102話 どこにでもある普通
「お菓子! お菓子だ!」
こちらの世界へ来て以来、初めて目にするお菓子に、りりの目は輝く。
「良いのか?」
「ええ勿論。可愛いお嬢さんの喜ぶ顔が見れるなら安いものです」
エディは頬杖を着いて微笑む。
食卓に用意されたのは、焼きたてではないが、クッキーとケーキの中間のような物。
それと、紅茶だ。
この世界では、お菓子は高級品だ。
生産者はエルフのみで、そのエルフの絶対数が少ない為、出回る量も少ない。
「おおー! ありがとうございます! ……おいしー!」
クッキーは、やや砂糖が足りない気がするが一応クッキーの程は保っている。
久しぶりに食べたという事もあり、良い味だった。
「あんた凄えな。りりを見て1発で成人女性と見抜くとは」
「任せてください。鍛え方が違います」
エディは胸をドンと叩いてドヤる。
なんの鍛え方かは判らないが、ヒトの未成年は、男性顔、女性顔を問わないので、慧眼は確かなようだ。
「あっ! 今気づいた! アーシユル男になったら顔変わるんじゃ!?」
クッキーもどきを食べるのを中断して浮かんだ疑問をぶつける。
「今更……とはいえ仕方ないか。その通り。変わるぜ? まあ変わらない奴も居るが、それは元々、中性的な奴とか例外的な奴だ。変化の際は何日か寝ている間に体が変化していくらしい」
「……蛹かな?」
「居るんですよねぇ。こう言う人」
エディはやれやれといったポーズを取り、やんわりと目を細めて、りりを見下す。
冗談っぽくしているが、その視線は冷ややかに感じる。
「いやだから、りりは鬼人だからヒトの習性知らないんだよ」
「……なるほど。鬼人……でも、仕方ないからといって、それはないと思いますね」
「ごめんなさい」
「分かれば良いのです」
エディは笑顔に戻り、冷ましていた紅茶を飲み始めた。
恐る恐る魔力プールを展開し、アーシユルに念話を送る。
『アーシユル。この人なんか怖いよ』
『否定はしないが、今のはりりが悪い。お前も、蛸人みたいですね。って言われたら怒……』
『怒る』
食い気味に返す。
りりは蛸人に対しては、もはや恨みしかない。
『そうだろう? そういう事だ。それより解除してくれ。あたしもお菓子食べたいんだ』
『あ、ごめん』
慌てて魔力プールを解除する。
「じゃあ、あたしも貰うとするぜ」
紅茶とクッキーを食べつつ、軽い自己紹介を済ませる。
やはり、りりの……というよりも、魔人の自己紹介時は少し緊張が走ったが、特に何という事はなかった。
老夫婦の自己紹介。
年齢を教えにという相手は、孫相手ではなく、息子のエディに対してだった。
「それはややこしいですよー」
「ごめんなさいね。説明が下手だったね」
「いえ、此方が勘違いしただけなのでお気になさらず」
そんなやりとりをしていると、1人の住人が帰ってきた。
「帰ったよぉーっ。パパぁー!」
全員の視線が小さなエルフに注がれる。
小さいといってもアーシユルと同じ程度の身長だ。
「あれ? バーバにジージじゃん。もう1年経ったの早いー。そっちの人は? 赤いのと黒いの」
「こらっ! 失礼でしょう!」
「まあまあ、ママ。こら、リリィ。この人達は、ハンターのアーシユルさんと、鬼人という種族のリリ = ツキミヤマさんだ」
「えー! わたしと同じ名前じゃーん! 偶然ー。仲良くしようね!」
リリィと呼ばれるエルフの少女はピョンピョンと跳ねている。
どうにも、珍しい種族が似たような名前を背負って来た事に喜んでいる様だ。
「え、うん。宜しくね」
手を差し出すが握手は帰ってこない。
握手の文化がない事にハッと気づいて手を引っ込める。
「今のはー?」
「文化の差だ。ヒトにもエルフにもない行動をたまにするって考えたら良いぜ」
「なるほどー。良しじゃあ遊びに行こう!」
「何がじゃあなの!?」
腕を掴まれ引っ張られる。
見た目と違い、アーシユルよりも力がある。
アーシユルは、エルフは筋肉を隠している。と言っていたが、今まさにそれを身をもって体験した。
しかし、子供のすることだ。抵抗も特にせずに、引っ張られるままについてゆく。
「アーシユルも気が向いたらおいで」
「おーう」
そう言って別れた。
家を出て少し。
「お姉ちゃん、さっきからおかしくない?」
「おかしく……ないよ……」
息を切らしながら返事をする。
それもそのはず、ここはエルフの訓練場……と言っても、見た目はただの森だ。
そう、見た目だけは。
エルフの訓練場。
ここは、わざとトラップを仕掛けておいて、うっかりかかってしまった時に対処する術を覚える為の訓練場なのだ。
その事を考えるならば、こういうトラップは非殺傷のものだけにするはずだが、平気で矢が飛んできたり、丸太で出来た槌が襲って来ている。
