転機
仕事中、橘からメールが来た。
『今日仕事のあと時間ある?』
というシンプルな内容。
なんだろう、普段飲みに行こうという話ならわざわざメールなどせず、直接言って来そうなものだが。
スケジュールを確認する。
幸い、残業してまでするような仕事はなかった。
『あるよ』
と、こちらもシンプルに返信した。
会社を出たところで待ち合わせということだったので、その通りに待っていた。
一緒に会社を出ればいいのに、とは思ったが、見られるとマズイ事情でもあるのかな。
待つこと5分ほど、橘が出てきた。
「お待たせ、千秋ちゃん。急にごめんね」
「ん、いいよいいよ」
駅前の居酒屋に入ることにした。
「お疲れー」
「お疲れ様」
ビールで乾杯。
「で、どうかした?」
お通しの枝豆を口に放り込む。
「いやぁ、まぁ、ちょっとねー」
歯切れが悪いな。
「そういやさ、千秋ちゃん。新潟支店新設するって話聞いたことある?」
「新潟支店?」
話が見えない。
「なんか作るらしいってのは聞いたけど、それがどうかした?」
「うん、実は、さ……。私、新潟に転勤だって言われちゃって」
「は?」
完全に思考が停止した。
「え、マジなん?」
橘がこういう冗談を言うキャラでないことは知っているが、聞き返さずにはいられなかった。
「マジ、らしいよ」
「なんで……」
なんで橘が?
女子社員の転勤なんて今までなかったのに。
しかも、橘だって新潟に縁があるわけでもないだろうに。
「部長からは栄転だって言われたけどさ……」
言葉とは裏腹に橘の表情は冴えない。
「でもなんで橘なの? 今まで女子社員の転勤なんてなかったじゃん」
「うん。今までは、ね。社長の考えみたいよ。これからは女子の幹部社員を出したい、そのためには女子社員にも転勤含めて色んな経験をさせるべきだーって」
「そんな……」
「私幹部候補だよ、やったね!」
アハハ、と橘は笑うがその目には動揺が見てとれた。
あまりの出来事に言葉が出てこない。
橘も言葉を探しているかのように黙りこんでしまった。
「橘、行くの?」
やっとの思いで絞り出した言葉だった。
「一応、返事は来週まで待ってくれるらしいけど、行くしかないと思ってる」
「そっか」
ご家族にも話さないといけないのだろうし。
ん、家族といえば……。
「妹さんどうするの?」
「そこが一番ネックなんだよねぇ」
橘は盛大にため息をつく。
「まぁ、さすがに1人残していくわけにはいかないし、北海道の両親のとこかなぁ。でも清香転校嫌がるだろうなぁ」
「こっちに預かってもらえそうな親戚とかいないの?」
「それが全然いないんよねぇ」
「その辺の事情、会社側は知らないの?」
「部長には言ったけどね。まぁ、家族と離れて単身赴任してる人だっていっぱいいるから規則で決まってる以上の特別な配慮はしてあげられないってさ」
「そりゃあ、そうなんだろうけど……」
空気が重く感じる。
「私が代わってあげられたらいいんだけどね……」
「その気持ちだけで充分だよ。ありがとね、千秋ちゃん」
「でも、私に出来ることがあれば遠慮なく言ってね?」
「うん、ありがとう」
橘は少し肩の力が抜けたように、やっと「らしい」笑顔を見せてくれた。
橘の笑顔が見れなくなるのは、やっぱり寂しいよ。