同僚の愚痴
「千秋ちゃん、お昼食べよ!」
同期の橘涼子だ。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に声をかけられる。
これはいつものこと。
「ん、先に行っといて。メール1件だけ送ってから行くわ」
「はーい」
先週の取引先との打ち合わせ議事録を上司にメールする。
とは言っても中身はスカスカなのだが。
さて、私もご飯行こう。
会社の冷蔵庫から出勤途中で買ったパスタサラダとお茶を取り出し、窓際の打ち合わせスペースへ向かう。
「お待たせ」
「お疲れ千秋ちゃん」
「あれ、食べるの待っててくれたの?」
悪いことしたかな。
「全然待ってないから大丈夫!」
「そっか、ごめんね」
入社して以来、橘とここで無駄話をしながらお昼を食べるのが習慣になっていた。
いつもの光景。
多分、この先も変わらないんだろう。
「あれ、今日は橘も珍しくコンビニ弁当なんだ」
いつもは自分でお弁当を作って持ってくるのに。
「あー、うん、ちょっと寝坊しちゃってさー」
「ふーん」
いつもこんなくだらない話ばかり。
まぁ、それが居心地いいのだけれど。
「はぁー…」
橘が盛大に溜め息をつく。
「どしたん?」
「千秋ちゃん、言い訳聞いて?」
「何の?」
「お弁当! またうちの妹がさ、朝起こしてくんなくてさー」
「またか。もう自分で起きなよ」
橘は滅法朝が弱いらしく、毎朝妹に起こしてもらっているらしい。
そのくせ、会社に遅刻したことがないのは素直にすごいと思うが。
「ケンカでもしたの?」
「したけどさー」
したんかい。
「ていうか、そもそもよ? 私が毎朝早起きしてお弁当作ってるのだって妹のためなわけじゃん?」
「あー、そうだね」
橘には高校生の妹がいて、妹のお弁当を作るついでに自分のお弁当も作っているという話を聞いたことがある。
「ていうか、そういう約束だったし」
「約束?」
「私が妹のお弁当作るかわりに、妹が私を朝起こす」
「へぇ」
仲のよろしいことで。
「で、なんで妹さんとケンカしたの?」
「え? 妹が起こしてくれなかったからだけど?」
「え? ケンカしたから朝起こしてくれなかったんじゃないの?」
「いや、うーん……」
橘は何か難しい顔をして考え込んでしまった。
「機嫌が悪かったというより、あんまり元気はなかったかなぁ」
「体調悪かったとか? ほら、女の子だと色々あるでしょ」
「いや、生理は終わったばっかなはずだし、多分そうじゃなくて、落ち込んでる感じ?」
妹の生理周期把握してるのかよ。
「どうしよ……」
「え?」
橘はさっきまでの拗ねたような顔ではなく、不安に覆われたような顔になっていた。
「私、妹に強く言い過ぎちゃった、かな……。ちゃんと話聞いてあげれば良かった」
「……今日帰ったら聞いてみれば?」
「う、うん! そうしてみる。ありがとう!」
このように、なんだかんだ言いつつ、橘ってやつは本当に妹想いのいいお姉ちゃんなのだ。
「ほら、もう昼休み終わるから早く食べなー」
「うん!」
まぁ、いつも話を聞いてると、橘が妹にべったり過ぎる気もするけれど。