107話 人を救うという事
真っ黒だった視界が戻る。
熱バリアを解除した為、光が戻ったのだ。
「凄えな……一瞬だ……」
「……」
痺れから回復したアーシユルの第一声がこれだ。
横たわる消し炭達。
炎で焼かれたというのに、生き物を焼いた匂いもしない。ただ焦げ臭いだけだ。
強すぎる熱量で焼くとこうなる。
有毒物質すら発生させる余地すら残さない。
ここには、炭と焦げと燃え残る炎しかない。
しかし、ブチ切れて炎を撒いた割には、酸欠や一酸化炭素中毒にはなっていない事に気がつく。
ハーフゴブリンの抜けた先が直ぐ地上だったので、酸素が補充されたのだ。
「しかし、これだけの火を消そうとすると、あたしの血……あ、よだれでもよかったんだったな。さて、どれだけ必要になるかな……」
「……要らない」
「なんだと?」
アーシユルが聞き返してくるが、りりは返事をするだけの元気がない。
疲れきっている。
だが、後始末はしなくてはいけない。
ただ無言で、再び黒球を作り出す。
しかし、今は中には炎は入っていない。
「……どうするんだ?」
黒球を炎に向かって振るう。
すると、触れたところから炎が消えてゆく。
「成る程……熱は外に出ないから、一方的に炎を回収できるのか……凄えが……大丈夫か?」
答えずに炎の回収を続ける。
辺りの炎を回収してから、炭になったゴブリンの小山を踏み抜き、分岐の方まで戻る。
分岐の方まで戻ると、生き物が焼けた嫌な匂いが徐々に強くなってゆく。
爆心地から離れているため、火力不足に陥ったのだ。
先には、生焼けで絶命するゴブリンや、転げ回ったのか、消化は出来たものの、死を待つばかりのゴブリンがあちこちに転がっている。
ここらがいち早く逃げたゴブリンだ。
だが、誰1人と助からないだろう。
即死させるには火力が足りなかったのだ。
しかし、炎の被害もここまでしかない。
被害が広がっていないのも、炎がハーフゴブリンの抜け穴の方に流れたからだ。
燃えるゴブリンから火を回収してゆく。
その間に、アーシユルが死を待つばかりのゴブリンに、ナイフを突き立てトドメを刺してゆく。
「一通り炎は回収した……な? ゴブリンも全員とは言わないが、かなりの人数をやった……一旦引き返してケイトと合流しよう……良いな?」
ゆっくりと頷く。
話す元気がない。
「良し。歩けるな?」
頷く。
ケイトと合流する。
『さっき、空に向かって炎が吹き上げたんだけど、何をしたの?』
りりはケイトの質問にも答えられない。
アーシユルがケイトに筆談する。
だが、簡易的なもので、詳細は伝えられていないようだ。
『分かったわ。3人で行きましょう』
返事はしない。
洞窟の再探索を行う。
行進速度は、りりがフラフラと歩くスピード。
右の分岐へ行くといきなりビンゴだった。
ゴブリンが6人で4人の人を犯している最中だった。
離れていたのか、先程のバックドラフトには気づかなかったのか、もしくはそれほどエキサイトしていたのか。
いずれかは判らないが、彼らは同族の死に気付いていない。
しかし、そんな彼らでも流石にりり達に気づいた。
下半身丸出しのまま、慌てて剣を持って襲いかかって来る。
フラフラしているりりに代わり、アーシユルが動こうとするが、りりは黒球を先行させ、ゴブリン達を薙ぐ。
先程までの火力はないが、一瞬触れただけで転げ回らせる程度には熱いようだった。
なんだかんだ言って炎の塊なのだ。
1人1人を無言で黒球で押しつぶし、燃やし尽くしてゆく。
『……まさかずっとこんな調子なの……ねえ! りり!』
ケイトはゾッとした表情をして、りりの肩を掴み、揺さぶる。
りりは、頭をガクンガクンとさせたまま答えない。
「りり、あたしを念話に誘えるか?」
こくりと頷き、アーシユルに魔力プールを展開する。
『ケイト。今はりりをそっとしておいてやってくれ。それよりお目当てだろう? エルフが居るぜ?』
『……知っている。でも……りりが……』
『取り敢えず全員助けてやろう。多分まだゴブリンは居るだろうが、もうこれ以上はりりが持たない。撤収だ』
『……判ったわ……』