りりは、罠にかかるたびに全方位にバリアを展開し、一応のガードは出来ているが、精神力の方がもたない。
「リリィちゃんごめんね。お姉ちゃん疲れちゃったから、追いかけっこはここまでにしよう?」
「えー? だらしないよー。もっと遊べるでしょー? ねーえー」
食い下がってくる。
だが、ここは譲れない。
子供の遊びで命を落としかねないからだ。
「だーめ。お姉ちゃんあまり体力のない種族なの。分かってね。良い子でしょ?」
「……ちぇー。でも休憩したらもう1回ね!」
「明日なら遊んだげるからー」
「やーだー!」
スカートの裾を引っ張られつつ抵抗していると、遠くから声がかかる。
「リリィ! その人は怒ったら怖い人よー。気をつけないと殺されちゃうわよー」
「ええ!? お姉ちゃん、そんな人なの!?」
そう言いながら、リリィは距離を取った。
動き方がハンターじみている。
「違うけど、怒ったら皆怖いと思うよ? 殺すまではいかないけど」
「こわー。ママが来たから、わたしも帰るー」
どうやら呼びに来たのは母親らしかった。
リリィも、怖いと言ってはいるが本気ではない。元気いっぱいで先に帰ってしまった。
くたくたになってコテージにまで帰る際に、来たときには無かったトラップに引っかかる。
油断していた。
慌ててバリアを貼ろうとするが、トラップが今までのよりも早く、脛に木の枝がしなりぶつかる。
「っ!? あおぉぉぉっ!?!?」
弁慶の泣き所。
たかだか木の枝が当たったくらいだが、流石に悶絶してしまう。
「あ! 初めて当たった! やったぁ!」
リリィは帰ったふりをして隠れて見ていたようだ。
油断していたりりもりりなのだが、子供ながらに侮れないのは間違いない。
リアクションも取れなければ、追いかける元気もないので、痛みを堪えて歩いてリリィを追うと、怒られないと解ったのか一緒に傍を歩いてくれる。
こうしていると可愛く思えた。
コテージの扉を開けると良い香りがする。
「ただいまー」
「再びお邪魔しまーす……あ、さては唐揚げ!」
「うさぎの耳の……な」
「うぁー! そうだったー!」
他のエルフが言っていた晩御飯のメニューがズバリ的中した。
得意料理なのか定番メニューなのかは、判断できない。
「おかえりなさい。リリィ。そして貴女がりりね? ようこそ魔人さん」
キッチンに立つは、リリィの母親であるエルフの女性だ。
「一応、夫から話は聞いてるわよ。わたしはテーレ。まあ狭い家だけどゆっくりしていきなさい」
「いえいえ広いですよー。私の家なんて、部屋ひとつで全部手が届く感じなので、こんな広々とした使い方は贅沢ってものですー」
全く狭くはない。
謙遜か冗句だろうと一瞬思ったのだが、表情がそうではないと物語っていた。
つまりこれは嫌味だ。このテーレという女性、初対面だというのに嫌味を放ってきたのだ。
なので、同じく嫌味で返す。悪い習性が出てしまう。
だが、懐かしい感じがした。
ヒトはこの様な嫌味や変な言い回しを好まない。
りりにとって、エルフこそ人間らしいと言える存在に近かった。
「……貴女やるわね……」
嫌味が肯定的な意見となって帰って来る。
これは予想外だが、りりとしても案外悪くない気持ちだった。
「……そちらこそ」
手を差し出すと、瞬時に理解したのか握手が成立する。
久しぶりの事に、少し嬉しさがこみ上げる……相手はいきなり嫌味を言って来た人物だが……。
そんなりりと、テーレのやりとりを見ていたアーシユルとエディは困惑していた。
「何だあれ?」
「僕に聞くのかい?」
「あんたアレのパートナーだろ?」
アーシユルは膝を立て、そこに腕を置き、頬杖をしながら意味不明なものを見る目で2人を見る。
「人の妻をアレ呼ばわりしないでくれるかい? でも種族の差というやつかなぁ……」
「あの会話の中に何かあったのか?」
小さな沈黙が流れる。
「「わからん」」
2人とも椅子にだらーっと背を預ける。
これは2人には理解できていない事だった。
りりはそんな2人を尻目に、テーレにスマートフォンを構える。
「折角だから2ショットといきましょう」
「え? 何?」
横にまで回り込み、多少強引でも一緒に撮影する。
カシャという音とともにシャッターが切られた。
「テーレ。それは、魔人が顔と名前を覚えるためなんだって」
「ふうん? え!? 何これすごい」
撮影した画面を見せると、皆同じような反応をする。
冷静に考えると凄まじい技術なのだが、現代人であるりりは既に慣れきっていた。
「わたしもー!」
「はいはい。リリィちゃんも撮りましょうねー。はーい」
夕食。
兎肉、兎耳の唐揚げ、パン、山菜スープ。
そして調味料。
山の中だというのに割と豪華だった。
「あ、耳美味しい。食感が割と……好きかも……」
