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105話 ゴブリンの集落へ

 



 ひとしきり泣いて落ち着いた後、ゴブリン達の墓を作りたいと言うと、却下される。


「火で焼かなければ呪いが広がる。しかし、今は急がなきゃいけないんだ。夜になるとゴブリン達の時間だし、りりも念力が使えなくなる」

「出直すとかは?」

「それもなしだ。コイツ等が死んだことがバレると、ゴブリン達の警戒度が上がる。そうなると厄介だ」


 こうなると、泣いていた時間もかなりのロスだった筈だ。

 それを考えると、アーシユルは本当に甘やかしてくれている。


「判った……お墓は終わってからにする」

「そうしてくれ」

『行くわよ。もう動けるでしょ? 動けないと言うなら、それは……』

『……いえ、やります。迷い込んだとはいえ、私は郷に入ったんですから……』


 泣きつかれて力の入らない足で立ち上がる。


『面白い言い回しね。意味は?』

『郷にいれば郷に従え。個を主張するより相手に合わせろと言うような内容です。最近はそうでもないかもですけど、日本人は群れの繋がりをとても大事にしている種族なんですよ』

『……』


 1人で生きてきたケイトには縁のなかった話だ。

 しかし、その生き方は、この中の誰よりも寂しがりやなケイトが、それこそ誰よりもしたかった生き方でもある。


 ケイトは、地面に転がる深緑の体色のゴブリンを見下ろす。


『いっそゴブリンに生まれた方が良かったのかもね……』


 ケイトはうっかり心の声を漏らしてしまう。念話を切りそびれたのだ。

 りりは落ち込んだ気持ちを横に置いて、ケイトの考えを否定する。


『そんなこと言わないで下さい。ケイトさんはケイトさんです。そりゃあ少し怖い時もありますけど、ケイトさんは綺麗で可愛くて優しいんですから、きっとゴブリンとしては生きていけませんよ』

『心にも無いことは言わないで欲しいわね』


 これにはケイトも、落ち込んでいいのか照れていいのか分からないようだ。


『忘れたんですか? 念話って正にその[心の声]なんですよ』

『フッ……そうだったわね。私の負けよ………………ありがとう』


 最後にまるで蚊の鳴くような小さな声で礼が述べられる。


「アッハッハッハッハ!」


 笑うのは不謹慎だった。

 しかし、余りにも分かりやすく可愛いらしい感謝に、りりの落ち込んでいた気持ちが全て晴れるかのように笑いがこみ上げた。


「おう!? どうしたりり!? 念話か! ずるいぞ聞かせろ! でも声は抑えろ!」

『っ! ええい! もう言わないわこんな事!』

『いえ、こちらこそありがとうございます。嬉しいです』


 ケイト的には場を和ませよう等という気は全くなかったようだが、結果として、りりの気持ちは少し回復する。




「さあ、そろそろ動けるだろう? 笑っている暇はないぜ? 日暮れまであと3時間……何事もなければ余裕だな」

「またそんなフラグを……」

「何かあるか? 実際、そうじゃないか?」

「そうかもね」


 漫画やアニメの世界で「何事もなければ」と言って何事もなかった試しなどない。

 増してここは山なのだ。野生の獣の楽園だ。

 挙句に魔物とゴブリンまで居る。

 何も起きないはずなどない。




「しかし、私の目には狂いはなかったな」

「なんの話?」

「ゴブリンを倒せたと言う話だ」


 アーシユルが嫌な話を蒸し返す。

 りりの体が再び強張り、目線が落ちる。


 アーシユルとしては、常に意識させておく事で次の負担を減らそうとしている。

 だが、それをされている側は堪ったものではない。


「気は進まんだろうが、ちゃんと周囲の警戒はしていろ」


 そう言われ、一応顔だけは上げる。

 気持ちは姿勢から。胸を張っていれば勝手に元気は出てくるものだ。


「前に蛸人を狩ってただろう? 狩れる狩れないに関わらず、一定の人の形状をしている生き物だ。見る事すら抵抗を覚える奴も居るんだ」


 蛸人は擬態していた。

 皮膚の色も、煮るまでは色白な肌色だ。


 りりの個人的な恨みと、下半身がバッチリ蛸だったことで "擬態しているだけでこれは蛸である" と認識できたからやれたとも言える。

 しかし、そう認識できていなかったのならば? とてもではないが狩る事など出来なかったはずだ。


「ところが、りりはテーレに滅茶苦茶にされたゴブリンを見ても、ケイトがそれを射抜いたのを見ても、決して目を逸らさなかった。これは才能だ。中級以上のハンターの必須スキルと言ってもいい」


