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12話 真実8割の効果的な嘘

 



 王城会議が終了した頃。

 騎士団長は部下を4人連れ、商人の予想通りの15分程でハンターギルドへ到着していた。

 これから、国から見て重要参考人たる亜人の少女を捕らえるというのに、騎士達は軽口を叩いている。

 これには理由があった。


 そもそも、敵対亜人とみられる存在は時折(ときおり)出るのだ。

 実際はその疑いがあるという程度のものだが……。


 王都であるここ[キューカ]では、亜人は基本的に排除されていた。

 しかし、放蕩貴族のクリアメがギルドマスターになってからというもの、亜人の捕縛率が格段に下がったのだ。


 クリアメが一枚噛んで亜人を逃している。


 騎士達の間ではこれが共通認識……しかし、クリアメの姉は大貴族イロマナなのだ。強く出ることは出来ない。

 そしてクリアメ自身も人望が厚く、機動力に長けた実力ある連中を手玉に取っているので余計に手が出せない。


 今回の黒髪の亜人の事にしても、クリアメが直々に連れ回しているという事を知っているので、騎士達は「どうせ今回もだめだろう」と油断していたのだ。

 騎士団長はこの緩みすぎな部下達に激を入れる。


「よく取り逃しているのは本当だが、今回は発見から時間が経っていない! 抵抗さえなければ問題なく確保は出来るが、相手は未知の亜人で、国宝級ジンギに迫る攻撃をするとの情報もある……気を引き締めてかかれ!」

「「「「ハッ!」」」」


 大概の場合は抵抗をされてしまう。

 亜人は、ジンギを使えない代わりに身体能力が高いというアドバンテージがあることが多いので、最初に取り押さえなければお互いが怪我をする事になる。

 更に、未知の黒髪亜人はジンギまで使うのだ。




 ジンギは幾つかの区分が分けられている。

 自衛、生活の足しに使う "小" シリーズのジンギ。

 狩りを始めとする戦闘に使われる致死に迫る威力を持った通常ジンギ。

 広域に致死の威力を放つ "大" シリーズのジンギ。

 そして、あるだけで辺りに壊滅を(もたら)す国宝級ジンギ。




 今回、城の一区画を丸々破壊した[爆炎事件]は大と国宝の間の威力とされていた。

 騎士にとって……いや、全ての生命にとって、それは命を脅かしかねない情報だ。


 皆の気持ちが引き締まった所で、部下の1人がハンターギルドの扉を開く。

 中では丁度、クリアメとハンター達が割ってしまった食器諸々を片付けているところだった。

 本来は血の気の多い彼らだが、ことクリアメの前では、皆、貰われてきた子猫のように穏やかだ。


「お久しぶりですクリアメ様。我々もお手伝いしましょうか?」

「いや、それには及ばないよ。ところでなんだい? また亜人調査かい?」


 騎士団長の問いに、クリアメはなんでもない柔和な笑顔を返しながら床を雑巾で拭いていた。


「ハッ! 今回は黒い髪の亜人の調査で来ております。クリアメ様が連れていたのは調べがついておりますので、引き渡していただけませんか」

「黒髪の亜人? 知らないね」


 一見とぼけた様子を見せるクリアメに、騎士団長は調子を崩さない。

 こんなやりとりは初めてではないのだ。


「とぼけられても困りますクリアメ様。ハンター諸君も見たであろう!?」


 騎士団長は成れてきたやり取りをさっさとスキップする。

 普段こそ表情豊かなクリアメだが、こういう時には表情がまるで崩れない。騎士達の前では特にだ。


 だがハンター達はそうではない。

 騎士団長からの問いかけに、ハンター達は顔を(そら)したり(うつむ)けたりと、判りやすく知らんぷりをするのだ。

 騎士団長はここにその亜人が居るのだと確信した。


「やはり居るようですね。その者は他の亜人と比べて危険と……」

「魔人だよ」


 クリアメは、床を拭いた雑巾を絞ってから立ち上がる。

 亜人を知らないと言ったのは誤魔化しではなく、訂正の意図があってそうしたのだ……と居直った。

 しかし、その真意はたった今裏口から逃走し始めたばかりの2人を逃がすための時間稼ぎだ。


 だが、時間稼ぎにしては大層な爆弾発言に、騎士団長は(いぶか)しげな表情になった。

 とてもではないが無視できる話ではなかったのだ。




 魔人。

 決して長くはないこの国の歴史に神話として言い伝えられている存在だ。

 魔物しか使えないはずの、神にも理解の出来ない魔法を操る人類の上位存在。

 それはヒトでありながらヒトではなく、だからといって神でもない。


 世界の裏理(りり)を持つヒトならざる存在……すなわちヒトデナシだ。




「魔人……ですって」


 聞き間違いではないか? そう信じたい気持ちで騎士団長は聞き返すも、返ってくるのは否定の言葉。


「黒髪の彼女なら亜人じゃない。マルチグラスで見たステータスにも亜人とは出なかった……ただし、ヒトかと言われると怪しい……そして、正しい意味であの子は[ヒトデナシ]だよ」