孕み袋となっていた4人を連れ出す。
ヒトが3人、エルフが1人だ。
助けが来たというのに、全員憔悴しきった幽鬼のような表情をしていた。
りりも似たような表情をしているのだが、りり自身にはそれは判らない。
外に出る。
上空に黒球を持ってゆき、上の膜だけ剥がす。
すると、上方に向けてのみ炎が舞い上がり、やがて消えた。
「りり。もう寝てて良いぞ。ケイト。弓は持っていてやるから、りりを担いでやってくれないか? ……と、筆談しなきゃなんだな」
りりは疲れきっていた。
アーシユルがなにか言っているが、構うことはない。
りりは、アーシユルが筆談を開始する前に抱きつき、そのまま意識を手放した。
りりが意識を取り戻したのは丸1日経過してからだった。
見渡すと知らない部屋だが、宿のようだ。
部屋に置かれた最小限の家具の寂しさが物語っている。
「起きたか」
「……おはよう……今は……何時?」
頭がぼーっとしている。
しかし気分は、目覚めたとはとても言えない程にどす黒いままだ。
「次の日……だ。時間は昼の2時くらいかな? マルチグラスを見てないから詳しくは判らんがな」
「……どうなったの?」
1日が経過しているのなら、事態も少しは動いているはずだ。
「4人とも助けた。全員この宿で保護してる。ケイトは復讐するかどうかまだ悩んでる」
「……どういう事? あんなに殺したがっていたのに……ケイトさんはどこ?」
「……保護した奴と一緒に隣の部屋だ。見にいくのはお勧めしないぜ」
何やら意味深だが、確認しないことには始まらない。
りりは、終始アーシユルを殺させないようにと行動していたが、目標自体は孕み袋と呼ばれる人々の救助だったのだ。その成果を確認しようと動く。
ベッドから降りて隣の部屋へ行こうとすると、アーシユルに腕を掴まれる。
何事かと思い振り向くと、ゆっくりと壊れ物を扱うように柔らかく抱きつかれた。
「ど、どうしたの!? アーシユル。珍しいね」
少しテンパって声が裏返りかける。
「あたしの為だったんだろう?」
「っ!?」
アーシユルの抱きしめる力が強くなり、りりの凍りついていた心が溶けてゆく。
「嬉しいんだから悲しいんだかよく判らん。だから言わせてくれ」
アーシユルが少し離れる。
「馬鹿野郎! なんであんな無茶をした! ゴブリンは1人1人は弱いんだ。確実に数を減らせばよかったのにあんなことしやがって! どれだけ心配したと思ってんだ! あんなフラフラになりやがって!」
アーシユルが洞窟でずっと言いたかった事だ。
それを、今ここで爆発させている。
「………………だが、りりが無茶をしたおかげで、正面突破なら10人がかりで行かないといけないミッションも達成出来たんだ。そこは感謝する……だけどもうあんなことしてくれるな……辛かっただろう」
そう言ってアーシユルは再びりりに抱きつき「良くやった」そう言った。
「アーシユル……私……辛かったよ……」
「ああ」
「あの毒は魔法使えないアーシユルじゃ耐えられないもん。掠っただけで……死ぬって……テーレさんも……」
「ああ」
嗚咽が混じる。
「だからっ……! 私、必死でっ……!」
「ああ」
ここからはもう言葉にならない。
膝の力が抜け、アーシユルにしがみつくようにして泣いた。
ここしばらく泣いてばかりだ。
泣き止むまで少しかかった。
心を落ち着けてから隣の部屋に2人で入る。
そこにはケイトを抜きにして、女性が4人。
その内、ヒトの2人はやや腹が大きい。
全員が全員、違う行動をしている。
妊婦の1人は、腹を愛おしそうに撫でているが、全く周りに反応を示さない。
もう1人の妊婦は床に寝転んでいる。体調が悪そうだ。
妊娠していないヒトの1人は、体育座りで縮こまっている。
そしてエルフの女性は、ひたすら自慰に耽っていた。
そして、それ等を前にして、椅子に項垂れて座るケイトの姿があった。
その表情は、悲痛そのものだった。
「これは……」
「酷いだろう。食事と性行為のみで生活するとこうなるらしい。全員、碌に寝ていないんだ。眠り方を忘れてしまったのかもしれないな」