 中級以上のハンター。つまり、対人戦を行う機会が与えられる位だ。

 アーシユルが、りりを上級に引っ張ろうとした理由の1つがこれだった。


 幾ら実力があろうと、人型生物の命を奪うことが出来ない者は、あっという間に死んでゆく。

 その点、りりは生き物が死ぬということに対して真摯だ。


 死にゆく者から目を逸らしてはいけない。

 りりが祖父から教わったその教えは、その心の中に根付いている。


「つまり、りりはハンターに向いてるんだよ。次からは、あたし等も参加する。だからそんなに気負うな」


 そう言われ、背中をポンポンと叩かれる。

 ただそれだけなのに、気持ちがスッと軽くなる気がした。


「……ありがとう……いこっか」

「おう」


 完全には切り替えることなど出来ていない。

 生き物の命を奪うこと。それがドロドロとした痼りのような物として、心の隅に残る。

 だが、今はそれに目を向けないようにして立ち上がった。


 せめてもと、もはや深緑色の物体に成り下がった者に手を合わせ、振り返る。

 目的地は変りなくゴブリンの集落だ。




 5人と6人と3人。

 りり、アーシユル、ケイトが殺したゴブリンの数だ。


 りりは、ゴブリンにとって未知の攻撃である念力を用いて確実に屠っていく。


 アーシユルは単純に実力だ。

 鉄塊をぶつけて怯んだゴブリンに電撃を当て、ナイフを喉に突き立てて離れる。

 実に鮮やかだ。


 ケイトは、アーシユルが前に出た時に邪魔になるゴブリンを射抜くだけ。

 連射はできない事はお互い承知しているので、アーシユルが動くのは、ケイトが矢を射らなくても良い程度の安全が確保された時のみだ。




「いい調子だ。とりあえずそいつで最後だ」


 りりは返事はしない。

 念力で灰色のゴブリンを持ち上げ、空中で離す。

 落ちて来る位置に、念力で作り出した杭を設置、固定し、落下して来たゴブリンを串刺しにする。

 ゴブリンが少し海老反りになり、全ての力が抜け、項垂れるのを見届けてから、念力を解除した。

 どさりと落ちる灰色の肉塊の出来上がりだ。


 これで6人。アーシユルと並ぶ。


「いい調子……でもなさそうだな。大丈夫か?」


 りりの息は、浅く荒い。身体だって小刻みに震えている。

 体力的にはまだまだイケるはずだが、精神力にガタが来ていた。

 焦点もやや散漫になってきている。


「……大丈夫」


 無理をしてそう言う。

 そんなりりに、アーシユルは何も言えない。


『りり、木の上で休んでいたらどう?』

『いえ……そんなことしたら、アーシユルが死ぬ確率がグンと上がるはずです……そうでしょう?』


 ケイトは、りりの質問に無言の回答を示す。


『なら、無理してでもやらないと……』

『だけど、それはアーシユルが前に出る前に、りりがゴブリンを始末するということよ?』

『……判って……ます』

『……なら良いわ。その茂みの先の洞窟がゴブリンの集落よ。見張りが2人。仮に1人だったのなら暗殺できたのだけどね』


 茂みの隙間から覗く。

 やや黄色がかったゴブリンが2人、洞窟の入り口の両サイドで、椅子に座って見張っていた。

 しかも、首に笛のようなものを下げている。

 応援を呼ぶ為の笛である事は明らかだ。


 ケイトが遠距離で仕留められるのは1人だけ。

 その間にもう1人に気取られてしまうと、仲間を呼ばれ、一気に危うくなる。


「ねえ、アーシユル。あの洞窟、どことも繋がっていない洞窟なんだったよね」

「そうだな。村長はそう言っていた。だが、ゴブリンが掘ってる可能性もあるからなんとも言えないが……アレをやるのか? でもあれは」


 アレ。

 [竜の爪]と戦った時にやった、魔力による炎の圧縮と、その後に置きたバックドラフトの事だ。


