Episode:3 《どうなりたいの?》
意識が集中する右手。
茉莉はまだ来覇の温度が残っている右手を無意識に見つめていた。来覇の少し後ろを歩く茉莉。湿気を帯びた蒸し暑い風が髪を揺らした時、来覇が足を止めたので茉莉も一緒に立ち止まった。お互い何も言葉を発しないまま、風が流す何かで温度が変わっていく。
昔見ていた時より広くなった背中が更に膨らむ。
「なあ、茉莉ってさ、」
-強ばった。
「その・・・」
茉莉は何も言わない。
「・・・やっぱ何でもない。忘れて」
首に手をやった耳は赤くなっている。
とにかく蒸し暑い初夏の熱が雲を呼び、影を作っては流れてまた照らす。電柱の影だけが涼しかった。普段なら水浴びをしたかのように流れる温かい汗が、来覇と茉莉だけは何故か、冷気を帯びた汗が背中を伝った。
『えぇ?知らないよ?私何にも聞いてないしぃ』
「だよね。はぁ。私何かしたかな?」
『さぁねぇ。本当に心当たり無いの?来覇くんを不愉快にさせることでも言ったんじゃ・・・』
「無いよ!無い無い!だいたい来覇だよ!?今更そんなちっさい事で怒るとか、それこそ無いでしょう」
『ふーん。学校出るまでは別にいつもと変わらなかったんでしょ?』
「うん」
携帯電話を肩と耳で挟み込み、冷蔵庫から牛乳を取り出す。いつもなら口を付けないように気をつけながら流し込むが、流石に電話しながらでは無理だと判断し、コップに注ぐ。
ぐいっと一気飲みをして、窓から差し込む雲1つない夏空の月明かりと街灯が頼りの階段を慣れた歩幅で登っていく。
部屋の電気を付けてベッドに寝転がると、スプリングでギシッと音を立てて体がが弾む。
結局来覇が何も言わないまま茉莉の家に辿り着き、また明日、と別れた。気にするな、と言って笑っていた来覇の顔は隠そうとしていただろうが、茉莉が思うに不自然な笑顔だった。
『だとしたらさぁ、1つじゃない?』
「何が?」
『来覇くんも確認したかったんじゃないかなぁ。今後について、とか?』
「だから、何それ・・・別に何も・・・」
『茉莉、あんた達さぁ、いつから付き合ってるんだっけ?』
「えー?友佳も知ってるでしょ?高校入る時からだよ」
『それからどのくらい経ちました?』
「えっと、2年と、今が7月だから3ヶ月?」
『何しました?』
「・・・へ?」
腑抜けた返事。当てた右耳からため息が聞こえる。息はかかっていないのに掠れた音が擽ったい。
『茉莉はさぁ、来覇くんと付き合ってから何をしましたか?って聞いてるのよ。もしかして、付き合う前となぁんにも変わらないなんて言わないよね?2人で遊びに行ってる?遊ぶ時はいつも私達も一緒で〈4人〉だったし、もう高校生でしょう?来覇くんだって色々考えてるんじゃないのかなぁ?』
友佳の言葉に何も言い返せず、ゆっくり思い返す。出会ったばかりの小学生だった頃のことも、中学の時同じ高校に行けるようにみんなで勉強したことも、付き合ってからの高校のことも。何にも変え難い。幼馴染だから。
鳴き止まない蝉の声が周りの音をかき消していく。
『茉莉はさ、来覇くんのこと、どう思ってるわけ?ちゃんと好きなの?これから先、どうなりたいの?』
「どうなりたいって・・・このまま、またみんなで遊んだりして・・・」
『甘いんじゃない?』
低い低い声。友佳の声はツー、ツー、と機械音に変わる。
鳥肌が立った。これまでになく苛立ちを隠さない友佳の声にでもあるが、何より「甘い」の意味がわからなかった。
「何言ってんの・・・。ずっと一緒だったんだよ?好きに決まってるじゃん・・・大事に決まってるじゃん・・・大切に決まってるじゃん・・・一緒に居たいに決まってるじゃん!!!」
携帯電話をクッションに投げつけ、枕めがけ倒れ込む。
「私は・・・」
涙が一筋流れた枕と共に夜が茉莉の意識を包み込みんだ。




