Episode:2《嘘》
ーあの場所は綺麗だ。記憶に残る少年と見た景色は今でも暖かい。それに比べて私が今いる場所なんて、夏でも寒い。気温とは関係ない。そうではない、柔らかな温もりがあそこにはある。
「まーつり!次移動だよー!」
友佳が教室の入口から手を振る。見渡すとクラスメイトはもう誰も残っていない。
「やばい、忘れてた」
「珍しいねぇ!茉莉がぼーっとしてるなんて」
「うん、ちょっと悩みというか、何というか・・・」
授業に必要なものをまとめて慌てて教室を出る。さて、移動の前は何の授業を受けていたのか、茉莉は覚えていなかった。
「お腹空いたよぉ」
「嘘でしょ?まだ2時間目でしょ?」
「えー!違うよ次4時間目だよ!?・・・茉莉今日熱とかある?」
立ち止まって茉莉の額に手を当てた友佳は眉をハの字にして首を傾げる。
「あれぇ?おかしいなぁ」
「私は至って元気ですよー。それはそうと、そろそろ夏休みだけど、予定はあるんですか?」
友佳はわざとらしくため息を吐き、頬を膨らませて茉莉を睨んだ。自分が可愛いと思ってやっていたらそれはその通り。ベタな膨れ面もキメ顔と同列に可愛さが際立つ表情でしかない。
「茉莉はいいよねー!今年も来覇君が一緒だしぃ」
「いや、来覇はそんなんじゃないし・・・」
「えぇ?嘘つきぃ!あんなにいつも一緒にいるじゃない!一緒に下校するし!付き合ってるんでしょ?」
「え、いや・・・」
「本当にただの幼なじみなのぉ!?」
つまんない!とまたため息を吐く。
「茉莉ぃ!帰ろぉ」
「ごめん友佳!今日は・・・」
「今日も、でしょう?いいよ、また明日ねぇ」
ヒラヒラと手を振る友佳は教室を出ると、すぐに隣のクラスの女の子達に囲まれた。
「能登ってモテるよな」
「来覇・・・」
振り返ると後ろに見覚えのある爽やか男子が立っていた。モデルの様に背が高く細身だが、小学生の頃からサッカーを続けているからか、全身ムラのない綺麗な筋肉を纏っていた。狭くない肩幅も、筋張った手足も、日焼けた肌も、見慣れて気にしていなかったが確かにクラスの中では、いや学年の中ではトップを争うほど整った顔を含め人気があるのは頷ける。
「早く帰ろうぜ」
「あれ!?あと何分!?」
「残念1分オーバー」
幼なじみという居心地の良さに身を委ねて私はいつも一緒にいる。今もこうして手を引かれて廊下を駆け抜けるなんて、他の誰にもありえない、私だけの特等席。
「来覇くんまた明日ねー!」
「刈谷、明日は遅刻しないでよ?」
廊下を通る女子達に声をかけられる来覇。
(どれだけモテるのだこの男は・・・)
それでも一人一人に笑顔や一言を返していく来覇を一番近くで見るのは言葉に出来ない、くすんだ気分になった。
「なあ茉莉、今日の夕飯ハンバーグ」
「またうちに来るの?」
「ダメか?」
「分かったよ用意するから」
「サンキュー!」
(あぁ、この笑顔だ。触れている手から伝わる熱も、昔より大きい手も、例え女の子達に囲まれても今だけは、私のものだ。私の気持ちなんて、きっとモテる来覇には筒抜けなんだろうな・・・)
『付き合ってるんでしょ?』
唐突によぎる友佳の言葉。
私は、私達は、嘘をついている。
私達は高校に入った時から付き合っている、彼氏と彼女だ。