 ヒトデナシ。

 それは日本語での[人でなし]と意味を(たが)える。


「魔人……何をご冗談を……あれは神話の……」

「私も神子(みこ)様も見ておられる。アレは魔法をたやすく使ってみせたよ。武装猪の使うアレか、それに近いものを……」


 クリアメの発言に、この場に居る全員が目を見開き驚いた。

 この発言が事実と言うならば、今ここの2階には神話に出てくる存在が居るのだ。


 ヒトは未知を恐れる。

 比較的に魔物の多いこの国のヒト達は特に魔法を……魔人の存在を恐れた。


「そんなバカな事が……」

「彼女、私達の言う魔法という言葉に齟齬(そご)を感じていたね。彼女は魔法……その力を[念力]と言っていた……けれど、悪い子じゃなかったよ。敵意は感じなかったからね」


 クリアメは、恐れを感じだしている騎士達に落ち着いて話していく。

 だが、事が事なのであまり効果が出ない。

 騎士達にとっては、一癖ある亜人捕獲任務が神話の魔人との遭遇に早変わりしたのだ。

 全員に動揺が広がる。こんな事がありえて良いはずがない……と。




 騎士団長は、使命感から直ぐに動揺より復帰して問いただす。


「クリアメ様。失礼ですが、その者は何処に!?」

「上の部屋に居たよ。重ねて言うけれど、彼女は怖がりなようだから、あまり怯えさせないほうが良いと思うよ」


 クリアメは2階の左端の部屋を指差す。

 紛れもなく黒髪の魔人、りりが "居た" 部屋だ。嘘は言っていない。


「ご忠告感謝します。行くぞ皆!」

「「「「ハッ!」」」」


 階段を上がる騎士達と、それを見送るハンター達に緊張が走る。


 騎士達がパニックにならないのは日頃の鍛錬の賜物だ。

 騎士団長は部下達を誇りに思いながら歩みを進める……と、下からクリアメの声がかかる。


「笑顔だよ笑顔。緊張は伝わるからね。そのままだと女にモテないよ!」


 モテる女の代表格たるクリアメの軽口に、ほんの少しだけ騎士達の緊張はほぐれた。

 だが、それも扉の前に来るまでの間だけだ。


 全員ゴクリと息を呑む。

 騎士団長は先陣を切り、出来る限りの笑顔で扉を開いた!


 ……が、そこには誰も居なかった。

 引きつった笑顔がじわりと戻ってゆく。


「……」

「居ませんね」


 肩透かしを食らって硬直する団長の脇から部下が顔を出し、部屋の物色を始める。


「窓から逃げた形跡はありません」

「荷物も無し……というか、人が居た形跡が……」


 もぬけの殻。

 ベッドは整えられており、部屋は綺麗清潔そのもの。

 ハンターの仮眠室たるこの部屋は、客が入る前の宿と相違ない程だった。


 実際、りりは掃除のされた後の部屋に入ってから短時間しか居なかった。帰ってきてからはベッドに寝転んですらいない。

 荷物も(わず)かだったので、痕跡など残るはずがないのだ。


 それを知らぬ騎士団長は、騙された! と、握りこぶしを作り、クリアメの元へと戻り抗議の声を上げる。


「どういう事ですかクリアメ様!?」

「おや? 居なかったかい? それはおかしいね。ついさっき、その部屋に戻したところだよ?」


 トラブルを作り出して逃したという点を伏せているだけ。たかがそれだけで騎士達は煙に巻かれる。

 クリアメのこの反応に馴れていない騎士以外は頭が痛いのポーズをとった。

 何かしら煙に巻かれていることまでは判るのだが、それが何なのかの言及が難しいのだ。


「居ないということはトイレじゃないかな? または、何らかの手段で、あんた達が来るのに気づいて逃げたかだね」

「逃した……ではなくですか?」

「いくら私でもそんな危ないことはしないよ」


 これは完全なる嘘だが、ここに居る誰もがクリアメの崩れぬ表情から真実を洗い出せない。その技量がないのだ。


「……はぁ、仕方がない……探せ! 1人は中を! 残りは外だ! 見つけたら閃光ジンギ!」

「「「「ハッ!」」」」


 威勢のいい返事と共に、魔人捜索隊が動き始める。

 これは、りり達がハンターギルドを出て、およそ2分後の出来事だった。




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