「あなたにこの気持ちは、わからない!」
寒い夜空の下、橋のたもとで男女が口論している。
男は言う、「どうしたの?」
女性はイステリックに叫ぶ「あなたにこの気持ちは、わからない」
こういうドラマの風景を幾度か見たことがある。
女性の返答に対して、男性が「わからないけど・・・・」と答えるのが常である。
しかし、ほんとうにわからないのか。
人間は、多様です。様々な価値観があるから、相手のことをわかるほうがおかしいです。って、誰かが言いそう。
若い人の方が、個人の嗜好や価値観の違いに寛容だと思う。なぜなら、そういう教育のもとに育ったから。だから、若い人からすれば、その人にしかわからないことはあるのは当然である。このことは、マイノリティの話でも出てくる。自分が何かしらのマイノリティで、そうではない人に自分の気持ちなんてわからない。わかるのは、自分と同じ環境や状況にいる人だけです。だから、「普通の人には、わからないのよ」と。
しかし、そもそも、同じ境遇でも、人によって感じることや考えることは異なる。もし、二人の人間がともに末期ガンの患者であったとしても、その内容は異なる。「ガン」では同じかもしれないが、その症状やその人がもつ思想によって、あるいは周囲の環境によって、違うことを思っているかもしれない。
たしかに人間はそれぞれ異なる。嗜好や性格、見た目も異なる。マイノリティの違いもあるだろう。しかし、厳密な話をすれば、そもそも自分と他人では大きな違いがある。それにも関わらず、僕たちは「あの人、体調悪いのかな」「あれは、痛そうだ」と思うことがある。それは相手の立場になって、想像しているのである。その想像力が、趣味や嗜好の違いによって、大きく阻まれるだろうか。少数のものしか抱かない問題でも、そういうものがあると想像するだけで、ある程度はわかるのではないか?
「どんなに探しても違いがあるから、わかりあえない」と言いたいのではない。むしろ、「こんなに違いがあるのに、僕たちは相手のことを思い遣ることができる」と言いたい。人間の想像力にもう少し期待してもいいのではないか。
女は言う「私の気持ちなんてわからないわ」
男は言う「詳しく教えてくれたら、ある程度は気持ちを共有できると思うけど・・・」