「……取り敢えず、念話……で良いよね?」
「ああ。頼む。あたしもまだ話せてないんだ」
異常な光景の中、アーシユルに魔力プールを展開する。
前までのと違い、アーシユル自体に固定された、魔力だけを貯められるものだ。行動を阻害したりはしない。
『ケイトさん。おはようございます』
『りり……起きたのね』
ケイトが頭を上げ、りりへと振り返る。
顔色は依然と黒いままだが、憔悴している事が伺えた。
『……その人……ですか?』
『……そうよ。私の最期の復讐相手……もう私が誰も判らない。ただ快楽を求めて自慰を繰り返し、ご飯を食べながらもそれは辞めない……なんなのかしらね……コイツを殺す事は救いにすらなるんじゃないかしら……』
ケイトは再び項垂れる。
『そうだな。復讐が関係のないあたしだったら殺してやるだろうな』
「……何のために……一体私は何のために……」
やるせない絶望がりりを襲う。
助け出しはした。だがそれだけだ。
この光景を見る限り、孕み袋と呼ばれる4人は全く救えていなかった。
『そうね。でも……正気を保っている……その可能性に賭けたのだけれどね……残念だったわ。りりがあんなに頑張ってくれたのに……正当な裁きを……与えられるとは思ってはいなかったけど、ちょっとでも与えられたらそれで良かったのに……こんな理不尽な……どうしようかな……』
ケイトは思考が纏まっていないようで、思ったことを全て吐き出し続けている。
もしも、ケイトの目的が相手を不幸にするだとしたら、目的自体は達成できていると言えただろう。
しかし、アーシユルの提案した作戦は、ケイトのされた事を本に書き、エルフの危険度を訴えることだった。
本来ならば、民衆を巻き込んだ運動に展開する予定だったのだ。
エルフは神が贔屓しているとはいえ、首謀核の3人くらいなら引っ張り出して、私刑ながら、妥当な裁きを与えられる。と、そう踏んでいたのだが、事はそうは行かなかった。
ただそれだけの話だった。
『ケイト。あたしはギルドに孕み袋救出の手紙を出す予定だ……そいつの親は?』
『……一応来たわ。でも反応は予想通りだったわ』
『そうか……』
『……どういう事?』
解らぬはりりばかり。
『ゴブリンの孕み袋の救出。その半分は奴隷になるんだ』
『は!? どうして?!』
あれほど苦労して助けた人達なのだ。
今はこうでもリハビリすればきっと……。
だが、アーシユルの口ぶりからして、りりの思うような展開にはならないのは明白だった。
『見ての通りだ。気が狂った女達だ。治るかどうかも判らないのに、気長に治してやろうなんていう奴はあまり居ないんだ。ほら、ヒトもエルフも、りりの言うところの逆ハーレムなんだよ。1人欠けたところで……な?』
『な……なに……何それ! 酷い! ……ひどい……』
ケイトではないが、何のためにやったのか全く分からなくなる。
憤りを感じながら脱力してゆく。
『しかも、そこのヒト族の2人なんて妊娠してるのよ。当然生まれるのはゴブリン……そんなの誰が引き取ると思う?』
ハーフでない限りはゴブリンとして、色付きで生まれる。
仮にハーフで生まれたとしても、マルチグラスで見たらハーフゴブリンと表示されるし、種族としてもゴブリン寄りだ。
ゴブリンは全人類の敵に当たる。十中八九殺されるオチになるのは火を見るよりも明らかだった。
どんどん嫌な、暗い気分になってゆく。
『そして、エルフはエルフで、仲間意識があまり高くないのよ。コイツの親は、コイツを見てため息ひとつだけして去って行ったわ』
『そんな……!』
りりからすれば考えられない事ばかりだ。
しかも、そこに追い討ちがかかる。
『気分が悪いだろう。ケイトも気は乗らないだろう。だが、エルフは動く気はないらしい。動けるのはあたしらだけだ』
『……なんの話?』
嫌な予感がした。
実際は、予感というより、考えたくない答えを避けているだけだ。
しかし、そんなりりの気持ちとは裏腹に、2人は口を揃えてこう言うのだ。
『『ゴブリンの残党狩り』』
血の気が引いた音が聞こえた。
またアレをやれというのだ。