りりが思っていたより兎肉は舌に合った。コリコリとした食感が珍味のそれを思わせる。
ついでに調味料もいい感じを醸し出していた。
「じゃあ僕は足を。ママとパパも足で良いね?」
「もちろんだよ」
「パパー。わたしもとってー!」
「はいはい。少し待ちなさい」
「そうよ。パパの手は2本しかないからねぇ」
「じゃあ手、増やしてー!」
「おいおい無茶言うなよ」
賑やかで暖かな食卓。
一人暮らしをしていたのだから当然なのだが、りりが上京してから一切無かった光景だ。
「家族って良いね……」
「……」
ほっこりとした気持ちで言ったのだが、アーシユルは返事をしない。
それどころか楽しもうともせず、仏頂面で無言で黙々と食べている。
「アーシユル?」
小声で話す。
「あたしは食いおわったら寝るぜ」
小声でそう返してきた。
明らかに不機嫌そうにしている。年齢相応に子供のようだ。
考えてもみると、アーシユルからクリアメの話は出ても、家族の話は聞かない。
たまたまでなければ、何かあるのだろう。
今はそっとしておくようにした。
いつか話してくれると信じて……。
アーシユルは、食事が終わると本当に寝に行ってしまう。
老夫婦も違う部屋で直ぐに寝てしまった。年齢が年齢だ。お疲れだったのだろう。
エディは娘を寝かしつけてから仕事部屋に向かった。
ここに居るのは、りりとテーレだけだ。
アーシユルを見届けた後、テーレが話しかけてくる。
「貴女達、何が目的で来たのかしら?」
「さっきお話ししたように、アーシユルが私を連れ出してくれてるだけですよ?」
テーレは怪しんでいるようで、壁にもたれ、腕を組んで考えながら更に喋る。
「世間知らずの貴女を連れ出してくれている。それは解る。けど、エルフの名前を覚えたいというのが解らない」
最もな疑問だ。
りり達の表向きの目的である、名前を覚えたいという事を説明しても、写真を撮ってまでする必要はない。
これは、りり達が別の目的の為にやっているのだ。
「……鬼人は、意味のない事をしたがる生き物なんですよ。それに、今までも出会った人達の写真は撮ってますから」
と言っても、シャチとフラベルタとアーシユルしか保存されていない。
エルフからしてみれば、フラベルタは長老とほぼ同じ顔なので、知らないのはシャチくらいだ。
エルフとて、海水人魚の顔の差なんて判らないだろうが、りりもアーシユルも「シャチなら判断が付く」と豪語したので、写真で名前を覚えるという事に疑いはなくなっていったようだった。
「疑って悪かったわ。じゃあわたしもそろそろ寝る事にするから、貴女もそうしなさい」
「ありがとうございます。でも少しベランダで夜風に当たってからにしますね」
「分かったわ。でも不用意なことはやめたほうが良いわ。これは忠告よ」
「……ありがとうございます」
忠告は受けた。
しかし、りり達にも目的がある。
一部と信じたいが、ケイトをあんなにしたエルフを探す。そして正当な裁きを受けさせる。
それが今回の目的だ。
厳格な親に育てられたりりだ。
普段は普通の女の子をしているが、イジメや不当な暴力は、とてもじゃないが許せるタイプの人間ではない。
復讐の為という事で気は乗らなかったが、アーシユルが正当に訴える案を出したので重い腰を上げた。
内容は、出来る限り写真を撮って回り、最後にケイトに見せる。
その後、その写真で3人の人物を特定。
長老に理由を説明して、駄目ならエルフは凶暴な身内を野放しにしているという情報と、顔写真の模写だけをボクスワにばらまくというものだ。
流石にそこまですれば、神に愛された種族とはいえ、騎士による捜査の手が入る……という手はずだった。
期限は3日。今日は寝るので、残り2日だ。
それ以上は協力しない条件まで付けた。
その代り、やるからにはちゃんとする。
少々子供じみている気もするし、やや気もあまり進まないままだが、夜風に打たれ、気を落ち着かせる。
もう既に裁かれてたら良いと思いを走らせる。
それこそ自分達のようにだ。
そうは思うが、ボクスワの神ことウビーはエルフ贔屓であるらしい。
あのなんでも見通せる筈の神が、そもそもケイトのイジメを、いや虐待だ。それを放置していたのだ。
という事は、ウビーはケイトをエルフとして見ていなかった事になる。
となると、当然加害者達は裁かれてなどいない。
後で確認する事にして、一応そう結論づけた。
そろそろ寝る事にし、涼しい風と森の匂いに一時の別れを告げて、りりも当てられた部屋へ寝に行く。
アーシユルとは別の部屋だ。
そんなりりを遠くから、白いローブを脱ぎ、闇に溶けたかのような影が見ていた。
ケイトだ。
内から溢れ出るエルフへの殺意を必死に押し殺しながら、彼女は彼女でエルフを探っていた。