「大丈夫。まだ日は高いからね。多分失敗しないよ」

「……大丈夫なんだな? だが、煙でバレるぞ?」


 アーシユルは険しい顔だ。

 それもそのはず。

 バックドラフトが起きた時、水をかぶって倒れていなければ、りりも火だるまだったのだ。


「今回それは大丈夫だと思う。前に失敗してから、私も念力の……エナジーコントロールの研究してるんだから」


 胸を叩き任せろのポーズを取る。

 このジェスチャーが通じているというのは、エディのジェスチャーを見て知った。


「……良し。あたしは何をすればいい?」

「うん。火のジンギだけで良いよ」




 洞窟のゴブリンから気取られない程度に離れ、アーシユルが火のジンギを起動する。

 といっても、強い火のジンギは殲滅力故に、上級ハンターにのみが購入可能な代物だ。

 その上、暗号化されており複製が困難になっている。

 よって、今使用しているのは家庭用の物だ。


 コンロを最大火力にしたくらいの火が起きる。

 威力はその程度だが、その分持久性に長ける。


 周りからりりが念力で枯葉や枯れ枝を集め、火を大きくする。

 煙は全て念力で集めて灰色の球へと変えてゆく。

 同時に火も少しづつエナジーコントロールを用いて刈り取っていった。


 最終的に出来上がったものは、漆黒の球が10に、灰色の球が30。

 灰色が煙で、黒が炎だ。


「なんでこれ黒いんだ? 炎なら赤く光るんじゃ? それにこの距離で熱くないぜ?」


 アーシユルが黒球に触れようとする。


「触っちゃダメ!」


 念力で制止する。


「おぉう!? 判ったから離してくれ」

「ごめんごめん。えっとね、念力がとんでもないって言ったのはここでね? エナジーコントロールって名前が変だなって思ってたんだけど、ちょっとやってみたら、これ透過するものとか遮断するものを指定できたんだ」

「……で?」


 アーシユルは解っていない。


「炎って熱と光でしょ? だから酸素だけ通して、熱と光を遮断したら、中に光が入るだけ入って出てこなくなるから、光が反射しないから真っ黒に見えるの」

「……おい、つまりその黒いのって……」

「手を中に入れたら燃えるし、放っておいたら、この黒球の中はどんどん熱くなっていくはず」


 アーシユルは絶句する。

 そのようなものが10個も並んでいるのだ。


「でもこんなに操れるほど私は器用じゃないから……」


 そう言い、黒球同士をくっつけて融合させてゆく。

 黒球は、まるでラーメンのスープに浮いている油同士がくっつくかのように融合して行き、最終的には2つになった。

 大きさが変わらないままだが、その分、中の熱量は凄まじいものになっている。


「あとは、この煙の球も融合させて…………埋めて…………解除っと…………よし。煙は出ない。これで遠慮なく戦えるね」

『エナジーコントロールね……私も魔力を貯めることくらいは出来るけれど、りりみたいに体の外に出すのは無理だわ』

『そういうものなんですか?』


 どうやらこれはこれで才能のようだ。

 しかしそうすると、武装猪と同じ才能を持っている事になる。

 なかなかに因縁深い。


『じゃあケイトさん。片方お願いします。撃ったと同時に突っ込みますから』

『判ったわ』


 洞窟が見えるあたりの距離まで戻り、ケイトが座って弓矢を構え、りりも漆黒色の炎の球を用意して走る準備をする。


『3』

『2』

『1』

『りり、行って!』


 ケイトの掛け声と共に、草むらから飛び出し、同時にケイトが矢を射って、片方のゴブリンを射殺す。

 あとは突撃あるのみだ。




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