、止める時は拭えば良い。ローブのポケットに布が入ってるだろう? それを使え」

「……本当だ」


 ローブのポケットから出てきたのは、ほんのりと赤黒く変色した汚い布。

 明らかに衛生状態が良くなく、りりはそっとポケットへ戻した。手で触った所は、ローブの端で拭う。




 まだソレがどういうものか判らないので、馬車から少しだけ離れ、三日月状に加工されたジンギを首にかけてから開く。

 中には小さな棘と術式溝。

 形こそ違えど、アーシユルと実験してみた電気を放つジンギとモノは同じだった。


 中にある棘に指を刺し、術式溝に血を馴染ませる。

 最後にペンダントを前方に向け、そこからきっちり10秒……2メートル前後の空間の歪みが現れた。


 りりはヒトジンギを使えなかったが、これは逆にりりだけが使える専用のジンギだ。感慨深いと感じる。

 ……と、そんな余韻に浸っていたのも(つか)の間。そこから出現したものに、りりは顔を引きつらせた。


 ソレは上向きのコの字に折り畳まれた、かなり見覚えのある "アレ" に近かったからだ。


「おー……おぉ? これが空を飛ぶ……のか?」

「乗るものらしいが、見ただけじゃどうやって乗るのか判らねえな……りりは判るのか?」

「……はい……多分……」


 りりは、これの名称を知らない。正しくは、アレンジされる前のこれの名前を知らない。

 これは、りりの記憶の中にある "アレ" よりもかなり大きいが、蒼き衣を(まとい)金色(こんじき)の野に降り立つ少女愛用の "アレ" に見えた。

 版権的にどうなんだと思ったが、細部が別物な上、ここは異世界だ。版権等というものは無いし、あったとしても[飽くまで似ているだけの大型のグライダー]だと言えば……と、しても意味のない自己暗示に必死になる。




 りりには風を読む力などはない……が、手紙には大丈夫だと書いてあったのでとりあえず信じる事にした。

 三日月状のジンギ鉱をパチンと閉じ、とにかく飛ぶ形に持っていこうとグライダーに近づく。


 畳まれた翼。付け根の留め金を解くと翼は自然に横に広がり、カチリ。という心粋(こいき)な音を立て、まるで白いマンタのような形になる。

 予想通りの見た目になったことで、りりは少し気が遠くなった。


 横幅が6メートル前後。

 ハンドル代わりの支えにはグリップが縦に付いており、胸を乗せてうつ伏せに寝転んで乗れるように小さなたわんだ板がかかっている。

 グリップ部からは、落下防止用に分厚い手錠のような固定器具がオプションで付いていた。


「マルチグラスで見たら[合金]ってだけ出るな……特別性だなこれは。でもそこだけは音声変換器と同様の柔軟金属だ」

「そこって胸置く所のやつですか?」

「胸? あぁ、なるほど。そこに胸を置くのか。ハーン。乗り方が判ったぞ! さあ、りり乗ってみろよ。いや、乗れ! 早く早く!」

「はいはい」


 アーシユルはその場で駆け足をして、まるで少年のように輝く笑顔を浮かべる。

 思わず故郷の友達の事を思い出し、破顔してグライダーに足をかけた。




 胸を板の上に乗せて体重をかけると、板はほんのりと沈み込んだ。それは胸の形にフィットするので圧迫感のようなものはない。

 続けて固定具を両手に装着する。

 後は、グリップ先にある、押してくださいと言わんばかりの明らかに材質の違う金属を押すだけ。ここもアーシユルの言っていた柔軟金属で出来ていた。

 勇気を出して握り込む。


「ぴえ!?」


 後方より爆音が聞こえ、同時にグライダーは凄まじい勢いで空に飛び上がった。

 りりはその勢いに驚き「何処(どっ)から声出とんや!」と、脳内でツッコミをしつつ、悲鳴を上げて振り回される。


 親指は直ぐに離したものの、既に出ている速度は下がらない。惰性だけでも、そのまま直角に近い角度で飛び上がっていた。

 強い風に翻弄されながら地上を見下ろすと、既にアーシユル達に声の届かない距離まで来ている事に気付く。


 そして、上昇の勢いは徐々に死んで行った。


 焦る。

 そのままでは落下死は目に見えていたからだ。

 こんな馬鹿な事で死ぬのは嫌だ! と、急いでグリップを動かしてバランスをとる。

 グライダーはかなり感覚的に動かせた。一瞬だけブレたものの、直ぐに姿勢制御と滑空が出来るようになる程だ。


 ごうごうと届く強い風の音。

 それは音だけではなく、搭乗者であるりりの目をものすごい勢いで乾かしてゆく。

 一方で、目の乾きから(もたら)される不快感に負けないくらいの開放感もあった。


 感じるのは、単身での飛行から来るスリルと快感。

 危険と隣合わせのエアグライダーにハマる人の気持ちが理解出来た瞬間だった。


 グリップを軽く握れば後方から爆音……ただし、先程のものよりはずっと弱い。

 つまり、これはブースト。握り込む強さで速度が変わるのだ。

 仕組みがわかった所で親指を離し、大きく滑空旋回しつつ速度を落とし、金色(こんじき)ではない普通の野原に降り立った。

 とりあえずの試験飛行はここまでだ。


「はー……楽しかった……けど疲れた……うぅ、首が痛い」


 飛び立った時に鞭打ちになっていた事に、痛みが来てからようやく気づいた。

 首を気遣いながらグライダーに腰掛け、アーシユル達が走って来るのを微笑んで待つ。

 気分は、(さなが)ら姫姉様だった。




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